ITOI
ダーリンコラム

<鈍について>

昔から、スポーツの世界では、能力の向上には、
「運・鈍・根」のみっつが必要だと言われる。
「運」について考えるのは、ぼくのライフワーク
みたいなものだけれど、今日は「鈍」のこと。

若い時分には、「鈍」が必要だなんて、
信じられなかったし、信じたくもなかった。
鈍、つまり、鈍(にぶ)さ。
その逆が、鋭でしょうね、鋭いということ。

これについては、
鈍ささえも自分のものとできるくらいの鋭さが大事、
という考え方もできるのですが、
それじゃあ、わざわざ「鈍」と表現する意味がない。
鈍って、なんなんだよ?
それについても、ぼくは前々から気にしておりました。
さらに、自分のさまざまな経験が深くなるにしたがって、
ますます、どうやらホントに「鈍は大事」らしいと、
思うようになってきたのです。

もう治っているかもしれないけれど、
巨人の高橋選手が、スランプに陥っています。
どうも、打席でいろんなことをしたり
考えたりしているように見受けられます。
この「いろんなこと」っていうのが、
ポイントのような気がするのです。
よくよく考えてみれば、打席に立ったバッターが、
いろんなことなんかしてみたり、考えたり、
できるような状況にいるでしょうか?
相手がどれだけ複雑な作戦を持っているにしても、
要するに、球は投げられます。
そして、それを打者は打ちます。
ランナーがどうであろうが、配球がわかっていようが、
強い打球を打たなければ、失敗です。
その瞬間に、「いろいろのこと」を考えたとて、
まったく意味がないわけです。
でも、野球の選手でない人間には理解しにくいような、
悩み方は絶対にあるのでしょうから、
「鈍くなれ」とは、簡単に言えるものではないでしょう。

今日、「ほぼ日」のロゴを作ってくれた
アートディレクターの青木克憲さんの
結婚披露パーティーがありました。
そこに、「ポカスカジャン」が出演したのです。
彼らは、ぼくが知っているかぎりでは実力のある
お笑いバンドですから、自信たっぷりに、
いつものようにやれば、
お客さまの拍手は間違いないところです。
でも、時には、満点のステージができないことが
あるようなのです。
「ほぼ日」の秘密ライブをやったときも、
ぼくの評価では75点でした。
ほんとはもっとおもしろいのです。
ネタは同じでも、それを生き生きと表現できないと、
100点の実力が出せないわけです。
イベントが始まる前に、彼らと無駄話をしていたら、
どうやら、「ポカスカジャン」の連中は、
「鋭」であることがわかりました。
ほんとに「いろいろのこと」がわかりすぎるのだと
ぼくには思えました。

わかったからって、どうしようもないのですね。
ネタがおもしろいなら、気持ちよくやるだけで、
絶対にイケルはずなのに、失敗の可能性まで、
リアルにわかっているらしいのです。
のびのびとお笑いをやって、それで受けなかったら、
それはキャスティングしたぼくとアッキイの責任です。
だから、気にしなければいいのに、
しちゃうんですよねー。
神経細やかだし、いい人たちです。
「大丈夫だから、自信持ってやんなよ」と、
それだけを、ぼくはしつこく気楽に言いました。
結果は、大成功でした。

始まっちゃったら、考えていても考えてなくても、
やることは同じなんだと思います。
やることが決まっているときに、
さらにそれ以外のいろんなことなんか考えるのは、
自信がないということになるし、
ほんとうに何をやるのかが「わかってない」ということ、
なのかもしれません。

思えば、何かがうまくできないときの自分が、
まったく同じ失敗をしているような気がします。
「鈍」であるということは、
その都度の目的がハッキリわかっているということ、
と、言いかえられるのではないかと、思ったのです。
たくさん、いろいろ考えるのは、
「現場」の仕事ではないのですね。
はじまったら、後戻りはできない。
後戻りできない「現場」では、考えることを少なく、
少なく、少なくしていく。
これが、「鈍」であることのキモなのではないかと、
今日考えついたのですが。

スカイダイビングの時、飛行機から、足を出した状態で、
かけ声をかけます。
「レディ」という声で、少し前に身体を傾けます。
「セット」で、ちょっと反り返ります。
その身体を、そのまま前に倒しこんで「ゴー」です。
この経験は、素晴らしいと思いましたっけ。
「レディ(用意して!)」の中に、もう、「ゴー」が、
含まれているんだと、ぼくは感心しました。
用意は、「行け!」にくっついてあるのです。
その時に、いろんなことを考えても、意味ねぇんですよね。

「鈍」であれない自分というのは、
やっぱり、C級の評論家になってしまうんでしょうねぇ。

まとまりわるいけど、
今回も、このまま掲載します。ゴーッ!

1999-07-12-MON

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