ITOI
ダーリンコラム

<むつかしくなってる>

生きることが、なんだかここ10年くらい、
一気にむつかしくなっているような気がする。

それを思ったのは、あるニュースを見ていたときだった。
年老いた母親や祖母の、
こどもや孫を思う気持ちを利用して、
金をかすめとる「オレオレ詐欺」というやつ。
この犯罪が、
こないだまで街でうろうろしていたような
若い元不良共の仕事になっているという。

これを知ったときに、ぼくは思った。
昔だったら、
若いときにろくでもないことをやっていたやつでも、
「さて、ここからやりなおすか」と思ったら、
そこから始められる場がいくらでもあった。
クラスのなかのワルだった連中が、
手に職をつけるような仕事をはじめて、
ヨメをもらいこどもをもうけ、
立派なおとなになっていく道があった。
現に、あちこちに元暴走族の社長やらが、いるだろう。
一所懸命で、まじめにやったら、
なんとかなるのが、仕事というものだった。

しかし、いまの時代、
そういう若い人たちがやりなおすには、
世の中のほうがむつかしくなりすぎている。
ちょっと悪かった連中が、
やりなおしたいと思い立ったときに、
「まずはどこか手に職をつけるようなところに
世話になってさ」と、言えるものだろうか。
もちろん、「オレオレ詐欺」をやった犯罪者を
かばって言っているのではない。
だが、ちょっとワルの行き場所がなくなってそうだ、
ということは感じる。

それぞれの読者が、自分の仕事で考えてみたらどうだろう。
おそらく、ぼくらの先輩たちの時代には、
いまより、もっと仕事は簡単だったように思うのだ。

うまくもないラーメン屋があり、
やる気のない洋品屋もつぶれずに店を開いていて、
平凡な家を建てる大工がいて、
宴会のときだけはりきる会社員がいた。
それが、とてもすてきなことだとは言わないけれど、
それくらいでも、生きていけた時代があったよなぁ、
ということは言えるだろう。

ぼく自身の仕事のしかたにしても、
いつのまにか、
とても複雑で手間のかかるものになっている。
おそらく、仕事の絶対量は数倍に増えているにちがいない。
そして、それは
いっしょに仕事をしていく乗組員たちに要求する
仕事の技術の水準についても、
高くなっているということでもある。
これはこれで楽しいという側面があるので、
もとに戻したいということはないのだけれど、
生半可な気持ちでいる人がいたら、
彼らの仕事の場は、なくなってしまうだろう。
おそろしい変化だったと思う。
「どんなやつでも、なんかしら仕事はあるよ」というような
鷹揚な言い方で人を誘うことはできなくなっている。
昨日まで街でぶらぶらワルをやっていたやつが、
「今日からがんばります」と言ってきても、
受け入れる態勢はうちにはなさそうだ。

かつては、もっといいかげんだった。
もっと簡単に給料はもらえたし、
もっと簡単に生きられたと、ぼくは思う。
「それじゃつまらないよなぁ」
というのもぼくの気持ちだったし、
思えばおそろしい時代になっていたなぁ、
というのも、同じぼくの感想だ。

いつのまにか、ずいぶんと弱肉強食になってきたし、
何をするにも、ずいぶんとむつかしくなっている。
こういう時代が、
社会を進化させるものなのかもしれないけれど、
そこで言う進化というものが、いいことなのかどうか、
いまのぼくには判断しきれない。

しかし、こんなに、なんでもむつかしくなっちゃったら、
この世の中で生きられない人が、
ものすごく増えちゃうという気がするなぁ。
むろん、世の中のほとんどの人はバカでもないし、
むつかしくてもなんとかできるのだと思いたいけれど。

不良だった若いやつが、このむつかしい世の中に
対応しきれなくて、とてもオートマチックに
「オレオレ詐欺」のような仕事についたという考え方も、
できると思ったもんでさ。

‥‥これが、不景気ってものの実体なのかねぇ。


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2003-11-10-MON

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