ITOI
ダーリンコラム

<入浴のすすめ>

また、イタコ方式でお届けすることにした。
どうしてかというと、これが、
書いてる側はたのしいから。です。
本名のみで生きて来たけれど、
たまにペンネームを使えばよかったなぁと思っていた。
猪木さんだって、アントニオとついているからこそ、
あの「だーっ!」に力がこもるのではないか。
人生終始一貫同じ態度同じ言葉遣いというのは、
それはそれでひとつの美意識は満足するけれど、
たまには他人を演じたり、
いつもとは別の、「存在したかもしれない自分」を
演じたりしてみたくなるものだ。

・・・・・・・・

そうだよ。そのほうがいいよ。
もうはじまってるのか、って、はじまってるよ!
こういうことは、ちょっと間が空いたら
やりにくくなるもんだからさ。

あの、風呂に入ってるやつをなめるなということね。
ちゃんと風呂に入ってるやつってのは、
強いと思うんだよ。
ほら、このごろはバスとか言っちゃって、
シャワーの付属物みたいに思われてるけどね。
風呂というのは、すごいもんだよ。
前にも同じこと言ったかなぁ?
言ってもいいや、今日も言うよ。

まずは温度の交換が行われるわけですよ。
お湯の40度くらいの温度とね、
人間のからだの36度くらいの温度があるじゃない。
お湯のほうは、人間の36度のほうをあっためる。
人間のほうは、お湯の温度をさます。
両者歩み寄って、均一の温度になろうとするんだよな。
これはストレスでもあるよ。
人間にとっちゃ、予定にない刺激だよ。
いわば、全身でゆるいお灸をすえてるようなもんだ。
「どうしましょう」ってさ、活発に対応するだろうよ。
これが、まず、風呂のいいところだよ。
湯船に浸かるからこそ、こういうことがあるんだ。
シャワーとかじゃ、「洗う」だけだろ?
ストレスがかからないんだよ、洗うだけじゃぁ。
熱交換! ね。

まだ、あるよ。
水圧がかかるんだ。
四方八方から、水の圧力がからだにかかってくるだろ。
空気中でのそのそしてるのとは、わけがちがうからね。
1リットルの水が、1キログラムあるんだからさ。
空気じゃ、そうはいかないだろ。
1リットルの空気じゃ、屁みたいなもんだからね。
重さがちがうんだよ、水ってものはさ。
だーからだよ、水圧‥‥指圧、ね。
圧を加えるという刺激を与えるんだなぁ、お湯がよ。

すごいだろ、お灸して指圧してだからね。
これを、きちんきちんとやってる人ってのは、
さささっとシャワー浴びてる人間よりも、
ちょっと余計に人生を味わってる感じするだろ?
しない? そう?
おれはするね、実感として、するよ。

そいでだよ。
風呂の湯船で温灸と指圧を味わった達人が、
こんどは、湯船からあがるわけだよ。
流し場に座るんだよな。

ここからは、ストレッチと運動をするんだよ。
へちまだか、スポンジだかタオルだか、
何でもいいんだけどさ、そういうものに、
石けんつけて泡を立ててだね、洗うよ、からだを。
湯船のなかで柔らかくなってるからね、からだも。
ある程度の力を入れつつ、あっち伸ばしたり
こっち捻ったりしながら、全身を洗っていくんだよな。
全身というのはすごいもんだよ。
赤ん坊じゃぁないんだから、大人というものね。
きんたまセットだって、あんた、
ねずみ一頭分くらいのでかさはあるよ。
一頭とは言わないか、ねずみは。
大人はでっかいんだよ、全体に。
逆に言えばよ、子どもはちっちぇな。
御婦人方だって、あちこちでかいからね、
大人になったらふくらんでるからさ。
胸のあれだって、それこそリッター単位だから。
これからは、バストだってカップとかセンチとか
やめたほうがいいって考えだよ、おれはさ。
容量で表示するべきだよ。
そういうことは、まぁいいんだけどさ。
とにかく、だよ。
からだ全部を洗うというのは、けっこうな運動量だよ。
筋肉の運動も健康にいいけど、
あのほれ、皮膚のね、摩擦の刺激だってね、
ちょっと馬鹿にならない効果があると思うね。
乾布摩擦の効果があるんだよ、絶対に。

んで、からだ全体をていねいに洗うときには、
自分のからだを、いちいちチェックしているんでさ。
肌のきめだとか、よぶんな脂肪がついたかどうかとか、
ありゃこんなところに、ほくろができてたとか、
毎回、軽い健康診断をしているようなものだ。

きっと、まだまだ足りないのかもしれないけれど、
風呂の効用として、いま思いつくのはこんなものだ。
これを、しっかり日々のこととしてやっている人間と、
「わたしは大事な用事があるから、風呂どころじゃない」
なんてね、忙しいようなことを言ってる連中と、
どっちが足取りがしっかりしてると思うね?
最終ゴールで、気分よくテープを切るのは、
しっかりお風呂に入ってる人だと思うんだよ。

昔さ、川上哲治という元大打者にして元大監督の
野球解説者がね、
選手の評価をするのに、
「彼は親孝行ですからね」と言ったということを、
笑ってた人たちがいたもんだよ。
実は、おれも、笑ってたくちだ。
親孝行は野球には関係ねーだろうってね。
だけど、親孝行な選手が評価される理由はあるよ、絶対。
親孝行な選手は、親に孝行をしたいという
動機があるんだよ。
自分のためだけにがんばる気持ちというのは、
挫けやすいんだけどさ。
親でも妻でも子どもでも、誰か、自分以外の人のために
がんばろうと思う気持ちというのは、
孤独じゃない分だけ、強くて持続しやすいんだよ。
だから、「彼は親孝行ですからね」という
選手への評価というのは、笑っちゃいけないんだ。
もったいないんだよ、その発言を笑ったらさ。

おれは、風呂にちゃんと入っているやつの強さが、
これから重要になると本気で思うようになったんだ。
運がいいとか悪いとかね、
才能があるとかないとか、器用だとか不器用だとか、
そういうふうなことで、
短い期間の勝ち負けは決まるかもしれないよ。
でも、寝食忘れて打ち込んだ仕事がうまくいっても、
それでからだ壊しちゃったら、
ちっとも勝ちじゃないよな。
牢屋に入っちゃったりするのも、病気になるのも、
経験のひとつだと割り切る考え方もあるだろうけど、
「イヤだ」と思っているけれど、
そういう目に遭っちゃうから、経験として貴重なんだよ。
牢屋に入って平気だというやつが牢屋に入っても、
そりゃただの場所にしかすぎないだろ。

マンガとか、大衆文学なんかには、
よく肺病患って血なんかゲホゲホ吐いちゃってるけど、
鬼気迫る形相でばったばったと人を切る、
なんていうサブキャラクターが出てくるよな。
マンガでいえば、コマのなかに
「ユラ〜」とか「ゆらり」なんて描き文字があって、
筋肉とかはほとんどないんだけれど、
なぜかものすごく力も強いやつな。
酒のんで、ふらふらになると強いってのもあるな。
そういうキャラクターが活躍すると、
おれたちは、うれしいんだよ。
「弱そうだけど、強い」というファンタジーが、
「弱そうだけど、弱い」おれたち読者に、
夢を与えてくれるんだよなぁ。
でも、いねぇよな、そんなやつ。

だいたい、その「ゆら〜さん」たちは、
自分を、大事にしてないものな。
からだもそうだし、気持ちのほうも、
大切に使おうとしてないものな。
実際には、錆びてるよ、そういうやつの腕ってのは。
超能力みたいなもので説明しないかぎりは、
酔っぱらいだの、肺病で血を吐いている病人だのは、
勝てる理由がないと思うよ。
史実としてあった、ということがあるなら、
それはそれで特例として考えればいいんじゃないのかな。

なんかさ、ローカルな予選とか準々決勝とかでも、
自分というものを大事にしてない人やチームが、
奇跡的に強かったということは、ほぼないもの。

心のたかぶりとか、興奮というか情熱というか、
そういう熱いものを否定するつもりはないんだよ。
そういうものがあって、加速がつくからね。
だけど、興奮のままではアンバランスなんだよな。
アンバランスなのに、ずっと強いなんてやつはいないよ。
短い期間ならともかく、だよ。
ずっと、ということが大事なんだよな。
80年とか、そういう長いこと、
どんぐりの背比べくらいの差しかないところで、
勝っただの負けただの、うまくいったのいかないのだの、
やりつづけてるからね、人間というようなものは。

丈夫で、よく手入れしてある道具を使ってるやつと、
「えいや!」一発でなんとかなると思ってるやつとでは、
複利複利が積み重なって、すごい差がついちゃうよ。
いや、おれが前者だったということじゃないよ。
どちらかと言えば、後者だよ。
おなら一発でロケットみたいに飛んで来たよ。
だけど、それはもったいないし、もうしわけない。
ちゃんと風呂に入ってるやつが、いいんだ。

しっかり風呂に入って、
家族を大事にして、よく眠って、
毎日やれることを毎日やってさ、
ほんのちょっとずつだけでも、ましになってるやつ。
そういうやつに、なりたくないか。
ないか‥‥?
そうか、通じなかったか。

ま、風呂だけでも、入れよな。
じゃあな。

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2006-05-29-MON

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