ITOI
ダーリンコラム

<面接試験の傾向と対策とつまらなさ>

受験に成功する方法、というものがあるらしい。
入学試験でも、就職試験でも、
「どうやったらうまく合格するか」について、
専門的に調査したり研究したりすると、
試験の「傾向と対策」がわかってくるという。

このあたりのことについて、
ぼくは特別に詳しくない人間なので、
いつも以上に「らしい」だの「という」だのと
あいまいな言い方をすることにする。
「現実はそんなもんじゃないですよ」
なんて言われたら、
ああそうですかと言うしかなさそうだ。

でも、続けてみよう。

まず、試験というものがある、と。

その試験には受かりたい人がいる、と。

試験に受かるためには、
受からせてくれる人たちが「受からせたい」と
思ってくれるような対応をするほうがいい、と。

受かるための対策をなにも講じなくても受かるなら、
それに越したことはないのだが、
なにか対策を考えたほうがいいなら、
それをしたほうが受かる可能性が高くなるだろう、と。

では、対策を講じよう。
そのためには、
相手がどういうことをこちらに求めているのかという、
傾向を知っておいたほうがいいだろう、と。

ま、そういうようなことで、
試験についての傾向と対策やら、心構えやら、
想定問答やら、
いろいろな研究や練習がされていくわけだ。

ぼく自身は、そういうことをやらないままに、
もうこの年齢になってしまったのだけれど、
想像では「当社への志望動機は?」
というようなことを訊かれたら、
どう答えるのが理想的か‥‥だとか、
椅子には勝手に腰かけずに、
相手に「どうぞ」と促されてから座るとか
‥‥そんなふうなことも、勉強していくのだろうな。

で、会社や学校によって、
あるいはその面接官によって、
さまざまな理想的な答え方や態度というものがあり、
それにうまく合致していたら
「合格」の可能性が高まる。
というようなこと、だろうな。

そういうことは、常識なのだとは思うのだけれど。
どうしても、気持ちの底の底の部分で、
納得ができないのだ。

例えば、「志望動機」について、
試験官がもっとも高得点をつけるような答えを、
(必勝法で学んで)暗記して答えられたとして、
それはいったいどういう意味があるのだろうか。
こんな疑問は、誰だって一度や二度は持ったろう。
それを、ぼくはいつまでも忘れられないままいるのだ。
数学の解法を、まったくなにもわからないまま
「なにやら複雑な図」として暗記して、
正解とされたとしても、それは何でもないだろう。
それと、同じなんじゃないか?
ふつうに考えて、そうだろう。

しかし、いつでも、たぶんいまでも、
試験用の勉強があるようだし、
傾向と対策を研究して、暗記して受験することは、
あまり変わってないようにもうかがえる。
で、そういうことがとても得意な人がいるのもわかる。
「小利口」と言われかねないけれど、
きっと、そういう「才能」も、
これまでの学校や企業には必要だったのだろうなぁ。

「ほんとうに思っていること」や、
「これまでにさんざん考えてきたこと」ばかりで、
人間が生きているわけじゃないことは、
ぼくも知っている。
お世辞やら、追従やら、嘘やら、
相手を傷つけそうではっきり言えないことやら、
法律で決まっているから渋々従っているだけのことやら、
そんなものがいっぱい混じっているのが、
しょうもなくて愛すべき人間の世界だと思う。
それでもなぁ‥‥。
受験用の傾向と対策に必死になる受験生たちは、
なにかものすごくムダなことに
自分を賭けているのではないか。
ムダなことがわるいというわけではないのだけれど、
やればやるほど自分を苦しめるようなムダは、
させたくないような気がするんだよなぁ。

おじぎの角度について、本気で練習していたり、
付け焼き刃で面接官に気に入られるような知識を
詰め込んでいる学生に、
「じゃぁ、どうすればいいって言うんですか?」と
逆ギレされたら、どうしようもないんだけれど、
それが「いいこととはかぎらないぜ」と、
ちょっとだけでも耳に入れてあげたいなと思う。

だって、そういうことに
真剣に取り組んでいるキミだって、
そういうことのとても得意な先輩がいたとしたら、
どんなふうな目で見ると思うかな?
「生きるためにはしょうがない」
と、大人っぽっく見るのか、
「そういう技術、真似たいッす」と憧れるのか、
「尊敬できるなぁ、そのガマンぶり」
と、追いかけるのか、
「小人物だなぁ」と高みからバカにするのか、
「それもこれも、ゲームさ」
と、クールに言うのかな?

じょうずにスーツを着こなせるようになって、
オトナ語もうまくしゃべれるようになって、
なんだか夢とかも語っていたりする学生に、
なんの欠点もないとも言えるんだろうけれど、
つまらなすぎないか、そういうのって?

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2007-02-19-MON
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