<お世話について>
せーっかくの『海の日』なので‥‥
なにか調子のいいことを言って、遊びましょう。
ともだち同士で、休み時間におしゃべりしてるみたいに、
ちょっとつきあってください。
しっかり、しょーもないですよーっ!
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「世話になる」ということばは、
なんともわかりにくくて、いい味のある日本語だ。
意味を辞書で引くのもいいけれど、
使ってみたら、よくわかる。
<○○には、世話になった>
の、○○の部分に、なにかことばを入れてみよう。
<ニラには、世話になった>
いま、でたらめに思いついたニラを入れてみたのだが、
ニラにかなり世話になっていた男‥‥いてもおかしくない。
どういうふうに世話になったのか、
いろいろ想像できる。
<犬には、世話になった>
もちろん、よく通じる。
主語がどういうものになるのかによって、
だいぶん内容が変わるかもしれないが、
通じるに決まっている。
なんだって、みんな引き受けられる。
<ぬらりひょんには、世話になった>
現実の存在さえ怪しい、ぬらりひょんだって、大丈夫。
<宅配には、世話になった>
実用のことなら、文句なしに使える。
<細菌には、世話になった>
害があるかもしれないものでも、世話にはなれる。
<敵には、世話になった>
矛盾しそうな文章に仕立てても、オッケーじゃないか。
<女には、世話になった>
敵の次に女を出したのには、なんの意図もないけれど、
当然、世話にはなれるということだ。
じゃぁ、これでどうだ。
<宇宙には、世話になった>
ああ、こんな、宇宙みたいなものを出してきたら、
わけわかんなくなると思ったけれど、
これでも、なんとか文章として生き延びている。
宇宙には、たしかに世話になったよ、ぼくも、きみも。
こんなことも、あり得るか。
<無には、世話になった>
観念の世界でも、なんとかできちゃいそうだなぁ。
無というものに、どういうふうに世話になれるのか。
それを考えていくうちに、
やがて「ある!」と見えてきそうだ。
‥‥実は、「世話になる」ということばが、
ぼくはなんだか大好きなのだ。
時代劇やら、落語なんかに登場する「お妾さん」は、
どこやらの旦那に「お世話になっている」。
「お世話になりました」と言いながら
別れを告げることは、誰でも経験しているだろう。
「あの人には、世話になったんだよね」と、
深い息とともに言ったら、
そのかけられた「お世話」に対して、
ちゃんと返礼ができてないという気がする。
「大きなお世話だ」と言う場合も、
関係をつなげようとする人に対しての、
関係を切ろうとすることば(冗談としても言う)だ。
そうなのだ。
「お世話」とは、「関係への意思」ではないか。
「関係への意思」‥‥別名‥‥シナジー!
<酸素は、水素をお世話することで、水になる>
<我が社の開発チームと営業は、
「お世話する」効果を発揮してないな>
こんな使い方もできるのではないだろうか。
無理、か?
無理かなぁ。
「お世話」とは「親しみの実現」‥‥
別名‥‥ホスピタリティ!
<あの宿は、女将ばかりでなく
全員が「お世話」に満ちているよねぇ>
<サービスは、価値の交換を成立させるための商品だが、
次の時代は「お世話」に取って代られるだろう>。 |
だめ?
だめでしたか?
も、寝る?
そう?
しょうがないか。
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