ITOI
ダーリンコラム

<のらパンダ>

昔から、よく「のらパンダ」のことを想像する。
ひょいっと家を出ると、パンダがいるわけ。
どこのパンダとかじゃないわけよ、
「のらパンダ」だからさ。
適当に人間にもらったちくわとか食べてるわけ。
いや、考えたくないかもしれないけどさ、
生ゴミなんかもあさって食べてるだろうよ。
だって、ものすごくいるんだもの、のらパンダ。

ホームレスの人なんか、ブルーシートの自宅が
パンダに襲われるんじゃないかって、
非常に敏感になっててさ。
「あんまり見せるようなものじゃないんだけど」
って、パンダを殴るこん棒とか枕元に置いてるのよ。
「防衛的なね、そういうものだと考えてください」と、
ブルーのハウスの人も言うけどさ、
パンダを殴るっていう、こう、概念がさ、キツイよね。
それは金魚を食うってのにも近いかな。

小学校の低学年のこどもとか、
通学路にいっぱい「のらパンダ」がタムロしてるって、
怖がって学校行かなくなっちゃったりもするのよ。
ま、たしかにパンダだって、
こどもにおやつをたかろうと寄っていくくらいのことは、
するだろうしね。
なにせ、でかいから、おやつをねだっているのが、
襲いかかっているようにも見えるだろうよ。
こども、転ぶしね、すぐ。
悪い噂の煙も、たびたび立つだろうよ。

「のらパンダ」、いま大事にされてるパンダと、
おんなじ姿で、おんなじ顔してるわけだからさ。
もう、めっちゃかわいいのよ、もちろんっ。
でもね、「のら」なのね。
あちこちに、ものすごい数の「のらパンダ」がいるのね。

世間の風は冷たいよ。
「パンダ。飽きたよね」
「とっくに飽きたし、迷惑よ」
「国は、このまま放置しとくわけかしら、無責任よね」
「日本古来からいる月の輪熊とか、困ってるよな」
「中国の陰謀じゃねぇのか、パンダって」
「外来動物は、固有の生態系を破壊する!」
「パンダって、ウイルスとか持ってないか?」
「働きパンダとかっていないの? 牛は働くじゃん」
「パンダって、ただごろごろしてるよね」
「働かざるもの、食うベからずよ!」
「逆にパンダって食えないのか?」
「食ってもまずいんじゃない? 食えないやつ」
「いい気になってたから、手に職もないでしょ」
「みんな白と黒で、おんなじ過ぎるしな」
「そういう、個性がまったくないのよね」
言いたい放題だよ。
数が少ないときには、あんなにかわいがられたのに、
いくらでもいるとなったら、害獣扱いだよ。
害獣扱いというだけならともかく、
いままでかわいがられていた堕ちた偶像ってことで、
パンダのプライドの部分までずたずたにするわけだよ。

いま動物圓で、みんなにかわいがられているパンダと、
想像のなかの「のらパンダ」と、
なにがちがうかといえば、個体数だけ。
犬とか猫とちがって、とてもでかいので、
ご家庭で飼いにくいから、
ストリートにはみだしちゃうんだよねぇ。

なんども言うんだけど、見た目はパンダだからね。
いまパンダのことを「かわいいっ」と思っている人には、
きっと「のらパンダ」だって、
まったくおなじように「かわいいっ」はずだよ。
ちっちゃいこどもパンダなんてさ、
たまんないかわいさだよ、「のら」だってね。
でも、いっぱいいすぎるということだけで、
社会問題なんだ「のらパンダ」‥‥。

ま、「のらパンダ」の話は、
ぼくの切ない妄想なんだけどさ。

きびしいよ、社会ってのはさ。
益虫だの害虫だのね、益鳥だの害鳥だのね、
ペットと害獣だのね、お花と雑草だのね、
かなり調子のいい分け方だと思うんだけどさ。
しょうがないよね、人間の都合で世界を分けてるんだから。

いまは、パンダ、ぜんぜん大丈夫っていうか、
みんなに大事にされてるじゃない。
でも、すっごく数が多くなったら、
たぶん、すっごく大事にされなくなるんだよ、きっと。

ま、パンダは、あんまり生殖とかに興味が薄いらしいから、
増えないんだけどね、現実には。
増えないことが生存戦略に合ってるんだね。
人間中心の社会で生きていくためには、
増えすぎないことが、
人間の保護を受けて生き抜ける方法だ。

そういうのって、不思議な動物だ、と思うだろう。
そうじゃないんだよ。
パンダは、生きものとしては、
きっと、ただのひ弱な動物なんだ。
でも、人間に見られたり愛玩されたりする商品としては、
増えにくいという弱さが、
愛されるパンダであり続けるには、
とても重要な要素になっているんだよなぁ。

人間という生きものは、ずいぶん数も多いけれど、
人間自身に、どんなふうに大事にされているんだろう。

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2007-08-20-MON

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