ITOI
ダーリンコラム

<可哀想だた、惚れたってことよ>

一般的にはさ、
これをかわいいとは言わないんじゃないかなぁ
‥‥っていうようなものがあるじゃない。
一般的にっていうのも、ま、言い切れないけどさ。
いわばさ、
いなかのおふくろが「かわいい」っていうものと、
いなかのおふくろが「ぶさいくだ」っていうものとが、
あるだろ?

犬なんかでいえばさ、
トイプードルなんてのは、「かわいい」わけだよ。
マルチーズとかも「かわいい」んだよ。
それで、フレンチブルドッグは「ぶさいく」なの。
狆(ちん)なんてのは、「ちんくしゃ」の元だからね、
「ぶさいく」の代表選手だったりするんだよ。

でも、よく見りゃかわいいって?
わかってるよ、そこんとこだよ、言いたいのは。
一般的にというか、いなかのおふくろ的に
「かわいい」っていう価値観は、
テレビの視聴率なみに大きな力を持ってるんだけどね。

実際のところ、フレンチブルドッグでも狆でもさ、
飼い主がいて、そこでは「かわいい」とされてるんだよ。
実際、よく見てる人には「かわいい」んだよ。

一般的に「かわいい」とされているかわいさと、
いなかのおふくろ的には「かわいい」とされてない
という種類の「かわいさ」が世の中にはあるんだよな。

ま、犬の話で続ければさ、
うちの犬にしたって、そりゃぁ「かわいい」よ。
でもね、他人には通じにくい「かわいさ」があってね。
いっしょにいて、よくつきあってる者からみたら
「かわいい」んだけれど、
よその人には、そうは見えないだろうなぁ
って部分があるんだなぁ。
だから、そのへんのところは、
いわば家族の秘密みたいなものなんだよ。
うちの犬の写真とか、けっこういっぱい撮ってるけどね、
家族の間だけで見ている秘密写真もあるんだよ。
そういうのも、ま、一部の人には
「かわいい」って言われるかもしれないけどね。
とてもたくさんの人には、通用しないと思うんだ。

そういうことは、人間相手でも言えることでさ。
ほら、よく若い人どうしが付き合ってるときね、
相手の欠点がちょっと見えたら、
百年の恋も醒めてしまいましたなんてこと、あるよね。
それはさ、誰が見てもステキだったり、
いなかのおふくろが見てさえ美人だったり、
一般的に「かわいい」とされているような価値観で、
相手を見ていることが原因だよね。

「あなた」の欠点とか弱点とかを、
他の一般的な人たちとちがって、
「わたし」は愛することができるんです‥‥という、
やや複雑な思いが、おとなになると生まれてくるよね。
それが行き過ぎると、これまた、
ちょっと困ったことになるんだけど、
だいたいは、その手前のところでさ、
「一般的な価値観+じぶんだけが知ってる価値」という
ちょっとした価値の増加がおこなわれて、
他の人といるよりは、この人といたいってなことに、
なるんだろうとは思うんだよね。

で、ね。
その「じぶんだけが知ってる価値」というのは、
どういうことばで表わされるか、だよ。
それを考えてみたわけさ。

基本は弱点や欠点なんだ。
他の人が認めにくいようなことだ。
もっと言えば、本人さえもいやだと思ってること。
それにさえ、よいと感じるというわけだ。
それを表現することばは、
その関係によっていろいろなんだろうけれど、
おおむね一般的に「否定的なことば」ではあるだろうね。

たとえば、「ふびんだ」だったり、
「あわれ」だったり、
「いたいけな」だったり「けなげ」だったり、
「かわいそう」だったり、「いじらしい」だったり、
「しょうがない」だったり「ほっておけない」だったり、
「ばかな」だったり「ださい」だったり、
「こどもっぽい」だったり「弱々しい」だったり。

そういう欠点や弱点を発見して、
しかもそれを個性として「かわいい」と思えるってのは、
けっこう高度な、人間の感情だと思えるよねー。
それこそが、ながい付き合いのなかで育てていく
愛情だの友情だのみたいなものの正体なんじゃないかい?
これ、「もののあはれ」ってものと、
どういう関係にあるかわからないけど、
近いところにあるんじゃないかって気もするよ。

そうさ、「かわいい」って思いと、
「かわいそう」って気持ちも、よく似てるんだと思うよ。
そういう意味じゃ、
あらゆる愛情ってのは母性の変型なのかもしれないねー。

だーけどなぁ。
このごろは、世の中全体が世知辛くなってるからなぁ。
ぶさいくが「ぶさいく」って言われておしまいだったり、
欠点があったら「だからダメ」ってジャッジされたりね。
そういう一般的というか、
いなかのおふくろ的価値観って、
こどもっぽいもんだと思うんだけどねー。

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2007-11-19-MON
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