<できないことは、ぜったいにできない>
おお、息子。
まぁ、まんじゅうでも食え。
『星に願いを』ってのは、いい歌だよなぁ。
こころから願えば、きっと夢は叶えられるよってさ。
いい歌だよ。
おれは、いつも星を見るたびに、黙唱するんだよ。
黙唱ってのは、おれが考えたことばだ。
黙読と同じでさ、音にはださないでこころで歌うことさ。
「ドリームズ・カム・トゥルー」っていうのも、
いいんじゃないの。
夢は叶います‥‥ってさ、いいよ、ほんとに思うよ。
なぁ、息子。
お、まんじゅう食わないのか。
そんなら、おれが食おう。もぐもぐ。
それはそれとして、だ。
こころから願えば、夢は叶うよっていうことと、
願いさえすれば何でもできるよってことは、
ぜんぜんちがうんだ。
こころから願うっていうことはさ、
なんとなく本気みたいな気分で願うこととは、
ずいぶんちがうっていうことは、わかるだろ?
あのイチロー選手が、
「ヒット1本が、どれだけうれしいか」って言うんだ。
それを知っててさ、
「年間に500本ヒットを打ちたいです、神様」ってよ、
願ったら、そりゃ、本気じゃないと思うだろ。
フィギュアスケートでさ、観客はさ、
みんな簡単に3回転しろーっとか言うじゃん。
でも、あんまり3回転って見たことないよな。
むつかしいからだよな、3回転は。
それを本気でスケートやってる人は、わかってるわけでさ。
「4回転で、世界をあっと言わせます」なんて言わないよ。
素人だったり、こどもだったりしたら、
「8回転してオリンピックで金メダルをとります」って、
言えちゃうだろうけどさ。
それは、夢でさえないよ。
冗談ってものだ。
なぁ、息子。
もうちょっと聞け。
お茶のむか? のむか‥‥。
いや、お茶はないよ。
のみたいかどうか、訊いてみただけだ。
夢がさ、本気で願える夢になったら、
それはほんとうに叶うことに近づいたってことだ。
おれが、よく「小さい夢」を評価するのはさ、
「小さい夢」をちゃんと叶えてきたやつってのは、
「叶える」って経験を積み重ねてきたからなんだ。
夢をみるって、本気で願うって、むつかしいんだよ。
小さかろうが、しょうもなかろうが、
叶えてきたことのあるやつは、
夢を叶えるっていうおもしろさを、身で知ってるんだよ。
受験勉強を、それなりに逃げないで、
どこかに受かることを本気で願ってきたやつってのは、
なんやかんや言って「叶えてきた」んだ。
それは、やっぱりたいした経験なんだよな。
だからなにができるってわけじゃないだろうけれど、
本気で願っているときの人間ってのは、強いんだ。
寝てるのか、息子よ。
あ、寝てないか。
動かないと寝てるみたいに見えるな、おまえは。
そういう体質なんだな。
もうちょっとで終わるよ。
結論を急ぐぞ、息子よ。
おれが言いたいのは、こういうことだ。
「できないことは、ぜったいにできない」
ということなんだ。
樹齢1000年の樹を、いますぐ育てろと言われたって、
絶対にできないだろう。
ただ、これはさ、1000年後でいいということなら、
できないことじゃなくて、できることになるよ。
いやいや、そんなことじゃないんだ。
「できないことは、ぜったいにできない」ってことを、
ちゃんとわかっている人の話は信用できるよ。
おれはさ、こないだ、
サーカスの人たちに会ってきたんだけど、
これ、ある意味では夢を叶えつづけている人たちなんだよ。
だって、世界的なすっごいコンテンツを、
世界に期待されながら、次々に生み出しているんだからね。
だから、夢を叶えたという話を聴いてきた、とも言える。
でも、そういう感じよりも、
「できることを、ちゃんとやってきた」と思えたんだ。
どうやら、「できることを、もっとよくする」を
繰り返してきたらしいんだよ。
できっこないことを、タネを仕掛けておいて、
やって見せるのは「マジックショー」なんだろうな。
これも、実は、
「できないことは、ぜったいにできない」ってことを、
裏側から演出したものだよな。
サーカスってのは、人間の身体をつかった芸だから、
どんなに根性があろうが、能力があろうが、
「できないことは、ぜったいにできない」って、
やってる人はみんなわかっているんだよ。
軽口で、できるできると言えないんだ、身体でやることは。
ある程度なにかできるということを、
最初の種にして、それに水をやってさ、
少しずつ育てていくんだよねぇ‥‥。
その結果が、空中ブランコになったりもするわけだよ。
この身体の感覚が、ものさしみたいに刻まれていると、
本気の夢を見る力がつくんじゃねぇかなぁ、と、
おれは思ったんだね。
言っちゃわるいけどさ、
ちょうしのいい人が、どんな夢でも話してごらんだとか、
本気で願えば夢は叶うんだよなんて言うけどさ、
そんなものぁ、ただの酒のサカナだよ。
大事なことは、まず、
「できないことは、ぜったいにできない」ってことを、
落ちついてこころに刻んでおくってことだよ。
おれが、ひねくれてるからそう言ってるんだと思うなよ。
「張りぼての夢」を観賞しあうんじゃなくてさ、
かっちり純金の、小さくても重量感のある夢をさ、
探そうじゃないのって言いたいんだよ、おれは。
なぁ、息子よ。
‥‥あ、いない。
そういえば、おれには息子はいなかったんだっけ。
じゃぁな。
いいか。
「できないことは、ぜったいにできない」
これが、なにより大事だ。
これさえ知っていれば、たぶん、
詐欺にもひっかからないし、
自分や他人をだまさないと思うんだよ。
わかったか、息子よ。
おまえは、いないけどさ。 |