<集中についてのメモ>
「集中」とは、
分業のネットワークを前提にしてのみ、
成り立つものなのだと思う。
彼が集中している間に、
その集中の成果を待っている人がいる。
彼が集中している間に、
彼の食事をつくっている人がいる。
彼が集中している間に、
彼の集中を邪魔しないようにしている人がいる。
彼が集中している間に、
畑を耕している人がいる。
彼が集中している間に、
彼のこどもを育てている人がいる。
彼が集中している間に、
他の人たちが、いろんなことをやってくれている。
彼が集中している間に、
太陽は休みなくエネルギーを注いでいる。
人間以外の生きものは、
どうやら、あんまり集中力を持っていないようだ。
集中することはあっても、
おそらく、とても短い時間で、
すぐに「我に返れる」ようなものだろう。
それはたぶん、分業という方法がないからだ。
分業の要素が少なくなればなるほど、
集中することは難しくなると思うのだけれど、
その分だけ、なにかが取りもどせるような気がする。
ぼくは、子どものころから、
集中というものが苦手だったので、
集中について考えることが多い。
集中とは、分業の別名だと思ったら、
なにか新しい考え方が生まれてきそうだ。
集中は、価値ではない。
集中は、方法のひとつであって、
価値ではないと、ぼくは思っている。 |