◆39歳、主婦です。
今日のダーリンを読んで、
一昨日からの苦しみ、不安が、
少し軽くなりましたので、お礼を一言。
大阪の事件、同じ年頃の娘を持つ者として、
胸を傷めたのはもちろんなのですが、
精神科通院中の主人を持つ者として、
大変苦しい複雑な胸の痛みです。
今後の世間の(会社の)風当たりを考えると、
精神科の患者の時だけ、その事を、
大きく報道されるのは・・・辛い事です。
主人は、2年前に過労からうつ病になり、
自殺未遂2回、入院3回していますが、
常に自傷行為であって、他人に向く事はありません。
しかし、他人から見れば、
精神科患者は、皆同じに見えるでしょう。
世間の精神病に対する偏見は、
ハンセン氏病と同じようなものでしょうか。
我が家も、同じ立場の多くの方々同様、
会社には、診断書もありますからカミングアウトしてますが、
近所や親戚には、秘密にしています。
その為に、どの家族も非常に孤立しやすく、
精神的疲労も大変な物で、
自分も通院するようになってしまう人も、多くいます。
私は、鬱病患者の家族のMLに参加して、
情報を得たり、愚痴や悩みを吐き出したり、
反対に悩みに答えたりして、精神の安定を計っています。
MLへの参加者が、すごい勢いで増えてきている昨今、
皆さんの身の回りにも、多くの鬱病患者がいるのでしょう。
もっと、病気に関する、きちんとした報道を願っています。
なんだか、訳の分からない文章になってきてしまいましたが、
ダーリンさまの書かれた事で、
少しでも多くの方々が、違った方向から事件を見てくれたら・・と、
期待したい気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。
つたない文章で、長々と申し訳ございませんでした。
皆様、過労にはくれぐれもご留意されて、
これからも、楽しませて下さいませ。
◆今日のダーリンコラムを読んで
精神病について書いてあったので
私も同じことを考えていたので
お便りさせていただきます。
「事件の犯人が通院歴があった」
ということで、いじめが起きるかもしれない
とのこと、本当にそうかもしれません。
私は、通院歴はありませんが、
近くに、そういう人がいます。
この事件について母親と話をした時
「でもこの事件で被害やショックを受けた子供達も
もしかしたら精神を病んで、通院することに
なるかもしれない。今は大丈夫でも
その内通院するかもしれない。
それを誰かが偏見を持って見たら
一体どうなっちゃうんだろう」
と思いました。
私は子供もいないし、ぎゃあぎゃあ騒ぐ子供は
もともと苦手なのですが、それでもこの事件のことを
考えると泣きそうです。
おつきあいをしている人のお父さんとお兄さんが
あの学校の出身と聞いてびっくりした
というのもありますが、
そうでなくても、私は糸井さんの意見に賛成します。
高みから物を言っているようには、聞こえませんでした。
ではまた。
◆さて、今回お便りしたのは他でもありません。
大阪での痛ましい事件の話です。
糸井さんのコラムを読んで少し落ち着きました。
私も長年病院へ通っています。入院経験もあります。
そして数年前こう心許ないひとから言われました。
神戸の「少年A」の事件が起こった直後です。
『お前、精神病院に入院していたそうだな。
お前みたいな奴が殺人を犯すんだ。
病院へ帰れ!このキチガイが!』
その時は一週間も何も食べられず
胃液だけを吐き続けました。
今回の事件でも我慢していたのですが、
とうとう吐いてしまいました。
コラムで少し救われました。
本当にありがとうございました。
またお便りいたします。
◆何から書いたらいいのかわからないので
支離滅裂になってしまうかも知れませんが許してください。
とりあえず思いつくままに書いてみます。
今日のダーリンに書いてあったことと同じような事を
事件を知った直後に父が言いました。
日本では「通院」してる人を隠そうとする。
隠せば隠すほど人々の間で偏見は大きくなっていって、
何にもしていない人々をも(本人だって苦しんでいるのに)
気味悪がって排除していこうとしてしまう。
今回の事件をきっかけに、
そのような風潮が強まって行くかも知れない。
嫌なもんだ。
私の母は入退院を繰り返していました。
誰かを傷付けるようなことは決してしませんが、
意味不明な言動のために、
近所の人々との関係が悪くなったりもしました。
「気味が悪い」
「入院させろ」
「閉じ込めておけ」
善良な人々の言葉です。
私も自分の母でなかったらそう思ったかもしれない。
どうするべきなのかはわかりません。
人々のそういう気持ち(気味が悪いとか)を
止めることなどできない。
でも無防備に傷つけられていきます。
もっと考えてくれる人が増えたらいいのに。
「自分たちには関係ない」
「自分とは全く違う人間だ」
そんな風に思わないでほしいです。
「いつ自分がそうなってもおかしくない」
と思いながら私は生きています。
身内にそういう人がいるために
他の人よりもリアリティがあるだけかもしれませんが。
今の世の中では誰がいつそうなっても
おかしくないと思うのです。
社会が患者に対して開いていなければ
「発病」したらそれっきりになってしまいます。
「社会復帰」なんて望めません。
それでも生きていかなければならない。
もう少し生きやすくてもいいのに。
今回の事件はとても辛すぎるできごとです。
だけど、泣く事もできずにうつろな目をした子どもたちに
容赦なく突き出されるマイクをみていると
母を気味悪がった人々に対する嫌悪感と同じものを感じます。
何も聞くな。
必要なことをさせてあげてほしい。
患者を排除する人も、無神経にマイクを向ける人も
私にとっては同じ種類の人間です。
相手の気持ちを全く考えてない。
(こんな言い方はとても偉そうですが)
やりきれないです。
いろんな意味で。
でもニュースはひっきりなしに入ってくる。
暗いメールになってしまいました。
糸井さんの考え方をいつも「いいなぁ」と思っていて、
今回のとらえ方も嬉しかったので
(嬉しいってしっくりこないけど)
メールしてみた次第です。
◆ワタクシも「通院歴」を持つ者です。
ですので、ワタクシも今回の
「精神を病んだ患者さんへの」
一部の報道の仕方は嫌いなのです。
精神を病んでお薬を服用されている総ての人が、
薬の大量服用によって
こんな事件を起こすかと云われたら、しないでしょう。
そもそも「精神安定剤」と云う括り方もどうも違います。
「安定剤」は大量服用したら昏倒するだけです。
「向精神薬系の抗鬱剤」
でしたら慥かに大量服用で興奮するかも知れません。
とすると、「薬」の報道の仕方にすら問題があるのです。
精神を病んでるどうこうは、
実はあんまり犯罪とは関係無い気がします。
慥かに、自己抑止力が強いか弱いかで、
犯罪を起こしたり起こさなかったりと云った
要因にはなるでしょう。
でも、その前に大切な事を見落としている気がします。
人を殺すなんて、結局「たまたま」か
「殺す意志があったか」だと思います。
「たまたま」は殆ど事故です。
つい、人を殺せる状態になってしまって、
歯止めも無かった時。
「殺す意志があったか」時は、
明白に殺意があってやる確信犯です。
どちらにしても、
「いや、人殺しはやってはいけない!」と云う抑止力が
自分の中で働けば、殺しはしないでしょう。
一体どんな理由で其の抑止力がぶっ飛んでしまうのか、
そんなのは
当事者じゃないと解りません。
当事者だって後からしたらわかんないかも知れません。
精神を患っているかどうか、なんて問題は、
この抑止力が通常の人よりやや落ちる「かも」知れない、
と、これだけの問題です。
だから人殺しに踏み切ってしまった心なんてのは、
脳内物質の検査でもホルモン異常の検査でも
精神鑑定でも出せないと思うのです。
だって興奮してたら
興奮物質が脳から出てるのは当たり前だろうし、
興奮物質が出てる人すべてが人殺しするかと云われたら、
其れも違うでしょう。
科学は慥かに統べてのことを数値で現す事が出来ます。
でも、数値は人の心の細かい情動まで現してはくれません。
科学を否定しろとは思いません。
通院歴のある経験から云って、
安定剤などは慥かに人をいっときの激しい
不安によるアンバランスから救ってくれます。
でも、安定した時、
自分が治る為にはどうしたらいいだろうかと、
考えたり、相談したり、アドバイスを受けてみたり、
実行するのは自分の心ひとつです。
科学と、科学の有効範囲でないものとは、
きちんと分けて判断すべきものだと思います。
やたら滅たら「心のケア」をとか云うのもだから
私は考え物だと思うのです。
心を物の様に、それもとびきり壊れやすい物の扱っている
様に見えるのです。
起こる出来事は総て紛れもない現実です。
どんなに哀しくっても悔しくっても事実です。
「PTSD」なんて単語にびくびくするのではなく、
起こった事は起こった事で認めないと始まりません。
其の結果病的な症状を我が子が示したとしても、
其れは親が我が子を心から受け入れる事だけが必要な
症状なんでしょうに。
「怖い事があったら親は子供にすがりつく。」
全然特別な事じゃあないです。
なのに、「PTSD」なんて
名前が付けられちゃったものだから
皆「特別な病気」だと思い込んでいる。
そんな事云ったら、
戦中のつらい時代を生き抜いて下さった
お年寄りの方々は全員「PTSD」患者にされてしまう。
其れは違うでしょうに…。
最もらしい科学・心理学用語が飛び交って、
要らない差別や不安、
過保護な対応が飛び交う事が心配です。
長々とすみません、
一部のメディア報道には、
ワタクシも眉を顰めておりました。
◆大阪に住む30才(家事手伝い+家業手伝い)男です。
この度の小学生惨殺事件について、
始めに知ったのは営業で外回りであった車の中でした。
私自身は子も嫁もいないのですが
5つ上の兄の息子(長男)が小学1年生と、
ゆう事も有りこんな私でもとてもすごく短かなかんじで
「なんでなんや、これは、なに考えてんねん!」
「あいては小学生やろ
(小学生じゃなくてもあかんねんけど)」
「甥っこの小学校は大丈夫なんやろなー?」
ってゆうのが最初でした。
それからだいぶ経って、その次に頭をよぎったのは
「又まねする奴が出て来るんと、ちゃうんか」
って思いました。
ここからが本題なんですけど、
以前からもズウッーと感じてたんですが
本日、鳥越さんのテレビ番組を観てて
特に強く感じたんですが加害者の
親父さんのコメントかな?
親子愛ってゆうのも何か変かもしれませんが家族関係や、
もうちょっと大きくすると
人間関係(地域的なものもあるかも)が、
足りないってゆうか構築されてきてないってゆうか
かなり愛情に飢えてたんじゃないのかなと思うんです。
けっして犯人を、
擁護したいとかって理由じゃないですけど。
今、現在これから今後こんな事件って
ドンドン増えていく気がします。
特に報道のされ方ひとつとっても
子供達の脅えた感じの映像を流す事によって
こうゆう少し病んでいる人達のなんらかの
スィッチを入れるためのキーワードに
成りうるのではないかとさえ感じえます。
大きくわけてみても犯罪を犯さない人、
うまく犯す人(捕まってもうまくでてくる人も含む)、
実際に捕まって処分を受け拘留される人などなどには、
やはり人間関係が密接な関係であると思うのです。
例えばアニメーションやマンガ、映画、
ドラマなどの映像表現のなかで、
猟奇的なものから人間像の
インスパイヤーされやすいものまで自分の中に取り込む、
取り込みやすいものを、
きっちり処理できない人が
増えていってるのではないでしょうか。
犯罪意識の薄いまま、まるで物をA地点から
B地点まで移動させるかの様に映像を
再現するのと同じく殺人のワンシーンを
演じているようなとても危険な感覚、
薬のせいだからってかたずけてほしくはないのです。
そこに至る迄の途中の経路が
とても大事なんだと思うんですよね。
報道のされかたやアニメーションやマンガ、映画、
ドラマ、映像表現を制限すればよいのかって
事ではなくて、いいすぎればどんな映像を見ても
自己処理のできる免疫力の高い
そんなものにも、
打ち勝ってゆける人物を本人が何と云おうと
周りの人達がお節介に
近いぐらいの
愛情を注いで育てていける様な社会造りを促す報道を
鳥越俊太郎さん、長野智子さん、スタッフの皆様で
是非、よろしくお願い致します。
◆今回の事件のあった池田は
私の住んでいる宝塚とは割りと近い所です。
隣の中学生のボンも、
あの学校の中学に通っていたりします。
事件はやっぱり悲しくし、やりきれないものなのですが、
新聞を読んで、
いつもこのような事件が起きてしまうたびに出てくる
フレーズ、
犯人は精神病院に通院中だった、
(もしくは過去形でも)にまたまた、
もやもやとやりきれないものを感じてしまったのでした.。
というのもやはり私は15年前から精神科という所に
お世話になっているからです。
入院も何度か経験しました。
躁鬱病というのは、一般的な人より
感情のゆれ幅が大きく
薬で波を緩やかにできるようです。
(脳から分泌する物質を押さえたり出来るみたい)
現在の私は、はたから見たらなんで
あんたがそんなとこ行ってんの?
というようにのんきに見えるのらしいですが、
それはひとえに、家族と友人、周囲の協力と、
信頼のできる医者ととめぐりあえたこと、
そして、自分が自分の病気を認めてやれた事が
大きいとおもいます.
とにかく、精神科にかかるようになるまでは、
私は美術系の学校だったので、
ゴッホだとか、カミーユクローデルだとか
心を病んでしまったアーティストにちょっと憧れてしまう
アホっぽいやつでした。
15年前といえば
今よりもにカウンセリンクに行くとか
精神科にかようことはもっともっと
マイナーなイメージでした。
自分で自分を差別してしまった事もありました。
でも、人間てすごいな。忘れられるという
才能を持ってるから。
これが無いと悲しくて生きて行けませんわ.。
(脳みそのしわの奥にはぎゅっと
埋まってて時々は辛いけど・・・。)
現在の所、サイドワークをしつつ作品を作ったり、
今はまた新たな目標をかかへ、自分のペースで
頑張っているつもりです。
健康な人にもいろんな人がいるように、
同じ病気を抱える人達にもいろいろなタイプがいるのです。
まああたりまえですけど。
今日のダーリンを読んで
こんな長いメール書いてもいいいのかな−
なんて思いながら
でも、いつも無理やりうやむやにしていた
事がかいてある!
と。思ってしまったので書かせてもらいました.。
◆事件に関してのコメントを読んで、
私が思った事を書こうと思います。
私は子供もいないし、
精神的な病気にかかった事もないので
こんな事言える立場では
ないのかもしれません。
私はなぜか前から、人間のダークな部分に
とても興味があるというか、明るい部分だ
けでは生きていけないよなぁと思っていて、
精神病に関するものだとか精神病院の現状だとか、
犯罪だとかそういう本を読んだりしました。
確かに精神病からくるもので犯罪を犯す人はいますが、
全てではないですよね。
心の病気は、治るものもあれば治らないものもある。
早期治療が一番いいらしいということです。
治らなくても薬で抑えられるとか、
たくさんの症状と治療法がありますよね。
そんなこと知ってると言われるかもしれません。
少しでも早く家族や周りの人が気が付いて
治療を始めていれば、悪くならずに済むのだそうです。
御巣鷹山の悲劇だって
起こらなかっただろうと言われています。
あの犯人もそうだと思います。
みんながあきらめてしまったのです。
ほったらかしてしまったのです。
もっと精神的な病気に関しての勉強と知識を、
特に日本人は深めるべきです。
知らないって一番怖い事です。
偉そうにすいません。
ただそう思ったので、
いつも気になっていたので、
この場を借りてこの思いを吐き出してしまいました。
◆通院歴あり、です。
ダーリンへ
救われました。
ありがとうございます。
重いうつ病で通院歴あります。
今も、自律神経は不調で”精神科”に通院中です。
金曜日から土曜日の午後まで
あの事件と、自分の身におきた事件のことで
久し振りにうつになってしまいました。
土曜、ダーリンが暗くて救われました。
それで、声を上げて泣きました。
涙がたくさん出て、楽になって、前向きになって
日曜の朝には、自分の事件が片付きはじめました。
更新されたほぼ日を、穏やかに読めました。
わたしは、まだ、あのニュースを見れません。
でもそれは、「通院歴」ときくのが嫌なわけでは
なくなりました。
その問題は、ダーリンがわかっていてくれるから、
もう大丈夫です。
ただ、守りたい命をかかえてる身では、いたたまれなく、
わざわざうつになることもないので
いまは見ません。
こんな事件がなくなりますように。
子猫をダンボールにいれて捨てる人が
いなくなりますように。
これは、わたしの週末の事件。
比べては不謹慎な、とても小さい事件。
でも、わたしに出来るのは、その命たちを救うこと。
本当は、そんなダンボールに出会いたくないんだけどな。
◆「憤り」って言葉が、最近よく私の頭の中に浮かびます。
池田で起こった事件は、隣町の住人で、
同級生の優秀な友人が通っていたあの池付のことだけに、
なんとも「憤り」を感じずにはいられない事件です。
京都の山の中で知ってとき、まず、被害者の名前をチェックしました。
友人の子供はいないか?教師の友人が、まさか働いていて、被害にあっていないか?
幸いにも、知人には直接の被害者はいませんでした。
その瞬間、この事件は私の日常から少し離れた場所に収まりました。
きっと、何ヶ月かすれば、
この事件も他の色々な「憤り」を感じた事件のように、
私の中の日常から離れた記憶の場所に収まるのでしょう。
でも、それはフッとした瞬間に、
自分の日常によみがえってくる事でもあります。
先日、不慣れな運転で夜中に道に迷い、
山の中に入り込んでしまいました。
その時、この「普段日常から離れた場所にある記憶」が、
突如、日常の記憶になったのです。
様々な過去の事件が思い出され、通りすがる車全て、
道端にいる人間全てが怖くて、怖くて、
降りて場所を確かめる事さえできませんでした。
何とか、携帯で友人に助けをもとめ、
誘導してもらい無事に帰ることが出来ましたが、
あの瞬間は、本当に怖かったんです。
こういった事件がおきるたびに、私達の記憶の中に、
この恐怖の種のような記憶が溜まっていくのだと思うと、
それもまた「憤り」ます。
この記憶を少しでも減らすには、
「なぜ、起こったのか?」を広い意味で
きちんと検証なれる以外に無いような気がしています。
こういった、事件がおきる本当の理由や原因は、
ただ蘇犯人が、精神異常だとか、情緒不安定だとか、
そうった事ではないきがするのです。
もっと、もっと、小さなことで、
実は皆にも関係のある部分のひずみのような
気がしているのです。
私も、考えます。
なんか、重いメールになっちゃった。
ごめんなさい。
次は、関西人の意地にかけて、
もっと面白メールがんばります。
◆大阪の哀しい事件のことを取り上げられてたので。
メールしたくなりました。
今、私と私の母は、
とても複雑な気持ちでニュース番組に釘付けです。
一昨年、父が亡くなり、我が家は母と私、
女二人になりました。
いろいろ用心しながら暮らしているつもりです。
ウチのお向かいのお嬢さん、精神科で治療を受けています。
そちらもお母さんと二人暮しです。
お母さんは、はっきり言って、世捨て人です。
亡くなられた御主人の年金だけに頼り、
働かず家事もせず、
子育てすらせずに来られたようです。
お嬢さんは世界から
隔離されて育ったとしか思えないのです。
彼女の行動は、時に奇異で、
でも時には「世間」に対して一生懸命ではありまし
た。
以前から、御近所を不安にさせるような
出来事は時々ありました。
でも、今回のは決定的でした。
金曜日に大阪で事件が起り、
それは翌日、土曜日の午後に起りました。
(彼女的には、因果関係はないはずですが)
母は家の前で友人と立ち話をしていました。
彼女は突然、彼女の家から走りでて、
私の母に向かって叫んだのです。
「○○○(母の名)さん、
私に『死ね』って言ったでしょう!?」
その時の彼女の目、とても恐ろしかったそうです。
もちろん母は、そんなこと一度も、
一言も言ったことなんてありません。
母がその場で彼女をぶってしまったこともあり、
近所の人や彼女の親戚の人があいだに入って諌めてくれて、
その場はとりあえず収まりました
(彼女の母は、ただ黙って見ていたそうです。
謝罪もありません)。
そんなことがあり、御近所のあちらこちらから
「あんなこともあった」「こんなこともあった」と
いろいろな話が出てきました。
彼女が今までになにか犯罪を犯したわけでもなく、
これからもそういうことが起るなんて
言うこともできません。
ただ、「何かされるかも知れない」という
不安をかかえたまま、これからもここ
に住み続けることが、私は不安でたまりません。
父が私達に残してくれたこの家を、
捨てるしかないのかとも思うと、切ないのですが。
「まだ何もしていない人」から、
私達を守ってくれるものは何もありません。
自分で自分を守るしか、
「可能性」から遠ざかることしか、
ないように思えるのです。
これは「偏見」なのでしょうか?
実は、母の妹は精神薄弱障害があり、
ずっと施設にお世話になっています。
だから、うちの家族は「精神的に健常でない」人たちと
接触する機会は子供の頃からありました。
だからこそ、包み隠さずはっきり言えます。
怖いんです。
それはいけないことなのでしょうか。
重いメールでごめんなさい。
◆今日もやってましたね。
小学校でのあの事件のニュース。
甥っ子の通ってる小学校じゃなくて良かった、
なんて、不謹慎でしょうか?
まだほんのチョットしか生きてない命を
奪われた子供たちの冥福を祈ります。
と同時に「友達の死」を経験してしまった、
残された子供たちの心のキズを思うと、また悲しいです
。死による別れを実感するには、あまりにも幼すぎます。
そう思いながら、何もできない私ですが・・・
◆初めまして糸井さんのHPの
書込を読ませて頂きました。
本当に今回の事件は今まで日本が蓋をして
身を背けていたグレーゾーンからとうとう
精神病という鎧を付けた
罪者が出てきたなと思いました。
書込にも綴っていましたが明らかに司法の
間違った認識と一種の差別感から
今回の事件は生まれたのだと思います。
という私も心の病(不安神経症)を患って
生きてる人間です。
だからこそ解るのですが多くの精神的疾患のある患者は
自分の病気と闘うことだけで精一杯で犯罪などする
暇さえ無いと思います。
また今回考えなければいけないのは、
当然子供たちやその両親のケアも
大切ですが精神病患者の生きにくさに
拍車を掛けるようなマネはしてほしくないということです。
メディアを通じてしかメンタルな部分に触れることの
無い多くの人達はこれから何かあるたびに
さらに偏見と差別の目で私達を見るでしょう。
そして孤立していく患者は生きていく場所を探し
彷徨うでしょう。
そして新たな犯罪が生まれる可能性や、
また子供たちが十数年後
悪質な犯罪やPTSDに悩み生きていくことの
希望を見出だせなくなるかもしれません。
また、犯人も言っていましたが精神疾患があるなら
簡単に人を殺害できると
安易に考え犯行を犯すある意味精神的疾患のある
犯罪者が生まれるかも知れません。
そういった事をワイドショー的に
ただ扱うのではなくもっと掘り下げて
見つめ直してほしく思います。
犯罪者の刑罰も、病気と犯罪の関連性などや
心の病を掘り下げて。
鳥越さんには期待しています、頑張って追求してください。
私も姉の金銭トラブルに巻き込まれて以来
パニック発作や引きこもりで
悩み苦しんでいますが、
(3年目になります)ニュースや本を読ませて頂いては
自分もいつか本当の自分に戻るために
もと日々自分の出来る範囲で
外部の事を見ながら読みながら糧にしている最中です。
と話がそれ始めたのでこれにて失礼します。
では、1日も早く日本も精神疾患のあるものが
普通に生活することを許される国になるように、
そしてメディアももっと内容の濃い一時だけど
問題提起で終わらせずいずれは法律や思考も
動かせるようになること願っています。では・・・。
◆こんばんにゃ。
今日の、今日のダーリンに共感しました。
ただでさえ偏見の多い病に、
さらに大きな偏見が重なるのはつらすぎる。
いろんな思いが重なる今回の事件だと思うけど、
「心のカゼ」をひいているひとたちが
カゼを悪化させてしまう気がしてならない。
あたしは、なにもすることはできないけれど、
この思いが杞憂であることを祈ります。
◆毎日ありがとうございます。
いち閲覧者です。
ネットという限られたメディアでは ありますが
「言いづらいこと」を あえて 書かれる姿勢に
いつもながら 感動しました。
こういった事件に対して 懸念されているような偏見が
メディアでいつも述べられますね。
「精神の病」「神経の病」「生まれつきの障害」
「単なる性格」
これらが 混同されているのも
原因のひとつかと思います。
また いわゆる「ふつう」の人々にとって
例えば「突然意味なく奇声をあげる」といったような
奇行は原因を知らない限り
やはり おそろしいものだとも思うのです。
正体見たり枯れ尾花といいますが
「わからないもの」「理解できないもの」は
こわいものです。
精神病の方をいじめる方向の報道は もちろん
ゆがんでいると思います。
しかし それで 煽られる人々の気持ちも
わからなくはないのです。
こういった機会に
「こわいもの」「わからないもの」の正体が
実は ただおそろしいだけのものでなく
かなしいものであったりする
というようなことを(今回の場合であれば
精神病とは一体なにか?)
人々の身近な言葉で伝えてくれる側面も
「報道」にあってほしい と願うのは
重すぎる期待なのでしょうか?
なんだか わけのわからないことを書きました。
いつもは 家人や友人と「なんだかなー」と
言い合って終わる内容を
自分の守備範囲でない方々に 伝えてみたく
『postman@1101』 に 聞いてもらいました。
今回、いつにも増して 様々な意見のメールが
届いたことと思います。
お忙しいなか、
長々とお読みくださってありがとうございます。
◆今回の小学生無差別虐殺の責任転嫁のあり方についてです。
犯人が責任取れないからといって、
責任をたらい回しにしてる。
糸井さんが言ってたように
通院歴のある人にはつらいと思う。
でもね、思うんです。
なんで、通院歴のある人とひとごろしを
一緒にまとめられるのだろう?って。
犯人に通院歴があろうと、なかろうと、
人を殺めた罪は罪です。
わかろうが、わかるまいが
償わせるべきです。
同じ過ちが繰り返されないためにも。
他の患者さんを責めてません。
でも、人を殺したことはせめていいのではないでしょうか?
今回の犯人の心理に、同調してしまったら、
おしまいです。
みんなで「悪い事は悪いんだ」
って言えるようにならなければ、
そこは、乗り換えていかなければ。
もう2度とこんな事件はイヤです。
・・・パックがかわいて来たので、この辺で。
◆私非常にパソコンが下手で、
これを書くのも必死なんです。
実は、 元キーパンチャーだから
ブラインドタッチはできたりするけど、
入力の仕方がもう一つ飲み込めてないのが悲しいです。
悲しいといえば、 この間事件ですね。
子供を持つ母としては、 耐えられない事件でした。
でもね、 最近身近にいる子供達も、
少し変だなと私は感じています。
考えられないような残酷なことをする子が
増えている気がします。 どうしてなんだろう。
頭のいい糸井さんは、
子供達の変に残酷なことに気づいておられましたか。
ご意見、聞かせてください。
このメールが無事に届くことを願ってます。
◆ 今日のダーリン読みました。
僕も、そのような「感じ」を共有するものです。
今の会社にも、「通院している」人がいるし、
友達が「入院」していました。
普通に友達としてつき合っていて、
とてもそのようになってしまうなんて
考えられなかったのに、ある日遊びに誘いにいったら
ご両親が「病院にいる」
とだけ教えてくれて、病院にいってみると
「精神科」で入院しており
面接に言ったら、看護婦さんが
「人と会える状態じゃないので、面会はできません」
と静かに、丁寧に言った。
なんで、そんな事になったのか、
はっきりいって理解できなかったです。
確かに、大学にいって行き詰まってるとか、
中退したとか聞いたけど
「なんとか、がんばる」って感じだったけど、
それは、見せかけだけだったのだろうか。
「どうして、友達なのに本当の気持ちとか、
悩みとか相談してくれなかったんだろう」
私は、入院した友人には悪いけど、くやしかったし、
悲しかったです。
友達って、なんだろうって思いましたよ。その時は。
いろいろと自分の中で苦しんで、
自分でもどうしようもないくらい一人ぽっちの人が、
いるんでしょうね。
例えば、リストラとかで悩んで
結局自殺しちゃうお父さんとかも
増えてほしくないですよね。
残された人たちは、本当に、ねえ。
社会が、もっと理解できるようになれば
広い意味でもっと救える人もいるはずと思います。
なんだか、いつもどうりまとまらなくなりましたが 、
今日のダーリンを読んで
思ったことと、
「ほぼ日」が一人ぽっちの人たちを
救ってくれている事を感謝して
(こうして、夜中に一人で誰かに読んでもらえることを
前提にメールが書けるなんて幸せだ)
お、お、お世辞しつつ。
◆池田小の事件の報道のあり方について、
他局の番組も拝見しましたが、
小さなお子さんにマイクを突きつけたり、
本日夜の某報道番組
(私は報道番組とは思っていませんが)では、
精神障害者が事件をおこすパーセンテージまでを出して、
精神障害者=犯罪者、的な表現がなされていました。
その点、スクープ21では、
そのあたりきちんとコメント
いただいていたと思いました。
今回の事件、あまりに痛ましく、
私も言葉もありません。
以前の私なら、加害者への一方的な憎しみだけを
ぶつけたでしょうが、
最近、縁あって、精神分裂症の
ご家族や精神科医の方と
いろいろお話する機会があります。
最後に家族会の方のファックスを
読み上げていただいてましたが、
多くの家族の方が、今回の事件による偏見を恐れています。
何より、患者本人によい影響を与えません。
今回の犯行については憎悪を感じますが、
一方で、
ずっと一人暮らしだったという犯人の日頃の暮らし方
について、思いを寄せずにはおられません。
ある精神科医の先生がおっしゃっていましたが、
患者の家族は、患者本人と接することで、
患者に「常識」を届けねばならないそうです。
言葉を交わしたり、妄想にも耳を傾けることで、
本人の気持ちを落ちつかせることができます。
先日の筑紫哲也さんの番組の中で、
悪の組織団に狙われているという
妄想を持った息子さんに対して、
そのお父さんは「わ〜っ」と叫んで、
一緒に(その見えない相手に)
立ち向かっていったそうです。
とたんに息子さんは気分が落ちついて、
自ら病院へも行かれたとか。
家族にも妄想を拡大させて暴言、暴行が向けられるなか、
それでも耐えて、
一緒に頑張っておられる家族がたくさんおられます。
本音を言えば、放り出したい
家族もいらっしゃることでしょう。
しかし、こうした病気をもっている人は、
孤独の中に置くと妄想を拡大させていきます。
正しく服薬しているかどうか見届ける必要もあります。
誰にも自分は愛されていないと感じることが、
被害妄想を拡大させていくのです。
そして、さらに大きな問題は、
精神病院の現状もあげられます。
こうした家族の方々の中でしばしば話題になるのが、
主治医のあたりはずれですが、そのほとんどがはずれです。
というよりも病院運営に問題があるのですが、
5分診療、10分診療を強いられている先生がほとんどで、
じっくり患者や家族の話が聞ける状態ではありません。
そんななかで、患者が潜在的に秘めている
性格異常を発見するのは
難しいことでしょう。
今回の事件をひきおこしたのは精神異常ではなく、
性格異常だと考えています。
精神障害者でなくても、
例えば今の(すぐきれる)若い人たちにも
性格異常はいます。
また、措置入院を適切に活かせられない
精神病院の現状についても
ぜひ検証いただければと思います。
鳥越さまの真摯の報道姿勢にはいつも感銘しております。
できましたら、
この問題、そうした側面から取り上げていただければ
と思い、失礼ながら、長々とメールをさしあげました。
◆こんにちは.
「今日のダーリン」コラムを読んで,
正直ちょっとホッとしました.
ニュースの多くで,「通院歴」のあること,
薬を飲んでいたことが報道されました.
それは,たぶん「事実」かもしれない.
でも,その報道によって,通院歴のある人一般に広がって,
偏見や誤解が生まれたとしたら,悲しいことだし,
正直報道の仕方に「言葉足らずなのでは?」
と思っていたので.
のどに刺さっていた魚の
小骨がスッと取れた時みたいでした.
そういう偏見があることによって,
病院に行った方がいい人が行けなくなったり,
そのせいで症状が悪化して,
反社会的になる人が増えること
(偏見による副作用?)
もあり得るのではないかなとちょっと考えてしまいました.
ほぼ日の一読者として,
一市民として「今日のダーリン」コラム良かったです.
まるでかゆいところにまで手が届くマゴの手のようでした.本当に.
では.
◆ 今日のコラムを読んでです。
私の母は軽い鬱病を煩っています。
今日では大分良くなり
外に出たり買い物に行ったりできるように
なりましたが 一時期は本当にひどかったです。
不安発作という言葉をご存じかどうかは分かりませんが
発作を良く起こしていました。
母の場合は人に会えなかったり
電話が出られなかったりでしたがそれはそれは
見てて 痛ましかったです。私の実家は自営業なので
精神病の母がいるとなると商売に差し障りがあります。
結局は家の中で ただ病院からもらった
薬を飲んで寝ていました。
今では家の雰囲気も和やかになっていますが
当時は誰もがぴりぴりしていました。
で 何が言いたいかというと
今回事件を起こした人は悪人ということです。
それは病気だからというだけでなく
彼自身の問題です。
勿論病気が引き金になったということは
否定できませんが それはきっかけに過ぎないと
私は思うのです。
病気を持っている人を憎むのは非常におかしいと思います。
ただそれは、普通に暮らしている人達
には理解しづらいのではないかなということです。
私自身も母が病気になったから
精神病の事を勉強したし
理解しようと努力をしました。
だから 今のような結論に達していますが、
通常きっと非常に困難だと思うのです。
もしも これから病気を抱えて生きている人たちが
批判されるとしたら 悲しむべき事ですが今の日本では
少なからずしょうがないかと思います。
人と違う人を あまり認めない社会だからこ
そ今の日本があるわけで
この状況を全否定など誰にもできないし、
してはいけないことのように思います。
とすると 偏見を持たれるかも知れない人は
どうするかというと
胸を張って生きていって欲しいなということです。
少ないかも知れませんが理解している人は
必ず居ると思うのです。
同情ではなく理解と言う意味で。
簡単に言えることではないけれど、です。
いまいちまとまりませんが
色んな思いを抱えて生きてる人が
身の回りには結構存在しているということです。
だから 一人一人が誰にでも優しくなれれば
いいなと思います。
自分の正義を持てればいいなと思います。
他人の意見ではなく 自分の意見を
はっきり言えるようになれ
たらいいと思います。
ま 自分を含めてですが。
それと もうひとつです。今
はインターネットで簡単に色んな薬を買うことができます。
鬱病の薬や
睡眠薬 ダイエット薬等々。
それを簡単に今日は気分が悪いから抗鬱薬というのは
おそらく人の体にいいはずがありません。
本当に病気の人が飲めば 薬だけれど
正常な人が飲むのは毒です。
そのことを ちゃんと認識していない人が多すぎます。
簡単に手にはいるから飲むのではなく
本当に病気がどうかをちゃんとした
先生にみてもらってから
まずは日本で出に入る薬を飲んでそれでもだめなら
他の手段を考えるというのが本当です。
精神病は病気です。
もしも本当に自分が不安ならば
人目を気にしないで
(実際病院ではあまり目立ちません)
精神科の門を叩いてください。
それが最善策です。
自分をコントロールするのは自分でしかありません。
薬に頼っても解決にはなりません。
生きていくのがつらい人たちは沢山居ると思いますが、
自分を可愛がってください。
自分で自分を信じなければ
誰も信じてくれません。ということで、
非常に偉そうですが 私の体験です。
頑張る必要はないけれど
自分を一欠片でも信じることができれば
少し状況は変わるはずです。
どうでしょうか?と この辺で。
恋愛下手より
◆今日の、「今日のダーリン」
ありがとう。
私も、友人やイトコの子供たちを身近に見ているから
ほんっとーに今回の事件、痛くて、憎いです。
でも、
身内に、2人、同じ病気の者がいるので・・
ここ数日、テレビを見たりするにつけ、
めちゃめちゃ複雑な気持ちを抱いてました。
どんなに「配慮」をしてあるとはいえ、
どう見ても、
容疑者の病気を責めているように見えるから。
同居している父方の叔父は、かつての学生運動の軋轢から。
関西の母方のイトコは、大震災のショックから。
家族が気付かなかったり、
認めなかったりしたばっかりに
病気が悪化するまで放置されてしまい
とても苦労した人たちです。
今は2人とも治療と薬で、
シビアな状態は脱しておりますが
本人にも、身内にも、ずっと苦しみは続きます。
はっきり言って、
病気とは知っていても、同居の者には、
とっても大変です。
身内なのに、身内だからか。
「病気」の状態でも普通に生きているんですから。
一緒に住むのは、非常にきついことです。
腹の立つこと、ストレスになることの
「てんこもり」です。
離れて暮らしている親戚たちには
症状が理解できませんから
皆が来たときには、はしゃいで、普通に見えますから
ちょっと血の離れた私や、嫁である母が、
なにかと責められます。
(最近、その叔父の面倒をずっとみてきた祖母が
突然亡くなって・・かなり依存していた2人なので、
これも、きつい。
ここで言うべきことではないですが。)
でも
他人より少し余計に優しかったばっかりに
人間の体の仕組みのいたずらから
なんの罪もなくそうなってしまった彼等を
責めては、いけないんですよね。
人によって様々な症状があり
犯罪を起こす人は、病気でない人の確率と比べて
いったいどうなんだ!!ってことです。
専門家じゃないので、
大きなこと、偉そうなことを言うつもりは
ありませんが。
◆10日の「今日のダーリン」を読んで、
メールを送る事にしました。
私も精神を患っている者の一人です。
こんな風に言うと、大抵は奇異な目で見られます。
大阪の悲しい事件が起こった今、
それはさらに広がる事でしょう。
社会の力はすざましく、少数派は飲み込まれてしまいます。
そんな時、自分の力のなさを嘆きます。
「精神病」だという括りだけで、
私や、その他の人を意味づけるのは悲しいし、くやしいです。
だから、10日の「今日のダーリン」は、
なんだかありがたいと思いました。
ダーリンが最後に、高見からものを言っているようで…と
書いていましたが、全然そんな事はないと思います。
良い意味で理解してくれと言っているわけではありません。
ただ、悪い面だけで判断して欲しくないだけです。
それは「健常者」の方も同じだと思うのです。
私はそう思っているし、そうしてあげたいと思います。
ダーリンのように、同じ目線で物事を捉えられる事のできる
人間になりたいです。
ありがとうございます。
心をこめて。
◆もう既に沢山のメールや手紙が
お手元に届いていると思います。
大阪の事件のことについて、
私もメールを差し上げたくなってしまったので、
乱文失礼いたします。
精神科に心の病で通っているヒトは、
鳥越さんの想像以上に沢山いらっしゃると思います。
分裂病の罹患率はほぼどんな国でも一定の割合で、
人口の0.8%程度と言われて
います。そして、うつ病で、
てんかんで、不安神経症で、不眠症で、人格障害で
治療を受けているヒトはいったい
どれほどの数になるのでしょう。
(引用失礼します)
>小学生8人惨殺犯人の「病理」に正面から向き合う。
時間はないけれども、
それでも真実に肉薄しようとのお気持ちで取材に当たって
居られると思います。
でも、継続して「心の病とはなにか」についても
鳥越さんに沢山知っていただき
たいし、それを伝えていただきたいと思います。
精神障害者というと「分裂病患者」のことを
お考えでしょうか。
しかし、この度の事件の犯人があおったのは
「精神安定剤」だったと聞きました。
向精神薬ではなかったのですか。
分裂病の患者が服用している向精神薬ならば、
大量に摂取すればほぼ間違いなく昏倒します。
「妄想を押さえる」のが役目の薬ですから、
アッパーな行動を誘発するとは考えにくいのです。
犯人の飲んでいた薬の種類というのは
分裂病を患っている人間にとっては大きな関心事です。
(引用失礼します)
>日常生活は出来るぐらいの障害、
周囲の人から見るとちょっと変ってるなあ
ぐらいにしか見えない。
>所謂ボーダーラインにいる人たちは医療と司法の間で
放置されているんじゃないでしょうか。
>この辺の話は大変難しいものだと思います。
放置のケースもあるでしょうし、
診療と薬によって殆ど回復しているケースもあるでしょう。
分裂病の何割かは再発をしつつも最終的に
「治る」ものとされていると私は
「精神病(笠原嘉著 岩波新書)」で知りました。
あと、「ボーダーライン」は精神科では
鳥越さんのお使いになったニュアンスとは
違う言葉として使われていると思います。
その昔は神経症と分裂病は連続した疾病と考えられており、
その「ボーダーライン」にいるのではないか、
と思われた症候群を指していました。
「分裂病の手前」というニュアンスですね。
でも、今「ボーダーライン」と呼ばれるのは
人格障害の一タイプです。
分裂病とは関連しないと考えられています。
神経症と分裂病もそう単純に連続しているわけでも
無いようです。
「いわゆるボーダーライン」は、
やや誤解を招く表現かと思います。
私も身近な人間の苦しみに遭って、
初めて真剣に精神科の病気の事を考え始めま
したし、本も読むようになりました。
そして、恐ろしい差別や偏見も目の当たりにしてきました。
でも、罹患率を考えれば、分裂病だったり
うつ病だったり神経
症だったり人格障害だったりする人は、
誰の側にでも居るしそして誰もがかかる
可能性のある病であると思います。
大阪の事件は辛くて恐ろしくて、
映像として放映されるものを正視できませんで
した。子供が訳もなく殺された悲惨とこれからの
事態への想像で、胸が苦しくなりました。
申し訳ないのですが、
この日曜日に放映された鳥越さんの番組も見る
ことが出来ませんでした。で
すので、大変に失礼なことを申し上げたかもしれません。
ただ、金曜日に起こった事件の「病理」を
追求するということは、
日曜日に終わるのでなく、
息長く良い方向を目指して多面的に報道していただきたい、
と強く強く思います。
誰もがかかる可能性があり、
現に沢山の人が治療を受けている精神障害のこと、
鳥越さん自身の考えが広がり深まっていくように、
多くの人の考えが変わっていく様に
どうか力を貸していただきたいのです。
私個人は「心の病は誰でもかかる」
「殺意を抱くことは誰にでもある」と考えています。
病歴があってもそれが即現在の犯罪の原因とは限らない、と。
いろいろと失礼なことを書いてしまったかもしれません。
いつもは「あのくさこればい」を
楽しく拝見しているのですが、この度は
(引用失礼します)
>私などは素人考えで言ってますから、
>大変な認識の間違いを犯しているかもしれないと
>おそれています。
鳥越さんにしてそうなのか、
というのが大変不安ではありました。心ない報道や
「隔離」という言葉も散見される中、正面から、
そして真実を尊重するという鳥
越さんのお気持ちを信じたい、
そして沢山の事を知って欲しいと心から思います。
子供達の命が余りにも無惨に奪われた事は、
怒りを禁じ得ません。
犯人は司直の手によって真実を明らかにしたうえで
裁かれて欲しいと思います。
でも、報道に動揺し、周りからのプレッシャー
に晒される
普通に生活している精神科通院者」もどうか助けて下さい。
◆とてもとても重いです。
個人の理解力も時間も体力も
とてもとても限られているでしょう。
しかし考え続けなければ、探り続けなければ、
それを続ける覚悟をまず大人が持たなければ。
答えはおそらく出ない。
しかしその覚悟を人は持たないと・・
◆「今日のダーリン」を見て書こうと思いました。
例の犯人ですけど、
デパスと言う薬を飲んでたみたいですね。
量的に言っても幻覚な
んて見ないみたいです。
私もプロザックという薬を飲んでいるんですけど、
飲み過ぎたら頭痛くなったり吐きうになったり
するくらいですよ。
ただ、「薬を飲んだら動こう」って思ってました。
無職だったので。
実際飲んでからすぐ動きだして今は働いています。
そんなにすぐには効かないって解ってたけど気持ち的に
「飲んだんだから出来る」みたいな感じがあったんです。
だから犯人もそうだったのかなー?って思いました。
そういう薬を飲んでいる人達のHPにも毎日いってます。
やっぱり偏見を持たれたら嫌だって皆書いてましたね。
これからも楽しみにしています
◆鳥越さんの、犯人には
「幼い子ども8人を殺した罪を
裁かれる権利を持っている」と
のご指摘に賛成です。
精神障害者の問題をややこしくさせているのは、
そこにあると思います。
今朝の朝日新聞社会面で、
他の識者とともに精神障害者への
サポート活動をしていらっしゃる
広田和子さんのコメントが紹介されていました。
もちろんお読みなったことだろうと思います。
鳥越さんのご指摘に加えて、
広田さんのご意見にも賛成です。
「精神障害者も医療的な保護を受けながら
裁判を受けるべきだ」
小泉総理が早々と打ち出した
「精神障害者の犯罪についての刑法改正」の行方が気に
なります。
単に厳罰化するだけでは、
本当の解決にならないことは、
鳥越さんもよくお分かりだ
と思います。
メールをお送りしたのは、私の友人
(昨日のメールに書いていた障害者問題に詳しい
ライター)から紹介された、
「精神分裂病」メーリングリストという
HPのことをお伝えしようと思ったからです。
自分の大切な人が精神分裂病と診断された方が、
病気について調べるうちに一般の人の
無理解と病気で悩む人とその家族の苦しみを知り、
まずメーリングリストをつくろうと始められたもの。
今回の事件について、かなり鋭い指摘がなされています。
もしかしたら、もうご存知かもしれませんが、
URLを記しておきます。
http://human.kdn.ne.jp/
弱い立場に置かれている人が追い詰められ、
さらに弱い立場の人を襲うという、
いやな構図の犯罪が増えてきているのが気になります。
今回の事件についても、同じことを感じました。
今後、さらに原因が究明されていくでしょう。
じっと注視しながら、
刑法改正の行方にも目を逸らさずにいようと思います。
◆今回の児童殺傷事件、
ほんとびっくりしました私が小学生だったころ
女子トイレに変なおじさんの
露出狂がたまに居たりしたそうですが
殺されたりはしませんでしたし。
大人を狙うのが良いとはいえないけど
あんなちいさな子供たちを狙ったってところが
まず信じられない
事件を目撃した生徒や、生徒を亡くした先生たちの
一生の事件になるのでしょうね
それだけでも罪はとても重い
______ここまで。ほぼ時系列___________
ここまで読んだ方、お疲れ様でした。
ぼくも、もう、寝ます。
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