ITOI
ダーリンコラム

<俺じゃねーよ、の人>

最初に、こういうことを書きはじめるつもりだった。
ニューヨークの連続テロ事件に関して、
誰にでもなっとくできる最低限の『事実』ってなんなんだ、
ということ、だった。

アメリカについても、イスラムについても、
中東の国々の情勢についても、その歴史についても、
戦争についても、政治についても、
自分にとって、ひとつの新しい論や事実を知るごとに、
「え、そうだったのか、だとしたら、こういうことか」と、
右往左往しているのが、ほとんどの人だと想像している。
自分の考えが固定されていて、
これを変えたらいままでの自分がこわれる、
という人以外は、だいたい、そうだと思う。
何を考えても自信がなくなるということに、
なっているんだと、ぼくは思っている。
もちろん、図々しい予言者や評論家は別だけどね。

こういうときには、たいてい、考えのなかに、
ぽっかり穴が開いているもので、
それを探しておきたいと考えた。
ひとつでもふたつでもいい、事実だけ確かめておこうと。
そしたら、あった!

まだ、犯人は「おれがやった!」と言ってない。
証拠を探しているのは、被害者の側で、
「おまえだろう?」と言って、というより決めて、
殺してでも捕まえると言っているけれど、
その容疑者は、「おれはやってない」と言っている。

「おれじゃないけど、立派なことだ」と言っている。
「おれじゃないけど、もっとすごいこともするぞ」
とも、言っている。
「されて当然だろうが、おまえらが悪いんだから」
とも、言っている。
犯人じゃない人が、いろんな犯人に代わっての言い分を、
語って、しかも、逃げている。
ここまでは、事実だろう。

「おれはやってない」という場合は、
やってないことについての、証拠を出そうとするのが、
やってない人のまず語るべきことだろうが、
それをしていないのも、事実だろ?
まるで、「やった犯人」であるかのような発言や、
行動をくりかえしているのだけれど、
彼は「やってない」はずなのだ。そう言っているのだ。

ここまでは、事実で、どの陣営の人も納得するだろう。

また、彼でない人たちが犯人なのだとして、
その人たちも、「やった」と宣言してこない。
なぜやったかについての、いわゆる犯行声明もない。

いまのところ、あるのは、
「やってないと言い張っている彼」の、
「やってわるいか!もっとやるぞ」という
犯行理由だけである。
まるで、犯人の代わりに弁護士が戦いの前線にでて、
「そういう報復とか言っていると、
 もっと次々にやりますからね、ぼくらは!」
と言っているみたいなことになっているのだ。
しかし、「弁護士さん、あんたがやったみたいですね?」
と言われても、
「ぼくじゃないですけど、すっごく彼らは立派です」
ってことを言ってるわけなのだ。

誰だよ、彼らって?
誰がやったかわかったら、その言い分も聴けるけれど、
やってないはずの人の言い分ばっかり聴いたって、
どうしょうもないんだよ。

あのテロの連発は、「やっちゃいけないこと」だと、
ほんとうは、犯人もわかっているってことではないのか?
言い分が山ほどあるし正しいことだ、というなら、
「おれがやった。文句があるか」と言えるだろう?

日本の真珠湾攻撃と、あれが比較されたときに、
なによりもチガウ!と感じるのは、
真珠湾のさまざまな事情は抜きにしても、
「日本です。やったりました」というようなことを、
犯人が言ってないということだ。

彼が、「おれがやった」と言ったら捕まるから、
言わないのだとしても、
「おれがやった」と言わなくても証拠を携えて
捕まえに来るのは同じになってしまっている。
「あの行為は正しいけれど、おれじゃない」と言う人が、
堂々と出てこないというのは、
あれが「わるいこと」だと、彼も思っているということか。

とんでもなく価値観のちがう者どうしの対立だと考えると、
虚無的なまでの判断停止になりがちだけれど、
あれがわるいことだということだけは、
どっちも認めているのは、事実ではないのか。
戦闘に参加していない人間を殺すことについては、
「アフガンで、アメリカは、
 こんなにいっぱい非戦闘員を殺してるじゃねーか」と、
彼も、さかんに言っている。
つまりは、非戦闘員を殺したあの事件は、
やっぱり、彼の論理のなかでも「犯罪」なのである。

無数の事情を、どちらの言い分も聞かないとしても、
あそこに明らかに「犯罪」があったのは事実である。
これを忘れちゃいけないんだろうな、と、
ぼくはひとつだけ、そこだけは言えるなと思った。
事情があれば「犯罪」が許されるのか、といえば、
そんなこともあるはずもなく。
だからこそ、彼が犯人かどうかはさておき、
犯人は、「おれがやったんだよ」と言えないのだ。

ぼくは、やっぱり、あの
「犯人の代理人」のようにふるまっている容疑者の男は、
どんな理由があるにせよ、間違っていると思う。
アメリカのやってきたことが悪いことだから、
あのビルのなかの会社員たちが殺されてもいい
なんてこと言えるはずは、
どう逆立ちしたってありゃしない。

これ、最低限の事実だけで組み立ててみたつもりだけど、
間違っていると、言われるんだろうか?


2001-10-22-MON

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