身近な医者の底力シリーズ かかりつけ医だから できること。

松村 ぼくは在宅診療がわりと好きで、
2001年にここをはじめたときに、
往診とか訪問診療って、ほかの先生たちが
だんだんやらなくなっていた時期だったんですが、
そのころから逆にやるようになったんです。
そうすると、すごくニーズがあるんですよね。

で、在宅の医療には、
いろんなスタッフがかかわるんです。
看護師さんもそうだし、栄養士さんもそうだし、
薬剤師さんもそうだし。
本田 連携を取りながらですね。
それから、ヘルパーさんとか。
松村 そう、ヘルパーさんもそうだし、
区の職員の人や保健所の保健師さんもそうだし、
子どもの場合だと、学校の先生とかもね。
ぼくもそうした在宅の医療を支える
ケア・チームの一員として
サポートさせてもらってるんです。
本田 先生、子どもさんの往診もなさるんですか。
松村 難病で自宅で療養している子どもたちですね。

それから、がんの患者さんが
住み慣れた環境で最後の人生を過ごしたい、
過ごさせてあげたい、という在宅の介護も。
それを支えてあげたいと思いますから。
本田 そうですね。
わたし、今は残念ながら機会がないんですが、
往診は、以前勤めていた亀田病院でも
アメリカでもやっていたんです。

往診でいちばんいいと思うのは、
病院で診察する患者さんというのは、
こちらに「いらっしゃる」患者さんなんだけど、
往診では、わたしたちのほうがお客として
「おじゃまする」ということなんですよね。
松村 そうです、「失礼します」ってね。
本田 ええ。そのとき患者さんが、
たとえばごはんの途中だったら
終わるまで待ったりとか、
それぞれの生活のペースに合わせて‥‥
松村 そうそう。
そもそも、ごはん中に往診なんかに行ったら、失礼ですよ。
本田 そうそうそう。
松村 そんな時は「すいません、また来ます」ってね。
病院に入院してたら、ごはん中に回診が来て、
ごはんを下げられちゃったりすることも
あるかもしれないでしょう。
本田 そうですよね。
松村 往診だと、採血するときとか、
すごいプレッシャーですけどね。
うっかり血液が布団や畳についたら、
たいへんなことですよ。
本田 ええ。でも、往診にうかがうと、
おうちの様子がとてもよくわかるし。
松村 そう、窓から見える景色とかね、
ああ、ふだんこの人は
こういう景色を見てるんだなとか。
それから、写真を飾ってあったりすると‥‥
本田 ご家族のこととかも、わかりますしね。
松村 活けてある花の名前を教えてもらったり。
本田 ご趣味をうかがったりね。
松村 「この花なんですか?」って聞いたりして。
本田 そうそう。
松村 「先生、これ知らないんですか? 菊ですよ」
 って教えられたり(笑)。
一同 (笑)
松村 そういえばお彼岸じゃん、とか。
本田 アメリカで往診していたときに、
最初はとても驚いたんですけど、
「冷蔵庫を開けてみる」というのが
大事な仕事だったんです。

とくにサンフランシスコの大学病院では、
冷蔵庫の中の写真を撮って、
毎週の患者さんについての会議で、
患者さんのおうちの冷蔵庫の中身を
みんなで見て検討するということをしていたんです。
こう、次々と患者さんの冷蔵庫の写真を見て。
綿貫 へええ!
本田 それがね、すごい大事なんですよ。
冷蔵庫が空っぽの人もいるし、
腐ったものがそのままになってる人もいるし。

で、いったい買いものをするのは誰だとか、
それをお料理するのは誰だとか、
冷蔵庫の中身の写真から、
そういったことまで見えてくるんです。
日本だと、冷蔵庫って
聖域みたいなところがあるので
なかなか難しいかもしれないですけど。
松村 ぼくは、お風呂とトイレは必ず見るよ。
本田 ああ、大事ですよね。
松村 日本人はね、お風呂大事だから。
昔のおうちのお風呂って、深いから危ないんですよ。
こう、ヨッコイショって
乗り越えて入らないといけないから、
それで転んで骨を折ったりとかね。
だから、お風呂とトイレはかならず見るな。
本田 それで、手摺りをつけたほうがいいとか
おっしゃったりするんですか?
松村 手摺りのことや、段差のこととか、アドバイスしますね。
それと、昔の写真を見せてもらったり。
本田 それはどうして?
松村 若いころの写真を見ると、
今とずいぶん違ってたりするじゃないですか。
昔に比べて痩せてたり、太ってたり。
あと、どんな仕事をしていたのかとかね。
仕事も大事ですから。
本田 そうですね、往診にうかがうと、
いろんなことがわかりますね。
松村 まあ、いろいろですよね。
でも、おもしろいですよ。
どんな中でも、みなさん暮らしているから。
そこには生活があるんですよ。
本田 医者の仕事って、みなさんの生活の中に
健康をいかに役に立ててもらえる形で届けるか、
ということですものね。
松村 そうなんです。
だって病気って、人生の一部じゃないですか。
全部じゃない。やっぱり一部なんですよ。
健康なときには意識しないけど、
病気になると、急に健康のことを意識して、
それで生活の全部が、
病気一色になってしまうんです。
でも、それは間違いですね。
病気はあくまでも、生活の一部なんです。
本田 わたしもそう思います。
松村 病気はいつまでたっても生活の一部であって、
それは、健康なときから
生活の一部にあるんですよ。
本田 ほんとにそうですね。
松村 ぼくの患者さんでね、往診に行っているうちに、
少しずつ元気になってきて、
庭がきれいになったんです。
ある日、庭に落ち葉がなくなっていたんですよ。
本田 ああ、それはうれしい変化ですねぇ。
松村 うん。掃除ができるようになったから、
庭の落ち葉がなくなって、玄関もきれいになった。
最初に行ったときは、落ち葉がいっぱいあったり、
手入れができてなかったんです。
本田 ピカピカの無傷の健康って、
もしあれば、すばらしいことだと思いますが、
現実にそれを手に入れることができるひとは
あまり多くはないですよね。

でも、からだについての問題を
いろいろと持っていらっしゃるかたが、
昨日よりちょっとだけお元気になって、
ごはんがおいしく食べられるようになったとか、
自分の好きなように過ごすことができるようになったとか、
庭のお掃除をやってみるとか、
そんな、「ちょっと調子がよくなった生活」を
過ごせるようになるのは、
もうじゅうぶんに健康な生活を楽しんでいらっしゃる、と
言っていいんじゃないかな、と思います。

そういった意味からも、先生は
地域のみなさんの健康な暮らしを支える
とても大切な役割を担っていらっしゃるのですね。
松村 もちろんたいへんな面もあるけど、
たのしいですよ。

ぼく、親父の代わりにこの医院をはじめたときに、
1年ぐらいは東大の仕事もやっていて、
結局、東大のほうはやめようと決めたときに、
何でやめるんだって言ってくれた人、けっこういたんです。
だってぼく、その時まだ33歳だったからね。

でもやっぱり、
これだけ信頼されている人がいて、
これだけ待ってる人がいるのなら、
やらないわけにいかないと思ったんです。

あと、ぼくは自分が育ってきたふるさとが
ここだという思いがあるので、
自分が育った地域に、
恩返しをしているようなところもどこかにあるのかな、
と思います。
(おわります)



2010-04-12-MON