- 糸井
- 日経BPから日経新聞社へ
会社を移ることになった当時の渡辺さんは、
誰か知っている人がいたんですか。
- 渡辺
- 日経新聞社に来てみたら、
電子版の検討チームの主要なポジションに、
知っている先輩がいまして。
- 糸井
- あ、良かったですね。
- 渡辺
- 忘れもしない、日経新聞に来る前年の12月、
クエ鍋を食べに連れて行ってもらったことがあって。
「クエって高いんだよなぁ」とか言われながら‥‥。
クエ鍋の1ヶ月後に出向が決まりました。
日経BPの社長から「お前、行って来い」と言われて、
クエ鍋が全てだったことに、あとから気づいたんです。
- 糸井
- はあー、クエない話ですねえ(笑)。
- 渡辺
- ほんとに、クエない話です。
今だから言えるような話ですよ。
- 糸井
- 当時はまだウェブのことって、
有料のサービスも、無料のサービスも、
みんながよく分かっていなかった時代ですよね。
- 渡辺
- まだ「Web2.0」の終わりぐらいで、
それに代わる新しい言葉が出ていなかった頃です。
少なくとも確実だったのは、
月4,200円、40ドルを取って成り立つサービスは、
世界でもアダルトサイトしかなかったということ。
- 糸井
- ははは。
- 渡辺
- 世界中から、よく言われましたね。
「日経はアダルトサイトをつくるのか?」って。
- 糸井
- 本当に力のあるコンテンツしか、
4,200円は取れないってことですよね(笑)。
- 渡辺
- おっしゃるとおりです。
体中に響くコンテンツは何だろう、
と考えるのは、けっこう大変な作業で。
- 糸井
- たとえば、渡辺さんがタイムマシーンに乗って、
その時の自分を安心させてあげるとしたら、
どんなことを言いますか。
- 渡辺
- うーん、ことばが見つからないですね。
- 糸井
- ぼくは「ほぼ日」を始めた頃のじぶんに、
「インターネットは減らない」って言いたい。
- 渡辺
- あぁー、素晴らしい。
- 糸井
- 「ほぼ日」を始めた1998年の頃にも、
負け惜しみで言っていたんですけど、
今だったら、本当に言えたと思うんですよね。
たとえば、当時はスマホを予言できていません。
それでも、インターネットの延長線上に、
まだ分からないけど、いろいろあるからと思っていて。
「インターネットやらないよ」という側じゃなくて、
「やったほうがいいんじゃないの?」
という側にいて良かったなと思います。
- 渡辺
- 日経電子版を始めることになった当時から、
今も変わっていない想いがあります。
それは、20年後にどうなっているかを考えたら、
紙の世界にしがみついていても、
いいことはないんじゃないか、ということです。
紙の世界はもう、カチッと固まっていて、
失敗すると、やり直せないという面がありました。
でも、当時のインターネットはまだ混沌としていたので、
やり直せる時間があるように思えたんです。
今、当時のじぶんに何かを言ってあげるなら、
「どうせ変わるなら早くやっていたほうが、
やり直せるチャンスがある」ということを言いますね。
- 糸井
- 失敗も早くできるし。
- 渡辺
- そうですね。
- 糸井
- 失敗をコストとして、
ちゃんと我慢できたら強いですよね。
今の時代だったら、
「機械を買わなきゃならない」という話もないし。
- 渡辺
- いらないです、いらないです。
- 糸井
- ぼくは上場してからのインタビューで、
「上場に伴って得た資金は、何に使うんですか?」と、
ものすごくたくさん聞かれました。
正直、何が聞きたいのか分からなくて、
機械を買わなきゃならなかった時代の発想で、
質問しているようにしか思えないんです。
- 渡辺
- おっしゃるとおりです。
- 糸井
- だって、機械なんていらないんだもん。
お金が要ることは山ほどあるんですけど、
みんなが思ってるような
「これに使います」という買い物は、
あまりハッキリと答えられないんです。
- 渡辺
- ええ、そうですね。
私、1995年から3年ぐらいシリコンバレーにいましたが、
当時はシリコンバレーブームの第何次目かです。
その頃に、「IPOがなぜ必要なんですか?」
といったら、ものを買うためなんです。
- 糸井
- そうですね。
- 渡辺
- ネットのサービスを始めようにも、
自分でハードウェアを買わなければいけないから、
上場しなければなりませんでした。
でも、クラウドになってからは、
設備も買わなくて済むようになったので、
資金を上場前に集めなくてもよくなりました。
この違いは、メンタル的にも影響を与えている気がします。
- 糸井
- 「上場して何か変わったんですか?」と訊かれても、
別に変わってはいないわけです。
ただ少なくとも、本当に人が欲しいときに
「うちに来ませんか?」って言えるようになる、
第一歩が始まった気がするんです。
- 渡辺
- 素晴らしいですね。
- 糸井
- 上場していなかった糸井事務所という会社が、
「うちで一緒にやらない?」と誘っても、
もしかしたら、一族郎党を迷わせてしまうかもしれない、
と、相手には思わせてしまうわけです。
そこに、「一応、大丈夫だと思うんだよね」という、
ちょっとしたハンコぐらいつけるのが、上場だと思います。
- 渡辺
- 我々にとっては、有料会員の「50万部」というのが、
糸井さんの「上場」に準ずることばだと理解しています。
たとえば、優秀なエンジニアに対して、
日経新聞に来れば、デジタルをやりたい人の仕事が
ブームではなく、継続してありますよと言える。
- 糸井
- 今のステップになるまでの道のりは、
意外と遠かったと思うんですよね。
有料会員50万人というニュースは、
ぼくもお祝いの気持ちで読みました。
- 渡辺
- ありがとうございます。
- 糸井
- 日経新聞に対する好感度が
ものすごく上がったんです。
- 渡辺
- そうですか(笑)。
ありがとうございます!
- 糸井
- 山あり谷ありを越えてきた中で
行われてきた人間の営みに、
ぼくはちょっと感動したんです。
- 渡辺
- ありがとうございます。
- 糸井
- 誰かさんが日経電子版を購読する決意をしたら、
毎月4,200円がなくなるということですから。
アプリを50円で買うのとは全然違うわけですよね。
- 渡辺
- おっしゃるとおりですね。
- 糸井
- 購読してもらうためには、
大衆操作的な誘導をどんなに繰り返しても、
いつか離れていっちゃうから。
4,200円の売価のおかげで、
誠実さが必要になるんだと思うんです。
- 渡辺
- 新聞社ではふつう、記者と読者の関係なので、
「読者に対して」とか言うんです。
でも、電子版を担当している我々からしたら、
「読者」ではなく、「顧客」です。
読者サービスではなく、顧客サービスだと言えば、
考え方だって、全然変わるはずです。
毎月4,200円を払ってくださる人に対して、
もっと使いやすいように、
もっとたくさん使ってくださいと、
満足度を上げていこうとするんです。
読者と新聞社という関係だったら、
満足度は記事で決まるだろう、と。
- 糸井
- 読者と顧客は、違うものですよね。
顧客がひとりずつ増えていくプロセスを考えると、
ある種、「人間感」みたいなところに及びます。
「人間って、そういうことしないよね」
ということをしたらダメなんですよ。
(つづきます)
2017-05-25-THU