「テレコマン」の一気読み。

第1回 Sという量販店にて

鼠穴でイトイさんに会い、
「何か手伝えることはありますか」と言ったところ、
半分寝かかっていたイトイさんが
「あるぞ!」と言って飛び起きた。

それであれこれ話していたのだけれど、
僕がインタビューの仕事をしていることもあって、
「とりあえずいろんな人に話を聞いてみるか」
ということになった。
詳細は決まらなかったけれど、
「まずはやるのさ」
と言ってイトイさんはニヤリと笑った。

それで僕はテレコを買いに新宿へ出掛けた。
テレコというのはテープレコーダーのことで、
要するに取材用のウォークマンを買うことにしたのだ。

僕はふだんはゲーム雑誌の編集をやっているので、
仕事用の録音機材を持っているのだけど、
ちょっとばかしそれは機動力に欠けるのだ。

具体的に言うと、
テープが特殊なやつだし、
マイクが外付けのものだし、
電池が2種類必要なのだ。
あと、バッグに詰めるとかなりの重さになる。
会議室でのインタビューを録音するのには最適だけど、
「とりあえずいろんな人に話を聞いてみる」ことには
あまり向いてなさそうだ。
イトイさんの言葉を借りると、速度が足りない。

だからまず僕はテレコを買うことにした。
メディアはカセットテープで、
マイクは内蔵されていて、
普通の電池を使う、あんまり高価じゃないやつを。

それで新宿の電気街に行ったわけだけど、
僕にはテレコを買う以外にもうひとつ計画があった。
その売場で1回目の取材を行ってしまおうということだ。

とりあえずSという量販店で物色する。
「お探しですか」と声をかけて回っている店員がいる。
メガネをかけた短髪の若い店員で、
名札を見ると「しらいし」とあった。
誠実そうな物腰。
名前の横には、丁寧に接客しまっせ的なキャッチコピーも。
好都合。歓迎、しらいしさん。

さっそく呼び止めていろいろ質問する。
まずは取材以前にきちんとした購入準備を。
音質をチェックしたい旨を伝えて実際に録音させてもらう。
そのへんのやりとりはこんな感じだ。
永田 これとこれは、マイクは同じ形だけど
こっちはステレオ録音なわけですよね?
 
しらいし
そうです。これはステレオです。
そのぶんちょっとお高いですけどね。
永田 あ、なるほど。ちょっといま喋ったのを
聞いてみていいですか?
しらいし はいどうぞ。
そこでいま喋った会話を再生してチェックし、
機種を変えてまた録音する、と。
話していると、しらいしさん、模範的な店員のようでいて
けっこうシビアに商品を斬っちゃうのがおかしい。
永田 この「V・O・R」っていうのはなんですか?
しらいし これはねえ、周囲の音を感知すると
自動的に録音を始める機能なんですけどね。
まあ、不必要な機能です。
永田 アハハハハ、そうなんですか?
しらいし そうです。使いませんね。要りません。
永田 (笑)。じゃあこの、テープスピードの調整とかは?
しらいし これは必要ですよ。
永田 なるほど。個人的なおすすめはどれですか?
一応、目的としては、こういうふうに
取材で会話を録音して、家でテープを聞いて
文字にするっていう感じなんですけど。 
しらいし ほかはふつうに音楽とか再生するだけですか?
永田 いや、もうそれだけです。それ以外使いません。
しらいし ですと、まあ、一番音がいいのはソニーさん。
ステレオであればおすすめはこれですね。
あとは、モノラルならこのへんで十分です。
永田
あ、一番安いやつ。ふ〜ん。ということは、
モノラルマイクであれば、どれもいっしょ?
しらいし そうですね。
永田 ステレオであれば、これがいいと。
しらいし そうです。
永田 じゃあこのステレオのやつにしようかな。
最後にこれで録音してみていいですか?
しらいし はい。
そんな感じで僕のテレコはソニーのTCS-60に決定した。
そんじゃ、ちょっと悪ノリしよう。
しらいしさんとの会話も弾んできたことだしね。
永田 ちょっと模擬的に取材みたいにして
録ってみたいんですけど、いいですか?
しらいし ああ、はい(笑)。
永田 今年の抱負なんか聞いていいですか?
しらいし 抱負ですか! 抱負ですか・・・。
何も考えてないですね、抱負のことは(笑)。
永田 (笑)。2000年問題はどうでした?
しらいし 何か起こったらいいなあと期待してたんですが。
永田 不謹慎だなあ(笑)。
売場とかに問題ありました?
しらいし それがぜんぜん! 対策用に人は来たんですが、
2000年問題と言われてるようなものは
何も起こりませんでしたね。
永田 混み具合とかはどうでした?
しらいし すごかったですよ。あ、逆に2000年問題で
売れたものはありましたよ。発電器というか、
手回し発電器の付いてるラジオがよく売れた。
永田 手回し発電器の付いてるラジオなんかあるんだ?
しらいし ラジオにハンドルが付いてて、
それをグルグル回すと発電してラジオが聞けるという。
永田 電池が要らないんだ。
しらいし そうです。ですけれど、ちゃんと
聞くには1時間ぐらい回さないとダメなんです。
永田 アハハハハ、ダメじゃん!
しらいし 1分くらい回しただけじゃ、だいたい
10秒くらいで切れちゃいますね。
永田 それ、製品として売りになんないじゃないですか?
しらいし 売りはやっぱり発電なんで(笑)。
永田 使えるか使えないかは問題じゃなく(笑)。
しらいし そうです。
永田 へ〜、おもろいなあ。あと、そうだな、
今年の家電で売れそうなものってありますか?
しらいし 今年の家電・・・。今後ということであれば、
デジタル化されたテレビが出れば売れていくかな
というのがありますね。あとはMP3とか身近に
なっていけば、MDに代わっていくかなあと。
永田 なるほど。最近買った家電ってなんですか?
しらいし 最近買った家電・・・。家電、家電。
最近は、家電は買ってないですねえ。
永田 アハハハハハ。
しらいし 服を買いました。
永田 どうもありがとうございました。
しらいし はい(笑)。

そんなこんなで僕は無事テレコを買うことができたわけです。
レジでお金を払うときに、しらいしさんに
「これひょっとしたら掲載しますけどいいですか?」
と聞いてみたところ、「どうぞ」と快諾。
その勢いで、彼にすすめられた3年間の保証システムに
500円払ってあっさり加入してしまいました。

それで帰り道に考えたんだけど、
これって会話のスナップ写真のようなものじゃないかしら。
一眼レフとかじゃなくて、
使い捨てカメラに近い感じの。
ちょっとローテクなメディアを使って
適当な会話を適当にクリップする。
現像する代わりに僕はそれを文字にする。
それが具体的な何かを生まなくても、
並べておけばパラパラ眺めるアルバムができる。

ともあれ、
僕は今日買ったソニーのTCS-60を
これから毎日持ち歩こうと決意したのでした。

2000/01/04 新宿

第2回 タクシーにて。

週刊誌を作っているので、年初めから締切がある。
仕事を終えると例によって深夜だ。
とっくに終電は終わっていたのでタクシーに乗った。

後部座席に乗り込むと、白髪の運転手さん。
深夜とは思えぬ元気さで、「どこまで行きます?」と聞く。
行き先を告げたあとも「今日からお仕事ですか?」と
軽妙なトーク。僕は慌ててテレコのスイッチを押した。
助手席の名簿のところを見ると、彼は「しばた」さんといった。
永田 正月もずっとお仕事ですか?
しばた いや、あたしゃ昨日からです。
29日からずっと休んでましたよ。
永田 タクシーの人ってお正月は?
しばた いや、なかなか休み取らしてくんないんですよ、
正月とかお盆は。タクシー会社にしてみれば、
車が遊ぶことになりますからね。
永田 ああ、なるほど。
しばた でもねえ、正月はやっぱり、
のんびりしてるのがいちばんいいですよ(笑)。
昔とはぜんぜん違いますからね。
永田 お正月がですか?
しばた うん、昔は正月っていう気分があったんですよ。
だから仕事してても楽しかったけど。
いまはそういう気分がぜんぜんないですもんね。
永田 ふ〜ん。なんすかね、その気分って。
しばた やっぱり、女性は着物着たりね。
車だって少なかったですよね。
今は正月だってなんだって車多いでしょう。
永田 ああ。それは、タクシー運転しながら眺めてる
街の風景が変わったっていうことですか。
しばた そうですね。昔は車のいない道を走ってると、
着物着た人が乗ってきてくれるわけですよ。
少しお酒かなんか飲んでね(笑)。
永田 (笑)。そういえば、昔の車って、
ほとんどお正月の飾りつけてましたよね。
しばた つけてましたつけてました。
今は景気悪いからつけないんでしょうね。
永田 景気なんですか?
しばた あれは会社から支給されるもんですからね。
永田 ああ、なるほどなるほど。
しばた あと、お店やなんかでも全部やってますでしょ? 
昔は寿司屋しかやってなかったんですけどねぇ。
永田 街のシャッターがほとんど下りてて。
しばた そうですよねえ。そういう雰囲気がないですねえ。
地方はどうか知りませんけど、
だんだんそういう雰囲気はなくなってますね。
永田 ずっと東京ですか?
しばた 東京です。もう20年近いかな。41から始めましたから。
永田 今おいくつですか?
しばた 61です。
僕は、窓の外を見るのだ。
20年間しばたさんが見てきた風景。
しばた だんだん変わっていきますね。
忘年会も少ないし、新年会も少ないし。
永田 ああ。あれですね、そういう、
季節のイベントみたいなもんが
だんだん少なくなっていくとタクシーとしては。
しばた ヒマなわけですよ。
だいたい、酔っぱらってるお客さんを乗せるって
ことがほとんどないですからね。
そう言って、しばたさんは笑う。
不景気な話をしながらも車内がちっとも重たくならないのは、
しばたさんの確かな視線のせいだろうか。
だって彼はずっと同じ高さで街を見てきたのだ。
しばた だけど今日、
あたしゃツイてるのかどうか知りませんけどね。
新宿から乗せた二人連れのお客さんが東府中まで
だったんですよ。それでね、そこで女のお客さん
下ろして、そのまま中野まで戻ってきたんですよ。
行き帰り高速使ってね。
永田 そういうお客さんは珍しいんですか?
しばた 珍しいですよお。だいたいあたし、高速乗ることが
ここんとこずーっとなかったですから。
で、戻ってきたら今度新宿の四丁目から、
日野ですよ、また高速で日野。
永田 へえ。じゃあ今年はツイてるんじゃないですか。
しばた うん。これで一年終わりかもしんないね(笑)。
永田 あはははは、ツイてますね。
しばた うん。今年はツイてんぞぉ。
不思議なもんですねえこれはねえ。
永田 あ、次の信号、左です。
しばた はい。

ツイてるタクシーに乗った僕もツイてるのかもしれない。
でも、ひょっとしたら、不景気な話のまま客を降ろすのも
なんだな、というしばたさんのサービスなのかもしれないな、
と思った。
どっちにしろ、僕はいい気分でタクシーを下りた。

2000/01/06    山手通り

第3回 友人と彼の娘のいる彼の奥さんの実家にて。

学生時代からの友人に子供が生まれた。
これが、思いのほかうれしかった。
意外なほどうれしかった。
なんだろう、これは?

まわりに子供が生まれたことが
初めてだったわけではない。
親戚や、姉や、上司や、後輩や、
その誕生に心から「おめでとう」と言ったことは
何度もある。

しかし、
同じように同じときを同じ場所で過ごした友人が、
好きな音楽や好きなマンガや口癖やなんやかやを
お互いに知っている「さいとう」が
父親になったと聞いたとき、
ひゃあとうれしくなったこの感じは
驚くほど予想外のものだった。
予想外のものなので驚いた。

彼と彼の娘のいる彼の奥さんの実家を訪ねた。
彼女はまだ生後9日目だ。

初めて会うさいとうの娘は、
とても小さかった。
眠り、泣き、ミルクを飲む。
なんとも不思議だ。
出産のどたばたエピソードを聞く。
明らかに奥さんのそれは武勇伝。
「映画館でお腹を蹴りまくるし」とか、
「つわりってちゃんと10分間隔なのよ」とか、
「痛くてそれどころじゃなくて」とか。
噂には聞いてたけど、やっぱ強いぜ、母は。

お茶をもらって一段落したあと、
僕は、さいとうを別室に呼んでテレコを回した。
どちらかというと、
僕の方が舞い上がっていたような気がする。
永田 どう? 実感は?
種の保存みたいなの感じる?
さいとう う〜ん(笑)、なんか、すごい遠いところでさ、
「・・・父親になったんだなあ」って感じかなあ。
永田 ふ〜ん。
さいとう 母親は自分のお腹を痛めて生んだわけだから
「自分の子供だ!」ってのがあるだろうけどさ。
永田 うんうん。彼女の話聞いてるとそうだったね。
ああいう、つわりとか出産の話聞いてるとさ、
・・・男子は不利だよね。
さいとう (笑)
永田 でもすごく不思議な感じだよね。
さいとう 不思議だよね。
「これが命かあ」ってのもあるし。
永田 ミルク一心不乱に飲んでんじゃん。
すごいなあと思ってちょっと感動しながら見てた。
さいとう 赤ん坊はただ生きるだけだからね。
そういうパワーは。
永田 すごいよね。
さいとう ただ生きるっていう。
永田 めっちゃピュアだよね。
さいとう 純粋な生き物だよね。
永田 うんうん。
さいとう そういうの見てると幸せになるっていうのはあるな。
永田 うん。なんだろね、あれ。あの幸せ感って。
さいとう やっぱ、美しいものを見るような。
花を見るようなもんなんだろうね。
永田 そうねぇ。そんな感じしたなあ。
さいとう ああいう原型っていうのは誰もみんな・・・。
永田 持ってるんだよねえ。
スタート地点は誰しもあそこなんだよね。
さいとう あの状態に戻れって言われても不可能だけどね。
でも誰もがああだったんだよね。
一番、子供生まれて思うのは、
そういう純粋なものを、
どうやったら残しておけるのかな
っていうことかな。
永田 失わずにあれをとっておくっていうこと?
さいとう 少しでもあれを残していければいいなあ。
それは過保護にどうこうするんじゃなくて。
純粋なものは残してあげたいなあ。
・・・それを考えるのが親なのかなあとか。
永田 そうだねえ。
でもそれってある意味相反することだよね。
あのままにして残すっていうことと、
一人の人として立派に育てるっていうのは。
たとえば名前をつけることだって。
さいとう うん。ある意味親のエゴだし。
赤ん坊にとって望むことはなんだかわかんないしね。
考えてみると、生後9日という赤ん坊を
僕はあんなに間近で見たことはないのだ。
過去、もっともピュアな人間を
見たということかもしれない。
言葉もない。歯もない。でもきっと何か考えている。
永田 いろんな選択を迫られるね、これからはね。
最初に与えるなんとかは、とか。
さいとう ものを教えなきゃいけないっていうのは
すごく大変だと思うけどね。
永田 ああ、そうだね。
さいとう 自分に自信があればいいけど、
自信がないとこまで教えなきゃいけない
っていうのはすごく難しいんじゃない?
とっても純粋なもののそばにいると、
なんだか祈るような気持ちになってしまう。
そして、さいとうは、
やはり父親としてすでに怒り初めてもいるのだった。
さいとう 間違いなくいまの世の中は
ろくでもなくなってきてるからね。
どうしてやったらいいのかなあ。
永田 だからっつって、田舎に引っ込んだら
OKってわけじゃないからね。
さいとう ニュースとか見てるとさ、
サイコ野郎がすっげえ増えてるからね。
将来はもっと増えるんだろうし。
それでも自分の道を行けるように、
・・・っちゅうのをなんか考えるよね(笑)。
永田 そうだろうね。

頼りないが、頼もしい。
根拠はないのだけれど。
永田 話しかけるとき、赤ちゃん言葉とか使える?
照れたりしない?
さいとう 赤ん坊とかを目の前にすると、
ためらわずに行けちゃうんだよねえ。
永田 ピュアなもんに弱いよね、昔から。
さいとう 弱い。本物が好きだからね。
永田 赤ん坊は本物だからね。
さいとう あんな本物ないね。
永田 ないね!
なんとも青臭い会話を、
僕らはゆっくり交わしていたのだ。
永田 正直、思いのほかうれしかったよ。
さいとう 永田は、いろんなこと喜んでくれっからねえ。
永田 バカみてえだな(笑)。
さいとう いや(笑)

彼女の名前は、「はるの」という。
宇多田ヒカルの700分の1しか生きていない
彼女の名前は、「はるの」という。

どうか、はるのちゃんが健やかでありますように。
この世界がまるごと健やかであるようにという、
大っきな願い事もついでにそこに添付しながら。

2000/01/14 石川町

第4回 アイボがやってきた。

職場のボスがアイボ(AIBO)を入手した。
ソニーの犬型ロボット、アイボだ!
もちろんその存在は知っていたのだけれど、
知識と経験は大違い。

実際見ると、すげえや。
偉いなあ。作った人偉い。作ることを許した上司も偉い。
という僕の感激はひとまず置いといて。

僕はボスに頼んでアイボを1週間借りることにした。
ボスの部屋でヤツを受け取り、
こっそり自分のフロアに持ち帰る。

僕の仕事場はゲーム雑誌の編集部である。
なんの自慢にもならないが、平均年齢はかなり低い。
若造どもの巣窟である。
スラングの応酬である。
決めごとはジャンケンである。

さあ、その知的好奇心のかたまりのような若者の中に
子羊のごとき(犬ですが)アイボを放り込んだら
いったいどうなるのか。

おもむろにアイボを起動させ、
テレコマンは魔法のスイッチを押すのさ。
おお、来よる来よる。
好奇心の狼どもが来たぞーーー!
タカ おわっ!
アキ あ、アイボ!
エリ どうしたんですか!
永田 待て待て待て。
ええと、「どうしたんですか」と「いくらですか」など、
何度も繰り返される質問は割愛します。
あと、いろんなヤツらが現れるので人物紹介もしません。
アキ おお、肉球がある!  
エリ かわいいかわいい。
アキ バウ、バウバウバウ(犬語らしい)。
ピコピコ音を出すアイボ。
アキ ピコピコピコじゃわかんねえよ!
目のあたりのライトを点滅させて喜ぶアイボ。
エリ あ、笑った!
アキ お手、お手お手。お手お手お手。

お手お手お手お手! お手って!
永田 無茶言うなよ。
などと言ってるあいだにも人は集まる。
連中、夢中である。
野次馬のるつぼである。
視線は未来である。

そんな中、じつに機械っぽい、
不可解な関節の動きでアイボが立ち上がる!
アキ おおっ、カッコいい! ロボだ! ロボだ!
デデッデンデンデンデーン!
トヨ ガンダム大地に立つ!
エビ クララが立った!
ママ へ〜、肉球ついてるんだ。
ナガ っつーか、関節変だよ。
永田 だってロボットだもん。
ナガ そんなこと言っちゃダメだ。
こいつはペットなんだから。
永田 ロボットでしょ。
ナガ ペットだ!
歩き出すアイボ。
アキ やっべえロボコップみたい。
永田 お、歩いた。こないだまで歩けなかったんだよ。
1カ月くらいかけて成長するらしいからさ。
エリ あたしたちのおかげだよ。
かわいいかわいい。喜ぶとうれしい。
タカ 痛っ! 噛まれたよ、ロボットに。
永田 指が引っかかっただけだろ。  
ナガ なんでビーグル犬なんだ。耳が垂れてる!
永田 犬にこだわるなあ。
アキ (胸をなでながら)このへんを触ると喜ぶはず。
エリ 怒ってるよ、怒ってるよ。
タカ おまえが触るから怒っただろお。
エリ あたしが歩くまでに育てたのに!
タカ 悪かったよ悪かったよ。
タカ 触んなっつってんだよ!
エビ 解剖してみようよ。バラそうよ。
ナガ 自分で買ったら絶対分解するよな。
エビ するする。
永田 え〜っ、しねえよ。
エビ だって中、知りたいもん。
ナガ 昔、時計とか分解しなかった?
永田 あ、俺分解欲なし。
パソコンとかでも開けないもん。
ナガ うそお。ダメだ。君、ダメ。
ハリ おわっ、アイボ! あ、肉球だ!
永田 なんでみんな肉球ばっか言うかな(笑)。
アキ すっげえ尻尾立ってるよ。
ハリ 尻尾振りすぎ!
タカ あ、いま犬っぽかった。犬っぽかった。
ハリ 永田さん、めっちゃ精密にできてるよ、これ。
永田 知ってるよ(笑)。
ハリ よくできてる。精密機械。
永田 知ってるよ。
ハリ 永田さん、これすごい精密機械ですよ!
永田 知ってるって(笑)。
ナガ 黒いバージョン出すならさあ、
耳の形変えりゃあよかったのになあ。
永田 まだ耳の話してる(笑)。
このアイボは、
こないだ発売された黒いバージョンのアイボなのだ。
ハリ 黒いのヤダなあ。
永田 銀のほうがいいよね。
ハリ ・・・塗っちゃおっか?
永田 なんで小声なんだよ。
タカ 俺だったら色塗っちゃうね。
カスタムするっしょ。
エリ 小物入れとかついてるといいのに。
永田 ガハハハハ、小物入れ。
ふらふらとよろけるアイボ。
タカ 『おっとっと』。
バランスを取って座り直すアイボ。
タカ 『いやあどうもどうも』。
永田 吹き替えすんなよ。
タカ アイボが右手を上げるとお客さんを招いて、
左手を上げるとお金を招くんですよ。
永田 招き猫じゃねえかよ。
ハリ (取扱説明書を読みながら)永田さん、
「こんな時はモチベーションが下がってます」
って書いてあるよ。
永田 うそつけ。
ハリ 「志気を高めましょう」だって。
永田 ガハハハハ。
エリ これなんですか?
永田 あ、それ触んな。電源スイッチだぞ。
エリ あ、スイッチですか。
アキ これ電源切ったら記憶が消えるとかないよね?
ハリ 人工知能回路が消えるかもしんないよ。
永田 人工知能回路(笑)? 発想が貧困だなあ。
ハリ じゃあ、Pラムがクリアーされますよ。
永田 なんでいきなり専門的になんだよ。
ハリ ファームウェアが書き換えられますよ。
永田 (笑)
ハリ バイオスが書き換えられちゃうよ!
永田 もういいよ。
「フワァ」とあくびするアイボ。
エリ あ、あくびしてる。
アキ 生意気な。バシッ(殴る)。
永田 ひどいな、おまえ。あくびしただけじゃん。
アキ はいはいゴメンゴメン。!
なでなで。ニコニコ、いえーい。
永田 ・・・アキ、そういうのって、
プラマイゼロじゃないと思うぞ。
アキ そうなのかなあ。
永田 おまえ、あくびして殴られて、
そのあと「よしよし」ってされたら・・・。
ハリ 逆に腹立つよ。
アキ じゃあ、もう一回なでなで。
一同 だからそうじゃないだろ!
永田 おまえ、子供作らないほうがいいぞ。
精密機械アイボはバッテリーで動いている。
アイボはバッテリーが切れかかると、
自分からその動きを止めて眠ってしまうのだった。
ピコピコピコ・・・ピコピコ・・・・ピコ・・・・・・
 ・・・・ピコ・・・・・ピ・・・・・・・・ピ。
アイボ、停止。
タカ おっ、死んだ。死んでしまった!
ナガ 死亡。
ハリ ・・・終わったっぽいよ。
永田 終わったってなんだよ。出し物かよ。

そんなこんなでキリがないのでお終いです。
おもしろいのは、
ロボットとして「イカす!」ととらえる人と、
ペットとして「かわいい!」ととらえる人が
いることですね。

あと人は肉球に反応する。

2000/01/25 若林

第5回 初めての読者に会いにいく 〜その1〜

いつも自分が見ている『ほぼ日』に、
自分の原稿が載っているというのは、
妙にくすぐったく、そしてやっぱりうれしいものだ。

連載の最初の原稿を僕がイトイさんに送ったのは
2000年の1月19日で、
それが『怪録テレコマン』としてアップされたのは
2日後の1月21日だった。

僕は原稿がいつアップされるか知らなかったから、
いつもの『ほぼ日』に自分の原稿を見つけて
えらく驚いてしまった。
しかし、数分後にもっと驚いてしまった。

メールが届いたのだ。
それは、僕の原稿を読んだ人が
『ほぼ日』に送ったメールで、
気を利かせたイトイさんが僕に転送してくれたのだ。
速いや。

それで僕は、僕に届いたメール第1号に返事を書いた。
挨拶と、自己紹介と、お礼を書き、
ついでにこんな一文を付け加えた。

>もしよろしければ、
>テレコマンのターゲットに
>なっていただけませんでしょうか。
>企画としては、
>テレコマンに最初のメールを書いた人にインタビュー!
>という感じでしょうか。
>ほんの15分ほどでけっこうです。
>なんだか、新手のセールスマンのようですが、
>ご安心ください。
>僕は善良なテレコマンです。

>永田泰大(永田ソフト)


第1号のメールを送ってくれた僕の初めての読者は
はやしゆうこさんという女性だった。
むろん、どういう人なのか僕はまったく知らない。
当然、彼女も僕がどういう人間なのか知らないはずだ。
さて、はやしさんは応えてくれるだろうか。
そして、はやしさんはどこに住んでいるのだろうか。
もしも彼女が企画に好意的でも、
物理的に距離があっては、取材はままならない。
ほどなく、返事が来た。

>こんにちは。筆者ご本人からの早速のメールと
>突然のインタビュー依頼に驚いています。
>私、住いは東京です。ただ、2年半前に仕事を辞めて、
>今は家事手伝いの身ゆえ、
>話題性に乏しいかもしれませんよ。
>それでも良ければ協力します。時間はありますので。

>はやしゆうこ


よし!
テレコマンは小さくガッツポーズ。
それにしても、メールを出すときに、
ふと「この取材はきっと実現する」と感じていた
根拠のない僕の予感はなんだったのかしら。

はやしさんと何度かメールをやり取りして、
取材日は2月11日の建国記念日に決まった。
落ち合う場所と時間は、はやしさんから提案された。

>JR新宿駅の新南口なら比較的混雑もしていなくて
>判りやすいのではないでしょうか?
>14:00に改札口を出た辺りで。
>永田さんを見つける目印を教えてください。

>はやしゆうこ


昔読んだ小説の中で、スパイや探偵が目印に使っていたのは
英字新聞や胸ポケットに差した薔薇の花だったか。
僕は僕の目印をはやしさんに伝えた。

>耳あてをつけて行きます。

2月11日、13:50。
東急ハンズで買った灰色の耳あてをつけて、
僕は新宿駅の新南口改札前に立っていた。

さて、どんな人だろう。
うまく会えるだろうか。

急いで改札へ向かってくる女の人を見るたびに
つい、じっと見てしまう。
会ったこともない人と待ち合わせるというのは、
なんとも不思議だ。
向こうは僕がわかるだろうか。
はやしさんは、どんな耳あてを想像しているのだろうか。
もっと目立つ場所に立ったほうがいいだろうか。
そもそも新南口の改札はここひとつだけだっけ?
今日は本当に建国記念日だっけ?

改札を抜けてくる女性が僕に向かって会釈した。
あ、彼女がそうだ。

はやしさんの第一声は、
「すぐわかりましたよ!」だった。
はい。僕もすぐわかりました。

僕らは最初のメールと同じように、
挨拶し、自己紹介し、お礼を言い合った。

そして一度行ってみたかった
談話室滝沢という喫茶店に向かった。
はやしさんは、
「談話室滝沢って一度行ってみたかったんですよ」
と笑った。
はい。僕も一度行ってみたかったんです。

僕はコーヒーを頼み、はやしさんはカフェオレを頼んだ。
そしてテレコマンは魔法のスイッチを押すのさ。
はやし もう録ってるんですか?
永田 はい。

<続きはまた明日>

2000/02/11  新宿

第5回 初めての読者に会いにいく 〜その2〜

はやし もう録ってるんですか?
永田 はい。
僕のこの連載に初めてメールをくれた、
はやしゆうこさんは僕より少し年上の女性だった。
はきはきとして、大きくはないけれど
聞き取りやすい声で、テンポよく話す人だった。

僕らは、会うことができたことにお互い安堵し、
それですっかり緊張が解けてしまった。
さて、テープは回る。
永田 一回目をアップした日に
すぐメールくださったでしょ。
ちょうど見てたんですか?
はやし そうですね。見て「あ、また新しい連載だ」と
思って読んだらすごくおもしろかったんで、
すぐ、思いつくままにメールしちゃったんです。
永田 毎日あのページはご覧になってるんですか?
はやし ええ。・・・ほぼ毎日。
永田 ほぼ毎日(笑)。
『ほぼ日』へは、よくメール出すんですか?
はやし それが、初めてなんですよ。
永田 へえええ。そうだったんですか。
はやし はい。
僕の初めての原稿を読んで、
はやしさんが『ほぼ日』に出した初めてのメールが、
僕に届いた初めてのメールだったのだ。
なんとも不思議な巡り合わせだ。
永田 僕、驚いたのが自分の原稿がアップされたのを
職場で初めて見たんですけど、
すぐに最初のメールが転送されてきて。
自分も初めて読んでるようなタイミングで
メールが来たから、
「あ、この人、今読んだんだ!」っていう
新鮮な驚きがあって。で、すぐにメール出して。
はやし ああ、私もすぐに返事が来たから驚いて。
永田 『ほぼ日』って、いつからお読みになってます?
はやし インターネット初めたのが一昨年の暮れだから
去年だと思いますけど。
そんなこんなで、お互いの共通点である、
『ほぼ日』の話などする。
よく見るテレビの話をするみたいに。
永田 最近だと、井上陽水さんのおもしろいですよね。
はやし あ、ごめんなさい。私あれ読んでないんですよ。
永田 いえ(笑)。
はやし 1回も開いてないんですよ。ごめんなさい!
永田 あ、あの、僕に謝られても。
はやし あ、そうですね(笑)。
『ほぼ日』を読み始めたころは、
更新されるものは全部読んでたんですよ。
永田 うんうん、僕もそうでした。
はやし でもそのうち「これ読みたいな」っていうのを
選ぶようになってきちゃって。
永田 ああ、全部読むとすごい量になりますもんね。
ん? でも、井上陽水さんの対談って、
一度も開いてないんですよね?
1回読んで、っていうのならわかるけど、
読む前のものをどうやって選んでるんですか? 
つまり、読む前に、
「読まない」って決めちゃったわけですよね? 
開くものと開かないものの差ってなんですか?
はやし ・・・・・・。
永田 あっ、すいません! 
なんだか問いつめてしまって。
どうもこう、糸口を見つけると
突っ込んで取材してしまう癖がついてて。
はやし いいえ(笑)。
あの、古川さんの対談ってありましたよね?
永田 マイクロソフトの。
はやし そうそう。あれを読んでたときに、長くて、
スクロールさせてたら目が回ってしまって。
永田 長さで?
はやし そうそう。それで、井上さんのを見たときに、
「これは長いのでは?」と思ってしまって。
永田 なるほど。じゃあ、内容は二の次で。
はやし そうですね。鳥越さんのニュースとかは、
短いから、毎日読んでます。
渡辺真理ちゃんのお菓子のやつとかも。
あと、なんとかののぞき穴っていうのも
いつも必ず見てる。
永田 そうか。長さってのが重要なんですね。
はやし そうですねえ。
永田 一日、ネットってどのくらい見てます?
はやし ・・・けっこうすごいんですよ、私。
調べごとを始めると、すぐ時間が経っちゃって。
キリがないからもうやめようと思ってます。
永田 (笑)。それはどんな調べごとなんですか?
はやし 旅行に行くときとかに調べるんですけど、
初めての土地とかだとやっぱり調べますよね。
それでいろんなサイトがあるから
「あ、今度こっち」ってやっていくともう、
どんどん時間が過ぎてしまって。
永田 ああ、なるほど。
あるなら全部見なきゃ、って感じになりますよね。
調べきった感じにならない、みたいな。
はやし そう、そうなんです。昔なら、図書館とか行って
本借りてきて調べたりしてたんですけど。
いまだとインターネットのほうが便利だし、
情報が新しいんじゃないかって思ってしまって。
永田 うんうん。たとえば本で調べるのって、
その本を借りるなり買うなりした時点で、
他の情報はあきらめてるんですよね。
膨大な情報の中から、ひとかたまりだけ持ってきて、
そこを調べてるわけですよね。
だからその本を読み切れば、
調べ尽くした感じがするんだけど、
インターネットって、ひとかたまりだけ取るって
いうわけにいかないからキリがないというか。
はやし そうですね。だから旅行の調べごとには、
ある意味向かない。
永田 なるほど(笑)。
けっきょく、ネットでさんざん調べても、
知り合いの「あの宿がいいよ」の一言で
決まっちゃったりとか。
はやし そうそう(笑)。
印象だけれど、
僕を含めて『ほぼ日』を読んでる人っていうのは、
インターネットに精通したパワーユーザーよりも
インターネットの便利さと不便さのあいだを
行ったり来たりしているような人が多いような気がする。
たぶんイトイさんがその代表なのかもしれないけど。
永田 メールとかネットをやりだして、
知り合いが増えたりしました?
はやし それはあんまりないですね。
もともと知ってる子とやり取りするくらいで。
チャットとかもやらないし、
あんまり冒険しないですね、なんか怖くて。
永田 ってことは、これ(こうして会っていること)、
かなり冒険ですよね(笑)。
はやし うん、これは冒険(笑)。
永田 僕もかなり冒険ですよ。
メールとかネットを通じて、
面識ない人と会うのって初めての経験だし。
はやし 私も。
永田 でもなんていうか、
『ほぼ日』じゃなかったら会わないですよね。
はやし あ、会わないですね。
永田 『ほぼ日』を介しているから、
なんとなく信用がおけている、
みたいなところないですか?
はやし ありますねえ。でも永田さんのほうが、
私に対して信用おけるかどうか
わからなくて困ったんじゃないですか?
永田 いや、でも、『ほぼ日』を読んで
反応してくれているという、
共通の認識があると・・・。
はやし ああ、それで信用いただいてるというか。
永田 お互いに(笑)。
はやし それは大きいかもしれない。
『ほぼ日』を読んでる人なら、っていうのはある。
永田 だから、会う前の、
はやしさんに対する僕の信頼と、
僕に対するはやしさんの信頼っていうのは、
『ほぼ日』に対する信頼なんですよね、きっと。
はやし そうかもしれない。そうですよ。そうだそうだ。
永田 そんな気がしますよねえ。
はやし わかる。今日もね、家を出るときに
母に「誰と会うの?」って聞かれたんですけど、
私がふだん、『ほぼ日』を読んでるの知ってるから、
いきさつを説明したら、母も、
「ああ、おもしろそうね。行ってらっしゃい」
っていう感じで。
永田 うんうん。
たぶん、僕がこの企画を思いついたのも、
はやしさんにメールを出したときに
なんだかうまく取材できるような気がしたのも、
きっとそういうことなのかもしれない。

<続きはまた明日>

2000/02/11  新宿

第5回 初めての読者に会いにいく 〜その3〜

たとえば、ものすごいアーティストとか、
世界記録保持者とか、霊能力者とか、
金儲けの達人とか、あらゆる裏社会に通じる事情通とか、
修羅場をくぐり抜けてきたタフガイとか、
コピーライターとか、ゲーム雑誌の編集者じゃなくたって、
僕をげらげら笑わせてくれる
おもしろいエピソードを語ってくれるものだ。
喫茶店でカフェオレでも飲みながら、軽々とね。

さて、続きだ。
僕に初めてメールをくれた『ほぼ日』の一読者、
はやしゆうこさんの言葉を記録しながら、
テープは回り続けているのさ。

はやし 永田さん、車は?
永田 車は持ってないんですよ、免許はあるけど。
はやし 東京じゃあまりいらないですよね。
永田 駐車場とかも高いし。車お持ちですか?
はやし ああ、はい。車ね、当たったんです私。
永田 えっ!
はやし 当たったんですよ。
永田 すごい。
はやし ええ。ずいぶん昔ですけど。
永田 クイズかなんか?
はやし はい。
永田 ハガキで応募して?
はやし はい。
永田 何枚?
はやし ・・・1枚。
永田 1枚! すっげえ。そんな人いるんだ!
はやし いるんですよお。私もそんな人知らないです。
でも車が欲しかったわけじゃないんですよ。
賞品にロサンゼルス旅行があって、
そっちが欲しかったんですけど、
賞品を選べなかったんですよ。
永田 ああ、なるほど。
はやし で、出してそのままにしておいたら、
ある日電話がかかってきて、
「おめでとうございます! 車が当たりました」
って。いたずら電話だと思って(笑)。
永田 ふつう、いたずら電話ですね(笑)。
う〜む、そういう通知ってくるもんなんだなあ。
はやしさんはまだその車に乗っているのだという。
ところで、思いもかけないものが当たってしまうことって、
そんなにいいことばかりじゃないみたいなのだ。
永田 いつですか、それ?
はやし もう10年以上前ですけど。
永田 僕、車の名前ぜんぜんわかんないんですけど、
なんて車ですか?
はやし ホンダのシティーです。
当時すごい宣伝とかしてて。マッドネスが。
永田 おお、マッドネス!
はやし うん。でも困った。駐車場がない。免許がない。
永田 免許なかったんだ。
はやし はい。で、向こうは「納車したい」、
こっちは「困ります」なんてやり取りがあって。
永田 (笑)
はやし しょうがないから車屋さんに預かってもらって、
駐車場確保して、免許取りに通いました。
永田 いいことばっかりじゃないなあ。
じゃ、教習所に通うのもあんまり楽しくないね。
はやし 楽しくなかった〜。すぐ取れると思ってたけど、
卒検に何回も落ちたんですよ。
初めて味わう・・・挫折?
永田 あははははは。
はやし 泣きましたもん、私。
永田 車が当たったばっかりに。
はやし イジワルな教官とかばっかりだし。
自分の予定としては学校に行きながら
免許を取るはずだったんですけど、
落ちちゃったもんだから夏休みに入っちゃって、
学校もないのに家から学校までわざわざ通って。
永田 車が当たったばっかりに、夏の予定まで。
自慢じゃないが僕は車についての知識がほとんどない。
でも、10年も前にマッドネスが宣伝してたシティーに
今も乗ってるのって、けっこう珍しいんじゃないかしら?
はやし ブツけまくりながら乗って。
もう色とか褪せてるんですけどね。
永田 へえ〜。
はやし おかげさまでエンジンは元気なんですけどね、
電気系統はだんだんダメになってきてて。
永田 ふ〜ん。
はやし イスとかもボロボロになってきちゃって。
いちばんひどいのがね、
ハンドルが、割れちゃったんですよ。
永田 えっ、うそぉ!
はやし 割れるんですよ。
永田 (爆笑)
はやし なんかね、こうね・・・。
永田 ちょ、ちょっと待って、おもしろすぎる、それ。
はやし ハンドルの真ん中に白い線が入ってきたんですよ。
プラスチックを割るとき、白い線が入りますよね?
永田 はいはい(笑)。
はやし 運転してたら入ってきたんですよ。
永田 運転してたら(笑)。
はやし 「あれ〜何かな〜」って思ってたんだけど、
ある日突然「パカッ」って。
永田 アハハハハハハ! 
はやし びっくりして、もう。停車ですよ、すぐ!
永田 すっごい、おもしろい話だ、それ(笑)。
はやし 車屋さんに行って変えてもらって。
永田 貴重な体験ですねえ。
はやし なんでしょうねえ。やっぱり気温の変化で・・・。
永田 違う違う(笑)!
はやし え、違うのかなあ(笑)?
永田 違うと思うなあ。
はやし ・・・ハンドルって、中、空洞でしたよ。
永田 (爆笑)
はやし もっと中は詰まってるのかなと思ったら。
永田 ソリッドだと思ったら。
はやし うん。ああ、これじゃ割れて当然だなと。
永田 わはははははは!
はやしさんにとっては、
それほどおもしろい話じゃないらしくて
淡々と話すのだけれど、
走ってる途中にハンドルが「パカッ」って割れるのって、
想像しただけでもたまんないんだけど。
談話室滝沢で笑い転げる僕でした。

<続きはまた明日>

2000/02/11  新宿

第8回 初めての読者に会いにいく 〜その4〜

この連載に最初にリアクションしてくれた
はやしゆうこさんという人は、
東京に住んでいて、
一昨年インターネットを始めて、
10年前にクイズで車が当たって、
走ってる途中にハンドルを割った経験を持つ人だ。
でももうひとつ驚いたことがあったのさ。

はやし 私、すごいテレビ好きなんですよ。
家族もそうで、みんな自分のテレビを持ってて。
永田 僕の家はずっと1台しかなかったから、
自分の部屋にある人はうらやましかったな。
はやし テレビは本当に大好きだから。
テレビないと・・・ダメかもしれない(笑)。
朝、起きるとまずテレビつける。
永田 あ、そういう人、うちの職場にもいます。
彼は、真面目な原稿書きながらヘッドホンで
テレビの音だけ聞いてたりとかするんですよ。
はやし ・・・え? わかりますよ、それ。
永田 わ〜、わかるんだ(笑)。やっぱりそうなのか。
はやし え? うん。何するときでも、テレビ。
永田 ああ、そうなんだ。彼が言うには、
テレビの音が聞こえてると安心っていう・・・。
はやし 安心です!
永田 やっぱり。
はやし ええ〜、みんなそうじゃないんだ(笑)?
永田 そうじゃないと思うなあ。
はやし 家中、そんな感じでしたよ。
よく「ご飯のときはテレビを消しなさい」
って言うけど、「え? ご飯のときはテレビを
見る時間じゃないの?」っていうか。
永田 うちはご飯のときはダメだったなあ。
「ご飯のときはダメ!」っていうんじゃなくて、
テレビ見てると手が止まって、
ご飯が冷えちゃうから早く食べなさいみたいな。
はやし あああ、うち冷えてる冷えてる、ご飯。
永田 (笑)
はやし あと、友だちと旅行に行っても、
ホテルとかですぐテレビつけて。
部屋に入るとすぐ「テレビつけていい?」って。
で、何が映るかチャンネルをまずチェックして。
まず最初にやることはそれですね。
永田 へえ〜、わかんないなあ。
はやし そうですか?
永田 その、職場のテレビ好きは、最近CSに入って、
マルチ画面っていうのかな、
画面が9分割ぐらいになってて
いろんなチャンネルの映像が映ってるを見ると
「うっとりする」とか言ってたけど。
はやし ああ〜、いいなあ(うっとり)。
永田 (笑)。それってなんですか? 
コンテンツっていうか、
番組内容じゃないわけですよね? 
情報をすごく欲してるわけじゃないですよね? 
ためになっていようがなっていまいが、
映ってたら安心なわけですよね?
はやし う〜ん、落ち着かないんですよ、
テレビがついてないと。
永田 見たいものが全然ない場合はどうしてます?
はやし 「つまんないなあ」と思いながら・・・。
永田 ずっと見てる。
はやし うん。ていうか消さないです。消さない。絶対。
永田 うそぉ。
はやし 受験勉強のときは一時期ラジオ生活だったけど。
永田 ふ〜ん。起きて、まず?
はやし テレビつける。何よりもまず。
永田 何よりも!
はやし だから、目覚ましをちょっと早めにかけておいて、
鳴ったら、テレビをつけて少し寝る。
永田 テレビとともに起きるんだ。寝るときは?
はやし 消すようにしてるんですけど・・・、
ホントはついてるまんまがいい。
永田 許されるものならば(笑)。
はやし うん。でもさすがに、それはいけないなって。
永田 じゃあ、理想的なのはつねにつけっぱなし?
はやし うん! いいですねえ〜(うっとり)。
永田 そうなのかぁ〜(笑)。わからない。
最近流行りのドキュメント番組風に言うと、
驚くべきことに、彼女が極端にテレビを好むその背景には、
幼少の頃の体験が深く影響していたのだった。
はやし それはねえ、母に話すと、
ちょっとうつむき加減になるんですよ。
「それは私のせいかもしれない」って。
永田 どういうことですか?
はやし 私が赤ちゃんの頃、テレビの前に寝かせとくと、
おとなしくなったらしいんです。
それで、テレビの前に寝かせて、
家事をすませていたらしいんですよ。
永田 へえええ。子守歌がわりだ。
はやし そうです。
永田 それはなんかすごいなあ。生粋のテレビっ子だ。
あるからして、彼女の生活にはテレビが不可欠。
テレビ好きの友だちとは強い絆で結ばれていたりするが、
そうでない人とは軋轢を感じたりすることも
ままあるらしい。
はやし 友だちでやっぱりテレビ好きな子がいて、
その子と人が見ないようなテレビの話するのは
すっごく楽しい。
永田 テレビ好きどうしの濃い話だ。
はやし そう。がっかりしたのが、
こないだ知り合いと3人くらいで歩いてて、
円柱型の建物があったんですよ。
それ見て、「これってワタナベアツシが
訪問しそうな建物ですねえ」って言ったら
誰も反応してくれなくて・・・。
永田 ???
はやし ああ、やっぱりわかんないんだあ(笑)!
『ワタナベアツシの建物探訪』っていう番組が、
いま土曜の朝かな・・・けっこう有名ですよ?
永田 すんません。
はやし いいえ(笑)。
永田 見るときってチャンネルを変えながらですか? 
それとも番組表とか見ながら?
はやし 新聞くらいかな。あんまり番組表は見ないです。
やっぱり見ながら、チャンネルを順番に。
永田 じゃあ、リモコンを握ってる時間っていうのは
1日の中でかなり長いですね。
はやし だって、リモコンの字、もう消えてるもん(笑)!
永田 あはははははは。
はやし そういえば数字全部消えてる。
永田 すごいなあそれ(笑)。
はやし 真っ黒ですよ、リモコン。
永田 (爆笑)
はやし でもどこが何チャンだか全部わかるの。
考えてみると怖いなあ(笑)。
永田 (笑)
はやし だからよく、友だちから電話かかってくると
「どうしてこの番組見てないかな?」って
頭にくるときがある。9:45とか。
9時からの番組が一番盛り上がるときに
かかってくると、「見てないよ、この人」って。
永田 なるほどねえ(笑)
はやし でもだいたいそういうときにかけてくる人って、
あんまり友だちじゃない。
「しばらくぶり〜」みたいな電話。
永田 ははははは。
はやし わかってる友だちはかけてこないですよ。
永田 ゴールデンタイムには。
はやし そう(笑)。
つまり、はやしゆうこさんという人は、
東京に住んでいて、
一昨年インターネットを始めて、
10年前にクイズで車が当たって、
走ってる途中にハンドルを割った経験を持ち、
テレビが大好きな人だった。
そのほかにも、犬好きだったり、
部屋に入ってきたテントウムシを飼育してみたり、
昔、『ドラゴンクエスト』のエンディングを
ビデオに録ってみたことがあったりと
いろんなことを話してくれたわけだけれど、
さすがに僕はテープを2本しか用意してなかった。
おかわりしたコーヒーも空になってしまった。
永田 でもちゃんと会えて取材できてよかった。
はやし うん、よかった。私が言うのもへんだけど。
何を話そうっていうものがなくて、
会って話すことしか決まってなかったから、
どうなるかなあと正直思っていたんですよ。
何かおもしろい資料とか持って行ったほうが
いいのかなあとか。
永田 いえいえ。僕、自由な取材のときは、
あんまり質問とか内容って決めないんですよ。
とっさにその人が何を返すのかっていうのが、
取材してて楽しかったりするので。
はやし じゃあ、よかった。  
永田 テープを使い切っちゃったなあ。
はやし ほんの15分で済みますって言ってたのに。
永田 すいません。
はやし いえいえ(笑)。
永田 楽しかったです。
はやし うん。あの、こんなので、大丈夫なんですか?
永田 大丈夫ですよ!
大丈夫も何も、とっても楽しい時間だった。
テレコマンには、解決すべき命題とか、
クリアーすべきノルマとか、
完成させるべき青写真なんてものはないのさ。
明け方のバカ話がループし続けるようにね。

ひょっとしたら、
つぎはあなたの街に、
テレコマンは現れるかもしれません。

2000/02/11  新宿

第9回 「ゲームの話をしよう」

テレコマンこと永田泰大が
「週刊ファミ通」にて連載している
『ゲームの話をしよう』が単行本になりました。
任天堂の宮本茂さんやスチャダラパーのボーズさん、
精神科医の香山リカさんからただの小学生まで、
ゲームを巡るさまざまな雑談集です。
ゲームをとっても好きな人も、
ゲームを少しだけ好きな人も、
等しく楽しめる内容になっていると思います。
単行本にのみ収録の特別ゲストは糸井darling重里さん。
本屋で思い出したら手にとってみてください。



「ゲームの話をしよう」
著者/永田泰大
定価/1300円+税
発売/アスペクト
ISBN:4757206623
2000年2月出版
310ページ <

第10回 コンサートに出掛けた

オアシスというイギリスのロックバンドがいて、
横浜アリーナでコンサートをやるというので見に行った。

平日だったので仕事を前後に押しやって、
夕方とりあえず電車に乗った。
初めて行く横浜アリーナは新横浜にあるという。

駅に着くと寒い中、例によってダフ屋である。
今日も彼らはいつもの不思議な決まり文句を叫んでいる。
「ないならあるよ、あるなら買うよ!」
いつ聞いても不思議な日本語だ。
日本語なのに和訳したくなるような日本語だ。
「あなたがもしチケットを持っていないとすれば、
 あなたの必要なチケットがここにあります。
 ひいては私のチケットを売ってあげましょう。
 あなたがもしチケットを持っていて、
 ついでにそこに余分なチケットまであるのだとすれば、
 私はそれを買い上げることもやぶさかではないですよ」
てな感じだろうか。
英訳するとどうなるのだろうか。

どこから集まるのか会場に近づくにつれて道は混雑。
奇妙なグッズを売る外人たち。
にしても、地べたにTシャツを直接広げて
「オフィシャル! オフィシャル!」
もないもんだ。

さて、横浜アリーナが見えてきた。
入り口が近づくにつれて、
テレコマンはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ始める。
なぜなら彼には昨日ひらめいた計画があるのだ。

コンサートの入り口では通常何が行われるだろうか。
チケットを渡し、半券を受け取って会場に入るその瞬間。
そう、カメラチェックである。
「荷物をお持ちのかたは中身を拝見しまーす」
という例のあれである。
そこではコンサートを記録する可能性のあるものは
一時的に主催者側に没収されるのである。
つまり、カメラや録音機材。

録音機材?

賢明な読者諸君ならお気づきのことと思う。
そう、テレコマンはつねにテレコを持ち歩いている。
その愛すべきTCS-60は、
シャレのわからないカタブツ係員によって
取り上げられてしまうに違いない!

予想しうる流れとしてはこうである。
チケットを取り出すテレコマン。
半券をもらい、会場に入ろうとするテレコマン。
そこへ屈強な係員が登場。
「あー、チミチミ」ってな感じでカメラチェック。
おどおどとバッグを開けるテレコマン。
なんとそこにはテレコが鎮座ましましている。
「没収!」
丸太のような腕で荒々しくテレコを取り上げる係員。
「ああ、なんということだ」
がっくりと膝をおとすテレコマン。

いかがだろうか。
魅力的な企画とはいえないだろうか。
テレコを取り上げられたテレコマンだなんて、
ウルトラアイを失った
モロボシ・ダンのようじゃないだろうか。

その後どうなるかは知ったこっちゃない。
その場で、もしくはコンサート後の返却時に、
係員とのやり取りを記録できればOK。

そんな感じで僕は
横浜アリーナ入り口の階段を上っていったわけだ。

入り口付近の混雑の中で、
僕はそっとバッグを開けて中をチェックする。
さりげなくテレコを見つかりやすい位置に移動させる。
用意周到である。
腹黒きかな、テレコマン。
気分はもはや悪代官かな、テレコマン。

列がゆっくりと進んでいく。
僕はチケットを取り出す。
僕の番が来た。
チケットを渡す。
もぎりの兄ちゃんが半券を切り取る。

なぜかドッキドッキしてるテレコマン。

会場に一歩入る。
「荷物チェックにご協力くださーい!」
来たぜ。
長机が並べられたチェック用の通路。
僕は係員の前に差し掛かる。
僕をピンチに陥れることになるであろう彼は、
予想したよりもずいぶん貧弱な兄ちゃんだ。
ちょいと役不足だが、まあいい。

彼は言う。
「お荷物拝見します」
待ってました。

僕は、おどおどするどころか浮き浮きして
バッグのチャックを開ける。
すると、目に見えて貧弱な兄ちゃんの表情が変わった。
「これは・・・」
貧弱な兄ちゃんがテレコを触って確かめながら言う。
「これは、録音機能はありますか?」
ほう、なるほど。
再生専用なら持ち込んでもかまわないというわけだ。
お客さんに失礼に当たらないよう、
一応確認するというわけだな。
ていうか、見ればわかるだろう。
テレコだよ、それは。
テープレコーダーだよ、それは。
テ・レ・コ・だ・よ、それは。

「録音機能はありますか?」と慇懃無礼に質問する
貧弱な兄ちゃんに向かって、僕は堂々と、
胸を張って答えた。
「はい!」
「それでは、お通りください」
・・・え?

貧弱な兄ちゃんは手にしたテレコをバッグに戻し、
ご丁寧にチャックを閉めた。
いや、そうじゃなくて。
混乱した僕は、その不正な行為について抗議しようとした。
だがしかし、何がどう不正なのだ?
でも、貧弱な兄ちゃんは明らかに間違っているのだ。
しかし、その間違いをどう指摘すればいいのだ。
呆然と立ちつくすテレコマン。
そして、当然のことながら、入り口に押し寄せる人の波。
「あの、あの」とわけのわからない言葉を口にしながら
人混みに押されて無事会場入りしてしまうテレコマン。
気づけばホールのロビーに立っていた。

冷静に考えてみると、
失敗の原因は僕のキラキラと輝く純粋な瞳にあった。
きっと、おどおどしながら
「いや、あの、これは、録音っていうか・・・」
みたいに口ごもれば、
貧弱な兄ちゃんはテレコを没収してくれたのだろう。
貧弱といえども職務を遂行してくれたのだろう。
テレコマンは悪代官になることができたのだろう。
だがしかし。
待ってましたとばかりに「はい!」と即答した愚かさよ。
無垢なり、テレコマン。
童心なり、テレコマン。
獲らぬ狸の皮算用なり、テレコマン。

というわけで、軽く逆ギレした僕は、
手ぶらで帰るわけにもいかず会場内で録音することにした。
といっても、演奏曲などを録音するのは、
アーティストに無礼にあたると思い、
登場時のMCだけを録音することにした。

横浜アリーナ、午後8時、
照れ隠しにテレコマンは魔法のスイッチを押すのさ。

リアム・ギャラガー  Hello!!

永田        いえ〜い。

綿密に立てた計画ほど、
思わぬところで失敗するものですね。

2000/02/29    新横浜

第11回 SDPと雑談 〜その1〜

念を押しておくと、
『怪録テレコマン』というからには、
主役はやはりテレコなのである。
テレコあってのテレコマンなのである。
テレコなきテレコマンはテレコマンにあらずなわけである。
神はまずテレコを創ったのである。
押せばテレコの泉湧くのである。

しかし、どうだろう。
あまりにも僕はテレコを軽んじすぎてはいないだろうか?
買ってもいないテレコで録音してみたり、
同僚が騒ぐところで盗聴まがいなことをしてみたり、
前回においては
わざわざテレコを没収されようとしてみたり、
あげくに没収されることに失敗して
無意味にヤキモキしてみたり。

愛しのTCS−60よ。
君はワシに愛想を尽かしているんじゃないだろうか。
そういえば、先日イトイさんに会った折、
氏のリクエストに応えてテレコを見せたところ、
イトイさんはテレコをまじまじと眺めて
「なんだ、普通のテレコだねえ」
などとおっしゃられた。

おお、愛しのTCS-60よ。
君は拙者に愛想を尽かしているんじゃないだろうか。

そんなわけで僕は今回、
テレコがテレコたる働きを存分に見せる機会をこしらえた。
シリーズ始まって以来、初めてとなる試み。
なんと愛機TCS-60は、
会議室の机の真ん中にセッティングされ
会話を録音するという、
テレコとして至極まっとうな任務を与えられたのだ。

お相手は、5月末にニューアルバムが出ることになっている
スチャダラパーのみなさんです。
永田 レコーディングはもう?
ボーズ やっと終わりましたねぇ。
永田 おつかれさまです。
シンコ 『ほぼ日』の連載って、なんてタイトルですか?
永田 『怪録テレコマン』っていうんですけど。
シンコ あ〜、あれだ。毎日見てるんですけどね、一応。
永田 あ、そうなんですね。
ボーズ 『ほぼ日』って、やってる人が膨大ですよね。
雑誌とか超えてるよね。
シンコ クマさんとかやってんのね。
ボーズ そう、意外な人いっぱい並んでるもんね。
シンコ 一応テーマはゲームってことになってるの?
ボーズ ぜんぜん違うの。
シンコ へえ〜。で有名無名は問わず?
永田 問わず。
ボーズ あの、タクシーに乗ったところで
テレコを回してってのがおもしろかったなあ。
たしかにインタビューになるんだよね、
タクシーって。
永田 自然とそういう会話になりますもんね。
アニ しちゃうよね、自分の哲学みたいな話を。
シンコ 「どうっスか野球は?」とか言ってみたり。
永田 適当な相槌うてますからねぇ(笑)。
ボーズ その場その場で自分のキャラとか作れるし。
シンコ たまーにだけど、
降りるの惜しい運転手とかいるもんね。
ボーズ おもしろくてね。
永田 「これ持ちネタだな」っていうくらい、
よくできた話、してくれたりして。
シンコ やけに洗練されてんのね(笑)。
ボーズ あと、このテレコ買うときの話は
やっぱおもしろかったっすよ。
「テレコ買おうと思うんですけど」って、
テレコ回しながら店員に聞くの。
シンコ あー。
永田 あれは緊張しましたね。
ボーズ どんどんテレコ買っていく、
っていうのはどうですか? 毎回。
永田 (笑)
ボーズ それも毎回「どれがおすすめですか」って。
永田 でも、経費出ない(笑)。
ボーズ あぁぁぁぁ(笑)。
シンコ あと風邪とかひいたときに
お医者さんの話とか録音すると
いいかもしれないですよね。
永田 なるほど。
なんか企画会議みたいになってきた(笑)。
ボーズ いいかも。どんなのできるかなあ。
でもあのアイデアは可能性感じるんだよなあ。
いつでも回せばいいんだもんね。
永田 ただときどき思うのは、
「おいここ盗聴コーナーなのか?」
みたいなところで。
ボーズ あはははは、そうだよね。
そこ気をつけないと。
永田 趣旨違うぞっていう。
ボーズ だから女の人とかじゃなければね。
おっさんの話とか、
録音しても意味がないようなものであれば。
永田 そうか、俺に利益がなければいいのか。
ボーズ そうそうそう。なんでもない話を。
シンコ 床屋っていうのも。    
永田 あ、床屋いいかもしれない。
チャキチャキ切ってる音がして。
ボーズ 近所の床屋のおっさんとか、話聞いてると、
30年くらい切ってたりすんじゃん。
どんなだったんだ、このへん? っていう。
永田 あと床屋の人って、ずっと前にした話を
ずっと覚えてたりしますよね。
ボーズ しますねえ(笑)。
永田 「ビデオ屋のバイトどう?」とか。
もうとっくに社会人なんですけどっていう。
ボーズ あるある。
アニ あとだいたい、切りながら、
「今年ハ、ドッカ、イカレルンデスカ?」
っていうお決まりの。
ボーズ 旅行ね(笑)。
永田 連休のあとだと、
「今年ハ、ドッカ、イカレタンデスカ?」に。
アニ そうそう。
行くときって、だいたい平日の昼とかだから
空いてるんだよねえ。
シンコ おっちゃんが世相を斬りまくりで
相づち打ちまくりで。
アニ 「結婚式行くからセットしてください」って
言ってそろえてもらってさ、
かと思うとそのつぎ行ったときに
「ボウズにしてください」って言ったり。
永田 あははははは。
ボーズ デタラメだなあ。
永田 そういうとき「お仕事は?」って
聞かれたらどう答えるんですか?
アニ 「会社員です」
ボーズ 行ってないじゃん、今!
永田 (笑)
アニ でもいっぺん警察にキップ切られたときに
職業聞かれて「自由業です」つったら、
「自由業って職業はないんだよ」って
怒られたことあるなあ。
ボーズ 僕は床屋だとバレたりするなあ。
切ってるオヤジが得意気だったりとか。
永田 そうなんだ(笑)。
ボーズ そばに子供がいたりなんかすると、
「ほらほら今まさに私が
ボーズの頭を切っているよ」みたいな感じで。
永田 (笑)
そんな感じで雑談してまいりました。
まずは挨拶程度ということで、
もちろん続きます。
ちなみに、前半、アニさんの口数が少ないのは、
僕が持参した最新号のファミ通を
読みふけっていたためです。

2000/03/14    外苑前

第12回 SDPと雑談〜その2〜

誰よりもそこここを切り取り、
膝の後ろを突いてみたり、
あっと驚くタイミングで意を決してみたり。
軽妙かつ鋭利なブローの数々は、
確かな足腰のなせる技。
高速水平移動すなわち全力疾走。
勝手に自覚する30前後。
日本を代表する気がしてしかたないラップグループ、
スチャダラパー。

そんな3人と雑談しながら、
テレコは回り続けています。
話題は『ほぼ日』からネット関係へ。
永田 ネットっていつ頃はじめました?
アニ 1年ぐらいじゃん?
ボーズ iMac。
永田 あ、なんか変な買い方をしたという話を
どっかで読みましたよ。
ボーズ そうそう。まず僕が買おうよって言いだして。
ライムのやつ買って、
「買った、買った」って騒いでたの。
そしたら、シンコが次に買いに行って。
アニもいっしょに売場に行ってたんだけど、
シンコが買うのを横で見てて、
「あと、同じのもう1個ください」って。
永田 あははははは。
ボーズ 「すごい買い方すんなぁ」って(笑)。
永田 「俺も」って。
アニ そう。「じゃあ同じの」って。
ボーズ 「もう1個ください。色違いで」。
永田 (笑)。使ってます?
ボーズ つーか、普通になっちゃった、もう。
シンコ うん。
アニ 僕は二人に比べるとそんなでもない。
電源入れて、やること終わって、
「あ、終わった、消そう」って感じで。
メールチェック。「来てねー」。おわり。
永田 (笑)
アニ メールチェックして、
あの「ップン」って音がして、もうおわり。
わざわざパスワードまで入れたのに、って。
しょうがないから、
自分たちのホームページのBBS見て。
「なんか載ってないかなー」とか思うんだけど、
1個ぐらいしか新しいのなかったりして。
あと何するかなあ、
知り合いのホームページ行ったけど、
「これわかんないんなー」みたいな。
ボーズ ライトユーザーだ!
アニ かなり。
永田 (笑)
シンコ でもドリキャスからでしょ?
ボーズ あ、そうだドリームキャストだ、僕は。
ドリームキャストを買って、
やってみようつってやったら、
「わ、異常におもしろい」って。
「やっぱおもしろいじゃんネット」とか思って。
永田 で、iMac?
ボーズ そう。
永田 この取材のやり取りもメールでしたけど、
メールとかも頻繁に?
ボーズ うん。やっぱ、仕事とか打ち合わせとか、
人にメール出せるのって、便利。
永田 大きいっすよね。
ボーズ なんか、億劫だったことができたりする。
永田 アドレス取ってメールでやり取りって、
あっという間に広がりましたよね。
シンコ テレビとかすごいっすよね、
アドレス持ってて当然みたいな。
ボーズ 急に切り替わったよね。
永田 友だちの結婚式の二次会とか、
最近は、たいていメールで案内がきますからね。
で、「地図はこちらです」って、
添付ファイルがついてたりとか。
ボーズ 確かに。
シンコ でも、地図はやっぱり、
手に取って読めないとねえ。
永田 ちょっともどかしいですよね。
ボーズ やっぱ読みたいやつはプリントアウトしないと、
読んでると疲れるっていうのありますよね。
寝ながら読んだりできないからな。
アニ 携帯もアイモードとかになってるよね。
ボーズ そっか、ちょっと前はみんな、
ポケベルでメールやってたもんね。
永田 すっかりなくなっちゃった。
アニ 俺ポケベル買ったじゃん。
あれサービス停止で回収中よ。
東京テレメッセージ、なくなったのよ、もう。
永田 え? そうなんだ。あんな流行ってたのに。
アニ つぶれた、つぶれた。
永田 早いっすね。
シンコ いま、ちょっと古いドラマとか見てると、
何が古いって、女子の眉毛がぜんぜん違うよね。
移り変わり激しいっていうか。
永田 ああ。あと、男女のすれ違いのシーンとかでも、
「携帯鳴らせばいいのに」って感じだったり。
シンコ 最近のドラマだと、着信で名前が出て
「あ、あいつだ」みたいなシーンあるもんね。
永田 あと、サスペンスドラマの脚本書いてる人が、
えらい苦労してるって話聞きましたけど。
携帯電話があるってことで、
アリバイくずしとかが難しくなるっていう。
シンコ 電話のトリックとかが全部使えないんだ。
でも、新しいトリックもありそうだけどね
永田 だからサスペンス系の脚本書いてる人って、
そういうハイテクものにすごい敏感らしい。
シンコ 脅迫状もe−mail。
誘拐したガキの元気な声を添付して。
永田 あははははは。
シンコ 「リアルプレーヤーもってないのかよ」って。
「じゃあダウンロードしろ」って、
犯人が教えてあげたりとか。
・・・くだらないなあ。
アニ すげぇがっかりした気分になりそうじゃない?
サスペンスでコンピューターかよ、みたいな。
(ちょっと席を外してたボーズさん復帰)
ボーズ え、なんの話?
シンコ 脅迫状もe−mailの時代だってさ。
ボーズ ・・・なにソレ、風刺?
一同 (失笑)

そんな感じでダラダラと。
よもやま話は次回も続きます。


2000/03/14    外苑前

第13回 SDPと雑談〜その3〜

雑談の素敵なところは命題がないってことさ。
回るテレコが記録し始めたのは、
ネットの話題から緩やかに転じたこんな話。
永田 ネットを使った音楽配信とかも
始まってるじゃないですか。
そのへんは本職としてどうなんですか?
まだまだ胡散臭いものなんですか?
ボーズ どうなんだろうな、浸透すればいいんだけど。
知り合いで、コンピューターとか得意で、
そういうのすぐなんでも買うエンジニアがいて、
ソニーのメモリースティックウォークマンを
さっそく買って。
あれ、1本で80分ぐらい入るじゃないですか。
それ見たときは
「わ、すごい、これになっちゃうかもな」って、
思ったんですよ。でも、1本、15000円。
15000円は何個も持てないなあって。
永田 なるほど。
ボーズ これは進まないかもしれないって。
アニ やっぱ、年中コンピュータの前にいる人だと
便利だけどさ。
ボーズ そうじゃないと、使わないよね。
永田 でも、3人いっぺんに
iMac買っちゃうぐらいだし、
ポケベルもあっという間になくなっちゃったし、
突然普及するかもしれませんよ。
ボーズ あるのかなあ。どんどん簡単に配信されたら、
なっちゃうかもしれないね。
アニ でもテープが回ってるのとか見たいじゃん。
永田 それ、すっごくわかる(笑)。
アニ そう、カシャって入れたりとかさ。
ボーズ 確かに、それはあるね。
アニ あと、たとえばカセットテープとか、
かなり雑に扱っても大丈夫だったりするしね。
そういうところがなんか。
永田 ああ、まさにこのテレコなんか、そうですよ。
こいつ使ってるとき、
僕、ものすごい安心なんですよ。
外からテープ回ってるの見えるし。
適当にカバンに放り込んでるし。
ボーズ 確かに、そういうの確実だもんね。
永田 明らかに。
このテレコ、ここに日本語で「録音」って
書いてありますからね。
このランプが点いてるときは、録音中。
ボーズ わかりやすい(笑)。
アニ だからさ、あの、つねにコンピューターとかで
仕事をやる人は便利かもしれないけどさー、
僕ら・・・まだいいっしょ。
永田 結論、「まだいいっしょ」(笑)。
ボーズ 僕らまだ、「MD便利だな」っていうぐらいだから。
アニ だってまだスタジオで、「じゃ僕はMP3で」、
なんていうのは無理じゃない?
ボーズ 無理だねぇ。
永田 あ、今日の落とし
(録音したものをとりあえずまとめたもの)を?
アニ うん、今日の落としをってときに。
ボーズ まだ無理。MDでやっとだもんね。
永田 コピーし放題っていうのも問題なんでしょうね。
ボーズ うん。あと逆にコピーが、本当にポンって
すぐできたりするといいかもしれないけど。
今、まだ時間かかるでしょ? やっぱり。
アニ その時間分かかるの?
永田 時間分はかからないけど。
シンコ 量があるときはプールして、
家出るまえに始めて、とか。
アニ ていうか、俺、イマイチその仕組みが
まだわかってないから。
コンピューターでインターネットとメールしか
できないくらいだから。それしか入ってないし。
ボーズ 家電だ、家電だ。
永田 あははははは。
音作りの方はハードディスクレコーディングとか?
シンコ してないっすね。流行ってますけどね。
ボーズ それこそ、なんかテープ回ってないと
気持ち悪いっていうのありますよね。
永田 あー、やっぱそこに。
ボーズ なんかハードディスク使ってやると、
「録り貯めしますね」ってときに、
(録音する場所の頭が)一瞬で出たりして、
早すぎてぜんぜんヤだなあっていう。
永田 ああ、なるほど。
ボーズ 便利は便利で、これをこっちに持ってくるとかは
すっごい便利なんですけど、
なんか、「回ってろよ、そこ!」っていう。
なんかアナログのテープだとそういうところが
わかりやすくて。
テープに1チャンネルずつ入ってますからね。
そうあってほしいって感じがしますね。
永田 デジタルだと、何度も微妙な直しが利くから、
キリがないっていうのもありますよね。
シンコ そうそう。
ボーズ 終わんないからね。
シンコ あと選択をどんどん後伸ばしにできるっていう。
だからマスタリングっていう、
最後の最後のツメの、
最終的に音を調整するときがあるんですけど、
それが、もうハードディスク持ち込んで・・・。
永田 最後が一番大変なんだ。
ボーズ そう、決めること多すぎっていう。
永田 前、うちの雑誌の編集者が
アメリカ出張でゲームのショーの取材行ったときに、
現地でデジカメで撮って原稿メールして
すぐ本にするっていうことをやったんですけど。
その人が言ってたのは、
「技術が進めば進むほど、
俺ら忙しくなるんじゃないか?」って。
ボーズ だから、その間にいる人はメチャ大変なんですよね。
永田 現場とユーザーの間にいる人が。
ボーズ そうそうそう。マニュピレーターとか。
てな感じで、
雑談が意義のある話に転じてしまうこともままあるわけで、
それはそれでもちろんOKなんです。


2000/03/14    外苑前

第14回 SDPと雑談〜その4〜

僕は親の仕事の都合で
小学校から中学校にかけて何度も転校したもので、
いわゆる地元意識というやつが薄かったりする。
だから、同郷という連帯感を
ちょっと羨ましく思ったりするのだけれど、
最近それによく似た連帯感を手に入れた。

30代、という連帯感だ。
いままさに30代に差し掛かったりしている人たちと、
これまでに感じなかった奇妙な親密さを感じることがある。
1970年前後に生まれ、1980年代10代を過ごし、
20代が1990年代だった人たちが
ミレニアムとともに迎える30代。

スチャダラパーの3人もまさにそのへんの人たちなんです。
悲喜こもごも、こんなとこまで来ちゃったぜの30代。
話はそのへんから脱線していきます。
永田 30代ってどうすか?
ボーズ やっぱねえ、友だちとか子どもいますからねえ。
永田 ここ数年で生まれだしてる感じですよね。
ボーズ そうそうそう。ホントに。
アニ なんかヤバい感じするよね。
俺なんか普通に働いてる人と話合わないもん。
ボーズ それある(苦笑)。
アニ 俺と話合う人は、
プータローか親のスネかじってる人くらいでさ。
現実社会に揉まれてる人は
相手してくれないみたいな状況になってきてて。
永田 (笑)。シンコさんっておいくつでしたっけ?
シンコ 僕ね29で、今年30です。
永田 どうすか、30?
シンコ ああ、もうね、いろいろ(笑)。
いろいろあがいてたりとか。
アニ マジで?
シンコ うん。次の十年をどう生きようかとか考えるよ。
アニ そっか。
シンコ なんか感慨に耽ったりとかしました?
永田 僕は30になった瞬間は
そんなになかったんですけど、
31のほうがキたかなあ。
シンコ あっ、そうか〜。
アニ かも、かも。意外にね(笑)。
永田 30のときって、こっちも構えてるし、
周りも「や〜い30、30」みたいなところが
あるんですけど、31のときって、
誰も指さしてくれないみたいなところあって。
シンコ そうかそうか(笑)。
アニ さっき、『クライング・ドゥービーマン』の
歌詞見てたら、その中に
「MCボーズ26歳」っていうのがあって(笑)。
ボーズ すぐ経っちゃうよねえ。
永田 じゃあライブで昔の曲やるときは・・・。
ボーズ そうそう、変えないといけない。
「MCボーズ31歳」って。
自分で「おい!」って突っ込みながら(笑)。
30になったときってなんかありました?
永田 僕はですね、30になった瞬間は
編集部で原稿書いてまして。
夜中に腹が減って、
カップラーメンにお湯入れに行ったら
ポットにお湯がなくて「ガフッ」ってなって。
お湯足して戻ってきたら12時過ぎてました。
ボーズ (笑)
シンコ 僕、25になったときは
みんなでディズニーランド行ったよね。
ボーズ そうだ行った。あれ25か。うわぁ。
松本
(マネージャー)
ボーズさんが30のときは
みんなで打ち合わせて・・・。
ボーズ そうだそうだ。
アニ え、なんだっけ?
ボーズ 僕に教えないでみんな集まって、
僕が行ったら全員赤い服着てた。
永田 あはははは。
アニ ああ、そうだ。
永田 31のときは?
ボーズ みんなでメシ食ったくらいかなあ。
アニ 俺なんか31のときは
いよいよ何もなかったなあ。
ボーズ 31はサラッと流しとけ(笑)。
アニ でも祝われるの苦手だしな。
シンコ 誉められるのヤなんでしょ?
アニ うん、誉められるのあんまり好きじゃない。
ボーズ 誉められるのいいじゃん。
アニ でもけなされるのも好きじゃない。
永田 難しい(笑)。
ボーズ そっとしといてほしい? 
でもそっとしとくのがプレゼントって
微妙すぎないソレ?
アニ (笑)
ボーズ 今年はいよいよウチらも
そろって30越えるのか。
永田 働き盛りだ。
シンコ 今年たぶんベビーブームでしょ?
永田 って言われてますねえ。
あの、聞いた話なんですけど、
今年って結婚ブームじゃないかって
言われてたんですって。結婚業界では。
でもそれがなぜか去年にそうなっちゃって、
今年がベビーブームになりそうって話でしたよ。
アニ みんなやっぱりちょっとなんか
フライングしがちだよね。  
ボーズ 確かに(笑)。
アニ マジでマジで。だってこないだ、
まだ3月半ばなのに日テレとか
番組改編のスペシャルとかバンバンやってて。
いまやってていいのかなって。
ボーズ そういや巻きでやってるよねえ。
アニ あとテレビの番組とかも
58分とか54分から始まるじゃない。
永田 はいはいはい、
ちょっとフライングするっていう。
ボーズ ニュースステーションまで早まるくらいだから。
永田 気持ち悪いですよねえ、54分スタートって。
シンコ そのへんは
『食いしん坊バンザイ』とかの時間だよね。
アニ 大胆に30分早めたりとか・・・。
ボーズ そういうのはないよね。
アニ ペナントレースとかも早くなってない?
永田 あ、今年3月31日だ。
シンコ えっ、そうなの? なんの意味があるんだろう。
ボーズ そうだねえ。
永田 「ちょっとだけ」ってのがキーワードですよね。
なんか、庶民のフライングっていうか。
ボーズ 家庭レベルの(笑)。
そろそろ帰ってくるかしら、チン、みたいな。
一同 (笑)
アニ バレンタインとかもズレてくるかもね。
ボーズ 「そろそろいいか、2月10日くらいで」とか。
永田 (笑)
そんな感じでダラダラと2時間。
テープがなくなって、テレコが「ガチャン」と録音終了。
「あ、終わった」って感じで例によって結論などとくになく。
つき合っていただいた3人に深く感謝です。

お礼というわけではありませんが、
頼もしき同世代にリスペクトを込めて告知です。

●NEW SINGLE 発売中
 『Where ya at?』
 wqjb-1034 \1680(tax in)/A.K.A.bounce/アナログ限定

●デビュー10周年記念ライブ
 『1990-2000 SDP』
 2000年5月5日(金)/17:00 open.18:00 start
 all standing \5250(tax in)
 問い合わせ ディスクガレージ tel 03-5436-9600
 ※豪華ゲスト多数との噂



2000/03/14    外苑前

第15回 和田ラヂヲさんに会う

週刊ヤングジャンプや音楽誌のrockin’onなどで
比類なき間を持つギャグマンガを連載され、
現在もCOMIC CUE、週刊プレイボーイ、
僕の働いてる週刊ファミ通などで活躍中の和田ラヂヲ先生。

ふだんは松山の自宅で仕事されている和田さんが、
所用で上京されると聞き、
担当者にくっついて行ってテレコを回してきました。

ファンのかたには説明の必要もないことですけど、
和田ラヂヲさんにはマンガ家として大きな特徴があります。
それは、原稿を編集部にファックスしている
ファックスマンガ家であるということです。

そのへんの事情も聞きつつ、
食事の席でこっそりインタビュー。

永田 和田さんってどういう経緯で
マンガ家になったんですか?
なんかマンガ家目指してバリバリ描いてたって
感じがしないんですけど。
和田 最初はふつうに働いてたよ。
永田 え、サラリーマン?
和田 というか設計の仕事。
永田 設計! ・・・意外。
和田 ちゃんとやってたよ。こうやって・・・。
永田 あ、あの、斜めになった机で?
和田 そうだよ。
永田 なんか机にT定規のでっかいヤツが
くっついてる机だ。
和田 そうそう。
永田 そんで?
和田 まあ、ヤンジャンで連載始まったんで
すっぱり辞めて。
永田 おお、男らしい。
和田 そしたら連載のほうも終わっちゃって。
永田 ありゃりゃりゃ(笑)。
和田 なんか、某巨匠マンガ家の
連載が始まってページが足りなくなるから
切られたんじゃなかったかな(笑)?
永田 それでどうなるんですか?
和田 どうしようかなあと思ってたら、
rockin’onのほうから仕事があって。
永田 あ、そこでrockin’onなんだ。
和田 そうそう。
で、当時そこの編集長だった
増井さんって人が俺の原稿とかを見て、
ファックスでやりとりしてたんだけど、
「原稿もファックスも変わらんじゃないか!」
って言われて。
永田 アハハハハハハ!
和田 それ以来ファックスで。
永田 ファックスマンガ家に(笑)。
和田 うん。
永田 でも、僕もときどき質問されるんだけど、
和田さんのマンガが本当に編集部に
ファックスで届いて、それを入稿してるって
信じてない人多いですよ。
和田 ちゃんとファックスで入れてるっての(笑)。
永田 そうなんだよなあ。
ときどきファックスの印刷悪くて、
原稿に黒い縦線入ったりして
送り直してもらったりしてますもんね。
和田 うん。
永田 このネット時代に(笑)。
和田 いやあ、ファックスでしょう。
ファックスはいいよ。
永田 ファックスマンガ家の第一人者。
和田 誰も後に続かないんだけどな。
永田 (笑)
和田 おかしいなあ。
永田 あれですか、やっぱり商売道具だから、
最新のファックス情報に詳しいとか・・・。
和田 うちのファックス、3台目だから。
永田 あははははは。
さあ、今回のテレコマンは
和田先生の特別描き下ろしイラスト付きです。
タイトルは「赤い靴下の男」だそうです。
いや、もう、どうですか。
ちなみにこれはファックスではありません。






※和田ラヂヲ情報は以下でどうぞ。
http://www4.plala.or.jp/radiow/


2000/04/29    表参道

第16回 虫とり少年がいた

ある日、買い物帰りに自宅の前で
虫取り少年を見つけた。
こんなところで虫がとれるのかしらと僕は思った。
そこはマンションの植え込みといってよく、
わずかな土とわずかな緑しかないように思えた。

虫とり少年はどうやら上の階に住んでる
加藤さんちのお兄ちゃんだった。
ともだちらしき男の子といっしょに、
草むらにうずくまって何かしている。
その横にいるのはおそらく妹のチャコちゃんだろう。
僕はいったん家に戻り、
テレコを持って階段を下りた。

彼らはまだ草むらにいた。
チャコちゃんの姿はなかった。
僕は、魔法のスイッチを
虫とり少年に気づかれないように押しながら
こんにちは、と声をかけた。
こんなところでいったいどんな虫がとれるのさ?


永田 こんにちは。
加藤 こんにちは。
ともだち こんちは。
永田 なんか捕まえた?
ともだち うん。
永田 なんか捕まえたの?
加藤 うん。
永田 なに捕まえたの?
加藤 蝶。
永田 蝶? どこ? 
加藤 虫かごの中。
永田 こんなところでとれるの?
ともだち 4匹とれた。
永田 なにとれた?
加藤 蝶。
永田 蝶。


多くの男の子がそうであるように、
彼らの返事はそっけない。
以前、加藤さんちにおじゃましたときは、
お兄ちゃんはもっとニコニコと話していたのだけれど、
ともだちの前ではきっと
男の子のプライドがそれを許さないのだろう。
さあて、具体的に行かなくちゃ。


永田 ナニ蝶とナニ蝶?
加藤 う〜んと、モンキチョウと、あと・・・。
ともだち しじみチョウ。
加藤 しじみチョウと、ヒメジャノメ。
永田 ヒメジャノメ? けっこういるんだね、
こんな町なかでも。公園のほうには行かないの?
ともだち 行かない。ここで、ここで3匹捕った。
あ、ここで、4、あ、2匹捕った。
ここのところで。
永田 ・・・ここのところで。
ともだち で、公園の近くで2匹捕った。
永田 そうか。


「ここのところで」って
独特の言い回しだなあと僕は愉快になる。
男の子はいつごろからそういう
言い回しをしなくなるのだろう。
で、気まぐれな彼らはなんだか植物をいじっている。


永田 それ、なにしてんの?
加藤 できた。
永田 あ、首飾り?
加藤 ふふふふふふふ!
くーびーか〜ざ〜り〜。
さあ〜。


彼らは作った首飾りを自分の頭にかけながら、
決して文字にはできないような声でうれしそうに笑う。
そして、わけのわからない歌を歌う。
へんな歌だなあ。


永田 虫、とってるの宿題?
ともだち ううん、宿題じゃないよ。
永田 遊び?
ふたり うん、遊び。
ともだち 休みだから宿題とか、ない。
永田 そうなんだ。
加藤 あ、宿題が虫とりだったらいいね。
永田 虫とりの宿題とか、ないんだ?
ともだち うん、ない。
加藤 首飾りが〜で〜き〜た〜。
あ、からまっちゃった。
永田 それ(首飾りの作り方)誰に教わったの?
加藤 (聞いてない)あれ? 
誰がこんなふうにしたんだ?
永田 ねえ、それ誰に教わったの?
加藤 え、知らない。
永田 ・・・。
加藤 自分で作った。
永田 へえ〜。
加藤 あ、切れた。


彼らはときどき僕につき合ってくれる。
もちろんそれは当然の振る舞いだ。
彼らの場所に突然おじゃましている僕は
基本的に非礼なのだから。
もう何年も虫とりはしてないけれど、
そのくらいの男の子精神は僕だって覚えてるぜ。


永田 さっき、チャコちゃんいなかったっけ?
加藤 チャコ? パパといっしょにどっか行った。
永田 あ、そうなんだ。
加藤 空のかなたへ行った・・・ふふふふふふ。
ともだち 空のかなたへ・・・ふふふふふ!
永田 空のかなたに(笑)・・・どういう意味?
ともだち おい、この糸みたいなの全部取るぞ。
加藤 え? うん。


「空のかなたへ行った」?
う〜ん、わかんないことがいっぱいあるなあ。
昔は僕もわかったのだろうか。
さあて、非礼な僕はそろそろ退場することにしよう。


永田 じゃあ、またね。
加藤 はい。


とても楽しかったけど、わかんないことが
なんだかいっぱいあったような気がした。
わかんなかったといえば、
昔は昆虫博士の異名をとったこの僕が、
しじみチョウといわれて
咄嗟にその姿が思い浮かばなくてちょっとくやしかった。

たしか小さな橙色のチョウだったと思うんだけど。

そんなことを思いながら
マンションの階段のところまで歩いてくると、
後ろから小さな足音がした。
振り向くと加藤さんちのお兄ちゃんが、
ひとり虫かごを手に走ってくる。

とった蝶を僕に見せてくれるのだ。

僕はとってもうれしくなった。
たぶん、ともだちの前でそっけなく振る舞ったぶん、
バランスをとってくれたのだろう。
都合のいい解釈かもしれないけれど、
間違っていない気がする。
だって、すべての男の子には、
プライドと優しさが同居しているものだから。

彼は僕に蝶の種類を教えてくれた。
ちょっとその説明は早口でうわずっていたので、
結局どれがしじみチョウかはわからなかった。
そのときの彼の顔は、
ともだちの前で見せた顔とは
ちょっと違っていたように思う。

説明を聞きながら、
僕はこっそりもう一度、魔法のスイッチを押した。

永田 その蝶、どうすんの?
加藤 え? 逃がす。
永田 逃がすのになんで捕まえるの?
加藤 おもしろいから。
永田 あはははははは!


僕は大声で笑った。
笑う僕を見て、今度は彼が不思議そうな顔をした。
まるで「大人はよくわからんなあ」とでもいうように。


2000/06/04    下落合

第17回 不思議な趣味を持つ女性に聞く

人の趣味というのは、ご存じのように千差万別なわけで、
僕もいろいろと変わった趣味を持つ人に会いました。
ですが、今回の主役である大塚さんの趣味を聞いたときは、
さすがに「は?」と聞き返してしまいました。

なんというか、
「その道の人はすごいねえ」とか、
「よくもこれだけ集めたねえ」とかじゃないんです。
何か、ものすごい情熱を込めているわけじゃないんです。
むしろ非常に日常的なんです。
だからこそ、「は?」ということになる。

大塚さんは、僕の同僚である大塚の奥さん。
最近入籍を済ませたそうですが、
いっしょに住みだしてからはけっこう長いとのこと。
お子さんはまだいません。
不安そうな大塚(夫)を交えて、
大塚さんにそれについて聞いていきましょう。


永田 ええと、布団を、買うのが、趣味?
大塚 はい(笑)。
永田 買うのが、趣味? 集めるのが趣味?
大塚 それだけが趣味ってわけじゃないんですけど(笑)。
見ると・・・欲しくなっちゃう。
永田 布団を見ると、欲しくなる(笑)。
大塚 べつに布団屋さんを
回ったりするわけじゃないんですけど、
チラシとか入ってくるじゃないですか、通販とかの。
そういうの見ると・・・いいんじゃないかなあって。
永田 (笑)。で、いくつあるんですか?
大塚 8組はあると思う。
永田 なんで8組も(笑)。
大塚(夫) ・・・増えてる。
永田 あははははは。8組ということは、16セットくらい?
大塚 うん。最低限、買う単位は2組でしょ。
掛け敷きのセットで。
永田 そういうもんスか。
大塚 布団って、綿とか羽毛とか羊毛とか
いろいろあるんですよ。
羽毛にもいろいろあってですね、
なんかいっぱい持ってるように
思われるかもしれないけど、
そういう違った種類のものを見ると、
欲しくなっちゃうんですよ。
永田 あの、その布団って、全部使うわけですか?
大塚 いつも使うやつは決まってるの。
永田 使わないんだ!
大塚 使わないのは、年に1回とか2回、干すだけ(笑)。
永田 あははははは。そこがおもしろい。
買っただけで満足ってわけでもないんですよね?
大塚 うん。買ってきて、こうやって押すじゃないですか?
永田 手でフカフカと。
大塚 「ああ〜、さすが気持ちいい〜」って。
永田 あははははは!
大塚 いちど使っちゃうと新品じゃなくなっちゃうでしょ。
だからすぐに全部カバー掛けて。
カバー掛けないの嫌いだから。
押入にしまうの。で、「あるある」って。
永田 「今日はいっちょコレで寝てみるか」って、
とっかえひっかえするわけじゃないんだ?
大塚 それ、しないんだよね。
永田 しないんだあ。
じゃあ、その、布団集めの、ピークはどこなんですか?
買って、家に初めて届いたとき?
大塚 注文したとき。
永田 注文したとき(笑)
大塚 注文するとすごい満足して。
でも、もうすでに押入とかパンパン状態なんですよ。
永田 でしょうね。
大塚 だから玄関にドーンと来ると、
やっぱり大きいじゃないですか、布団。
永田 はい(笑)。
大塚 だから「どうしよう?」とは思うの。
永田 あはははは、「どうしよう?」とは思うんだ?
大塚 うん。包まれてるからすごい大きくて。
で、圧縮袋とかも買ったんだけど、
すごく大変なの。圧縮するのが。
それに圧縮しても、重さは変わらないの。
永田 ・・・質量保存の法則。
大塚 そう。大きさは若干変わるんだけど、
重さは変わらないから、大変なの。
入れとくでしょ。そうすると、
出し入れのときに破けちゃって、
押入の中がパンパンになっちゃって。
出なくなっちゃって(笑)。
永田 中でボワッとなってるんだ(笑)。
逆に捨てることはないんですか?
大塚 ないの。
永田 ないんだ(笑)。
大塚 でも、あなたの布団は捨てたんだよね?
永田 え?
大塚(夫) 俺が独身時代から使ってた布団です。
大塚 「こんなのもういいや」って。
永田 あはははは。
大塚 やっぱり古いのは薄くなってきちゃうじゃないですか。
永田 でも自分が買ってきたやつは・・・。
大塚 捨てない。
永田 (笑)
大塚 最近、いつも使ってるやつが薄くなってきたんですよ。
だから、2枚重ねて寝てるんです。
永田 捨てずに2枚にして(笑)。
大塚(夫) ・・・あの、口はさんでいいですか?
永田 どうぞ。
大塚(夫) べつに2枚重ねなくても、
うちには1枚でフカフカな布団が山ほどあるんです。
永田 あはははは!
大塚(夫) あれなら2枚重ねなくてすむし、
十分フカフカなんです。
2枚重ねなくてもフカフカに・・・。
大塚 いいの! あれはお客さんがきたとき!
大塚(夫) お客さんなんか来ないんですよ!
永田 (爆笑)
お客さんが来たときに、
その自慢の布団を出すときはうれしいんですか?
大塚 ・・・ちょっとヤなの。
永田 ヤなんだ(笑)!
大塚 「いくらでもあるんですからどうぞどうぞ」って
言うんですけど、ホントはちょっとヤなの。
永田 (まだ笑ってる)
大塚 だから、コレクションなのかなあ。
永田 あの、それって、たとえば、
ほかの何を買っている感覚に近いんですか?
大塚 う〜ん、私、お皿も好きなんですよ。
永田 あ、食器に近いんだ? 
大塚 うん。
永田 食器って、何枚もあってもいいですもんね。
買ったからって毎日ずっと使うわけじゃないし。
使わないけれど、あれば欲しくなるし。
大塚 うん。感覚としては食器かもしれない。
永田 食器だったらわかるなあ。
だから、つまり、その、デカいだけだ。
デカいから、人がやらないだけだ。
食器とか、切手とかといっしょで、
買って、自分の物として並べておきたいんだけど、
問題は、デカいから(笑)、あんまり人がやらなくて、
人が話すと、ギョッとされるわけだ。
大塚 ええっ、ギョッとされるかな?
永田 ・・・ギョッとするって。
大塚 でもお客さんが来たときの備えなわけだし。
永田 でもホントは寝てほしくはない、と。
大塚 あ、でもそんなこと言うとお客さんが来なくなっちゃう。

そんなことないです。いくらでも寝てもらっていいです。
永田 (笑)。よく知らないんですけど、
きっと布団にもバカ高いのとかあるんでしょう?
そういう方向には行かないわけなんですか?
大塚 キリがないから。
安いのだと、掛け敷きのセットで
1万円くらいのとかあるんですよ。
永田 ああ、あるある。
大塚 あるでしょ? だからそういうのを見ると、
「これならもう使い捨てでいいじゃない」って。
永田 あはははは。
使ってもないし捨ててもないのに。
大塚 そう(笑)。でも1万円とか8千円なら、
1回飲みに行くとなくなっちゃうけど、
布団ならドーンと残るじゃないですか。
永田 たしかに、布団はドーンと残る。
大塚 すごく得なような気がして。
でも最近は買ってないですよ。
引っ越ししようと思っているので。
だからあの、場所さえあれば買うと思うんだけど。
永田 場所さえあれば(笑)。
大塚 うん。だから引っ越しして広くなったら、
そのときこそ、いまのペタンコの布団は捨てて、
新しいのを買う!
永田 新しいのを買うんだ!
大塚(夫) ・・・困ったもんです。
永田 ちなみに、同居人としてはどうなの?
大塚(夫) あの、俺が、古本屋に行って、
文庫本を3冊買ってきただけで怒るんですよ。
「しまうとこないのに!」って。
永田 ガハハハハハ!
大塚 だって、絶対捨てないんですよ!
大塚(夫) じゃあ布団はなんだ!
永田 (笑いっぱなし)
大塚 あなたが本買ってくるほど
頻繁なわけじゃないじゃないか!
大塚(夫) 俺の買った本の総量を合わせても、
布団にはおっつかない。
大塚 じゃあいい。そんなこと言うならまた買う!
大塚(夫) ・・開き直るんですよ。
永田 (笑いっぱなし)
大塚(夫) う〜ん。
永田 一応、買うときは「使おう」と思ってるんですよね。
大塚 そう。でも、昨日まで使えてたものが、
急に使えなくなるわけじゃないじゃないですか。
だから「まあこれでいいか」って・・・。
永田 一生ループだ、ソレ(笑)!
大塚(夫) ・・・困ったもんです。
永田 そして布団だけが貯まっていく。
ベッドには興味ないんですか?
大塚 あったんだけど捨てちゃいました。
永田 あ、ベッドは興味なし。
大塚(夫) あの、俺はけっこうベッドに寝てみたいんですよ。
永田 わははははは!
大塚 やだやだやだ。
大塚(夫) で、引っ越しを計画中なので、
「ベッドを買おう」と言ったんですよ。
永田 (笑)。よく言うね、でも。
大塚(夫) ええ。で、そしたら彼女は、
「布団がこんなにたくさんあるのに
なぜベッドが必要なんだ」
と言うわけですよ。使ってない布団を差して。
永田 (笑)
大塚(夫) ・・・返す言葉がないんですが。
永田 それ、なんつうの、シュールな話だね(笑)。
大塚 でもなんでそんなにおもしろがるのかわからない。
だって普通じゃないか、布団を買うのは。
永田 (笑)
大塚(夫) (苦笑)
永田 あの、話合う人とかいます?
布団話で盛り上がるような。
大塚 ・・・いない。
永田・
大塚(夫)
(爆笑)


そんな感じで、終始笑いっぱなしの取材でした。
布団を買うという趣味が特別なのは、
それが絶対に「機会があれば人に見せてみる」といった類の
ものではないからじゃないかな、というふうに思います。

みなさんの家には、いくつ布団がありますか?


2000/06/13    若林

第18回 
江口寿史さんの家に和田ラヂヲさんとおじゃまする 
〜その1〜


とある週末、携帯電話が鳴りました。
出ると、以前このコーナーに登場していただいた、
漫画家の和田ラヂヲ先生でした。
「これから江口寿史さんと飲むんだけど、来る?」
行きます行きます行きます。

あたふたと家を飛び出します。
もちろんバッグにテレコを放り込みます。
テレコマンなのでふつうです。
取材じゃないけどテレコを回すつもりです。
テレコマンなのでふつうです。

駅に着いて待っていると、
迎えに来てくれたのは江口先生本人でした。
しかも、飲み会の会場は、
江口先生のご自宅でした。
うっわー、と舞い上がりながらも
カチャリと魔法のスイッチを押します。
テレコマンなのでふつうです。

というわけで、
漫画家さんどうしのリラックスした雑談をお届けします。


永田 おふたりはよく飲んだりされるんですか?
江口 うん。でも飲んだときって、ろくな話しないね。
和田 バカ話ばっかり。
まともな話なんかしたことない(笑)。
マンガの話なんかせんもんね。
永田 あ、そうなんですか?
江口 ふつう、マンガ家どうしでしないですよね。
和田 しないしない。
永田 へえー、なんかマンガについて……。
和田 しないですよ、それは。
江口 とくにギャグマンガ家どうしは、なんとなく
マンガの話はしないようにしてるってところあるし。
何か不穏な空気が流れてくるので(笑)。 
和田 「で、どうなのよ」って話になるから。
江口 「オマエはどうなんだよ」って(笑)。
いしかわじゅんとかと飲んでると
けっこうそうなっちゃう(笑)。
永田 そういうもんですか(笑)。
和田 ギャグは微妙だよね、確かに。
江口 とくにギャグマンガ家ってのは、
またストーリーマンガ家とは違うんですよ。
違う生き物でね。けっこうみんな繊細だし。
お互いのマンガの話って、本当にしないよね。
永田 ストーリーマンガ家の人は……。
江口 話す人いますよ。大友(克洋)さんとかと飲むときは、
大友さんはもう映画の話ばっかりするんですよ。
「こういう映画を撮りたいと思ってるんだ」とか。
まあ自分のマンガの話はあんまりしませんけど。
でもギャグマンガ家どうしは……。
和田 「今度こんなギャグ描くんだ」とか
言わないですよね。
江口 しないしない(笑)
和田 言った時点で終わってしまうから(笑)
江口 仕事として話するときはもちろんアレだけど、
プライベートで飲むときはとくにね。
和田 しないですね。
永田 そもそもマンガ家さんどうしって、
そんなに飲んだりするもんなんですか?
和田 オレなんかはこっち(東京)にいないから。
江口 いないけどよく飲んでるよね(笑)
和田 オレはストーリーの人とかと
飲んだことないもん。
永田 “ストーリーの人”(笑)。
和田 うん。パーティーとかあっても、
交流ないもんね。
ギャグはギャグで固まって
二次会行くけど……。
永田 えっ、そういうもんなんですか?
和田 編集が「ギャグの人たち〜」とか言って(笑)。
江口 ギャグの人たちってイヤだな(笑)。
でもギャグの人はそういう感じはあるね。
和田 ええ人が多いと思うけどね。
江口 うん、常識人が多いのね。
わりとストーリーのほうが
その世界の常識っていうか、俺たちから見ると
ツッコミどころの多い人が多いですね。
永田 ギャグって、やっぱり常識がなければ
描けないところがありますもんね。
江口 描けないですよ。
和田 たぶんギャグじゃなくなるよね(笑)。
永田 常識で判断していかないと……。
江口 まあ2種類いますけどね。
谷岡(ヤスジ)さんみたいな超天才の人と。
あそこまで行くといいんですけどね。
和田 あの人同郷ですよ。愛媛。
江口 あ、そうなの?
なにげに四国多いんだよね。
和田 でも、あの人が亡くなったとき、
地元の新聞とかでぜんぜん取り上げなくてね。
江口 それはよくないな。あんな天才を。


そんな感じで、
のんびりとした雑談はまだまだ続いていきます。
明日は“ギャグの人”の苦悩などを。



2000/07  西荻窪

第18回 
江口寿史さんの家に和田ラヂヲさんとおじゃまする 
 〜その2〜


漫画家の江口寿史さんと和田ラヂヲさんが
のんびり語らっています。
僕は当たり前のようにテレコを回しています。

さて、今回はギャグ漫画家どうしの
苦労話のようなものについて。


永田 江口さんと和田さんは、
どういう関係で飲み友だちに?
和田 最初は集英社のパーティーで。
江口 ラヂヲがまえに
『スカの群れ』っていうのを描いてて、
そのときにオレがすごくおもしろいなあと思ってて、
「ちょっとコイツに会わせて」って編集に言って、
紹介してもらって。
もうけっこうまえだよね。
和田 デビューしてすぐだったから。
江口 もうだいぶ経ったね、デビューして。
いつの間にか。もう大御所じゃん(笑)。
和田 どこがじゃ(笑)。
江口 だってもう10年? すごいじゃん。
ギャグで10年って言ったらすごいよ。
ギャグ5年説っていうのがあるからね。
和田 定説ですからね。
江口 でも最近の人は昔みたいな
感じじゃないけどね。
和田 何がですか?
江口 いや、俺たちのころのギャグマンガっていうと、
なんていうか……身を削ってたというか。
田村(信)さんとか鴨川(つばめ)さんとかさ。
和田 ああ、本当に昔は小説家に近い
ノリがありましたよね、雰囲気が。
永田 『マカロニ』とか、いまにして思うと、
そうやって描いてたのかなって
いうのはありますね。
江口 まあ、鴨川さんとかは特別だよね。
和田 無頼派みたいな感じですよね。
永田 絵にだんだん精神状態が
反映されていったりして。
当時僕はその頃小学生だから、
そんな世界はわからないんだけど、なんか……。
和田 でもわかるもんね。
いまなら感じ取れるもんね。
永田 そういや江口さんも、原稿に詰まると
マンガに白いワニが
出てきたりしてましたね(笑)。
江口 オレのはまだわざとやってるところがあるんで。
ここらで気が狂ったフリでもするか、
みたいなのがあったんですけど(笑)。
やっぱりバランス感覚なんじゃないですかね。
和田 あと、いまはシステムも変わってきてますしね。
編集と作家の関係も
変わってきたじゃないですか。
永田 昔はどうだったんですか? 
和田 昔はやっぱり詰めたりしてたんでしょ?
江口 してたよ。
和田 最近そういうの聞かんもんな。
最近はバイク便の世界やもんな(笑)。
バイク便の人が詰めてるような。
よけい気になる(笑)。
永田 (笑)
江口 オレはいまだに詰められてるからな(笑)。
永田 江口さんはよく「江口が逃げた!」
みたいな話が(笑)。
江口 あれね、一回だけ本当に逃げたことある。
永田 あはははははは。
江口 一回しかないんですよ、本当は。
しょっちゅう逃げてるみたいな印象だけど(笑)
永田 読者のイメージでは。
江口 『ひばりくん』のときに
一回だけ本当に逃げたんだけど、
あとは逃げてない。
永田 和田さんは?
和田 オレはマジメにやってますよ。締切守って。
江口 どうしてもできないときってどうしてる? 
なんらかのモノを描いちゃう?
和田 うん。でもあれってやっぱりイカンですね。
中途半端なもんはあとで後悔する。
江口 ギャグはとくにね。
自家中毒になっちゃうから。
自分でわけわからなくなっちゃうからね、
おもしろいんだかおもしろくないんだか。
和田 でもそのときのほうが
おもしろかったりもするんだけどね。
江口 あ、そう? オレはやっぱり
自分がおもしろいと思ったときは、
けっこういい。
和田 週刊連載のノリってあるじゃないですか。
江口 ああ、あるね。
和田 あれにハマるとけっこういいですよ。
そこまで持っていくのがたいへんなんですけどね。
なんか鮫みたいに泳いでないと
死んでしまうみたいな。
江口 止まるとね。
週刊ペースでマンガを描くって
尋常じゃないもんね。
だからあれだけ身を削ってやってるんだよね。
どこかを犠牲にして。
すると何か出てくるんですよね。
体痛めつけて、疲れてくると
脳内麻薬が出てくるじゃないですか。
それで描いたときとかあるしね(笑)。
描いたあと忘れてることもありますし。
永田 そういうときのほうが
いいモノができてるんですか?
江口 う〜ん。まあ、自分がいいと思っても、
よくないこともあるんですけどね。
でもとりあえず自分でいいと思わないと
描けないんですよね。手が動かないんで。
永田 描いては消し描いては消し、っていうよりは
真っ白っていう感じ?
江口 真っ白。
和田 できるときはアッという間にできるもんね。
江口 そうそう。何でも作るものはそうだもんね。
和田 ひらめきだよな、一種の。
でもなんかありますよね? こう……。
江口 あ、あるある。なんか降りてくるみたいな。
和田 あれ不思議ですよ。
江口 あれ気持ちいいよね、来たら。
永田 なんか共通してますね、そういうところ。
和田 それはみんな同じじゃないかなあ。
どんなジャンルでも。


そうか、江口さんは1回しか逃げてなかったのか。
昔読んだマンガの作者に会うのって、
なんだか不思議ですね。
「そんなバカな!」っていう不思議さを
すごく感じてしまうのだけれど。
明日も続きますよ。

2000/07西荻窪

第19回 
江口寿史さんの家に和田ラヂヲさんとおじゃまする 
 〜その3〜


いま「ロックとマンガの融合」をテーマにした
新雑誌を制作しているそうです。
今日はそのへんの話から広がっていきます。


永田 ロックとマンガって、
どう結びつけるのかなと思うんですけど?
江口 要するに、マンガ家ってなんとなく
世界が閉ざされてるじゃない? 
ミュージシャンってインタビューが
活動の一環みたいな感じがあるでしょ。
マンガ家もああいう感じで写真撮ったりして
扱ってあげようというかんじなんですよね。
だからその本を制作してる人は、
「行く行くはマンガ家も、
ミュージシャンみたいに
事務所に所属すればいい」って言ってるんだけど。
マネージメントをしっかりして、
プロモーションをどんどんして。
和田 たしかにその辺は確立されてないよね。
江口 だから作品が出たときに、
ふつう広告費をかけるじゃないですか。
でもマンガって、
いままでそれをやらなくても売れたんで、
しないんですよね。
そういうのをちゃんとやるべきだというのが
制作者の持論なんですよ。
永田 最近ですよね、表紙や広告に作者の名前が
でっかく載るようになってきたのって。
「○○が新連載!」みたいな。
江口 でも顔を出している人は少ないじゃないですか。
本当に閉ざされてますよね。
和田 名前しかわからないもんね。
江口 囲うじゃないですか、出版社って。
よそのインタビューは絶対に受けさせないとか。
そういうのも
崩していこうと思ってるんですが。
和田 そういうのって、
力のある人が先頭に立ってやることだよなあ。
オレなんかが言っても
ぜんぜん説得力ないもん(笑)。
江口 (笑)。800万部も売ってる人の顔とかも、
ぜんぜん出てないですからね。
永田 そうですね。たまに『ジャンプ』の
新年号で羽織袴着てるぐらいで(笑)。
江口 あのぐらいだもんね(笑)。 
和田 あれじゃないよな(笑)。
江口 マンガとかでも、
何もしなくても売れる時代ってもう過ぎてるし。
いまの人って「これがいいよ」って言われないと
買わないじゃないですか。
自分から捜そうとしないというか。
永田 なるほど。
江口 だから売れるのだけは売れるけど、
中間がないというかね。
永田 それで、インタビューとかプロモーションを
きっちりやれる場を、ということですか。
江口 そうですね。
永田 ミュージシャンとマンガ家っていえば、
江口さんのマンガで、マンガ家がライブするやつ
(コンサート会場でマンガ家が
ライブでマンガを描く)
ありましたよね。
江口 あれ、憧れですよね。ミュージシャンはいいですよ。
曲が育っていくじゃん。
ライブでどんどんよくなったりとか。
かなりうらやましいですよね。
和田 メチャクチャ消費社会ですわな、マンガは。
永田 やっぱり同じ表現者としてうらやましい部分が?
江口 うらやましい部分はあるよ。
肉体に直結してる感じが。
だって演奏とか歌って、直接気持ちいいじゃん。
でもマンガって、思いついたときはいいんだけど、
書くときは冷めてたりするし。
描いて気持ちいいっていうのはないから、
その辺のラグが(笑)。
永田 そうかそうか(笑)。


「何もしなくても売れる時代は終わった」。
最近、ほんとによく聞く言葉です。
今回は少々固めの話になってしまいました。
つぎは思いっきりライトに行きますよ。


2000/07西荻窪 第21回 
江口寿史さんの家に和田ラヂヲさんとおじゃまする 
 〜その4〜


さて、マンガ家の江口寿史さんと和田ラヂヲさんと
のんびり話していましたが、
いよいよテープも回りきってしまったようです。
最後は、マンガの中の擬音について。
和田さんが野球中継を見ながらつぶやいた一言から
話は思わぬ広がりを見せました。

あ、新たに登場している鈴木っていう男は、
僕の後輩の編集者です。


和田 実際の野球は、"カキーン"なんていわんよね。
"カキーン"って誰が言い出したんやろう?
永田 水島(新司)先生じゃないですか? 
"ワーワー"がページいっぱいに書いてあるのは、
たしか水島先生ですよね。
鈴木 "カキーン"は『巨人の星』じゃない?
永田 そうなのかな。ああいうマンガの表現のルーツって、
考えてみるとおもしろいですよね。
和田 江口さん、
昔、ボーリングの音を書いてなかった?
江口 あれは田村信だよ。
"グモン、グモン、グモン、
クワッシャーン!"(笑)。
一同 (笑)。
江口 あれは上手かったよね。
あの人は擬音の天才だから。
"チュドーン" っていうのも田村信なんですよ。
永田 へえ。高橋留美子さんかと思ってた。
江口 高橋留美子さんも使ってるけど、
ルーツは田村信なんです。
和田 "グモン、グモン"っていうもんね、本当に。
ボーリングの球ってそうだよなあ。
永田 そう言われてみると、
そうとしか聞こえなくなっちゃうな(笑)。
鈴木 谷岡(ヤスジ)さんの"ぺたしぺたし"
みたいな(笑)。 
でも"ぺたし"っていうよなあ。
裸足の足音はやっぱり
"ぺたし"がいちばんいいかなあ。
和田 廊下歩いてる音は"ぺたし"だよね。
永田 クルマの音なんかもいろいろありますよね。
『イニシャルD』の擬音とかよく見る
とすごいし。
鈴木 ああ"プシャアァァァ!"とかね。
江口 『イニシャルD』は上手いね。
あと遊人(笑)。"ヌプッヌプッ"とか(笑)。
鈴木 ああ、遊人のはヤバいですよね(笑)
江口 "ヌププッ"とかさ。あとなんだっけなあ。
"ヌップヌップ"っていうのは
本当に思い当たるというか(笑)。
和田 "チョクチョク"とか(笑)。
江口 あったなあ(笑)。
アレはオレあきれたけどね。
もうやめろよって(笑)。
鈴木 アレはあの人のオリジナルですよね。
永田 マンガの擬音って、やっぱり先駆者がいて、
マネというか浸透していくんですかね?
江口 そうじゃないかなあ。
鈴木 しかもマネというよりは、
すり込みに近いんじゃないかなあ。
江口 それを超えようとして、また切磋琢磨してね。
そういう意味ではたしかに
遊人はオリジネイターだね。
鈴木 そういうすり込みを逆手にとって、
このまえの『コミック・キュー』だったかな? 
おおひなた ごうさんのマンガで、
ボールがミットに入ったときの音が
"デキャンタ!"とか書いてあって(笑)。
永田 相原コージさんも擬音で遊んだりしてたよね。
あと『ジョジョ』の一部で、
ライバルが主人公の恋人に
強引にキスする場面で
"ドキューン!"とか書いてあったの
覚えてるなあ(笑)。
和田 どんなキスや(笑)。
江口 メチャクチャな擬音っていうのはいいよね。  
和田 狙いすぎてるとまた笑えないもんね。
微妙なところなんやろうな。
永田 そういや少女マンガって、
平気で"キュン"って書いてありますよね。
擬音として。
和田 なんで書くかなって思うけど、書いてあるわな。
書いてしまうんかなあ、その人の中のテンポで。
鈴木 新谷かおるさんの飛行機の着陸したときの音は
"ドピュッ"なんだよね。
江口 ラヂヲはあんまり書かないんだよね、擬音って。
永田 そういう印象ないですね。
和田 ていうかスピード感ないからね、
オレのマンガ(笑)。
江口 間がね。
鈴木 そういや『コンデ・コマ』の、
一本背負いが止められたところで
"ピタ〜〜ッ"っていうのがあって
それがすごくおもしろかったなあ。
永田 スポーツマンガって
けっこうオリジナル多いよね。
鈴木 蝉の鳴き声とかもけっこう人によって違う。
永田 島本和彦さんのマンガで、
横断歩道で待ってるシーンに、
"ぱーぱーぽーぱーぱぽぽー"って書いてあって、
「これなんだろ?」と思って考えてたら
『とおりゃんせ』のメロディーだった。
一同 (爆笑)。
鈴木 そうかそうか、メロディーを当てはめて読むと
つじつまが合うっていう(笑)。
『ドラネコロック』でもあったよ。
当てはめると『サンダーバード』の
一部にぴったりなの(笑)。
永田 『マカロニ』もけっこうなかったっけ? 
鈴木 あったような気がする。
ゴリラダンスは本当は
どんな歌なんだろうとか。
永田 そうそう、読者からすると
「作者の頭ではどんな音楽が鳴ってるんだろう」
っていう疑問はあるよね。 
『パタリロ』のクックロビン音頭とかさ。
鈴木 アニメになったとき賛否両論あったね。
永田 江口さんの
"それだけならまだいいが"っていうのは
描いてるときは鳴ってるんですか?
江口 鳴ってますよ。
永田 鳴ってるんだ(笑)。
"そっれっだっけっなっらっまっだっいっいっが"
っていう感じで読んでるんですけど……。
江口 それでいいです(笑)。それ以外ないもん。
やっぱりギャグマンガって
受け手側の想像力で左右されるからね。
それを受け取れない人だとぜんぜん違うからね、
マンガのテンポが。


う〜ん、"それだけならまだいいが"の
正しい発音を教えてもらうとは思わなかった。

それにしても、
マンガ家さんと会うとものすごく不思議な感じがするのは、
やはり子どものころ夢中で読んでいて、
憧れていた世界を生み出した人だからだろうか。
変な言い方だけれど、
なんだか、この世にいてはいけない人と会っているような、
とても不思議な感じがするのです。

そういう意味でいうと、
プロ野球選手に会ったりとかすると、
僕はまた不思議な感覚に襲われたりするのだろうな。

たとえば鼠穴に行って、
そこに桑田選手とかいたりすると、
僕は不思議さで息が止まってしまうかもしれない。

それではまた。


2000/07西荻窪

第22回 虹を見たかい

僕の仕事場は6階にある。

あんまり高くはないけどそんなに低くもない。
まわりに高いビルがないせいもあって見晴らしはいい。

オフィスは基本的に禁煙になっていて、
喫煙者はちょっとしたスペースを区切られた喫煙室で
タバコを吸うことになっている。

喫煙室は文字通り煙たがられているから、
フロアーの端っこにある。
それで幸いなことに、眺めがとてもよい。
大きな窓が二方向に開けている。

夕方、何時頃だろうか。
ぼんやりとタバコを吸って外を見ていると、
違和感があった。
ちょっと非現実的な感じだ。

虹だ。

何度見直してみても見間違いに見える。
違和感と既視感が交錯する。

虹だ。

思えば外は雨上がりで、
雲は薄い層になって幾重にも連なり、
空は個々に思い思いのブルーを成している。

眼前、奥から迫り来るようなテーブル状の雲があり、
そこに根を下ろすように見事な半円の虹がある。

虹だ!

タバコをもみ消して喫煙室を飛び出す。
なんだって僕はこういうとき、
必ず誰かを呼びに行っちゃうんだろうか。

席に戻って漠然と場にそれを告げたとき、
思った以上に反応はなかったのだけれど、
(これまたよくある話だ)
ひとりの編集者が過剰に反応して喫煙室へ走り出した。
僕も慌てて後を追った。
瞬間、頭の中をいろんなアドリブが駆け抜けて、
僕はきびすを返した。

バッグからテレコをひっつかんで出す。
もちろん電池もテープも入っている。
テレコマンなのでふつうです。

そして廊下を駆けながら魔法のスイッチを押すのさ。
クラーク・ケントが電話ボックスに駆け込むときって
こういう感じかしら。
違うな、たぶん。


水間 ああ、ホントだ!
永田 けっこう半円でしょ。
水間 すげえよ。あっちの雲なかったらなあ! 
色もけっこうきちんと出てるよ。
永田 うん。
水間 すごーい。
永田 曇り空なのにけっこう出るもんなんだね。
水間 だね。
永田 上には陽が照ってるってことだね。
水間 だね。
いい大人がそんな感じの曖昧なやり取りで共有する、
久しぶりの虹だ。
水間 うわ、すげえ、4色ぐらい見えるよ、
5色ぐらい見えるよ。すげえ綺麗。
永田 お、ヘリ飛んでるよ。
ヘリから虹は見えるんだろうか。
わ、虹の下をヘリが飛んでるよ。
水間 あ、ホントだ。
永田 かっちょいい。
水間 虹、突っ切るよ、これから。
永田 でもそれは俺らから見るからそう見えるんだよね。
水間 (聞いてない)ほらほらほらほらほら!
永田 でも、ヘリから見たら、
虹を突っ切ってるわけじゃないんだよね。
水間 ヘリから虹は見えないだろうね。
永田 でもどっかには見えてんのかな。
水間 うまい角度に行くと見えるんじゃない?
小学生のようなやり取りだ。
覚えていないけれど、
おそらく両者の口は半開きだ。
水間 なんで最近、虹出ないんだろう?
子どものときって、
雨降ったあと必ず虹見た記憶あんだけどな。
永田 空を見ないからじゃない?
水間 ・・・そうなの?
灰色の空に浮かぶ不思議な半円。
眼下に転じると遠くまで屋根は連なっていて、
ところどころに高いビルが島のように浮かぶ。
喫煙室の壁はヤニでちょっと黄色がかっているが、
僕らの目の先には現実離れした半円がぽっかりとある。
永田 綺麗だねえ。
水間 すげえよ。
永田 シチュエーションばっちり。
水間 いち、にい、さん・・・。
永田 上が赤でしょ?
水間 赤だよね。
永田 赤から橙になって黄色になって・・・。
水間 そうそうそう緑になって。
永田 青になって。
水間 紫だよ。
永田 紫? 紫っぽいので終わり。で何色?
水間 5色?
永田 5色?
彼の質問にも僕の答えにも、
たいして意味はないのだ。
水間 虹って、ホントに太陽の反対側に出るんだな。
永田 ホントだ。ん? あっちにいる人はどこに見えるの?
水間 あっちに見えるんじゃない?
永田 その向こうに見えんの?
水間 じゃない?
永田 不思議な話だなあ。 
水間 よくあんなはっきり色が分かれてるなあ。
永田 もともとはなんだっけ、
雨の粒がプリズムの役目をしてどうのこうのだよね。
水間 そうそうそう。
それで僕はピンクフロイドの
アルバムのジャケットを思い出したりする。
さて、繊細なショーは終わりを告げつつある。
水間 心なしか薄くなってきた気がする。見慣れたせいかな。
もっとくっきり見えた気がしてたんだけどな。
永田 見てると目がおかしくなる。
水間 マジ薄くなってきてない? 
遠くで救急車の音がしている。
もちろんそのときそんな音にはまるで気づかなかった。
でも、こうしてテープを再生してみると、
たしかに遠くで救急車の音がしている。

ぜんぜん気づかなかった。

僕らは、ゆっくりと消える虹を見てて、
トリコじかけになっていた。
永田 あ、消えてきてる消えてきてる消えてきてる。
右のほう、消えてきてる。
水間 ホントだあ。あらららららら。なんだろ。ああああ。


そして虹は本当に透けるように薄くなっていって、
ついには雲に溶けてしまった。
空は灰色とブルーに戻ってしまったけれど、
それはそれでけっこう綺麗だった。

夕方、何時頃だろうか。

彼は「綺麗なときに見るのやめとけばよかったな」と言って
ゆっくりと喫煙室のドアを開けた。
僕は「そうかもね」と言って後を追った。

歩きながら、停止ボタンをパチンと押した。



2000/09/06  若林

第23回 乱暴な兄貴を持つ男

人が何かについて話すとき、
その人によって得意な分野というものがあったりします。
わかりやすい例で言うと、稲川淳司さんの怪談だったり、
大槻教授のプラズマの話だったりするわけですが、
会話に得意分野を持っているのは
何も著名人に限らないわけです。

あいつのバイト時代の話はおもしろい、とか、
貧乏自慢はヤツに限る、とか、
映画の話を始めるとあの人は止まらない、とか。
今回登場する長田(おさだと読みます)という男も
得意分野を持っています。

それは、『乱暴な兄貴の話』というやつです。

これはもう僕のまわりでは有名な話で、
長田の兄貴というのがとにかく悪いヤツなんですよ。
それで折に触れて
彼はその兄貴の悪行を話すわけなんだけど、
これがもうとんでもない。
悪行だから、
本来笑ってはいけない話がほとんどなんだけど、
そこまで行くともう笑うしかないという感じで、
長田がそういった話を話し始めると、
不謹慎ながら僕らはゲラゲラと笑ってしまう。

それは、すでにはるか昔のことであるということと、
話している長田が
とても楽しそうであるということが大きい。
長田という男は、けっこう見た目も二枚目で、
運動神経もよくて、酒も強くて気配りもできるという、
わかりやすいナイスガイなんです。
疲れるとわけのわからない叫び声を発するとか、
威勢がいいくせに判断をくだす立場になると
オロオロするとかいう短所はあるものの、
基本的にはまっとうな大人なわけです。

そういう男がカラカラ笑いながら
彼の非常識な兄貴の話をするとき、
僕らは「待ってました」と身を乗り出す。

そういう得意分野を持ってる人っていませんか?

というわけである日、長田がまた兄貴の話を始めた。
そのときまわりには
長田の兄貴の話を聞くのが初めてだという人もいて、
長田も上機嫌に兄貴話を披露し始めた。
テンポのよい兄貴話がいくつか話されて
座が盛り上がり出したとき、
僕は笑いながら彼を制した。
「ちょっと待って、オレそれ録音するわ」

そういうわけで、長田の乱暴な兄貴の話スペシャルです。
数々の兄貴伝説を披露してもらいましょう。

そして注意点です。
前述したように、
この話には本来笑ってはいけない話が多数含まれています。
倫理規制の例文っぽく言うと、
残酷なシーンや痛い描写を含むことがあります。
不快に思われるかたが
いらっしゃるようでしたらすいません。
語り部である
長田のキラキラ輝く瞳に免じて許してください。

それではテレコを回しましょう。


永田 ええと、もっとも古い悪行から行ってみようか。 
長田 なんだろう、いろいろあるからなあ。
まず小学校行く前に、ダンプ1台燃やしてる。
永田 うはははは、どうやって!?
長田 発煙筒ブン回して遊んでて、
飽きて、クルマの荷台に捨てて、ボーン!
一同 (爆笑)
永田 無茶苦茶するなあ(笑)。
長田 あっという間に燃え広がってさ、
ダンプ1台炎上。大火事ですよ。
永田 ていうか、そもそも発煙筒ブン回してる時点で
かなりワルいんだけど。
長田 そうそう。だいたい発煙筒に火がつくって、
なんで知ってんだろうね。
あと火遊びでもうひとつすげえのがあって、
あれは兄貴が小学校入ったころかな。
平屋に住んでるころで、3軒並んでたのね。
いちばん端が俺らんちで。
真ん中の家に住んでる子と火遊びしてたのね。
たき火とかして。ちっちゃいころやるじゃん?
永田 うんうん。
長田 そしたら兄貴が、
これくらいのちっちゃい段ボール燃やし始めてさ、
メラメラ燃えてるその段ボールを手に持って、
いきなりその子の頭にかぶせたの。
一同 (驚愕)
永田 死んじゃうってそれ。
長田 そう。それで俺が慌てふためいてたらさ、
兄貴がゲラゲラ笑ってんだよ!
それで慌てて段ボール取ったら、
その子の頭がチリチリ!
永田 おいおいおい!
長田 それで兄貴はその子に
なんてあだ名をつけたと思う? 
・・・「マッチくん」。
一同 (爆笑)
長田 つぎの日から、「マッチくん」!
永田 それ、兄貴は怒られないの?
長田 いやあ、怒られてるの見たことない。
永田 完全犯罪だ。
長田 うん。子どもとかさ、
そういうときわけわかんないじゃん。
永田 ああ(笑)。
長田 パニック状態だからさ。
前後のこと全部忘れちゃうのよ。
永田 うんうん(笑)。
長田 親とかに「なんでそうなったんだ!」って言われても
「わかんない!」ってなっちゃうからさ、
ある意味完全犯罪なわけよ。
永田 なるほどなるほど(笑)。
長田 そんで冷静な兄貴が「こいつがやった!」。
永田 すげえ頭いいわけだよね。
長田 頭よかったんじゃないの。わかんないけど。
永田 じゃあ兄貴の悪行を知ってんのはおまえだけだ?
長田 俺だけ。いまにしてみると全部覚えてんだけど、
なんで当時言いつけなかったかはわかんない。
永田 怖いからだろ。
だって、目の前で、
燃えてる段ボールを人の頭にかぶせるような男だぜ。
長田 なあ(笑)。
シェパードの檻に猫投げ込んで
ゲラゲラ笑ってるような男だからなあ。
永田 すげえなあ。
長田 エアガンとか手に入れると、
威力の実験は必ずオレだからね。
永田 がははははは。
長田 いきなりバンとか撃ってきて、
「痛い痛い痛い!」って。
永田 (笑)
長田 かっけの実験とかもオレでさあ。
膝、ゴーン!
一同 (爆笑)
長田 上がんねえっつーの! 痛くて!
永田 ひ〜。
長田 しかもカナヅチだから。木じゃないから。
一同 (悶絶)
永田 ・・・いや、やっぱスゴイわ。
何、その、兄貴の3大事件とか挙げるとどうなんの? 
長田 3大事件かあ。
あ、まずね、兄貴が土佐犬を殺したっていうやつ。
一同 (爆笑)
長田 一撃で殺したからね。
一同 (まだ笑ってる)
長田 現場見てたからね。あんときばかりは、
「もうこいつには絶対逆らわないようにしよう」
と思ったね。
永田 どうやったの?
長田 当時兄貴が犬を飼ってたのね。こんなちっちゃいやつ。
兄貴はソレすっごい可愛がってたの。
ペスって名前なんだけど。
永田 可愛いところあるじゃないですか。
長田 うん。で、朝必ず、前の公園にペスを放してたのね。
しばらくすると戻ってくるんだけど。
でもそのときはなかなか帰ってこなくてさ。
しばらくしたら「ワンワン、キャイ〜ン」って声がしてさ。
で、3つくらい隣の家が土佐犬を飼っててさ。
いつもそこにはいかないんだけど、
たまたまそのときペスが紛れ込んじゃったらしいのよ。
で、俺らが見に行ったとき、
ちょうどペスが土佐犬にお腹を噛まれて、
ぶ〜んって振り回されてたのよ。
それで、ペスが命からがら
戻って来るか来ないかのうちに、
兄貴がバットを持って、
グォオオーーン、バシィッ、土佐犬、ガクッ。
一同 ・・・。
長田 即死ですよ。
永田 凄まじい話だな。笑えないよ。
長田 笑えないね。ごめんごめん。
永田 でも、わざわざ土佐犬ってところがすげえよな。
長田 伝説だよね。
永田 兄弟喧嘩とかすごかったでしょ?
長田 よくしたよお。いっつも、オレが泣き寝入りなのね。
永田 わははははは。
長田 で、覚えてんのは
中学校2年生の修学旅行の前の日だったんだけど。
兄貴と喧嘩して、最初は抵抗してたんだけど、
やっぱ勝てないのよ。
身長オレより高いし、ガタイいいし、腕っ節強いし。
そんでボコボコにされて、フテ寝してたのよ。
昼間っから布団潜り込んで半ベソかいてさ。
そしたら兄貴が・・・殴り足りなかったらしくてさ。
永田 は? 殴り足りなかった!?
長田 寝てるオレのところに「てめえええっ!」ってやってきて、
オレの顔を足でボーン、踏みつけてさ。
永田 ちょ、ちょっと、もう喧嘩は終わってるんでしょ?
長田 もう終わってるんだよ!
一同 (爆笑)
長田 かかとが口にドーン! 血ぃ、ダラー! 
永田 おいおいおい!
長田 前歯がキレイに2本折れてさ。
永田 あららららら。
長田 だから修学旅行の写真、全部オレ歯がないの。
一同 (笑)
永田 そんな話に、オチつけてんなよ。
長田 なあ(笑)。
永田 それもう兄弟喧嘩って言わないぞ。
長田 あと兄弟喧嘩といえばね・・・。
永田 まだあんのか(笑)。
長田 まだまだあるよ。
兄貴はオレの隣の部屋だったんだけど、
また喧嘩のあとにオレが泣き寝入りしててさ。
そのときは、オレのほうがキレたのよ。
兄貴は部屋でガンガン音楽かけててさ、
もうくやしくて我慢できなくて、アッタマきたから
兄貴の部屋のほうの壁に向かって走って行って、
ドロップキックしたのよ。
永田 壁にか(笑)。
長田 うん(笑)。
そんで「うおおおおっ」って叫んで走って、
ドーン! 壁にドロップキック! 
そしたら、壁が薄くてさ。
永田 がはははははは。
長田 ベニヤ板みたいな感じでさ。ベリベリベリ〜って。
永田 ダメっぽい(笑)。
長田 でも、壁と壁のあいだに隙間、あるじゃん? 
だから兄貴の部屋の壁までは届いてないわけよ。
だからオレの部屋の壁だけブチ抜いて、
ベニヤだから、足が抜けないわけよ。
片足だけ壁に入って、こんななってるわけよ。
しかもオレ、結構、高く跳んだから。
永田 バカだなあ(笑)。
長田 そしたら兄貴が、「てめえええっ!」
永田 うわあああ!
長田 「てめえっ、なに壁に穴あけてんだよっ!」
永田 そういうときはモラリストだな(笑)。
長田 助けてくれるのかと思ったら、
動けないことをいいことにボッコボコ(笑)。
オレは足ぶら〜んのままで。
一同 (爆笑)
永田 ちっちゃいときから、おまえ、やられ役?
長田 やられっぱなしだよ。細かい話だけど、
野球とかやってると川にボール落ちるじゃん。
で、「おまえ取って来い」ってことになんのよ、いつも。
でも、ボールは川に浮いてるから届かないわけよ。
永田 うんうん。
長田 そしたら兄貴が、
「このヒモにつかまって、乗り出して取れ」っつーのよ。
「ヒモ持っててやるから」って。
そんでオレ、ヒモにつかまって、
もうちょっとでボールに届くっていうところで
イヤ〜な予感して、兄貴のほうパッて見たら、
ニッタ〜って笑ってんのよ。
永田 あちゃあ(笑)。
長田 案の定、ドッボーン。
一同 (笑)
長田 「や・ら・れ・た・あ〜」。
永田 そのくらいならもう、納得だな。
長田 うん。オレがバカだった。
そうだ。あとオレ、交通事故に遭ってさ。
永田 うん。
長田 兄貴のチャリンコ、ロードマン借りて乗ってたら、
交差点のとこで、ちゃんと青信号渡ってたんだけど、
こう来たクルマにガーンって当たって、
けっこう引きずられたのよ。
で、運転手が女の人でさ、
「大丈夫ですか!」って出てきたんだけど、
オレは結構ぴんぴんしてたのよ。
でも兄貴の自転車メチャメチャでさ。
「やっべえ〜!」
永田 兄貴のロードマンが(笑)!
長田 で、オレも相手も気が動転してて、
相手が「あとで連絡しますから」って言うから
家の電話番号とか教えて、
しょうがないから自転車かついで家帰ったのよ。
永田 ケガは?
長田 歩けたけど、足とか、すっげえ痛いのよ。
でも自転車かついで帰って、
オヤジがいたから「交通事故遭った」って言ったら、
「加害者はどうしたっ!」ってすげえ怒られてさ。
「ホントに連絡してくんのか!」って怒鳴られて。
永田 おまえが(笑)。
長田 オレが! 
そしたら兄貴が帰ってきて、
「てめええっ、オレの自転車!」ってまた殴られて。
オレの心配は誰もしないの。
永田 ケガしてんでしょ?
長田 すっげえ足痛えなあと思って見たら、
足にバンパーの跡とかついてんのよ。
一同 (爆笑)
長田 「でもまあいいや、兄貴の殴りのほうが痛いし」って。
永田 よくないよくない(笑)。
長田 で、すぐ電話きてさ、オヤジとか超怒ってんのよ。
「いますぐ来ぉーい!」とか怒鳴ってて。
オレそれ見て「うわ、オヤジ超怒ってる。すっげえ怖え。
あの人かわいそうだなあ、
オレじゃなくてよかったあ」って。
永田 おまえ立派にハネられてんじゃねえか(笑)。
長田 いいんだよそれくらい。
一同 (爆笑)
長田 そんでけっきょく警察には届けなくて
話し合いで済んでさ。
「自転車も弁償します」みたいなことになってさ。
兄貴も自転車壊されて相手にすっげえ怒ってたから、
どんな自転車買うのかなと思ってたら、
その金でラジカセ買ってた。
永田 (爆笑)
長田 当たり屋かよ、オレは。
しかもそのロードマンなんか乗ってねえわけよ、
オレに貸してるくらいだから。
一同 (爆笑)
永田 兄貴はオヤジ似なの?
長田 超そっくり。
永田 がははははは。
長田 オヤジもヤバいもん。
いっぺんメシ食いに行った帰りに
オヤジのクルマ乗っててさ、
バイクが車線割り込んで来たのよ。
こっちが急ブレーキ踏むようなヤバい感じで。
そしたらオヤジが怒っちゃってさ、
バイクをすごい勢いで追いかけてさ、
バイクもすごい勢いで逃げてさ、
もう、カーチェイスよ。ホントに。
信号とかお互い無視してんだから。
永田 ちょっと待て(笑)、
バイクはふつう追えないんじゃないか?
長田 追ってんのよそれが! 目の前すげえ逃げてんのよ!
交差点のところにさ、よくガソリンスタンドあんじゃん。
いまは夜はチェーンとかしてあるけど、
当時は自由に入れるところ多くてさ。
バイクが道から歩道に乗り上げて、
誰もいないガソリンスタンドを
突っ切って逃げて行くのよ。
永田 おお!
長田 そしたらオヤジもガソリンスタンドに突っ込んでいくの。
永田 がははははは、ダメだこりゃ!
長田 一生追ってんのよ。けっこう長いバトルでさ。
そしたらバイクが転んだのよ!
永田 おお!
長田 そしたらオヤジがすごい勢いで降りてって、
その兄ちゃんの胸ぐらつかんでボーン殴って、
「てめえっ、警察突き出すぞ!」
一同 おまえを突き出すっつーの!
てな感じで、いやもう、すごい話のオンパレード。
すごすぎて引いちゃったもいるでしょうね。
ホントすいません。
ここだけの話ですけど、
もっとヤバいエピソードがふたつばかりあったんだけど、
それはさすがに割愛しました。

最後にもう一個、
幼少時の体験は現在に影響するのだなということを
痛感させられたエピソードを、
乱暴な兄貴の後日談とともにどうぞ。
長田 ちっちゃいころゲイラカイト流行ってたじゃん。
永田 はいはいはい。
長田 砂浜でゲイラカイト上げてたらさ、
すっごい風で、飛んでっちゃったのよ。
で、兄貴が追っかけてったんだけど、
転んでぐっちゃぐちゃになっちゃったのよ。
永田 兄貴が。
長田 兄貴が。そしたらさ、
ゲイラカイトなくしたうえに
服がぐっちゃぐちゃだったらさ、怒られるじゃん。
永田 ああ、そうだね。
長田 そしたら、兄貴が、
「おまえもぐちゃぐちゃになれ」つってさ。
永田 わはははは、意味わかんねえ。
長田 オレ、すっごいちっちゃいのに海に放り込まれてさ。
もう、ちっちゃいから波とかにさらわれて
上がってこれないのよ。
そんで「助けて〜」って泣いてたら、
兄貴それ見てゲラゲラ笑ってんの。
永田 また笑ってんのか。
長田 いっつもそういうとき笑顔だから兄貴は。
「またその笑顔かおまえは」っていう。
それでオレ海嫌いなんだよ。
永田 あ! そういやお前、泳がないよな。
長田 トラウマだから。キレ〜イなトラウマ。
永田 トラウマにキレイも何もあるか(笑)。
長田 なあ(笑)。
永田 いやでも、わかるよ。
いままでの話、全部おまえに影響してるもん(笑)。
長田 わかるでしょ?
永田 わかるわかる。
ていうかおまえ、よく真っ直ぐ育ったなあ。
長田 打たれ強いんだよね。
永田 打たれ強いよな!
一同 (納得)
永田 兄貴はいまはまともなの?
長田 まともまとも。
結婚もして子どももいて、いいお父さんですよ。
永田 へえええ。
長田 いまは建築関係の仕事やってますよ。
モノぶっ壊してたやつが、
いまはモノ造る仕事してますよ。
永田 オチまでつけてんなよ。
一同 (笑)


ええと、そういうわけで、
なんともハードボイルドな感じでお送りしました。

でもこういう得意分野を持ってる人って、
みなさんのまわりにいませんか?
いや、べつに乱暴な兄貴の話じゃなくていいんだけど。

すごい得意分野を持ってる人がいたら、
ぜひご紹介ください。
テレコ持ってうかがいますよ。


2000/10/20  若林

第24回 デンタル・クリスマス

いよいよ年の瀬であって、
今世紀も残りあとわずかである。

わけてもクリスマスともなると、
店は混むわ、鈴は鳴るわ、男女は待ち合わせるわで
街はえらいことになっている。

僕はというと、
何か年末特有のおもしろおかしい場面を録音できないものかと
日々テレコを抱えながら虎視眈々とチャンスを狙っていた。

ところがそういうときってダメなのである。
何かが起こりそうなときほど何も起こらない。
なんだかんだで1年近くこの連載を続けてきたけれど、
スイッチを押す体勢ができているときに
スイッチが押されるということはほとんどない。

そんなわけで僕は録音機会に恵まれないまま
年賀状を印刷会社に納品するために
クリスマスの街を歩いていた。

そしたら前歯が取れた。

おいおい勘弁してくれよ、と僕は泣きそうになってしまった。
なんだってクリスマスに華やぐ街の真ん中で
前歯が抜けなくてはならないのだろう。
しかも僕はチューイング・キャンデーを嘗めてただけなんだぜ。
さらに言うなら、この前歯は先月挿したばかりじゃないか。

なんだかもう最悪である。

僕は抜けた前歯をハンカチに包み、
印刷会社でフゴフゴと挨拶して納品を済ませると、
電車に飛び乗って歯医者へ行くことにした。

幸い歯医者は空いていてすぐに診てもらえることになったけれど、
そんなことで気分は晴れはしない。
やけくそになって僕はテレコのスイッチを入れ、
診察台の傍らの上着に入れたまま回しっぱなしにしておいた。

デンタル・クリスマスとはこのことである。

テープは僕が診察台に横たわって
暗い気分で先生が来るのを待っている場面から始まる。
まず聞こえてくるのは院内に流れるクラシック音楽だ。
なんだって歯医者の音楽はいつもクラシックなんだろう。

歯医者 永田さんお待たせしました。どうされました?
永田 キャンデー嘗めてたら取れちゃったんですよ。
歯医者 キャンデー嘗めてたら? 
ポロッといっちゃった?
永田 ええ。
「ポロッといっちゃった?」じゃないだろう。
イヤんなっちゃうなあ。

ところでこの先生は年輩の女の人で、
勝手な印象から言うと
失礼ながらとても名医とは思えない。
しょっちゅう手にした器具をぽろぽろ落とすし、
マスク越しの声も聞き取りにくい。
なんだか歯医者というより保健室の先生みたいだ。

それでなぜ僕がここの歯医者を利用しているかというと、
混んでいないということもあるけれど、
なんだかこの先生、どこか憎めない感じなのである。

僕は先月挿した歯がすぐに抜けてしまったということに
多少不条理なものを感じていたのだけれど、
このおっとりした先生のおっとりした診察を受けていたら
どうでもよくなってしまった。
歯医者 痛くはないですか?
永田 ええ。
治療が始まる。
どこかを削る音。
いやあな音。
同時にバキュームも始まった。
ずずずずずもおおおおおおおお。
きゅしゅうううぼおおおおおお。

おっとりした歯医者さんは
ときどき看護婦さんに指示を出している。
看護婦さんはいつもひとりしかいなくて、
これまた勝手な印象から言うと
看護婦さんもまたおっとりしている。
僕は密かにこのふたりは親子ではないかとにらんでいる。

きしゅううううううううしゃしゃしゃっ。
ういいいんういいいんういいいいん。

ちゅううううん、ちゅうううううん。
しゃしゃしゃしゃっ。
歯医者 はい、うがいします。
うがいする音。
意外と念入りにうがいしているな、僕は。
歯医者 タイマーとってくれるかな。
看護婦 はい。
どうやら抜けた歯は心棒というか、
柱の部分からそのまま抜けていたので、
大した手間もなく元通りになるらしい。
要するに抜けたものをそのまま挿せばいいわけだ。

削る音。
バキューム。
おそらく口を開けて目をつぶっている僕。
歯医者 噛んでください。
・・・かちん。
歯医者 開けてください。
・・・ぱかっ。
歯医者 噛んでください。
・・・かちん。
歯医者 もうちょっと削りますね。
あんまりかちんかちんなると、
噛み合わせ悪くなる原因になるんで。
短いほう取ってくれる?
看護婦 はい。
そしてついに僕の歯はしかるべき位置へ固定される。
元の鞘に収まるとはこのことである。
歯医者 はい終わりました。
ウイイイインと診察台が起きる音。
うがいする僕。
やはり念入りにうがいする僕。
看護婦 鏡お持ちしましょうか。
永田 あ、はい。
まるで髪を切ったあとのように
手鏡で自分の前歯をチェックする僕。
といっても「気に入らないから変えてくれ」と
いうわけにはいかないのだろうけれど。

僕は上着と荷物を手にして
会計を済ませるべく出口へ向かう。
そこで、おっとり先生に一応質問してみたりする。
永田 原因とかはなんなんですか?
歯医者 まあそういうこともたまにあるんですよね。
永田 はあ・・・たまに。
歯医者 柱が短い歯ですから、
そういうこともあるんですよね。
永田 はあ・・・そういうこともある、と。
ええと、じゃあ気をつけてもしょうがないですよね。
歯医者 まあ堅いものを噛むときに気をつけるとか。
永田 でもキャンデーですよ?
歯医者 ・・・まあそうなんですけど。
永田 ・・・ありがとうございました。
看護婦 140円です。
永田 940円?
看護婦 ひゃくよんじゅうえんです。
永田 あ、ひゃくよんじゅうえんか。
なんだか歯医者って、同じようにいろいろいじり回すくせに
すごく安かったりすごく高かったりしてわけがわからない。
140円ってどういう仕組みなんだろう。
そんなんじゃコーヒー1杯飲めやしないじゃんか。

などと思いながら僕は、おっとり歯医者を後にする。
たぶんまた歯がおかしくなったら僕はここにくるのだろう。
決して人には薦めない歯医者だけれど、
不思議と僕はここが嫌いじゃないのだ。

エレベーターを下りると
街は相も変わらずクリスマスだった。

メリー・クリスマス。

2000/12/25  三軒茶屋

第25回 ザ・ロスト・テレコマン・テープ

読んでいただいているかたならご存じのとおり、
この『怪録テレコマン!』という企画は
ほとんど特殊な技能を必要としない。

適当な場面で適当にテレコを回して録音し、
それを文章に起こしてまとめればいいという、
まったくもってシンプルな企画である。
いわば最初にやったもん勝ちのコンテンツである。

ではあるのだが、
1年この企画を続けてみると意外や意外
なかなか簡単には更新できず、
月に一度ほどというトホホな結果となってしまった。

別に苦労を認めてもらおうとは思っていないのですが、
21世紀を迎えるこのどさくさに乗じて、
ボツになった取材なんかを並べてみようかと思います。
要するに、僕の部屋には録音したものの
原稿にはならなかったテープがけっこうあるのです。

単独ではとても原稿にならないものの、
ボツとしてまとめればそれはそれで楽しんでもらえるかなと。
供養と思ってお付き合いくださいませ。

●その1 満員電車
会社から終電に乗って帰ることがあり、
渋谷から高田馬場にいたる
山手線の中でテープを回しました。
酔っぱらいの独り言や、
家路に着く人々の雑然とした会話などが
断片的に集められるのではないかと思ったのです。
ところがまるでダメでした。
けっこうみんな静かです。
あと、電車の音がうるさいです。
男女の痴話喧嘩なんかの印象が強いのですが、
そういうのは特殊だからよく覚えているだけで
概ね電車の中はふつうでした。

●その2 巨人戦
友人と東京ドームに巨人広島戦を観に行きました。
試合進行とともに白熱する会話などが録れるのではと
目論見ましたが、これまたダメでした。
再生してみると、
基本的にラッパとメガホンの音と大歓声。
僕らの発する声ときたら、
「うおおおお」だの「ああああ」だの
文字にする意義のない擬音ばかり。
そんな状態が2時間以上続き、
途中でテープ起こしをあきらめました。

●その3 花見の焼きそば屋
春に国立でお花見があり、
大学時代の友人たちと場所を取って楽しみました。
そこに出店がいくつかあり、
適当な焼きそば屋に行って
そばを焼いているおじさんに
インタビューしようとしたのです。
いけそうな企画でしたが、
なんと僕は勝手にインタビューを断念してしまいました。
なぜかというと、僕は桜の花が大好きなので、
鮮やかなピンク色に囲まれてほのぼのしているうちに
「まあいいや」ということになってしまったのです。
完全なる怠慢で反省しきりです。
けっきょく焼きそばをひとつ買って席に戻りました。

●その4 渋谷地下街の物売り
渋谷の地下街の踊り場のところで、
日替わりでいろいろなものを売っているところがあります。
売ってるものは時計だったりネクタイだったり
バッグだったりいろいろですが、
それらに共通するのは
工夫の凝らされたテンションの高い呼び込みです。
要するに「よってらっしゃい」というやつです。
ある日その付近を通るとこんな売り文句を耳にしました。
「はい、ただ今さらに値引きいたしてますよ。
 値段は言いませんから、見て確かめてください。
 さっき値段を言いましたらね、
 このまえ3割引で買ったお客さんから
 怒られちゃいましたから。
 だから値段は言いませんよ、見て確かめてください」
いやはやなんとも洗練された呼び込みだ。
僕は感心したけれど、その日は急いでいたので
そのまま通り過ぎた。
後日、僕はその売場の脇に人待ち顔で立ち、
こっそりテレコを回しました。
ところがちっとも気の利いたことを言わない。
呼び込む人が違うのか、
数種類のありふれたフレーズを使い回すばかり。
結局30分近くそこに立っていたけれど、
あきらめてテレコを止めて立ち去りました。

●その5 夢遊病の女性

同僚の彼女が夢遊病というか、
寝ているときに起きて
本人の自覚にあずかり知らない行動をとるというのです。
ある酒の席でその話になり、
その突飛な言動に驚いた僕は
机上にテレコをすえてスイッチを押しました。
そのエピソードはかなりおもしろいものだったのだけれど、
再生してみると「こりゃだめだ」という感じでした。
なにしろ人数が多く、
そのほとんどがけっこうな酔っぱらい状態。
話がしょっちゅう脱線するし、
オチがわからないままの話もあるし、
テンション高すぎて声は割れてるし、
酔っぱらった風景として楽しむにしては
中途半端に夢遊病の話がおもしろくて気になる。
そんなわけでこの取材は後日きちんと行おうと思い、
原稿にはしませんでした。
その後、あろうことか同僚と彼女が
冷却期間に入ってしまい、
取材する機会が訪れないままです。
がんばれよ、K。

●その6 アンケートを取る青年

仕事を一段落させて食事へ出掛けようとすると、
会社の前になにやら紙とペンを持った若者が立っています。
僕らが行くと近づいてきて、
職場についてのアンケートに答えてくれませんかと言う。
見たところセールスやバイトの類でもなさそうだし、
アンケート用紙も素人くさい。
なんのためのアンケートですかと聞くと、
「就職活動のために役立てるのです」という。
なるほどと思いアンケートに答え、
僕は彼に逆取材しようと考えました。
しかし当然そのときは手ぶらでテレコを持っておらず、
いっしょに食事に行こうとしている同僚を
つき合わせるわけにもいかなかったので
急いで食事を済ませて会社へ戻りました。
するとすでに青年はいませんでした。
うーん、残念。

●その7 救急車

つい先日のことなのだけれど、
自宅でだらだらテレビを見ていたら
救急車のサイレンの音がした。
音はだんだん近づいてきて、
なんと近所でピタリと鳴り止んだ。
カーテンを開けてみて驚いた。
斜向かいのマンションの前に、
救急車が1台、パトカーが1台、消防車が2台。
しばらく窓から眺めていたのだけれど、
警官や救急職員が物々しく行き来している。
どうしたものかと悩んだけれど、
結局テレコをつかみ、
パジャマの上にコートを羽織って下りてみた。
同じマンションの人も集まっていて、
心配そうに眺めている。
しばらくして男が一人パトカーで連行され、
もう一人が救急車で運ばれていった。
野次馬どうしの会話は録音したけれど、
なんだかそれを読み物にするのは
不謹慎な気がして文字にしなかった。

●番外編 仕事で取材中に

雑誌のほうの仕事で、
ある外国のクリエイターにインタビューしていた。
僕は仕事のときのインタビューには
DATという、音質のよい録音機材を使っている。
そのときもそのDATを机に置いて
いろいろと質問したりしていたのだけれど、
突然DATからガシャガシャいう奇妙な音がして
テープが回らなくなってしまった。
焦っていろいろ試したのだが、うまくいかない。
完全に故障である。
取材相手も心配そうに眺めている。
場の雰囲気も悪くなる。
そこで僕ははたと思いついた。
「もう1台持ってるじゃん!」
僕はバッグの中からテレコを取り出し、
何食わぬ顔をして回し始めた。
きっと相手は用意周到な編集者だと思っただろう。
テレコマンでよかった、と安堵した瞬間である。
だってどこの世界に取材用の録音機材のほかに
プライベートでテレコを持ち歩いてる男がいる?


ええと、ざっと思いつく限りでそんな感じです。
21世紀もバリバリと録音していきたいと思います。
よろしくお願いいたします。

第26回 雪と落語家


春に生まれたからというわけではないが
僕は春が大好きで、
冬というのは来るべき春を喜ぶために
堪え忍ぶ季節なのだと思ってさえいる。

そんな冬のなかにあって、
僕が無条件に肯定するのは鍋である。
冬は服がかさばったり、毛糸がチクチクしたり、
オーディオの調子が悪くなったり、
多くのスポーツがオフシーズンだったり、
猫背になったりでろくなことがないけれど、
鍋ができるのはとってもいいことだ。
つけ加えると夜空が綺麗だったり、
行事が多かったり、明け方に寝ても罪悪感がなかったり、
ウインタースポーツを観たりできるのもいいことだ。

ともあれ、土曜日に友人が来て鍋を囲むことになっている。
昼前に目が覚めると雪である。

雪が積もった朝に目が覚めると独特の感覚がある。
空気が凛として冷たくて、
カーテン越しにいつもと違う照り返しを感じる。
布団の中から手を伸ばし、
枕元のカーテンを少し開けてみると
窓は結露して真っ白である。
このあたりでやや興奮して窓を手で拭き丸く視界を開く。
斜向かいの屋根にこんもりと雪が積もっていて、
目の前を大きめの白い結晶が舞う。
どこかで子供たちが騒いでいる声がする。

今年最初の鍋の日に雪が積もるだなんて、
いいんだかわるいんだか。

白菜と葱と豆腐と鶏肉とうどんと
その他なんやかやを買いに出る僕は
必要以上に重装備である。
そこまでしなくてもいいようなほど
いろんなものを体に重ねて、
外に出る僕はやはり浮き浮きしている。

マンションの階段にはすでにいろんな人が
雪や滴をばらまいていて、
僕は少しせかされるように下りていく。
出遅れてしまった。

向かいの駐車場では雪合戦が始まっている。
そこで子供たちが遊んでいるのはいつものことだが、
ちょっと違うのは大人たちがそこに混じって
白い息を弾ませていることだろう。

坂は滑りやすいから真新しい雪を選んで歩く。
大きなマンションに沿って植えられている
さざんかに雪帽子。
おっかなびっくりのトラックが
のろのろと坂道を上っていく。

踏切を遮る電車の気配がないのは、
運休しているのかたまたまなのか。
橋から流れる川を覗くといつもと変わらず流れていて、
なんだか不思議な気分になる。

スーパーの自動ドアをくぐり、
手袋と耳当てを取ってポケットに入れる。
今年の冬は野菜が高いと誰かが言っていた。

走り書きを頼りに買い物を済ませ、
意味もなく厳重に袋に詰める。
両手が塞がるのは怖いから、
無理矢理ひとふくろに収まるようにする。

スーパーを出ると雪はまだ止みそうにない。
待っていた新曲が出たのを思い出して
帰り道でCDを一枚買う。
最後の一枚だったので得した気分になった。

子供たちはまだ雪合戦を続けていた。
足場を選びながら角を曲がると、
マンションの前で雪かきする人がいた。

4階に住んでいる京楽さんだ。
京楽さんというのは本名でもないし愛称でもない。
三遊亭京楽さんという落語家さんなのである。

僕が背中越しに挨拶すると、
京楽さんはいつものように快活に笑った。
すべての落語家さんがそうであるということでは
ないのだろうけれど、
京楽さんはいつも笑い方のお手本のように見事に笑う。
それははっきりと「あっはっはっは」という笑い方である。

僕は手袋をした手でごそごそとテレコのスイッチを押す。
僕としては当然のことだけれど、
家を出るときにテレコをポケットに放り込んでおいた。
久しぶりの雪の日に、それは当たり前のことだ。
京楽 ああ、どうも。
永田 雪かきですかあ!
京楽 明日の朝たいへんですからね。
永田 すぅごい雪ですよね。
京楽 いやあ、あっはっはっは。
永田 いつから始められたんですか。
京楽 ああ、いやいや、いましがた。
なかなか、どんどん降ってきますしね、
やってもやっても。
あっはっはっは。
永田 そうですよねえ。
明日たいへんそうですよねえ。
京楽 どうなっちゃいますかねえ、
明日、藤沢で仕事なんですよねえ。
永田 あ、そうなんですか。
京楽 行かれるかどうか、とても不安で。
あっはっはっは。
永田 寄席というか、講演ですか?
京楽 あのう、聾唖学校なんですけど、
神奈川聾唖学校っていうところで、
耳の不自由なかたに、
字幕落語っていうことで、
字幕でやらしていただくんですよ。
永田 へええええ、そんな落語があるんですか。
京楽 去年の9月に初めてやらせていただいたんですね。
で、とってもお喜びいただいて。
永田 え、ふつうに落語をやって、字幕が出るんですか?
京楽 うしろに。
永田 あ、うしろに出るんですか。
京楽 ええ、うしろに字幕が出るわけなんです。
永田 じゃ、間違えられないですね。
京楽 あっはっはっはっは。
そうですね、仕草とかタイミングとか
ありますからね。
永田 じゃあ明日は休めないですねえ。
京楽 休めないですねえ。
永田 一昨年、大雪が降ったとき、
屋上にかまくら作ってらっしゃいましたよね。
京楽 ああ、はいはい。
じつは今日これから作ろうかなぁと思ってまして。
永田 ああ、そうなんですか!
京楽 あっはっはっは。
永田 明日の朝、期待してますね、かまくら。
京楽 あっはっはっは、
じゃあ入れるようなら
どうぞお入りいただいて。
永田 あっはっははは。
なんだか僕もつられてはっきりと笑ってしまう。
字幕落語だなんて、
ちょっと興味をそそられる話題だったけれど、
何しろ僕らは雪の中だった。
京楽さんはスコップを抱えているし、
僕は白菜や豆腐を持っている。
僕らは雪の中で白い息を吐きながら
「それじゃあ」と挨拶した。

さて、鍋の準備だ。


2001/01/27  下落合

第27回 強盗事件に居合わせた女性


ある日会社で、
乱暴な兄貴を持つことで知られる
長田という男が僕にこう言った。

「うちのカミさんが郵便局に行ったら、
 ちょうど強盗事件があったんだって」
 
おお。不謹慎ながらそれは大事件ではないか。
話す彼の表情が半笑いであることから
危険はなかったと推測される。
それで僕はすぐに「取材させろ」と言ったわけだ。

長田は苦笑しながら「いいけど」と言った。
来る者をまったく拒まないという彼の性格を、
つき合いの長い僕はよく知っている。
僕もかなり拒まないほうだけれど、
拒まないことにかけては彼のほうが一枚上手である。
その無尽蔵な受け入れ具合たるや、
何も考えていないのではないかと心配するくらいだ。
(そしてたぶん本当に何も考えていないのだと思う)

「じゃあ今度の週末にでも」と提案する彼を制して、
僕は「今日だ」と言った。
長田は「いいけど」と苦笑した。

ところで編集者の仕事というものは、
ほとんどの場合、深夜遅くまで働かざるを得ないもので、
その日もけっきょく僕らが帰れるようになったのは
深夜11時過ぎのことである。

埼玉にある長田の自宅へ着いたときには
深夜の12時を回っていた。
我ながら非常識な話である。
奥さんのひとみさんは起きていることを確認していたが、
長田家には今年幼稚園に通い始めるという
カホちゃんがいる。
(ちなみにカホちゃんは身内の判官贔屓を抜きにして、
 天使のようにかわいい女の子である)

僕は長田家の玄関にそーっと入りながら
テレコのスイッチを押した。
長田 ほい、どうぞ。
永田 (ささやき声で)すいませーん。夜分遅くに。
ひとみ いえいえいえ。
永田 (ささやき声で)こんな非常識な時間に。
あの、ちゃちゃっと済ませて、
ちゃちゃっと帰りますんで。
ひとみ いえいえいえいえ(笑)。
深夜にも関わらず笑顔で迎えてくれるひとみさん。
ところでもしあなたがひとみさんだったら、
4歳の愛娘がスヤスヤと眠る深夜の12時に
夫の同僚がテレコを回しながら押し掛けてきて
「強盗について聞かせてくれ」などと言ったら
どう感じるだろうか?

非常識なり、テレコマン。
ひとみ ええと、何か飲み物を。
永田 いやいや、おかまいなく。ほんとに。
意外と律儀なり、テレコマン。
長田 コーヒーくらいは出さないと。
永田 あ、そう?
ひとみ 暖かいの? 冷たいの?
永田 あ、じゃあ、暖かいので。
けっきょく飲むのか、テレコマン。
ひとみ でもお役に立てるのかどうか。
永田 いえいえ。
ひとみ でもニュース見てみたんだけどね、
ぜんぜんやってないんだよね(笑)
永田 そもそもなんなんです? 強盗なの?
ひとみ 強盗だったみたいです。
永田 強盗だった、みたい?
ひとみ 強盗だったって言ってましたから。
永田 ええっと? 郵便局で?
ひとみ 郵便局。
永田 に?
ひとみ に。
刃物を持った男が入ったらしい。
永田 行ったときは?
ひとみ 行ったときはもういなかったの。
永田 強盗が出ていった直後に入ったってこと?
ひとみ でも3分くらいは経ってたと思うんですけど。
永田 3分は直後ですよ。
ひとみ ああ、そうですか(笑)。
永田 ええと、入ったら、どうなってたんですか。
ひとみ まず、入って、通帳記入をして。
永田 通帳記入を(笑)。
ひとみ そう(笑)。通帳記入をしていたら、
いきなり、警察が入ってきて。
「ここから出ないでください!」って。
永田 おお。
ひとみ で、郵便局の人に、
「なんかあったんですか?」って聞いたら、
郵便局の人じゃなくオジサンが、
「いや、それがね!」って(笑)。
永田 (笑)。お客さんが?
ひとみ お客さんが。農家の人らしいんですけど。
永田 あははははは。
ひとみ そのオジサンが、
「いや怖かったよ!
 刃物を突きつけられてね!」って。
永田 へええええ。
それはなんスか、現金奪って逃げたんですか?
ひとみ お金は渡したらしいですよ。    
永田  ふーん。
ひとみ それで、オバチャンが、
オレンジの球を投げたんだけど当たらなくて。
永田 あ、あのペンキが入ってるやつだ。
ひとみ そうそうそう。
で、3つあったらしいんですけど、
オバチャン、
1個しか投げなかったらしくて(笑)。
永田 だいたいオバチャンが投げたんじゃ
当たんないだろう。
ひとみ こんなちっちゃいオバチャンで(笑)。
警備の意味あるのかなあって。
永田 え! 警備員なんですか?
ひとみ 警備員なんですよ。
永田 それはだめだろう(笑)。
ひとみ だからそういう場所を
狙ったんじゃないですかね。
永田 なるほどお。
居合わせた人はどれくらいいたんですか。
ひとみ いや、そのオジサンしかいなかったらしくて、
客は。
永田 へええ。
ひとみ 警備のオバサンがいて、そのそばを通って、
オジサンをつかまえて、ナイフを突きつけながら。
永田 人質だ。
ひとみ 人質。
そのまま「金出せ!」とか言ったらしくて。
永田 へええ。そのオジサンはどんな感じなんですか。
もう、怖がってる感じ?
ひとみ いや、もう、誇らしげに! 
「オレ、オレ!」って(笑)。
永田 ガハハハハハハ。
ひとみ 「大変だったんだよお!」とかって。
永田 (笑)。で、けっきょく
いくらぐらい盗ったんですか。
ひとみ いくらぐらい、だったんだろう。
あ、聞いてくればよかったですね。
永田 いやいやいやそんな(笑)。
ひとみ なんか「もっと出せ!」
とは言ったらしいですよ。
永田 オジサン情報だ(笑)。
で、客がそのオジサンだけで、
後から入ってきたのが?
ひとみ 私と、カホ。
永田 だけ?
ひとみ そう。
永田 割と、小規模(笑)。
やって来た警察は何やってたんですか?
ひとみ 警察は、なんか、
「ビデオカメラを止めて見てみよう」
とか言って、
脇のほうでいろいろやってたみたいなんですけど、
会話を聞いていると、ビデオを操作しながら、
「いまいちコレ
 やりかたよくわかんないんだよなあ」
とかって言ってて。
永田 わはははははは。
ひとみ 「だいじょうぶかあ?」って思って(笑)。
で、ひとりの人が、
「いちおう住所と電話番号を」って言ってきて。
でもぜんぜん何も知らないからね。
「これから用事があるんで出ていいですか?」
って言ったりしたんだけど、
「もうちょっと待ってください」ってことで。
で、15分くらいしたら
「もうけっこうですよ」って。
永田 「もうけっこうですよ」なんだ(笑)。
ひとみ 「何かあったらまた連絡行きますから」って。
永田 軽いなあ(笑)。
というわけで、まあ、
終わってしまったからということもあるのだろうけど、
聞いてみると強盗というわりに
小さな事件であったようである。
メールのチェックなどしていた長田もテーブルに加わる。
長田 でもカホの生年月日まで聞かれたんでしょ?
ひとみ そう。私のと、カホのと。
永田 なんで生年月日聞くんだろう(笑)?
長田 カホのねえ?
永田 意味わかんない(笑)。
長田 4歳だっつーの。
永田 あははははは。
長田 カホ、なんつってた?
ひとみ 「こわいね、こわいね!」って。
で、警察の人が「白いセダンの車で逃げた」って
何度も言ってたから、帰り自転車に乗ってたら、
白い車指さして、
「かあかん(かあさんのこと)、あれじゃない? 
 わるいひと、のってるんじゃない?」
って(笑)。
永田 かわいい(笑)。
長田 でもあんな狭いとこ、金あるのかな?
永田 そんなに狭いとこなの?
ひとみ ちっちゃい! すごいちっちゃい。
永田 局員が何人くらい?
ひとみ 3人。
長田 窓口3つ。
永田 3人! じゃあ局員が3人、客がオジサンひとり、
警備員がオバチャンひとり。
ひとみ (笑)。
永田 それはちょっと狙いたくなるかもね(笑)。
長田 うん(笑)。
ひとみ 警備員のオバチャンこれくらいだもん。
永田 150センチくらい?
長田 あ、ちょっと小太りのオバチャンじゃない?
ひとみ そうそう。
長田 知ってる知ってる。
ひとみ いつも立ってるだけだもんね。
たまに掃除とかしてて。
永田 掃除すんなっつーの。
長田 暇なんだよな(笑)。
永田 なんのニュースにもなってなかったの?
ひとみ ぜんぜん! 
長田 でもよくパチンコ店に強盗とかさ、
ニュースになってんじゃん?
永田 やっぱそれは盗られた額によるんじゃないの?
長田 やっぱ金額かな。
ひとみ いくらくらい盗られたのかな。
5万円とかなのかな!
永田 さあ(笑)。
ひとみ でも5万円とかで罪になっちゃうのもねえ。
永田 いや、それは罪です。
ひとみ (笑)。
長田 でも、オレンジの球って、
オレ、初めて存在を知ったんだけど。
永田 コンビニとかにあるじゃん。
ひとみ 蛍光色のやつよ。
長田 どこに? 見えるようなとこにあんの?
永田 見えるとこあるよ。これ見よがしに。
ひとみ こんぐらいで。
永田 ガチャガチャのカプセルみたいなやつに入って。
長田 ホント? へえええ。
ひとみ オバチャンが警察の人に、
「当たんなかったんですっ! すいませんっ!」
って言ってたよ。
永田・長田 わはははははは。
永田 責任感感じてたんだ(笑)。
ひとみ みたい(笑)。なんか、近所から
中華料理屋のオバチャンとかが出てきて、
「当たんなかったの!?」って聞いてたり。
長田 すげー庶民的(笑)。
永田 当たんねーっつーの(笑)。
150センチのオバチャンが逃げる車に球投げても。
長田 すっげえ女投げなんだろうね。
永田 うん。
長田 もう、こうだね(笑)。
永田 絶対、こうだね(笑)。
長田 警察はどうだったの? どんな人? 刑事?
ひとみ 制服着た人がふたりくらいと、
私服着た(刑事のようなマネをしながら)
「刑事!」みたいな人が3人くらい。
長田 手袋とかしてた?
永田 白い手袋だ。
長田 そうそう。鑑識みたいにポンポンポンポン。
ひとみ ぜんぜん。やってなかったよ。
永田 指紋ベタベタじゃん(笑)。
ひとみ そうそう。あんなんでいいのかなあ。
捕まんのかな?
永田
長田
捕まんないだろお!
そんな感じでゆっくりとコーヒーを飲んでしまって、
気がつくとけっきょく30分くらい経ってしまっていた。
引き際だ。
テレコマンは非常識ではあるが、
いちおう最低限の礼儀はわきまえている男である。
永田 よし! ありがとうございました。
ひとみ えええ、こんなんでいいんですか。
永田 ばっちりです。おいとまします!
ひとみ じゃあ明日行って、
いろいろ調べときましょうか?
永田 いいですいいです(笑)。
ごちそうさまでした。
ありがとうございましたホント。
ひとみ いえいえ。
長田 駅まで送ってくよ。
そんなこんなで僕らはゆっくりと
廊下を進みながら挨拶する。
しかしその物音に、天使は目を覚ましてしまったようだ。
ひとみ (小声で)あ、起きた。
長田 (小声で)カホ、起きた?
永田 (小声で)あああああ、ごめんね、カホちゃん。
ひとみ (小声で)いま来るからね、ちょっと待ってて。
じゃ、気をつけて。
永田 (小声で)はい。どうもすいませんでした。
ひとみ (小声で)いえいえいえ。
玄関を出たところで深々とお辞儀をするテレコマン。
終わりよければすべてよしなり、テレコマン。
しかし、お辞儀をした拍子に肩が何か突起物に触れた。

『ピンポーン!』
永田 ああああっ! 鳴らしちゃった!
ひとみ あはははははは!
……非常識なり、テレコマン。


2001/02/23 



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