HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
芸術〈アート〉は誰も語らない物語を語る。ーベトナム戦争をアートで再構築するディン・Q・レさんの場合
ディン・Q・レ 《消えない記憶 #10》 2000-01年 Cプリント、リネンテープ 114.3×160 cm 所蔵:ジョイ・オブ・ギビング・サムシング財団、ニューヨーク
1 ヘリコプターが大好きでついに自分で作ってしまったベトナム人の物語。2015-09-30-WED
──
ベトナム戦争については
自分自身、終わったあとに生まれているので
直接は知らないのですが
ベトナム戦争を題材にしたハリウッド映画は
けっこう好きで、よく観ていたんです。
DQL
そうですか。
──
フランシス・F・コッポラの『地獄の黙示録』、
オリバー・ストーンの『プラトーン』、
マイケル・チミノの『ディア・ハンター』、
キューブリックの『フルメタル・ジャケット』、
他にも『ハンバーガー・ヒル』とか
『グッドモーニング・ベトナム』‥‥とか。
DQL
ええ。
──
マーティン・スコセッシ監督の
『タクシー・ドライバー』の主人公みたいに
精神的に病んだ人が
ベトナム帰還兵だったという設定の映画なら、
それこそ無数にありますし。
DQL
そうですね。
──
他方で、報道やジャーナリズムの世界では
デイビッド・ハルバースタムの
『ベスト・アンド・ブライテスト』や
開高健さんの一連のドキュメンタリーをはじめ
ベトナム戦争に関する膨大な成果が、
生み出されています。

それは、大学の先生たちによる研究、
つまり、アカデミズムの世界でも同じです。
DQL
はい。
──
でも「アート方面からのアプローチ」って
自分の不勉強もあって
あまり聞いたことないなと思いました。

そこでまずは
アートでベトナム戦争を語る理由や意味を、
教えていただけますでしょうか。
DQL
アカデミックな研究、ジャーナリズム、
そして、映画や小説などのポップカルチャー。
それぞれに、特性があると思います。

まず、アカデミズムが扱うベトナム戦争は
言うまでもなく
非常に学術的、つまり体系的で論理的です。
──
はい。
DQL
他方でポップカルチャー、
とくにハリウッド映画の場合は、
多くの場合、主人公がアメリカ人ですから、
国家とかイデオロギーといった
大きな物語のなかで
「アメリカ人の経験や感情」が語られます。
──
ベトナムの人が出てきても
話す言葉が訳されてなかったりしますよね。
DQL
そう、「ベトナム戦争の映画」なのに、
ベトナム人が、実質的に「不在」。
いても、まるきり「小道具」みたいな感じ。

さらに「ハリウッド」という巨大な装置は
お金を稼がなければならないので
お金を払ってでも見たくなるストーリーを
考える必要があります。
──
ええ。
DQL
私は、そのような「アカデミックな研究」と
「ハリウッド映画」のあいだに
非常にたくさんの、
「語られない物語」が落ちていると思います。

それは、非常にちいさく個人的であるために
アカデミズムにも
ポップカルチャーにも扱われないんだけども、
それでも無数に存在している、無名の物語。
──
なるほど。
DQL
そういう「誰も語らない物語」を、
アートは、すくい上げることができるんです。
──
それは、なぜでしょうか?
DQL
アートは、学術論文みたいに
ある「問い」にたいする何らかの「解答」、
つまり
合理的な結論を導く必要がありませんし、
ハリウッド映画のように
「ラスト、はい、こんなことになりました。
 エンドロール、ジャジャーン!」
みたいなオチをつける必要もありません。

アートが扱う場合も
いろんな「答え」が生まれるでしょうけど、
「答え」というより
さらなる「問い」が増えてしまったりする。
──
アートが扱うことによって、むしろ。
DQL
私が興味を持っているのは、そこなんです。

アートがベトナム戦争を扱うことで、
自分のなかで
解答より問いが増えていくところ、というか。
──
何らかの「答え」や
感動的なラストシーンはないけれども、
見る人に
いろいろ考えさせる余地がある、と。
DQL
そう、スパッと割り切れない、
多義的で複雑な問題を考えさせてくれる、
そういう機会を提供できます。

意味のある結論を導いたり、
スカッとした結末を用意しなくても平気な、
そういう自由さがあるんです。
──
ディンさんの作品のなかで
今おっしゃったことを、すごく感じるのが
《農民とヘリコプター》です。

これは「ヘリコプターが大好き」で、
ついには自作してしまった
ハイさんというベトナム人に焦点を当てた
映像作品、インスタレーションです。
ディン・Q・レ 《農民とヘリコプター》 2006年 3チャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、手作りの実寸大ヘリコプター 250×1070×350 cm、15分
Collaborating Artists: Tran Quoc Hai, Le Van Danh, Phu-Nam Thuc Ha, Tuan Andrew Nguyen Commissioned by Queensland Gallery of Modern Art, Australia
展示風景:「ディン・Q・レ展:明日への記憶」森美術館、2015年 撮影:永禮 賢 写真提供:森美術館
DQL
ええ。
──
ベトナム戦争は
「初のヘリコプター戦争」だったと聞きますが、
一般のベトナム人にとって
それは恐怖の対象だったという「論文」を
書きたい場合には
「ヘリコプターが大好きで
 自作してしまったベトナム人の話」なんて
よくて無視されるか、
場合によっては都合の悪い「ノイズ」です。

他方で、ハリウッド映画が取り上げるには、
ハイさんは無名だし、地味すぎます。
つまり、物語として「ちいさすぎ」ますね。
DQL
まったく、そのとおりです。

でも、そういう物語を取り上げられるのが
アートの役割であり、いいところなんです。
──
ハイさんにフォーカスしようと思った経緯を、
簡単に教えていただけますか。
DQL
まず、ハイさんのヘリコプターは
できたとたん、政府に没収されてしまいました。

なぜかというと、
名もなき一般人の開発したヘリコプターが
自由勝手にベトナムの空を飛び回るということ、
そしてそれを
自分たちでコントロールできないという事態を
ベトナム政府が憂慮したのです。
──
なるほど。
DQL
もともとハイさんは、農作業に便利だし、
人命救助にも使えるだろうということで
ヘリの開発に挑戦したわけですが
政府にしてみれば、
空から反共産党的なビラを散布されても
困ってしまうわけです。

あるいは、
そのヘリに乗って、海外逃亡されたりとか。
──
ええ。
DQL
ハイさんのヘリが没収されたことについては
まず、新聞が盛んに書きたてました。

すると、たくさんの人たちが
ハイさんのことを応援しはじめたんですけど
私にとって不思議だったのは、
その一連の議論のなかに
「ベトナムにおけるヘリコプターの歴史」が
すっぽり抜け落ちていたこと。
──
つまり、ヘリコプターというものが、
ベトナム戦争のときに
いかに恐怖の存在だったかという話が、ですか?
DQL
忘れたい、考えたくない、
もう思い出したくもないという思考回路が
ベトナムの一般の人々にあるので、
口にするのも嫌だったのかもしれないし、
ある種のセンサーシップ(検閲)への警戒が
人々の心にあったのかもしれない。

理由はさまざまでしょうが、ともあれ、
「ハイさん、政府、ヘリコプター」の論争は
たくさん見かけましたが、
「初めてのヘリコプター戦争」としての
ベトナム戦争には、誰も触れなかったんです。
──
ベトナムにおいて「ヘリコプター」といえば
まずは「ベトナム戦争」なのに。
DQL
無理もないとは思います。

ベトナムにおけるベトナム戦争の話題は、
終結から40年が経った今でも
ものすごくセンシティブなものですから。
──
そうなんでしょうね。
DQL
でも私は、あの忌まわしい思い出や歴史が
何だったのかきちんと考えるためにも、
いちやく人気者となった
ハイさんのヘリコプター騒動をきっかけに
ヘリコプターを題材した作品をつくったら
おもしろいんじゃないかなと、考えました。
──
なるほど。
DQL
具体的には、ありとあらゆる人々に、
「ベトナム戦争におけるヘリコプター」
についての
自身の経験や思い出を語ってもらったんです。

私が何かを代弁するのではなく、
広くインタビューして人々の声を大量に集め、
それらを素材に、
実際の言葉で映像作品を構成しました。
それを、ハイさんのヘリコプター実物の脇で
上映することにしたんです。
──
つまり、ハイさんに代表されるような
ヘリコプターについての「ちいさな物語」を
たくさん集めて作品をつくったんですね。

ちなみに、ハイさんのヘリコプターって、
ちゃんと空を飛んだんですか?
DQL
何でも、地上から「3メートル」くらいは
浮上したらしいですよ。
──
3メートル。
DQL
はい。でも、ひとつ問題だったのは、
ハイさんご自身が、ヘリコプターというものを
どうやって操縦するのか知らなかったこと。
──
あの‥‥こう言っては何ですけれども、
「恐怖のヘリコプター」
「政府にヘリコプターが没収された」
という話なのに
何だかチャーミングに聞こえます(笑)。
DQL
とりあえず「3メートル、浮上する」までは
成功したものの、
その「初飛行実験」の直後に
政府の役人が来て没収されてしまったそうで。
──
でも、3メートルでも、よく浮上しましたね。
ハイさん一般人なのに、すごい。
DQL
ハイさんという人は、たしかに一般人ですが
ちょっぴり特別な人で、
独学で機械工学を勉強しているんです。

機械にめっぽう強いがために
それまでも、
いろんな農機具を発明したりしていたんです。
──
なるほど。街の機械ハカセみたいな?
DQL
ふつうに売っている農機具が高すぎるので、
もっとぜんぜん安いものを、
みんなのために、つくったりしてる人で。
──
じゃ、その延長線上に「ヘリコプター」が?
DQL
なにせ、隣国カンボジアの政府が
昔、東欧からたくさん戦車を買ったんだけど
みんな壊れちゃってて
こりゃどうしようもないってところに
ハイさんが呼ばれて、ぜんぶ直してきたとか。
──
すごい(笑)。
DQL
隣国の政府に呼ばれるって、なかなかですよ。
──
たしか、ベトナムとカンボジアって
70年代に戦争をしてたりしてますもんね。

でも、今の話が
「ベトナム戦争」に関係する話だと思うと、
ちょっとビックリします。
DQL
そうでしょう。
──
ベトナム戦争に関する研究論文や映画には
今みたいな話って
ほとんど出てこないと思うので。
DQL
こういう「物語」をすくいとれるところが、
つまり、
アートでやることのおもしろさ、なんです。
<つづきます>
「ディン・Q・レ展:明日への記憶」展示風景、森美術館、2015年 撮影:永禮 賢 写真提供:森美術館