- ──
- ヘリコプターが大好きで自作してしまった
ハイさんという農民が題材の
「農民とヘリコプター」をはじめ
ディンさんの作品からは
どこか、
ドキュメンタリーのような感じを受けます。
- DQL
- でも、私のやっていることは
あくまでアートで、
ドキュメンタリーではないと思っています。
大量のインタビューを取ったりしますし、
手法的には
ドキュメンタリーに近いかもしれませんが。
- ──
- 両者の違いは、どこにあると思いますか?
- DQL
- おそらく、ドキュメンタリーというのは
まず「伝えたいこと」があり、
それを伝えるために
作り手の考える「ストーリー」に沿って
事実を重ねて見せていく。
でも、アートの場合は、
起承転結のような話の流れだとか、
ハッキリした「伝えたいこと」なんかは
別になくてもいいし、
何より「事実」である必要もないんです。
- ──
- 創作でもいい‥‥というか、
そもそもアートって創作活動ですものね。
- DQL
- ドキュメンタリーは問題を提起します。
アート作品からも
「問い」を突きつけられることはありますし
その点は似ているかもしれませんが、
アートには
ドキュメンタリーの構造を借りながら
そこへ「創作」を挿入する「自由」がある。
- ──
- 逆に、ドキュメンタリーに
「架空のおとぎ話」を混ぜ込むってことは、
難しいでしょうね。
- DQL
- 私の作品を見てくれた人に
「これって
事実に基づいたドキュメンタリーなの?
それとも
あなたが創作したアートフィルムなの?」
と聞かれたとしても、それは、
私にとっては「どっちでもいいこと」で。
- ──
- 本質的な問題ではない、と。
- DQL
- そう、もしかしたら真実かもしれないし、
もしかしたら作り話かもしれない。
その点はどっちでもよくて、
自分なりの表現ができてさえいるならば
「本当の話かどうか」は
アートの場合、二の次だと思っています。
- ──
- ディンさんの作品に
《人生は演じること》という映像があって、
あれなどまさしく
「本当なのかどうなのか、わからない話」
という感じがしました。
ディン・Q・レ 《人生は演じること》 2015年 シングルチャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、軍服 26分 Commissioned by the Mori Art Museum, Tokyo, 2015
- DQL
- そうかもしれません。
- ──
- 簡単に説明すると、
それは、広い原っぱのようなところで
武器から軍服から作戦行動から
歴史上のさまざまな戦争を
「再演」している日本人を取り上げた
映像作品ですが、
あの人とは偶然、知り合ったんですか?
- DQL
- ええ、2014年の8月15日に
靖国神社で、はじめてお会いしました。
私は、靖国神社には何度か行っていて、
8月15日という
日本にとって特別な日にも、何度か。
- ──
- そうなんですか。
- DQL
- ときに物議を醸す場所だと聞いており、
その理由について
私は、外国人として興味がありました。
そこで、2014年の8月15日にも
行ったんですけど、
そのとき、第二次大戦のときの
日本の軍服を着ている人たちがいたんです。
- ──
- ええ、なるほど。
- DQL
- 実際に戦争を経験されたような歳の方も、
まったくそうではない、
まだまだ年齢の若い方もいました。
でも、そのなかでも、
ひとりの日本人男性に強く惹かれたんです。
- ──
- それは、なぜですか?
- DQL
- そのような格好をしているのに、
彼は、何だか柱の陰に隠れているみたいな、
不審な行動をとっていたから。
- ──
- ははあ。
- DQL
- 他のみなさんは、
とくに、そういう格好をしている人は
どちらかというと
まわりの人に見てもらいたいというか、
胸を張っている感じなのに、
彼は、何だか「控えめ」に見えました。
見られたいのか、見られたくないのか‥‥
どうしたいのかが、よくわからない。
- ──
- その動きは、たしかに気になりますね。
で、声をかけたんですか?
- DQL
- そう、はじめに私が質問をいくつかして
それからしばらく、
お互いにコミュニケーションをしました。
すると彼が、歴史上のさまざまな戦争を
「再演」している人だとわかったんです。
- ──
- それはつまり、そういう「趣味」として。
- DQL
- そうですね、その男性の本業は
「高級なバーの、バーテンダー」なので。
- ──
- なるほど‥‥仕事じゃないって意味では
たしかに「趣味の活動」ですかね。
- DQL
- で、そのようなやりとりを続けるなかで
私がベトナム人だとわかった途端、
彼は
「自分たちは
ベトナム戦争の再演もやっているんだ、
富士山のふもとの大きな原っぱで」
と教えてくれたんです。
- ──
- ははあ。
- DQL
- もう、抗しがたい魅力を感じました。
「この人、日本人でありながら、
富士山のふもとで
ベトナム戦争を再演しているって‥‥
何だそりゃ?」と。
- ──
- そうでしょうね(笑)。
- DQL
- これは、絶対に見に行かなくてはならない、
と思いました。
- ──
- でも「戦争の再演」というのは、
米軍と北ベトナム・解放戦線とにわかれて
なにか、
戦争の趨勢をなぞったりするんですかね?
- DQL
- そうです。
それぞれのコスチューム姿をした日本人たちが
富士山麓の原っぱに現れる。
彼らは、それぞれの軍が使っていた銃の
モデルガンを携行していますが
実際にBB弾のようなものを撃つわけではない。
- ──
- つまり、いわゆる
サバイバルゲームのような遊びとも違うと。
- DQL
- それは、非常にシュールな光景でした。
戦場ですから、戦いをしているわけですが
弾の出ないライフルで
漫然と戦いごっこをしているわけでなく、
ものすごく緻密に、
歴史的に有名な戦いを「再演」している。
- ──
- 歴史的に有名な戦いというと、
フランスと戦った
「ディエン・ビエン・フーの戦い」だとか、
解放戦線側が
戦況の巻き返しを図った「テト攻勢」とか。
- DQL
- そう、そういった有名な軍事作戦を調査し、
忠実に再現をしていたんです。
それはもう、本当に素晴らしいと言うか、
ほとんどオブセッション、
何かに取り憑かれているかのような
細やかさで、彼らは、
ベトナム戦争の研究をしていたんです。
- ──
- へぇー‥‥。
- DQL
- その戦いが、どのような経過をたどって、
戦争全体の趨勢に
どのような影響を与えたのかはもちろん、
当時の兵士たちが、
どんなものを食べていたのか、
どんな音楽を聞きながら戦場へ向かったのか‥‥
彼らは
そういうことまで細かく調べ上げていました。
- ──
- 大河ドラマもビックリな時代考証ですね。
- DQL
- それは、本当に、緻密なリサーチでした。
心底ビックリしたのと同時に、
私は、彼らのなかに自分を見た思いでした。
彼らは、ベトナム戦争について、
私と同じようなことをやっている‥‥と。
- ──
- 現代の日本人が、富士山のふもとで。
- DQL
- 感動した私は、彼らの「再演」のようすを
映像に撮りたいと申し入れたのですが
リーダー格の人に、断られてしまいました。
なんでも、彼らには
「自分たちがやっていることを
ベトナムのアーティストが映像に撮って
アート作品にするだなんて、
そんなことは
ベトナム人にたいして、失礼すぎる」
という認識があるようなんです。
- ──
- それもまた、興味深い心理ですね。
- DQL
- でしょう。
- ──
- ひとつ、お聞きしたいのですが、
日本人が、そんなことをやってるってことに
ディンさんは
腹が立ったりとかは、しなかったんですか?
ご自身も、幼いころに
ベトナム戦争を経験しているわけですよね?
- DQL
- 私は、ただただ「すごい、おもしろい」と。
そもそも「なんで、そんなことするの?」
ということが謎でしたし、
彼らが、どのように
「ベトナム戦争」を理解しているかにも
興味がありましたから。
- ──
- 好奇心のほうが、勝ってしまったと。
- DQL
- ベトナム戦争というものにたいして
誤解があるとすれば、
どういった誤解が、そこにあるのか。
どういった経緯で
そのように誤解されてしまったのか。
そういったことのひとつひとつが
じつにおもしろいなと思ったんです。
- ──
- 聞けば聞くほど、
まさしく「アートの題材」という感じです。
このひとりの日本人男性の物語は、
映画でやるより、アカデミズムでやるより、
ジャーナリズムでやるより、
アートでやるのが、
いちばん合ってるような気がします。
- DQL
- ええ、あまりにシュールでしたから。
ディン・Q・レ 《人生は演じること》 2015年 シングルチャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、軍服 26分 Commissioned by the Mori Art Museum, Tokyo, 2015
- ──
- 最終的には、どのような作品に?
- DQL
- 申し上げたように
その「ベトナム戦争の再演そのもの」は
残念ながら、
映像に撮ることはできなかったので
男性にインタビューしました。
彼のご自宅を訪問し、
彼の所有している軍事関連のアイテムを、
たっぷり見せてもらったんです。
- ──
- おお。
- DQL
- 彼の部屋は
とにかくいろんな制服で溢れていました。
アメリカの軍服もあれば、
カウボーイのコスチュームもあったし、
第二次大戦中の日本軍、
それとは別の日本軍の軍服もありました。
もちろん、ベトナム戦争の軍服も。
- ──
- ええ。
- DQL
- 彼と話をしてみて感じたのは
そのような、一見シュールな行動を通じて
彼らは、日本や日本の歴史について、
なにかを見出そうとしている、ということ。
- ──
- え、そうなんですか。
- DQL
- はい。第二次大戦から数十年後に生まれた
その日本人男性は、
自分とは直接的には関係のない
ベトナム戦争を「再演」してみることで、
第二次大戦という戦争が
日本にとってどういう戦争だったかのかを
間接的に
考えようとしているのではないか。
私は、そのように、感じたんです。
- ──
- なるほど‥‥。
そして、今のまぼろしみたいなお話は、
アートでありつつ、
ぜんぶ現実のできごと、なんですよね。
- DQL
- はい。すべて、本当に起こったことです。
<つづきます>
ディン・Q・レ 《抹消》 2011年 シングルチャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、写真、石、木製ボートの断片、木製通路、コンピューター、スキャナー、ウェブサイト(erasurearchive.net) サイズ可変、7分 Commissioned by Sherman Contemporary Art Foundation, Sydney, 2011 Supported by Nicholas and Angela Curtis 展示風景:「ディン・Q・レ展:明日への記憶」森美術館、2015年 撮影:永禮 賢 写真提供:森美術館