HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
芸術〈アート〉は誰も語らない物語を語る。ーベトナム戦争をアートで再構築するディン・Q・レさんの場合
ディン・Q・レ、ベトナム人アーティスト。
1960年代から70年代にかけて
母国ベトナムが経験したベトナム戦争を
アートで表現しています。
アカデミックな研究でもなく、
映画などのポップカルチャーでもなく、
硬派なジャーナリズムでもなく、
「アートで、ベトナム戦争を語る」こと。
そこには、独特の視点があり、
やわらかさがあり、窮屈さはまるでなく、
言うに言われぬ妙味がありました。
放っておいたら「誰も語らない物語」も
アートなら、おもしろがれるんだ。
担当は、ベトナム戦争の映画が好きで
けっこう観ている「ほぼ日」奥野です。
ディン・Q・レ

1968年、ベトナム、ハーティエン生まれ。
ホーチミン在住。1978年、家族とともにアメリカへ移住。
1989年、カリフォルニア大学
サンタバーバラ校にて美術学士課程修了。
1992年、ニューヨーク視覚芸術学校美術修士課程修了。
主な個展にシャーマン現代美術基金(シドニー、2011年)、
ニューヨーク近代美術館(2010年)、
タフツ大学アートギャラリー(マサチューセッツ、2009年)、
アジア・ソサエティ(ニューヨーク、2005年)など。
主な国際展にメディアシティ・ソウル2014(ソウル市立美術館)、
ドクメンタ13(カッセル、ドイツ、2012年)、
シンガポール・ビエンナーレ(2008年/2006年)、
第50回ヴェネチア・ビエンナーレ イタリア館(2003年)
など多数。
とじる
ディン・Q・レ 《消えない記憶 #10》 2000-01年 Cプリント、リネンテープ 114.3×160 cm 所蔵:ジョイ・オブ・ギビング・サムシング財団、ニューヨーク
1 ヘリコプターが大好きでついに自分で作ってしまったベトナム人の物語。2015-09-30-WED
──
ベトナム戦争については
自分自身、終わったあとに生まれているので
直接は知らないのですが
ベトナム戦争を題材にしたハリウッド映画は
けっこう好きで、よく観ていたんです。
DQL
そうですか。
──
フランシス・F・コッポラの『地獄の黙示録』、
オリバー・ストーンの『プラトーン』、
マイケル・チミノの『ディア・ハンター』、
キューブリックの『フルメタル・ジャケット』、
他にも『ハンバーガー・ヒル』とか
『グッドモーニング・ベトナム』‥‥とか。
DQL
ええ。
──
マーティン・スコセッシ監督の
『タクシー・ドライバー』の主人公みたいに
精神的に病んだ人が
ベトナム帰還兵だったという設定の映画なら、
それこそ無数にありますし。
DQL
そうですね。
──
他方で、報道やジャーナリズムの世界では
デイビッド・ハルバースタムの
『ベスト・アンド・ブライテスト』や
開高健さんの一連のドキュメンタリーをはじめ
ベトナム戦争に関する膨大な成果が、
生み出されています。

それは、大学の先生たちによる研究、
つまり、アカデミズムの世界でも同じです。
DQL
はい。
──
でも「アート方面からのアプローチ」って
自分の不勉強もあって
あまり聞いたことないなと思いました。

そこでまずは
アートでベトナム戦争を語る理由や意味を、
教えていただけますでしょうか。
DQL
アカデミックな研究、ジャーナリズム、
そして、映画や小説などのポップカルチャー。
それぞれに、特性があると思います。

まず、アカデミズムが扱うベトナム戦争は
言うまでもなく
非常に学術的、つまり体系的で論理的です。
──
はい。
DQL
他方でポップカルチャー、
とくにハリウッド映画の場合は、
多くの場合、主人公がアメリカ人ですから、
国家とかイデオロギーといった
大きな物語のなかで
「アメリカ人の経験や感情」が語られます。
──
ベトナムの人が出てきても
話す言葉が訳されてなかったりしますよね。
DQL
そう、「ベトナム戦争の映画」なのに、
ベトナム人が、実質的に「不在」。
いても、まるきり「小道具」みたいな感じ。

さらに「ハリウッド」という巨大な装置は
お金を稼がなければならないので
お金を払ってでも見たくなるストーリーを
考える必要があります。
──
ええ。
DQL
私は、そのような「アカデミックな研究」と
「ハリウッド映画」のあいだに
非常にたくさんの、
「語られない物語」が落ちていると思います。

それは、非常にちいさく個人的であるために
アカデミズムにも
ポップカルチャーにも扱われないんだけども、
それでも無数に存在している、無名の物語。
──
なるほど。
DQL
そういう「誰も語らない物語」を、
アートは、すくい上げることができるんです。
──
それは、なぜでしょうか?
DQL
アートは、学術論文みたいに
ある「問い」にたいする何らかの「解答」、
つまり
合理的な結論を導く必要がありませんし、
ハリウッド映画のように
「ラスト、はい、こんなことになりました。
 エンドロール、ジャジャーン!」
みたいなオチをつける必要もありません。

アートが扱う場合も
いろんな「答え」が生まれるでしょうけど、
「答え」というより
さらなる「問い」が増えてしまったりする。
──
アートが扱うことによって、むしろ。
DQL
私が興味を持っているのは、そこなんです。

アートがベトナム戦争を扱うことで、
自分のなかで
解答より問いが増えていくところ、というか。
──
何らかの「答え」や
感動的なラストシーンはないけれども、
見る人に
いろいろ考えさせる余地がある、と。
DQL
そう、スパッと割り切れない、
多義的で複雑な問題を考えさせてくれる、
そういう機会を提供できます。

意味のある結論を導いたり、
スカッとした結末を用意しなくても平気な、
そういう自由さがあるんです。
──
ディンさんの作品のなかで
今おっしゃったことを、すごく感じるのが
《農民とヘリコプター》です。

これは「ヘリコプターが大好き」で、
ついには自作してしまった
ハイさんというベトナム人に焦点を当てた
映像作品、インスタレーションです。
ディン・Q・レ 《農民とヘリコプター》 2006年 3チャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、手作りの実寸大ヘリコプター 250×1070×350 cm、15分
Collaborating Artists: Tran Quoc Hai, Le Van Danh, Phu-Nam Thuc Ha, Tuan Andrew Nguyen Commissioned by Queensland Gallery of Modern Art, Australia
展示風景:「ディン・Q・レ展:明日への記憶」森美術館、2015年 撮影:永禮 賢 写真提供:森美術館
DQL
ええ。
──
ベトナム戦争は
「初のヘリコプター戦争」だったと聞きますが、
一般のベトナム人にとって
それは恐怖の対象だったという「論文」を
書きたい場合には
「ヘリコプターが大好きで
 自作してしまったベトナム人の話」なんて
よくて無視されるか、
場合によっては都合の悪い「ノイズ」です。

他方で、ハリウッド映画が取り上げるには、
ハイさんは無名だし、地味すぎます。
つまり、物語として「ちいさすぎ」ますね。
DQL
まったく、そのとおりです。

でも、そういう物語を取り上げられるのが
アートの役割であり、いいところなんです。
──
ハイさんにフォーカスしようと思った経緯を、
簡単に教えていただけますか。
DQL
まず、ハイさんのヘリコプターは
できたとたん、政府に没収されてしまいました。

なぜかというと、
名もなき人の開発したヘリコプターが
自由勝手にベトナムの空を飛び回るということ、
そしてそれを
自分たちでコントロールできないという事態を
ベトナム政府が憂慮したのです。
──
なるほど。
DQL
もともとハイさんは、農作業に便利だし、
人命救助にも使えるだろうということで
ヘリの開発に挑戦したわけですが
政府にしてみれば、
空から反共産党的なビラを散布されても
困ってしまうわけです。

あるいは、
そのヘリに乗って、海外逃亡されたりとか。
──
ええ。
DQL
ハイさんのヘリが没収されたことについては
まず、新聞が盛んに書きたてました。

すると、たくさんの人たちが
ハイさんのことを応援しはじめたんですけど
私にとって不思議だったのは、
その一連の議論のなかに
「ベトナムにおけるヘリコプターの歴史」が
すっぽり抜け落ちていたこと。
──
つまり、ヘリコプターというものが、
ベトナム戦争のときに
いかに恐怖の存在だったかという話が、ですか?
DQL
忘れたい、考えたくない、
もう思い出したくもないという思考回路が
ベトナムの一般の人々にあるので、
口にするのも嫌だったのかもしれないし、
ある種のセンサーシップ(検閲)への警戒が
人々の心にあったのかもしれない。

ともあれ、
「ハイさん、政府、ヘリコプター」の論争は
たくさん見かけましたが、
「初めてのヘリコプター戦争」としての
ベトナム戦争には、誰も触れなかったんです。
──
ベトナムにおいて「ヘリコプター」といえば
まずは「ベトナム戦争」なのに。
DQL
無理もないとは思います。

ベトナムにおけるベトナム戦争の話題は、
終結から40年が経った今でも
ものすごくセンシティブなものですから。
──
そうなんでしょうね。
DQL
でも私は、あの忌まわしい思い出や歴史が
何だったのかきちんと考えるためにも、
いちやく人気者となった
ハイさんのヘリコプター騒動をきっかけに
ヘリコプターを題材した作品をつくったら
おもしろいんじゃないかなと、考えました。
──
なるほど。
DQL
具体的には、ありとあらゆる人々に、
「ヘリコプター」についての
自身の経験や思い出を語ってもらったんです。

私が何かを代弁するのではなく、
広くインタビューして人々の声を大量に集め、
それらを素材に、
実際の言葉で映像作品を構成しました。
それを、ハイさんのヘリコプター実物の脇で
上映することにしたんです。
──
つまり、ハイさんに代表されるような
ヘリコプターについての「ちいさな物語」を
たくさん集めて、作品をつくった。

ちなみに、ハイさんのヘリコプターって、
ちゃんと空を飛んだんですか?
DQL
何でも、地上から「3メートル」くらいは
浮上したらしいですよ。
──
3メートル。
DQL
はい。でも、ひとつ問題だったのは、
ハイさんご自身が、ヘリコプターというものを
どうやって操縦するのか知らなかったこと。
──
あの‥‥こう言っては何ですけれども、
「恐怖のヘリコプター」
「政府にヘリコプターが没収された」
という話なのに
何だかチャーミングに聞こえます(笑)。
DQL
とりあえず「3メートル、浮上する」までは
成功したものの、
その「初飛行実験」の直後に
政府の役人が来て没収されてしまったそうで。
──
でも、3メートルでも、よく浮上しましたね。
ハイさん一般人なのに、すごい。
DQL
ハイさんという人は、たしかに一般人ですが
ちょっぴり特別な人で、
独学で機械工学を勉強しているんです。

機械にめっぽう強いがために
それまでも、
いろんな農機具を発明したりしていたんです。
──
なるほどー。街の機械ハカセみたいな?
DQL
ふつうに売っている農機具が高すぎるので、
もっとぜんぜん安いものを、
みんなのために、つくったりしてるんです。
──
じゃ、その延長上に「ヘリコプター」が。
DQL
なにせ、隣国カンボジアの政府が
昔、東欧からたくさん戦車を買ったんだけど
みんな壊れちゃってて
こりゃどうしようもないってところに
ハイさんが呼ばれて、ぜんぶ直してきたとか。
──
すごい(笑)。
DQL
隣国の政府に呼ばれるって、なかなかですよ。
──
たしか、ベトナムとカンボジアって
70年代に戦争をしてたりしてますもんね。

でも、今の話が
「ベトナム戦争」に関係する話だと思うと、
ちょっとビックリします。
DQL
そうでしょう。
──
ベトナム戦争に関する研究論文や映画には
今みたいな話って
ほとんど出てこないと思うので。
DQL
こういう「物語」をすくいとれるところが、
つまり、
アートでやることのおもしろさ、なんです。
<つづきます>
「ディン・Q・レ展:明日への記憶」展示風景、森美術館、2015年 撮影:永禮 賢 写真提供:森美術館
「ディン・Q・レ展:明日への記憶」展示風景、森美術館、2015年 撮影:永禮 賢 写真提供:森美術館
ディン・Q・レさんの展覧会、
森美術館で開催中です。
アジアでは初の、ベトナム人アーティスト
ディン・Q・レさんの展覧会。
今回のインタビューの中にも出てくる
《農民とヘリコプター》
《人生は演じること》
《光と信念:ベトナム戦争の日々のスケッチ》
をはじめ、
ディンさんを一躍有名にした作品
《フォト・ウィービング》も見られます。
これは、ベトナム戦争の報道写真や
ベトナム映画の一場面、
ハリウッドの映画会社のロゴなどを
ベトナムの「ゴザ」を編む手法で
互いに編みあわせ、
まったく新しいイメージをつくりあげたもの。
さまざまな要素が絡んだベトナム戦争を
みごとにアートで表現していると思いました。
すでに7月から開催中で、10月12日まで。
ご興味ありましたら、ぜひ。

ディン・Q・レ『明日への記憶』
会期 10月12日(月・祝)まで開催中
会場 森美術館
住所 東京都港区六本木6-10-1
   六本木ヒルズ森タワー 53F
時間 10:00 - 22:00
   (火曜日のみ、17:00まで)
※9/22(火・祝)は22:00まで
※いずれも入館は閉館時間の30分前まで
※会期中無休
※展覧会のオフィシャルサイトは、こちら
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