DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える医事相談室」

Q:すっかり冬になりましたね。ぼくのまわりでも、
風邪が流行っています。
風邪をひいた人が病院の
待合室には佃煮にしたいほどいます。
ということは、お医者さんは、
病原菌の巣窟みたいなところに、
朝から晩までいるわけですよね。
映画館のような人混みに出ると風邪がうつる、
とさえいわれるのに、
ウイルスのうじゃうじゃいる
病院にいつもいるお医者さんは、
元気そうじゃありませんか。
どうして、お医者さんは風邪をひかないのですか?
なにか特別な予防法やクスリがあるのですか?
あるのなら教えてください。

以下、回答です

はじめまして。
ふとしたことから糸井さんと知り合い、
こちらにコーナーを持つことになった須田ペニーです。

医学生をやっておりますが、
訳あって少々遠回りしたので、
次の誕生日がくると27になってしまいます。
昨日、大学病院の階段を重いリュックを背負って
10階まで一気にかけ上ったら息切れがしました。
歳だなぁ、オレも。

さてさて、糸井さんからのご質問に早速お答えしましょう。

「医者はなぜ風邪をひかないのか」ということですが、
可能性としては3つあります。
1.実は風邪をひくこともあるのだが、一見そう見えない。
2.実は本当に風邪をひきにくい。
3.実は医者だけが知っている秘密の予防法がある。

さてどれが正しいのでしょう?
まず、1から考えていきましょう。

僕の知り合いの歯医者さんは
日本拳法でならした頑丈な体の持ち主ですが、
患者さんが立て込んでいたときに
高熱を出してしまったことがあったそうです。
そのころは開業してまもなくだったので、
臨時休業してお客さんを手放すことを恐れた彼は
無理をして患者の前に立ったのです。
結果として「ミスをしてはならぬ」と、
気合いが入り、冷や汗をだらだら流しているうちに
熱が一日で下がってしまったそうです。

お医者さんも最近では悪者にされることも多いのですが、
一般企業よりは使命感を持っている人が
少しは多いものとすると、
その人たちは風邪をひいても患者さんの前では
何食わぬ顔をして診療をするということも
あるんじゃないかと思います。
また、知り合いの歯医者さんのように
気合いで治ってしまうということも
ひょっとしたらあるのかもしれません。

次に2の理由を考えましょう。 
実は可能性がもっともあると思うのはこれなのです。

では、なぜお医者さんは風邪をひきにくいのか。
「だって、あんなに風邪をひいている人に
囲まれているじゃないか」
と思うのが普通でしょうが、
なんと正解は 
「あんなに風邪をひいている人に囲まれているから」
なのです。

医学生らしく、多少は医学的知識を元に説明いたしましょう。

風邪の元となるのは細菌やウイルスなどの微生物です。
こいつらを体の中で撃退するのは白血球たちです。
で、この白血球たちは微生物をバクバク食べてくれたり、
拳銃をぶっ放す
(白血球がぶっ放す弾のことを抗体といいます)
などして、微生物を撃退してくれるのです。
ところが、この白血球は下手をすると
自分の体まで攻撃しかねません
(←攻撃すると膠原病という病気になる)から、
緻密な情報網を張っているわけです。  

「おい、なんか見慣れないやつが入ってきたで。
なんやろこいつ。ちょっと、
そこのボク、これ調べてくれんか」 

「ハイ、ちょっと調べてみるっす(バクバク)」

「どやった?」

「いつもと味が違いますよ。やばいっすよ、こいつ。 
体の中でこいつを見つけたら攻撃してくれないっすか」
          

「おおきに。
じゃ、ガーッとそのあたり回って
みんなに伝えてくるさかい。ほな、さいなら」

と、こんな風に(?)。

ただ、初めて入ってきた異物に対しては、
こういう反応も多少弱くなるのです。
逆に言えば、2度目に入ってきたものに対しては
反応が早いとも言えます
(これを利用したのが予防接種ですな)。

さて、医者がなぜ風邪をひきにくいかというと、
日々色々な菌に致し方なく晒されているので、
白血球の情報ネットワークが普通の人の
何倍もの種類の微生物に対応できると考えればよいでしょう。

ベテラン看護婦さんから聞いた話で、
「新人の医者は風邪を引きやすい」というのがあるのですが、
これはひょっとしたらまだそのネットワークで
認識できる微生物のバリエーションが
少ないせいかもしれません。  

かくいう私も、市中病院の小児科で一週間実習したとき、
外来で何十人もの風邪の子どもの喉を見ましたが、
おかげでその次の週には40度近い熱を出して
救急病院に行く羽目になりました(笑)。 

ボクの白血球君のネットワークは、
ボクの医者としての経験値と同様にまだ未熟なようです。

さて、3つ目の理由ですが、
そんな秘密の治療法なんてありません(笑)。

それでも、早めに抗生剤を
飲んだりすることはできるでしょうし、
予防のためにイソジンでうがいするのも
普通の人よりは気軽にしているのではないかと思います。

僕が一緒に実習している女の子は
普段なかなか風邪を引かないのでその秘訣を聞いたら、
案の定「イソジンでうがいすること」でした。
翌日、僕がイソジンの250ml瓶を買いに
薬局へ走ったことは言うまでもありません。

以上、今回はこんなところで。

これからも硬軟取り混ぜた質問と、
愛人志願のメールをお待ちしています

1998-10-29-THU


戻る