DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える医事相談室」

Q、携帯電話をかけすぎると、
「電磁波」とやらで、
脳腫瘍になると聞きました。
あきらかに私はかけすぎの部類にはいります。
その「電磁波」は、
コンピュータのモニターからも、
電子レンジからも
テレビからもでているというではありませんか。
おいおいっ、です。

私は、一日中21インチモニターの前に座って
仕事をしています。
そのせいで、ガンで死ぬのではないかと大変心配です。
死なないまでも、いろんなおそろしいことが想像されて、
結婚も遠のくばかりです。

電磁波の影響についておしえてください。
(34歳・男性 いかくん刑事)

以下、回答です。

なるほどなるほど。
ご心配もっともです。
電磁波ってなんか怖いですものね。
「うちのカミさんが怖くてねぇ」という人の怖さは、
怒ると半狂乱で手がつけられないとか
「アンタなんか、アンタなんか.....!」とか叫びながら
爪で肉をえぐらんばかりに引っかかれるなどの
具体的な痛みを伴った(?)怖さですが、
電磁波というのは見えないし痛みも感じない。
おまけにそこら中を飛び交っているらしいなんて噂も聞く。

いくら怖いカミさんでも、
そこら中を飛び交っているなんてことは
ありませんものねぇ。

ところで、東京で大学生をしていた頃、
大学の講義で物理学が必修だったんですが、
実は、僕の物理の成績は、力学−C、熱力学−A、
そして......電磁気学−“D” というもので、早い話が、
電磁気学は「不可」を食らってしまったのですねぇ。 
熱力学の貯金が効いて
何とか留年はしないで済んだのですが、どちらにしろ、
あまり得意じゃないんですわ、電磁気って。
だから電磁気って、僕の頭にとっては
かなり有害なやつなんです。
(え、「意味が違うだろ」って?)

それでも、昨今話題になっている
「有害電磁波」なるものが、マユツバものであることは
いくつかの例から説明できると思います。
キーワードはMRIと、電動こ◯し(笑)です。
(MRIとは
Magnetic Resonance Imaging の略で、
最近よく見かけるようになった
核磁気共鳴を利用した機械による断層撮影のことです)

まずは放射線科の実習で
MRIの機械を目にしながら交わした会話から。

先生:「君たち、本物のMRIの機械は初めてかい?」

僕 :「はい、思ったよりも大がかりな装置なんですね」

先生:「そうなんだよ、で、結構これの出す電磁波が
    大きいもんだから、ここから先に入るときには
    時計とかボールペンのたぐいの金属類は
    外して下さいね」

僕 :「え、そんなに強い電磁気を発しているんですか?」

先生:「そうだよ」

僕 :「人体に害はありませんかね」

先生:「ああ、“有害電磁波”とか言うやつね。
    あれはいくら何でもウソだろ?」

僕 :「僕もそう思うんですがねぇ」

先生:「だって、僕自身が研究のためにこの中に
    何十回となく入っていて
    何ともないんだから(笑)。
    それに、MRIを研究している研究者だったら
    自分で何度も試すのは当たり前だからねぇ。
    何か問題があったら世界に何千人といる
    研究者の方が真っ先にやめるだろうね」

ちなみに、電磁波というのは質として“有害電磁波”と
“無害電磁波”との区別があるわけではなく、
純粋にその強さで決まるものです。だから、
携帯電話やコンピュータのディスプレイから出る電磁波も、
MRIから出る電磁波も質としては同じはずで、
違うとすればその強さのはずです。

で、いかくん刑事さんをはじめとする全国3000万人の
“有害電磁波”恐怖症の方々に考えて欲しいのですが、
携帯電話を使用するときに 
「金属のイヤリングやピアスなどの、
 顔につけるアクセサリー類は外して下さい」
という注意書きは書いてあるでしょうか。

おそらく書かれていませんね。

ということは、あれの発する電磁気はMRIの装置と
比べるとごく微量なものであるということです。
もし携帯電話で脳腫瘍が発生するのであれば、
世界中のMRIの研究者は体中が脳腫瘍になっても
おかしくないはずです。

でも、
「携帯電話は身体に密着させるから良くないんじゃないの?
 MRIでいくら電磁気が強いといっても
 身体から何センチか離れているわけでしょ」
と思ったアナタはかなり鋭い人です。
そんなアナタは僕の代わりに
電磁気学の試験を受けて欲しかった(笑)。
そうすれば僕も留年の恐怖におびえず
大学生活を楽しく送れたのに。
嗚呼、アナタにもっと早く出会えていれば.....

ま、とにかく、電磁気の強さは確か
距離の2乗に反比例するのでしたね。
だから、距離が5倍だったら電磁気の強さは
25分の1になってしまうのです。
まあ、MRIの場合、それを考慮しても
携帯電話よりはよっぽど強い電磁波を
人体に浴びせているのは疑いがないのですが、
それでも不安なアナタにもう一つの例をお話しましょう。

携帯電話よりも遙かに大きな電気量を使っているもので、
体に密着させるものを考えてみましょう。
これが意外とたくさんあるんです。
電気カーペット、電気毛布、電気アンカ、
電動こけ◯......ん?(笑)

冗談はともかく、特にここに挙げたもののうち、
前2者は身体全体に渡って長時間密着させることの
多いものです。
おそらく電気カーペット、電気毛布が発売されてから
20年くらい経つはずですが、電気カーペットのせいで
癌になったという話は寡聞にして聞きません。

以上から考えて、今後も携帯電話などの電磁波による
癌化率増加の危険はほとんどあったとしても、
無視できるほどでしょう。
それよりも
いかくん刑事さんをはじめとする読者の皆様は、
パソコンのディスプレイで起こることが確実に分かっている
ドライアイや運動不足などにご注意下さいませ。

(ここからはちょっとホンネを漏らしちゃいましょう)

須田 「でもさぁ、週刊誌もテレビも、無責任だよなぁ。
    “有害電磁波があなたを襲う”なんて、
    害があるんだかないんだかよく分からないものでも
    商売になると思えば取り上げちゃうんだよな、
    連中は。もう少し考えて
    記事書いて欲しいもんだよな。
    いかくん刑事さんみたいに
    深刻に悩まれている方もいるんだからさぁ。」

聞き手「それはそうですよね。
    では、須田さんはどんな記事を
    取り上げてもらいたいんですか?」

須田 「それよりもさ、日本人全員が煙草をやめれば、
    肺癌・喉頭癌・虚血性心疾患・
    閉塞性血栓性動脈炎なんていう
    明らかに因果関係が分かった重篤な病気が
    一気に減るってことは分かってるんだからさ。
    もう少しそういう当たり前のことを
    取り上げて欲しいよなぁ」

聞き手「それじゃ、須田さんは煙草をやっている人は
    愚かだとおっしゃりたいわけですか?」

須田 「おいおい、そこまでは言ってねぇよ。
    少なくとも日本人が煙草を吸い始めてから
    何百年か経つわけだろ。
    もう、ここまで続いちゃった文化を
    突然やめるのは難しいって」

聞き手「何を仰りたいのか
    よく分からなくなって参りましたが(笑)」

須田 「例えばさぁ、閉塞性血栓性動脈炎なんてさぁ、
    足の指に潰瘍ができて、それがまた
    すっごく痛いらしいのよ。痛風どころの
    騒ぎじゃないわけだ。だから、看護婦さんや
    お医者さんに消毒してもらうと
    痛くてたまらないから自分で消毒するんだってさ、
    患者さんは。でもねぇ、そんなに痛くても
    中には煙草をやめない患者さんが
    いるらしいんだわ、これが。 
    確かにその話だけ聞くと、
    愚かに聞こえるかもしれないけれど、
    よーく考えてみると、
    すっごく人間くさいじゃねぇか、その人って。
    それはそれで一つの文化だと思うわけよ。
      医者の側としてはたまったもんじゃ
    ないんだろうけどね(笑)」

聞き手「どうやら、思ったほどまじめで理路整然とした
    人ではないようなので(笑)、
    読者の心象を悪くしないうちに、
    この辺でインタビューを終わりにしましょう」

須田 「あ、愛人募集のメールお待ちしています」

聞き手「またそれですか? 懲りませんね、アナタも」

1998-12-03-THU


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