DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える医事相談室」

「丈夫な人って?」


Q、遺伝的に「丈夫な人」というのがいるように思うのですが、
その「丈夫」とか「頑健」とか「強い」ってことの
決め手になるのは、どのへんのことなんでしょうか。
骨格とか筋肉とか、胃とか腸とか、心臓とか・・・
どこが恵まれていると丈夫で暮らせるのでしょう?
(あんまり丈夫でない大学生より)

こんにちは。須田です。

こんな私も医学部に入って5年が過ぎようとしており、
そろそろ「何科に行こうかな」とか
「どこの病院で研修しようかな」
なんてことを考え始めております。
ところで、読者の皆さんは
僕が何科に向いているように思いますか?
お暇な方はメールでご意見下さいな。

さてさて、今回は「丈夫」という概念を
どう考えるかというご質問です。
僕がよく使うケースプレゼンテーション(症例提示)
という手で今回もお答えすることにしましょう。

(症例1 某所にて)
A「お前ってさぁ、風邪ばっかりひいてるよなぁ。
  ちゃんと飯食ってんのか?」
B「ちゃんと食べてるよ。でも、Aさんって丈夫だよね。
  風邪ひいたの見たことないもん」
A「そういえばそうだなぁ。
  ここ10年くらい風邪ひいたことないもんな、俺」

さて、この症例のAさんの場合、
なぜ丈夫なのかというと、おそらく免疫系のはたらきが
活発なのではないかと思われます。
免疫系とは、平たく言えば白血球のはたらきが
とても良いということで、これは遺伝的な素因も
ありますが、もう一つは白血球が色々な異物に対して
反応できるということがあります。
この連載の「医者はなぜ風邪を引かないか」
というところでも書きましたが、
この症例のAさんのような方の場合、
ガキの頃、青っ鼻を垂らしながら
(↑青っ鼻は白血球の死骸だから、
白血球が働いている証拠です)
元気に原っぱを駆け回って、訳の分からない細菌や
ウイルスに対する免疫を作ってきたのかもしれません。


(症例2 階段の踊り場にて)
C「ハァハァ.....Dさーん! ちょっと待ってよぉ」
D「おいおい、階段で5階まで登っただけで
  息切れちまうのかよ。老人じゃねえんだからさ、
  ちっとばかし運動不足なんじゃねえのか、お前」
C「そんなことないよぉ、
  Dさんが血気盛んなだけだってば」

次に、この症例のCさんの場合、
一体何が丈夫だと推定されるのでしょう。
この場合、いくつかの要因が考えられます。
一つは、心肺機能が高いということ。
生体が活動するためには酸素を必要としますが、
この酸素を取り入れるためには
肺が働かなくてはなりませんし、その取り入れた酸素を
全身に送るためには心臓というポンプが
元気に血液を全身の組織に行き渡らせる必要があります。
また、送られた酸素を使って体の中で
効率よくエネルギーを作り出せれば、
息が切れることはあまりないはずです。
体の中でこのはたらきをしているのが、
細胞の中のミトコンドリアという小器官です。
さらに、エネルギーの供給が必要量に追いつかないと、
乳酸という疲労物質がたまってきます。
これを効率よく分解できれば、
なかなか疲労しないはずです。
中長距離ランナーなどでは
この反応を起こす酵素の活性が高いと考えられます。


(症例3 街角で)
E「あー、チミチミィ、
  なかなか立派な体してるねぇ、ん?」
F「はぁ、柔道をやっているものですから」
E「何キロあるかねぇ、ん?」
F「はあ、80キロくらいでしょうか」
E「ほおーぅ、そりゃいいねぇ。
  どうだい、チミ、自衛隊入らないか」

この症例のFさんがEさんから勧誘を受けた理由は、
見た目の体格がガッチリしていたからでしょう。
この、「ガッチリ」が「ブヨブヨ」と違うのは、
端的に言って筋肉の量の違いであると言って良いでしょう。

男性でも女性でも、瞬発的な筋力は、
断面積当たりの筋肉量で決定されます。
したがって特殊な例を除いて、筋肉が多い人は
筋力も大きい、ということになります。
見た目が丈夫そうに見える人は往々にして筋肉量が多く、
おそらくその人は瞬発的な筋力もかなりあると思われます。


(症例4 喫茶店にて)
G「はーぁぁぁ」
H「おいおい、どうしたんだよ、
  ため息なんかついちゃって」
G「ちょっと女関係で悩んでてさぁ、
  鬱々としているわけよ」
H「でもさぁ、血が出るまで引っかかれたとか、
  街なかで大声で喧嘩する羽目になったとか、力任せに
  ぶん殴られたとか、そんなわけじゃないんだろ」
G「そんなことあるわけねぇだろうが.....って、
  ところで、それ、ひょっとして実体験?」
H「うん。首絞められたこともあるよ(笑)」
G「お前って、すげえよなぁ。そんなことさらっと
  笑顔で言うなんてどんな神経してるんだよ。
  俺だったらストレスで生きる気力なくしちまうぜ、
  きっと...... でもさぁ、お前と話してると
  悩んでるのが馬鹿馬鹿しくなってきたよ(苦笑)」

さて、Hさんの描写が妙にリアルであることは
置いておくとして(笑)、このHさんの場合、一般には
「神経が図太い」なんて表現を使うかもしれませんが、
実際に神経が太いなんてことはまずありません。
恐らく、この場合、大脳(特に前頭葉などの
高次の精神活動を司る部分)のネットワークが
うまく働いて、外界からの精神的ストレスによって
くじけないような精神状態を作り出していると
考えればよいと思います。
してみると、Hさんのような方の場合、
「神経が図太い」というより、
「大脳の高次機能を司る細胞のネットワークの連携がよい」
と言った方が正確といえるかもしれません。


実は、こんなふうに例を挙げていくと、
他にも「内分泌系」「骨などの支持組織」「消化器系」
なんて、いくつも挙げられるのですが、
このへんで止めておいた方が良いと思います。
というのも、これ以上細かく分けても
あまり意味がないと思うからです。

さて、例を出し尽くしたところで、
早く結論を急ぎたいところですが、
ここで、こんな例え話をしましょう。
「CPUの性能がいいパソコン、メモリが多いパソコン、
グラフィックカードがいいパソコン、
ハードディスクの容量が多いパソコン、
どのパソコンを買うべき?」
もし、こんな質問をされたら、どう答えますか?

もちろん答えはさまざまでしょうが
「極端にどれかが劣っておらず、一通りの水準を
満たしているものを基準として考えて、
それ以外はその人のニーズに合ったものを
買うのが良いだろう」
という程度の無難な答ならば
たいがいの人がうなづいてくれるでしょう。

人の健康状態についても、
もちろん同様のことが言えるわけでして、
極端に消化器系が弱いとか、風邪をひきやすい人は、
いくら代謝活性が良かったとしても
あまり丈夫とは思われないでしょう。

また、パソコンの場合でも、
グラフィック機能を高めるために
グラフィックカードだけ最新のものにしても、
CPUがたいしたことのないものであったのなら
あまり良い映像は期待できないように、
心肺機能が弱い人が耐乳酸能力を高めようとしても
なかなかうまくいくものではありません。

さらに、人の体の場合、パソコンのように
簡単に性能を高められるパーツだけで
できているわけではありません。
例えば、筋肉や心肺機能はトレーニングによって
鍛えられますが、自分の意志で動かすのが
なかなか難しい部分はトレーニングしようにも
できないのです。
そんなわけで、「あんまり丈夫でない大学生」さんへの
答えのまとめとしては

・「丈夫」と言っても何が丈夫かは一口では言えない。
・ただ、全体的な機能が水準以上でないと
 少なくとも「丈夫」とは言えないようだ。
・丈夫になるために、鍛えられる部分と
 鍛えられない部分がある。

ということでしょうか。
で、とりあえず、
「手っとり早く鍛えられる筋肉と心肺機能から
トレーニングするのがよいのではないか」
というのが教育学部体育学スポーツ科学科の
(一応は)学士である僕からの提案であり、そして、
「自分の体の弱い部分がどこなのかを自分で把握し
(場合によってはかかりつけのお医者さんや
健康診断などを利用しながら)、
弱いところをいたわるようにする」
というのが、医者の卵である僕からの提案です。

昔は「丈夫な人」を扱っていて、
今は「あまり丈夫でない人」を扱っている
学生の意見ということで、
こんなところで納得して下さいませ。

1999-02-04-THU


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