DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える
医事相談室」

「ガンが治療可能になるのはいつ?」

Q、ガンが治療可能になる時代が、
いずれくると言われていますが、
それは、いつ頃のことでしょうか?
また、どういった治療法が
もっとも可能性が高いのですか?
(親戚がみんなガンで死んでいる中年男より)

皆さんお元気でしょうか。

杉花粉症に15年来悩まされ続けている僕としては
とても元気とは言い難い感じですが、
早めに薬を飲み始めると
だいたいどんな経過をたどるかが分かっているので、
周りの方が心配されるほどには苦痛ではない感じです。

それでも、目の玉を取り出してゴシゴシ擦りたいほど
痒くなるときはさすがに辛いんですがね。

杉花粉症でお悩みの皆様には
「一緒にこの季節を乗り切りましょう!」
とメッセージを送らせてもらいます。


さてさて、前回は「老衰」と「死因」についての質問で、
一部でガンに関することにも触れましたが、
今回はそのものズバリガンに関する質問ですね。
質問された「中年男」さんは、親戚がみんな
ガンでお亡くなりになっていることから、
漠然とした不安に襲われることも多いのだろうと思います。

というわけで、その不安を払拭するために、
「ガンが治療可能になる時代がくるかどうか」
ということはとても意義深い問題なのですが、
これに対する端的な答えは
「Yesであり、Noでもある」
という感じです。

「またまたぁ、そうやって読者をいつものように
 煙に巻こうとしてるんじゃないの」
と、外野から声が飛んできそうなんですが、
実はそのとおりです(笑)。
確かに煙に巻こうとして入るんですが、
実際にこれが事実だったりもするんです。

例えば、具体的なガンについて考えてみましょう。
あまり馴染みのないガンですが、
甲状腺癌というガンがあります。
ところが、一口で甲状腺癌と申しましても、
これがたくさん種類があるのでして、
・乳頭腺癌 ・濾胞腺癌 ・未分化癌 ・髄様癌
と、病理学的に分けることができます。

実は、こいつらの性質は、同じ甲状腺癌という名前が
付いているくせに全然違っています。
例えば、一番たちのいい乳頭腺癌は、10年生存率が
90%を超えるものでして、なかなか大きくならず、
血液を介して他の組織に転移することも
ほとんどありません。
(『患者よガンと闘うな』の近藤誠さん流にいうと
 「がんもどき」となるんでしょうね)
ところが、一番たちの悪い未分化癌になりますと、
10年生存率はゼロです。

医学の教科書が
こういう統計で断言することはとても珍しいのですが、
おっそろしいことに、ゼロなのです。
このガンは発育も急速で、転移することも多く、
診断されても他のガンのように
積極的に手術をすることもありません。
化学療法や放射線治療をすることもありますが、
根治することは不可能です。

さあ、この甲状腺癌の例でも分かるように、
一口にガンと言っても(それも同じ臓器のガンであっても)
全然性質が違うものなのです。
じゃあ、一体、ガンに共通する性質は何なのか、
それが分かれば治療の方針が立つんじゃなかろうか、
という疑問をもたれた方、すばらしい、エクセレントです。
僕が格付け機関だったらトリプルAぐらい
あげちゃっても良いくらいですねぇ。
じゃあ、ざっと
悪性の腫瘍の特徴をあげることに致しましょう。

まずひとつ目は
『何になるかはっきりと分かっていない細胞である』
これを専門用語では、「分化していない」と言います。
細胞というのは、周りの環境に合わせて、
「俺は指の皮膚の細胞になろう」とか
「アタシは肝臓の細胞になろうかしら」と
何物かになろうとするのですが、ガン細胞の場合、
これがはっきり決まっていないものが多いのです。
中には、多少は分化して
周りの組織と似たような顔をする場合もありますが、
それでも本物とは違う顔をしているのです。

次に
『やたら増える細胞である』
これは一番目と関連するのですが、通常の器官の場合、
あるところまで増えたらそれ以上は増えないものです
(だって、全身が脳味噌になっちゃったら困りますよね)。
細胞にはあらかじめ、ある一定の条件の下で
自殺する暗号がプログラムされていて、
一定以上には増えないようになっています。
ところがガン細胞の場合、自分の周囲とはおかまいなしで
無制限に増え続けて、周りの正常な組織を圧迫して
迷惑をかけるというわけです。
普通の細胞の場合、生体から切り離されて
試験管やシャーレの中の培養液中で育つものは
少ないのですが、ガン細胞の場合、
そんな過酷な環境の中でも
勝手に増えていってしまったりもします。
もちろん、これも程度問題で、
先ほどの甲状腺の乳頭腺癌の場合のように、
ガンにしては比較的増えるのが遅いものもありますが。

3番目に
『周りの組織にジワジワと染み入っていく』
これを専門用語で「ガンが浸潤する」と言います。
ガン細胞の中には、周りの細胞どうしが仲良く
結合しているのを引き離して、自分がその間に
ぺたっと張り付く能力がありまして、
これによってだんだん正常組織と置き換わって、
もともとその器官が持っていた機能を
果たせなくなってしまうというわけです。

4番目に
『リンパ管や血管を介して他の組織までたどり着いて
 そこで増えることができる』
これがいわゆる転移というものです。
厄介なものでして、他の組織までたどり着くと、
上で述べた3つの性質を生かして
そこでも増えていくということになります。

さあ、ここまで読んできた方の中には、
だいぶ御気分が悪くなってきた方も
いらっしゃるんじゃないかと思います。
「アタシの体にそんな質の悪いものがいるかもしれない」
と思うと、居ても立っても入られなくなるような人も
いらっしゃることでしょう。
そんなアナタのために、
現在のところ実際に治療に使われている色々な方法と
その見通しについて述べていこうと思いましたが、
それを書き始めると
さすがにとんでもない量になりそうなので、
次回に回すことにします。

ところで、これを書いているのは日曜日なんですが、
今日の夜から来週の木曜日まで泊まり込みで
愛知県内の某病院で実習することになっています。
科は産婦人科ですので、お産や手術を見学して
実習することになるのでしょう。
汚い研修医の宿直室で泊まり込みながら
次回の原稿を練ることに致します。

それでは、次回をお楽しみに。

1999-03-04-THU


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