DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える
医事相談室」

成人T細胞白血病

Q、ほぼ日の放送、楽しくみてます。
hanageは、本当なの? と思いつつ、
KとMはどこまで差があるの? とまた疑問でした。
痛みといえば、骨折したとき、けん引でヒコツ神経を
圧迫したせいで、出産したことないけど、同じくらい痛い?
と思ったことがありました。

本題に入りたいのですが、
白血病の中でT型と呼ばれる物があるそうで、
九州地方の人からの感染だとか、
名前くらいしか知らない病気ですが、
何か須田さんの知っている良い解決策(治療法)
などがあれば教えてください。
検索しても突っ込んだとこまで、分からなかったんです。
「今のとこ、道はない」でもいいので、
よろしくお願いします。
(マツユキさん)



こんにちは
Medic須田です。

今回のマツユキさんは、
「佐賀県出身、身長165cm、26歳、既婚女性の松雪泰子」
の方のマツユキさんではありません。
期待した方、申し訳ありません。

松雪泰子さんで思い出したのですが、
質問のメールに混じって、ときどき、
「須田君の好きな女性のタイプは?」
なんてメールが来たりします。
僕のパソコンのデスクトップには、
たいがい、綺麗な女性が微笑んでいることが多く、
数々の女性が僕のパソコンライフに
彩りを与えてくれました。

今までデスクトップに飾られた人々は
ノリピー、本上まなみ、鈴木史華、奥菜恵、松嶋菜々子.....
などですが、時には気まぐれに宮内洋さんだったりします。

「誰だそれ」って?
仮面ライダーやジャッカー電撃隊なんかのヒーローものに
よく出ていたお兄さん(当時)ですよ。
僕と同年代か、それよりちょっと上の方だったら、
ブラウン管で彼の勇姿を見て
胸を高鳴らせた経験がおありでしょう。

とまあ、いろいろと浮気しつつも、
今のデスクトップには酒井美紀さんが微笑んでいます。
実は、彼女って同郷人なので
何となく愛着があるんですよね。

とまあ、どうでもいい話題はこのへんにしておいて、
今回は得体の知れない難病についての質問です。

この病気の正式な名称は「成人T細胞白血病」です
(英語ではadult T-cell leukemia という名前なので、
 以下、ATLと略称で書きます)。 

この病気、教科書的な説明では

「わが国南西部に見られるT細胞由来の白血病。
 この白血病細胞は花弁状に変形した特徴的な核型を示し、
 化学療法には反応せず、多くは1年以内に死亡する。
 しばしば皮膚反応を見る他、肺・消化管・骨病変を認め、
 高カルシウム血症を来す」。

というとても怖い病気です。

「ちょっと待ちんしゃい、そのT細胞って何じゃ?」

はいはい。ご説明申し上げます。
以前に、「医者はなぜ風邪を引かないのか」で
ご説明申し上げましたとおり、
体の中では白血球という
免疫活動を司る細胞が活動しています。
白血球の中にもいろいろな役割を持つ細胞がありまして、
その中のリンパ球という細胞のうち、
胸骨という骨の裏側にある胸腺という組織に由来する
リンパ球をT細胞と呼んでいるのです。

(T細胞の"T" とは、胸腺(=thymus)の頭文字です。
 フランス料理で豚の胸腺が食材として使われることが
 あるそうですが、この香りがタイムの香りと
 似ていることから胸腺のことをthymusと名付けたとか)

このT細胞というのは、免疫活動の中でとても
重要な役割を果たしておりまして、
「免疫活動の中軸を担っている」
とでも大ざっぱに考えて下さい。
まぁ、日本代表の中田ヒデトシ君のような働きを
免疫系チームの中で担っているといった感じでしょうか。

さてさて、話は変わりまして、次に、
白血病の説明を致します。
白血病というと、俗に「血液の癌」(癌についての説明は
「癌が治療可能になるのはいつ?」を参照下さい)
と言われるように、血液中の白血球などの細胞が
やたらと増えてしまう病気だと言えます。

「増えてくれるんだったらいいじゃん、
 たくさん働いてくれそうだしぃ」

なんて、のんきなことをいっているおネエちゃん、
読みが甘いですねぇ。
やたらと増えるものはたいがい質が悪いと
相場は決まっているものでして、
この場合でも、増えたは良いものの、
まともな働きをしないものが増えるので、
かえって体の免疫力は落ちてしまうのです。

で、白血病の中にも、どんな細胞が増えるかで
色んな型があるのです。
これを覚えるのに僕ら医師国家試験受験生は
とても苦労しているので、
皆さんにもこの苦労を分けて差し上げたいのですが(笑)、
ここでは、

「ATLもそのうちの一つであり、
 T細胞がウイルス感染により変異してしまい、
 やたらと増えていく病気なのだ」

ということだけを覚えておけば十分です。

(ちなみにエイズウイルスの標的となる細胞も
 ATLと同じT細胞なのですが、こちらの場合
 感染されたT細胞の数は増えるのではなく、
 逆に減っていきます。どちらにしろ、
 免疫力が落ちて、感染などが起こりやすくなる
 という点では変わりありませんが)

さて、この病気も白血病の一種ですから、
他の白血病と同様、何種類かの抗癌剤を
組み合わせた治療を行ないます。
ただ、ATLの症例のほとんどを占める急性型のものでは
5年生存率が10%を切っており、
小児の急性白血病のようには治ってくれないのです。
その意味では大変怖い病気であるのですが、
数十年・数百年というスパンで見ると、
だんだん少なくなっていく病気であろうことは
恐らく間違いありません。

「少なくなる? 治せるようになるんじゃなくて?」

そう、少なくなるんです。 
その理由をご説明申し上げましょう。

そもそも、ATLの原因は、上に書きましたとおり、
ATLウイルスの感染です。感染して発病したら
これが原因で亡くなることがほとんどです。
これだけ書くと、HIV並に怖いウイルスのように
思われますが、ATLウイルスの方がよほど質がいいのです。

というのは、感染しても発病する確率が極めて低いのです。
1988年から1989年にかけてわが国で行われた調査によると、
ATLウイルスのキャリアは日本全国で120万人(!)なのに
対し、患者数は600人から700人程度という数字から
そのことが分かるでしょう。
さらに、感染してから発病するまで数十年かかります。
何しろ、「成人性」T細胞白血病という名前が
付いているくらいですから、
発病する人はほとんど中高年で、年齢別発生率を見ると
60歳〜70歳にピークがあり、平均年齢は58歳という
調査があります。

「おいおい、120万人もキャリアがいるなんて、
 いくら発病率が少ないって言っても
 穏やかな話じゃねえなぁ。
 一体どこから感染したんだよ」

そう思われたアナタ、なかなか目の付け所がよろしい。
実は、多くはキャリアの母親の母乳を通じた母子感染です。
ただし、母親がウイルスを持っていても
100%が感染するのではなく、普通に授乳していた場合、
およそ15〜30%程度の感染率のようです。

感染を防ぐ方法としては、母乳をマイナス20度で
12時間凍結保存、あるいは56度で30分加温
することで、ウイルスの感染性はなくなるため、
母乳を与える場合は加熱・冷却処理をすることが
ひとつです。
また、母乳栄養期間を6ヶ月未満に短縮したり、
母乳栄養の禁止を行なうこともあるようです。
したがって、母親がウイルスのキャリアであることが
分かれば、子どもに感染する確率は低く抑えることは
可能です。
ただし、完全に人工栄養にしたとしても、
感染率は1〜5%位までしか抑えられないのが
辛いところではあります。
授乳期間を6ヶ月以内に抑えれば、
これとほぼ同じ感染率であることも
付け加えておきましょう。

また、輸血によって感染が起こる可能性もありますが、
こちらの方は1986年以来輸血用血液のチェックが
行われているので、輸血による感染の可能性は
ゼロに近いと言えます。

「あれれ? でも、この前、輸血でエイズウイルスに
 感染したって人のニュースをテレビで見たけど、
 ATLウイルスではそういうことはないの?」

と思われた方、とても鋭い。
確かにそうなのですが、ATLの場合は母子感染が多いため、
この場合、感染から抗体ができるまでの期間に
献血をすることはあり得ません。もちろん、
成人の男女間で感染することもないわけでは
ありませんから、確率が全くゼロであるとは
申し上げられませんが。

ともあれ、感染ルートの主たるものである
母乳による感染を注意することにより、
「長いスパンで見れば、数が少なくなる可能性が高い」
ということがお分かり戴けましたでしょうか。

今回も長くなりましたが、結論としては

「ATLのウイルスに感染している人自体は
 とても多いのだが、発病する人はごく一部である。
 ただし、ATLウイルスの感染を指摘された女性は
 授乳の際に医師の指示に従って、母乳栄養を
 制限する必要がある。
 不幸にもATLに罹ってしまった場合には
 他の白血病と同じような治療をすることになるが、
 劇的な効果は期待できない」

ということになります..........

とまあ、普通のお医者さんの相談室であれば、
ここで終わるのでしょうが、
暇な学生Medic須田としては、
もう少々書きたいことがあるんですねぇ。
というのも、マツユキさんの質問にある
「九州地方の人からの感染」という
地域性のことなどでいくつか面白いネタを
見つけちゃったものですから。

そんなわけで、次回は「ATLをめぐるあれこれ」と題して、
今回書ききれなかった興味深いお話などを
書きたいと思います。
ご期待下さいませ。

それでは、また。

1999-10-26-TUE


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