演劇評論という仕事(その1)
糸井重里さま
はじめてお目にかかったとき、私は23歳でした。
あれから20年近くたったのですから、歳もとるはず。
朝、洗面台に向かうと、見知らぬ中年男が鏡のなかにいるので、
目をそらしたくなります。
このごろは、にらみ返すようにしていますが。
26歳のときにはじめた演劇評論に専念するようになって、
早くも2年が過ぎました。
「演劇評論家の長谷部さん」と紹介されると、
こんな質問がやってきます。
「ひと月に、何本くらい見るんですか?」
「演劇関係者って、居酒屋で議論して、
殴り合ったりするんでしょう?」
「女優さんと仲よくなれたりするんするんですよね?」
とりあえず、答えてしまいましょうか。
「平均して月に20本くらいです」
(多分、批評家のなかでは少ないほうです)
「この10年はそんな話、とんと聞きません」
(私の知らないところでは、やっているかもしれません)
「そんなこと、ぜんぜんないです」
(そりゃ、何人か友達はいますが)
今月は芸術祭の委員をしているので、
デューティとして、30本。
芸術祭に参加していない芝居にも、見たいものが
たくさんあるので、40本になるでしょうか。
マチネとソワレ一日に二本見る日もあるんですよ。
たとえば、今週の予定は、
月曜日 |
18時 |
「皇帝」 |
(宝塚1000daysシアター) |
火曜日 |
14時 |
「二人だけの舞踏会」 |
(東京芸術劇場小ホール) |
水曜日 |
12時 |
「伽羅先代萩」 |
(国立劇場) |
19時 |
「ディア・ライアー」 |
(新国立劇場中劇場) |
木曜日 |
19時 |
「えにし祭」 |
(国立能楽堂) |
金曜日 |
19時半 |
「夏の砂の上」 |
(青山円形劇場) |
土曜日 |
14時半 |
「死と乙女」 |
(下北沢小劇場) |
19時 |
「春のめざめ」 |
(ベニサン・ピット) |
日曜日 |
16時半 |
「暗闇の丑松」 |
(歌舞伎座) |
書き写していてもくらくらしてきますが、
これを「お芝居三昧で、のんきな生活ねえ」と思うか、
「頭のなか、ぐちゃぐちゃにならない?」と心配するか、
意見は分かれるところです。
もちろん、この間をぬって、原稿を書き、朝食の準備をし、
学校に講義にいき、プーアール茶をいれ、
資料を読むわけですから、
「世の中、楽な商売はない」。
でも、好きなんだと思います。
楽しみにしている芝居だと、席について、客電が落ちて
真っ暗になる、その10何秒かは、どきどきしますからね。
もっとも、ときには、はじまって5分で裏切られて、
残りの1時間55分、絶望の淵に沈んだりもするわけですが、
「遅刻できない、寝られない、途中で出られない」のが、
招待で見ている者の鉄則。
特に「劇場で寝るのは、批評家の恥」と教えられてきました。
あ、招待状は一日に平均して5通いただきます。
と、いうことは、
毎日お芝居に通っても、1/5しか見られない!
とすれば、何を見に行くか決めるところで、
まず私の仕事ははじまっているんです。
芝居の結果を予想してしまうわけです。
怖いことです。
今度お便りするときは、
演劇批評の仕事のなかみについて書きますね。
寒くなってきたので、釣りにいらっしゃるときは、
くれぐれも風邪など召しませぬように。
平成十年十一月三日
長谷部浩 拝
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