Drama
長谷部浩の
「劇場で死にたい」

名前の不思議

糸井重里さま

今日は中沢新一さんと大学の友人たち4人で、
加納幸和の花組芝居「怪誕 身毒丸」を
博品館劇場で見てきました。
歌舞伎の「合邦」をベースに、
インドの天上界に設定を移したお芝居。
いつもながら加納さんの嗅覚は、原歌舞伎の核心を探して、
信頼にたるものがあります。
神話、説話に興味があるひとには、おすすめです。

さて、「名前の不思議」について話しますね。
このあいだひさしぶりに事務所におじゃましたとき、
糸井さんは、私を前にして、
「個体の特定」と「現在の職業」を、
かたわらにいたムラマツさんにどう伝えたらいいのか、
苦心していらっしゃいましたね。

26歳のころから演劇評論を、
会社勤めのかたわらやっていました。
雑誌に書いたり、単行本をだすのは「長谷部浩」です。
糸井さんは会社員としての私しかご存じなかったので、
本名の松野で、私という個体を認識していらっしゃいます。
ですが、15年前から、演劇関係者のあいだでは、
僕はずっと「長谷部」だったのです。
名前を呼ばれる機会、郵便物の宛名などを考えると、
本名が6、ペンネームが4くらいの割合だったでしょうか。

それが2年前から、一変しました。
9割9分が長谷部で、本名で呼ばれるのは月に一度あるかないか。
そうなると、私の意識のなかでは、本名がどんどん後退して、
たとえば銀行で「松野さん」と呼ばれても、
ぼーっとしていると、じぶんだとは気がつかないんです。
「え、あれ、僕のこと?」
てなかんじ。
たとえば、中沢さんは、今でも本名で呼びますが、
なにか、ざらざらした異和感さえ感じるようになりました。

ということは、
名前なんて、慣れればなんでもいいのね。
既婚の女性にこの話をしたら、
「あ、旧姓みたいなものね」
といっていました。
夫婦別姓が民法で認められていない現状では、
女性の半数以上は、人生の途中で名前が変わります。
次第に新しい名前に慣れていくのがふつうです。
自分の名前と「私」が、一生イコールだと信じているのは、
ペンネームを持たない男性が多い、といえそうです。

芸能人や物書きは、おそらく7〜8割が
ペンネームを持っています。
文芸年鑑の名簿には、本名を書く欄があるくらいですから。
ところが、パソコン通信、インターネットができてから、
ちょっと事情が違ってきました。
多くの人が、バンドルネームを持つようになったのです。
ネットで熱心に活動している人は、
ハンドルネーム半分、本名半分くらいの意識で、
名前との距離を持っているのではないでしょうか。

不思議なのは、マスメディアで仕事をしている人は、
ネットでもその名前を、フルネームで名乗るケースが
ほとんどのようです。
僕の場合は、これ以上、個体の特定を
混乱させたくない気持ちが強いからでしょうか。
名前はふたつでたくさんという感じです。
糸井さんは、ハンドルネームで、
メールをだしたことってありますか?

平成十年十一月二十二日
長谷部浩

掲示板
中央大学のおともだちで、劇作家の黒田絵美子さんの芝居が、
12/4から13日まで、ストラプハウス美術館で上演されます。
タイトルは「天使の庭」。
翻訳家としても有名な黒田さんですが、
彼女の劇を見るのは、僕はこれがはじめて。
箱庭療法をモチーフにしたユニークな作品だと聞きました。
パフォーミング・アーツに興味がある人に、
ぴったりかもしれません。
問い合わせは、03-3374-2634(アロビ・コンセプト)です。

 

1998-11-27-FRI

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