『水の戯れ』(その二)
糸井重里さま
ダイニング部、次の予定が決まったそうで、
たのしみに、いや舌なめずりしています。
「かわはぎのきも和え」、今から楽しみ。
ポセイドンやら、恵比寿さまやら、
黒衣のマリアさまやら、海の神様を総動員して、
釣果のゆたかならんことを祈っております。
さて、「水の戯れ」の続きです。
11月のはじめか、10月の終わりだったでしょうか、
「水の戯れ」の作者、岩松了さんと
お目にかかる機会がありました。
これまでは、パーティで挨拶をしたり、
ファックスをやりとりするくらいで、
「盗まれたリアル」のインタビューをお願いするまでは、
きちんとお話ししたことがありませんでした。
7人の演劇人に話をうかがったなかでも、
岩松さんの語りは、率直にして深みがあり、
稽古場での厳密な演出ぶりがうかがわれました。
前回、竹中直人の会で上演した「テレビ・デイズ」が
小学館から本になったので、担当の荒木さんから、
ぜひ長谷部さんもいっしょに食事をしましょう
と誘われたのです。
よほどのことがないかぎり、現場の方々と
プライベートなおつきあいをすることはないのですが、
そのお誘いにのったのは、
こんないきさつがあったからです。
長年勤めた会社を依願退職して、
フリーの物書きになった直後、
グローブ座で、関西の199Q太陽族の公演がありました。
芝居が終わって、帰り道、岩松さんと一緒になり、
演劇批評に専念しますと報告したら、
「長谷部さんは、文章に色気があるから大丈夫だよ」
と言ってくださいました。
26歳から、細々と原稿は書き続けてきましたが、
著書も当時は2冊しかなく、
「大丈夫かなあ」とこころのなかは不安でいっぱいでした。
そういえば、昔、糸井さんに、
「フリーになったら、サラリーマン時代の
三倍の売り上げがなくっちゃダメ」
といわれたよなあ。
でも、そんなに書けるわけないよなあ。
と思ったりしていたころです。
尊敬する岩松さんの一言で、
フリー一年生のこころがどんなに救われたことか。
岩松さんは、前回にも書いたように、
人間の悪意から目をそらさない作家ですが、
本当にやさしく、しかも絵空事ではなく、
励ましてくれるものよなあ。
とても感謝していたのです。
そんなこともあって、荒木さんの誘いを受けて、
渋谷のイタリア料理店に出かけました。
喫茶店で原稿を書く話。
気晴らしにパチンコ店に入り、しこたますった話など、
劇作家の厳しい生活がうかがわれて、楽しくすごしました。
「水の戯れ」は、
第二幕を書き終わったところだとおっしゃっていましたが、
僕が、
「樋口可南子って、すべてを捨てて、
駆け落ちしたくなる女優さんですよね。
それにどこか影がある」
といったら、
「あぁ、そうだね。未亡人の設定にしたから、
はずれてはいないかもしれないね」
と答えてくれました。
人間はどこかで、今かかえている人生をやりなおしたい、
極端に言えば、ご破算にしたい誘惑に
かられるときがあります。
ブリキの自発団にかつて在籍して、
今はフリーで活躍している山下千景さんにも、
人が無理矢理、眠らせている誘惑を
駆り立てるちからを感じることがありました。
岩松さんは、この誘惑をどんなふうに、
芝居のなかで描き出すのだろう。
そんなことを考えながら、ふたりと別れて渋谷の街を、
駐車場に向けて一人で歩いた覚えがあります。
さて、現実の舞台はどうだったのでしょうか。
次回はようやく、本多劇場にたどり着きます。
長谷部浩
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