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が、
感心して探求する感心なページ。

第4回 日本トゥバホーメイ協会代表、歌う。



田中 ボロットさんのような倍音唱法っていうのは、
アルタイやモンゴル、トゥバなど中央アジアに
かたまってあるんですよね。
先日お話を伺ったときに、他の地域でも
「オーバー・トーン・シンギング
 (Over Tone Singing)」
といって、
他の地域にも点として存在するという
お話が、面白いなと思ったんです。
巻上 ベトナム人のホーミーとかの専門家で
トラン・カン・ハイって人がいるんですよ。
彼がパリに住んでて、
民族音楽の研究をやってるのね。
彼がヨーロッパ人にいっぱい教えてるのね。
これがモンゴルのホーミーだ、って言って。
でも誰が聴いても

モンゴルのホーミーじゃないんだよね。
彼がやってるのは、
彼の独自の

「オーバー・トーン・シンギング」なんだよ。
田中 あ、自己流にやってるわけですね(笑)。
巻上 そう。
だけど彼は「これがホーミーだ」と
言い張ってやってるんですよ(笑)。
で、それがヨーロッパに伝わってる。
田中 方言がそのまま定着してるわけですね。
巻上 そうそう。
とっても教えるの上手な人なのね。
田中 正確かどうかは別にして、
教えるのだけは上手いわけですね(笑)。
巻上 うん!しかも喋りも達者なんですよ。
彼のせいで、ほとんどヨーロッパは、
「オーバー・トーン・シンギング」の

スタイルかな。
「洞穴唱法」とも言えるんだけど。
田中 洞穴唱法?
巻上 口の中を洞穴みたいにして、
そこに響かせるっていう。
田中 あ、口腔を楽器にするような考え方ですか?
巻上 そう、洞穴にして。
でも、ホーミーとかホーメイとか、
アルタイのカイは、
喉から出てくるんですよ。
田中 「喉歌」って言われますよね。ええ。
巻上 洞穴の部分も使うんだけど、
喉の方から出てくるの。
田中 そこが違うんですね。
でもヨーロッパのほうでは、
その洞穴のほうがメジャーになってきてるわけですね。
巻上 あ、ちょっとやってみましょうか。
田中 お願いします。
巻上 これがね、洞穴唱法です。
( クリックすると聞くことができます)
田中 凄いですね(笑)。ビンビン来ます。
巻上 これが、洞穴に響いている音。
洞穴の中に風が通って、響いてる音なんですよ。
これはね、日本人でもけっこうやる人が昔からいますよね。

そして、これが、トゥバの「ホーメイ」
(クリックすると聞くことができます)
田中 あぁ(拍手)。違いますね。
巻上 違うんですよ。
もうひとつその「ホーメイ」の中で、
高いほうだけ強調する、
つまりみんなが知ってる
「あ、それホーミーね」みたいなのもの。
それは、トゥバでは「スグット」って言います。
(クリックすると聞くことができます)
口笛みたいな音を強調するっていうやり方ですよ。
田中 凄いですねー。
巻上さん、それに興味を持たれたのは、
そもそもボロットさんに出会う前から、
倍音唱法に興味を持たれてたわけですよね。
巻上 そう、ほんとに強く思ったのは、
94年に田中泯(たなかみん)さんという方が
アムステルダムでオペラに出たんですよ。
そのオペラの中で、トゥバ人のホーメイ歌手たちが、
6、7人出てたのかな。
同じアジアの顔してるっていうんで、
そこで知りあったらしいんですよ。
田中 ははははは。
巻上 みんな寂しそうにしてたんで、
「お前ら、日本に呼んでやるよ」といって。
泯さんがやっている

白州のアート・フェスティバルに、
彼らを呼んだんですよ。
そこでその人たちに会ったんですよ。
その頃はね、「トゥバ」って名前も、
僕自身もよくわかんなかったし、
白州のアート・フェスティバルのほうでも、
「トーワ」って書いてあったしね。
もう名前すらね、うまくわかんない。
そのちょっと前ぐらいにね、
『ファインマンさん最後の冒険』っていうのがね、
岩波から出てるんですよ。
田中 え、物理学者のリチャード P. ファインマン!

  
<ワンポイント解説>
リチャード P.ファインマン
ノーベル賞受賞の物理学者。
第2次世界大戦中は原爆の開発を目的とした
マンハッタン計画で重要な役割を果たす。
1918年ニューヨーク市生まれ。
1988年2月に死去。
1965年にシュウィンガー・朝永振一郎と共に
ノーベル物理学賞を受賞。
エッセイも有名。
 
巻上 そう、ファインマンさん。
ファインマンさんね、
ものすごくトゥバに行きたかったの。
田中 なんで、また(笑)。
巻上 ほんとに(笑)。
招待状まで取って、もう行くって算段になったんだけど、
ほらガンで死んじゃったでしょ?
田中 え?
それはホーメイに興味があったからなんですか?
巻上 それが違うの(笑)。
都市の名前クイズみたいなのを仲間内でやってて、
子音だけの名前の都市があるっていう話になったの。
「そんなのは、ないっ!」って、
ファインマンさんが言ったんだけど、
あったわけ。
それが、トゥバの首都なんですよ、たまたま(笑)。
「kyzyl」っていう街がある‥‥。
田中 え?
どうやって発音するんですか?
巻上 「クィゾゥ」。ま、「キジル」とか言ってるけどね。
それで、その街に不思議な歌唱法があるだとか、
いろんな手紙のやりとりをしたりという話が、
本になってるんですよ。
岩波から出てるその本には
「トゥバ」は「チューバ」って書いてありますね、
ま、確かに英語からね訳すとね、
たぶん「tuva」だから、
「チューバ」って読んだんでしょうね。
だからね、なかなかほんとの発音がわからなくて、
どう表記するかも定まって無かった。
そこに『トゥバ紀行』っていう本が出て、
言語学者の田中克彦さんって人が翻訳したんですけど。
田中 ああ、はい、『ことばと国家』の人ですね。
巻上 うん。
その人が「トゥバ」っていうふうに、
ちゃんと表記したわけですよ。
そんな感じですからね、
ほんとに知られてなかったころですよ。
で、95年にトゥバに行って。
「世界ユネスコ・ホーメイ会議」っていうのが
あったんですよ。
田中 ホーメイで会議ですか(笑)。
いろんなとこに顔出しますねえ。
巻上 なぜその会議が開催されたかと言うと、
その前の年かその前の年に、
モンゴルが、
世界遺産っていうのかな、
無形文化財としてのホーミーを、
これはうち一国の文化であるというふうに届け出をした。
そうしたら、周辺諸国が怒った。
田中 あー、勝手にやりやがってと。
巻上 その文化は、モンゴルだけのもんじゃない。
アルタイの周辺にいっぱいあるんですよね。
特にトゥバはね、モンゴルよりやる人多いんですよ。
田中 あー、盛んなわけですね(笑)。
巻上 そう、圧倒的に盛んなわけですよ。
5人にひとりぐらいやるんじゃないかってぐらい。
そのへんにいる警察官の人がね、
「いや、俺は下手だよ」っていいながらも
「ニ゛ィ〜」とかやりはじめちゃう!?
それがすごく上手かったりするんですよ。
そこへいくとモンゴルでは
できるひとはほとんどいない。
田中 はぁ〜(笑)。

<ワンポイント考察>
みなさん、巻上さんの歌声に驚いていただけました?
職場でお楽しみの「ほぼ日」読者におかれましては、
周りにけげんな顔をされたことと予想しておりますが、
今日は誰もひとがいない時を見はからって、
大音量で聞いていただきたいと思います。

はじめてこのコーナーに訪れていただいた方には、
「君、これをどうビジネスに
 役立てるつもりかね?」とつっこまれそうですね。
ご安心ください。
まだまだこの話は序の口でありますからして、
強く実用をお求めの諸兄、
「本日はアイドリング」とお考えください。
ま、ホーメイの歌いわけができると、
宴席ではかなりな人気者になれると思うのですが。
忘年会向きの大ネタですから、
今から練習のしがいがあるはずですよ。

それにしてもファインマンまで出てくるとは。
田中克彦『ことばと国家』(岩波新書)は、
「母国語」という言葉を疑う名著です。
ぜひご一読を。
 

2003-05-23-FRI

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