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が、
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第7回 声をのせるメディアを語る。



田中 ボイス・パフォーマンスの時って、
マイクとかPAとかっていうのは、
どうなってるんですか?
巻上 マイクは使いますよ。
使わないときもあるけど。
マイクでしか出せない声ってのもあるんです。
マイクの表現って、すごい重要なんですよ。
田中 あ、マイクの使い方ってことですか?
巻上 みんなが知ってる
ほとんどの歌っていうのは、
マイクの歌なんですよ。
だから、みんなの耳もマイクに慣れてるんです。
田中 あ、マイクを通した声に慣れてるということですね。
巻上 現代のポピュラー・ソング、ロックの歌とかは、
全てマイクのパフォーマンスですよ。
だから、そういう歌い方が確立してるわけ。

マイクの無い歌い方を挙げるのではあれば、
オペラなどが、それにあたるわけです。
田中 はいはいはい。
巻上 どんだけマイク無しで響かせてやるか(笑)。
オーケストラに負けないように歌うか、とかさ。
オペラのための劇場っていうのもあって、
声を出すと、ちゃんと後ろに助けてくれる壁がある。
でも、通常僕らがやるとこっていうのは、
たいていの場合は、
そういう壁が無かったり、
音が響かないような空間が多いですよね。
その場合は、マイクの助けが必要なんです。
アルタイとかモンゴルとかトゥバの人たちの
日本でのコンサートのアンケート読むとね、
必ず、「生の声が聴きたかった」って人が多いんです。
どうやら、みなさんは
普段は生で草原で歌ってると思ってるしいんですよ。
田中 あ、イメージとしては、
そのほうが浮かびやすいですものね。
巻上 考えてみればね、
この人たちプロだって思えば、
母国でもいっぱい人がいて、
いろんな人の前でやってるってわかると思うんだけど、
すごい想像力が貧困で(笑)。
むしろ、幻想的に思い込んでてね。
「草原で歌ってる人がやって来たよ」とか
思ってるんですよ。
それはまあ、ある種、日本人の郷愁ですし
商売的にはいいんだろうけど。
実際は違いますよね(笑)。
ほんとにプロフェッショナルなんだから
大勢の人の前でやってるわけで、
そういう所では
もちろんマイクもスピーカーもありますよね。
共産主義ですからね、いっぱいありますよ(笑)。
むしろマイクもスピーカーも好きなくらいですよ。
田中 大衆を扇動するようなものは好きそうですよね。
巻上 音はデカいやつが好きだしね。
田中 でも、イメージとしてね、
やっぱり草原で歌ってた人がポッと来た、
みたいなのを求めるんでしょうね(笑)。
巻上 そういう人がやるとね、
プレゼンテーションとして難しいですね。
確かにそういう人もいますよ。
でもワン・ステージ通して
プレゼンテーションが上手くいくかっていうと、
そうはいかない。
上手く紹介のしかたを、
今度こっちが考えなければ、難しいですね。
田中 向こうでスターでもあり、
ちゃんとマイクを使い、
キチッとした音響のところで、
多くの人を相手にしている人だから、
日本に来ても
うまくプレゼンテーションができるということですよね。
巻上 そう、ちゃんとできるんですよ。
そういう人しか、日本にも来れないですよね。
今泉 いま普通の生活をしてる人も、
マイクを使って歌ったり話したりする機会って、
多いですよね。
カラオケ行ったら、
すごい狭いところでも必ずマイクを使うし、
例えば、会議とかでも、プレゼンテーションの場って、
ある程度の広さになったら、
マイクを付けてやりますよね。
マイクの前で話すことって、
わりと当たり前になってると思うんですけど。
でも、そのマイクにどういう声をのせるかって、
たぶん誰も考えてないような気がするんですね。
だから、マイクはマイクで、
いつも使えて当たり前だけども、
マイクの手前の声っていうのが、
たぶん違うんじゃないかと。
響かせるような声を、
マイクにちゃんと響くようにのせてるから、
説得力のある音が出るんじゃないか
という気がするんですよね。
巻上 自分でうまく聴き取れればね、
マイクの音を聴きながら、
自分の声を変えられるんですよ。
だいたい僕らはそうするんですけれど、
ロックの場合、不幸なことにね、
エンジニアがいるんですよ。
このエンジニアの中でも、
耳がおかしいんじゃないのかな、っていう人が、
ま、約半数、いますね。
もちろん優秀な人もいるんだけど。
半数ぐらいのエンジニアは、
耳が遠いです。
田中 それは、毒されてるということなんですか?
巻上 いや、もう、おかしくなっちゃったんでしょう。
田中 あ、ヘッドフォンで聴きすぎて。
巻上 うん、ヘッドフォンとかデカい音を聴きすぎて。
コンサート行くと、
たいていの普通の人はね、
音がデカ過ぎるって感じると思う。
田中 たしかに思いますね、ええ。
巻上 それを楽しむ音楽ならいいんだけど、
そうじゃなくて、
わりと普通のポップスとか、
フォークなんかでも、音がデカいんですよ。
これはね、明らかにエンジニアが悪いわけ。
歌ってるステージの人も
音が大きいってことに
気がつかないんです。
田中 あ、そうかそうか。
自分の歌ってる音を拾うわけじゃないですもんね。
巻上 うん、モニターの音と、
客席に出てる音が違うんです。
会場が大きくなり過ぎると
自分の声だけで、
マイクを上手くコントロールできないんですよ。

だから、信頼できるエンジニアとやればいいけど、
でも、まあ無理ですね。
そのあたりは、パフォーマーとして
ちょっとジレンマがあるんですよ。
そういう意味では
生でやりたい、っていうのは確かにある(笑)。
届く範囲でね。
田中 それは間違いのない表現の仕方になりますよね。
自分で品質のコントロールができるわけですものね。
どうしても大きな会場になると、
その品質保証の部分を、
人にゆだねちゃうことになるわけですね。
巻上 だから、まあ100人ぐらいで
響きのいいホールでやれば、生音でできるかな。
ボロットでも大丈夫だと思う。
田中 とくに、さっき出していただいたような声とかだと、
わりと響きやすいですよね。
巻上 そうですね。
ただ録音はしにくいですよ、この音は。
再生して聴くと、「なんか違う」と思う。
自分の出してるのと違うと思うんです。
田中 え?
なぜ録音しにくいんですかね?
巻上 ぜんぶ拾えないからだと思うね。
田中 はぁー。
田口ランディさんも先日言われてたのは、
ボロットさんのCD聴くと、
ぜんぶ聴けないからつまんなくて寝ちゃうと。
でも、生で聴いたときは
ほんとビックリしたと言われてたんです。
その、原音と、原音を再生したもので言うと、
ボロットさんのような歌は、
やっぱりギャップが出やすいジャンルなんですかね(笑)。
巻上 実際違うんですよ。
ほんとの音ってうまく録れないんです。
田中 ぜいたくな音ですね。
また、デジタル化されて、
ますますそうなってるってこともあるんですか?
巻上 あるでしょうね。
だんだん音は良くなってるんだけどね。
アナログで録音技術が
かなりのレベルまでいったけど、
また最初に戻っちゃったんです、
デジタルになったお蔭で。
田中 あ、それまでの録音技術のノウハウが
リセットされたわけですね、
巻上 うん、そこでまた、すごい低いレベルになって。
今また良くしようって、だんだんなってますけど。
CDは音悪いですよ。
田中 あ、CDは音が悪い?
巻上 CDはね、便利だけど、音が悪い。
田中 え?
それ、CDってメディア自体が、
音が悪いメディアなんですか。
巻上 うん、悪い。
だから、いい音が好きな人は、
レコードが好きなんですよ。
田中 はぁー。
巻上 深い音がするからね。
で、また、今度コンピューターの時代になって、
MP3とかで、
さらに悪くなったのをみんな聴いてるわけ。
田中 そのメディアに合った歌の作り方とか、
アレンジとかっていうことに、
なっていくんですよね。
巻上 だから、2つあるでしょうね。
まあ、ひとつは、
MP3とかMDでもいいし、
ちょっとした音があればいいっていう方向。
このインタビューでも
テープ起こしをする時のために
言葉がわかるくらいの録音レベルでいいじゃないですか。
そういう時にむしろ余計に他の音が入ってると、
聴き取りにくいですよね。
その一方で、
もうとても録音できないような、
深い世界の音があるっていう、
ひとつの世界をもっと充実させていく方向と。
ただ便利さを追求してね、
もうメロディー・ラインだけあればいいとか、
そういう方向はそれで進んでいくんだろうな。
田中 だから、今で言うと、
最終的に着メロになったらどうなんだろう、
っていうところまで考えて、
歌が作られている時代ですよね(笑)。
巻上 今、着歌ですよね(笑)。
田中 着歌でホーメイとかあったらおかしいでしょうね(笑)。
巻上 うん、出そうかなと思ってるんだけど。
田中 (笑)不気味がられますね。
巻上 出そうかな?
ボイス・パフォーマンスとか、
いいかも知れないよね。
こんな感じで。(と、歌う)
っていうのがあったら(笑)。
けっこういけんじゃないのかな。
ダウンロード数が1位とかね(笑)。
(ここでの会話を聞くことができます
 ここをクリック!)

<ワンポイント考察>
せいぜい自声が届く距離が、
100mとか200mぐらいだとすると、
拡声器の無い時代の政治家って、
重労働だったんでしょうね。
ギリシア・ローマ時代では、
演説するたびに喉から出血してたのか。
不憫であります。

技術が進歩して、
声のプレゼンテーションは変っていっても、
けっきょく声を届かせる原始メディアは、
楽器の役目を果たす体なんでしょうね。
とすると、詰まるところ、
人そのものがメディアなんじゃないかってことに
また戻るわけですね。
 

2003-05-28-WED

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