ほぼ日 |
その女学生ブームの中、
いわゆるスターとか
アイドルみたいな存在は
なかったんですか? |
小山 |
いましたよ。
女学生的なものの象徴が
「栄龍」(えいりゅう)という人なんです。
このブロマイドが「栄龍」さんです。
すごく人気があったんですよ。 |
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ほぼ日 |
栄龍!
グラビアアイドルみたいなもの?
現役女子高校生モデルかな? |
小山 |
(笑)ところが、この栄龍さんは
女学生ではないんです。
女学生の格好をしているけれど
本業は芸妓なんです。 |
ほぼ日 |
えっ! |
小山 |
新橋の芸妓さんなんです。
この人は、日露戦争が終わったあとに
三越が、元禄模様っていう流行を
仕掛けたんですね。
そのモデルをやっていたんです。
明治の後期から大正前期は
赤坂や新橋の芸妓さんが
憧れの的だったんですね。
彼女に限らず、ブロマイドが
たくさん残ってるんですが
なかでも栄龍は一番の人気だった
みたいですよ。
「栄龍のハイカラ姿6枚綴り」
とかっていうふうにして売られてて。 |
ほぼ日 |
三越って、流行を作るっていう
発想に長けていたんですね‥‥ |
小山 |
そうなんですよ。
美人コンテストなんかも、
三越でやはりやっていましたね。
芸妓さんの写真を展示して、
来てもらった人に、
どの子がいいかっていうのを
投票してもらったんです。
その時もやっぱり栄龍がいちばんなんですよ。 |
ほぼ日 |
栄龍さんは、ちょっと、
清楚な感じというか、
そんなにすれてない感じがしますよね。 |
小山 |
今とは「美人」の感覚が違いますね。
今の男の人はたいてい、
驚きますね(笑)。 |
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ほぼ日 |
あの、まゆ毛太くて、
鉤鼻で、ちょっと下膨れで、
これで引き目だったら
いわゆる浮世絵の美人顔ですね。
当時はこれが、最高の流行りの、
女学生的な美人だったんですね。
赤坂、新橋の芸妓さんが、
憧れの的だったっていうのは、面白いですね。 |
小山 |
国産グラビアモデルっていうのが、
どこから生まれたかっていうと、
彼女たちからなんです。
三越や白木屋の雑誌かなんかで、
お正月はこんなものを着ます、
とかっていうふうにして、
服装を公開したりとかですね、
してるんですよ。 |
ほぼ日 |
それだけ人気者になったら
スキャンダルはなかったのかな。
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小山 |
栄龍は、俳優の河合武雄っていう人と
つきあってるっていうことでも有名でした。 |
ほぼ日 |
郷ひろみとつきあってた
佳つ乃さんみたいな?
‥‥ちょっと古いかな。 |
小山 |
(笑)。 |
ほぼ日 |
カフェーのお話のときに、
女給さんがちょっと低く見られちゃった、
みたいな印象は、
ここにはないですね。 |
小山 |
そうですね、やっぱり新橋とか
赤坂の一流ともなると、
引退した後は、誰々さんの奥様、みたいな。 |
ほぼ日 |
ああ、そういう道が! |
小山 |
そうなんです。
政治家の奥さんとか、
大学教授の奥さんとかって、
芸妓さんだった人が多いんですよ。
伊藤博文とかの奥さんもそうですし。 |
ほぼ日 |
デヴィ・スカルノまで続く系譜だ。 |
小山 |
ええ、まあ(笑)。 |
ほぼ日 |
いまも、一流の芸妓さんやホステスさんって、
ものすごく勉強するそうですね。
教養が大事な職業と聞いたことがあります。
銀座の一流のホステスさん、
ジムで鍛えて新聞何紙もとって、
経済書から哲学書から文学まで読んでって。
一流のお客さまには
一流の対応をってことで。
そんな世界かなあ。 |
小山 |
当時の三越にはサロンみたいなものが
あったんですよ、社長室の隣に。
そこは文化人たちがフリーで
出入りする部屋だったんですけど、
そこにも、芸妓さんたちが、
やっぱり出入りしてたんですよ。 |
ほぼ日 |
すごい。
じゃ、栄龍さんも誰かの
奥さんになったんですね、きっと。 |
小山 |
栄龍さんはですね、実はですね‥‥。 |
ほぼ日 |
あら、ちょっと待って、
ドキドキ、なんか。
なにが、どんなドラマが?
ひょっとして美人薄命か‥‥。
それか、三越の奥さんに
なっちゃった、みたいな。 |
小山 |
これが、謎めいているんです。
当時の雑誌を読んでみますと、
栄龍さんは、この後、
腸チフスにかかってしまうんです。 |
ほぼ日 |
えーっ。 |
小山 |
「もう入院してしまったので、
栄龍が、もうこの世界に
戻ってくることはありません、
だから、もうこんな美人の
栄龍の絵はがきは、
2度と売られることはありません」
っていうふうに書いてあります。 |
ほぼ日 |
それが、アキンドだったらすごいですね。
最後に売るための手段として。
引退興行みたいな。
実はぜんぜん元気で。
その後の消息は謎のまま? |
小山 |
そうなんです。
おなじ三越のモデルで活躍してた
赤坂の芸妓さんが、
誰々の奥さんになった、
とかっていうのに比べて、
この人は忘れられてしまったんですよ。 |
ほぼ日 |
ほんとうに亡くなったかもしれませんね。
しかし‥‥眉毛太いですね。
1980年代みたい。
流行っておかしいですね(笑)。
日本だけの流行ですよね。
外人さんはどう見てたのかなあ。 |
小山 |
当時の外国人が、
日本のどんな女性を
美人だと思っていたかわかるのが
『日本美人帖』ですね。
明治41年に、アメリカの新聞社、
ヘラルド・トリビューン社が主催した
美人コンクールです。
芸妓さんじゃないほうがいいっていう
向こう側の要望があって、
一般から公募したんですね。
そしたら応募者が7千人! |
ほぼ日 |
すごい! |
小山 |
一次予選を通過した人が、
この写真帳に載ってるんです。
その中から選ばれたのが、
この写真の
スエヒロヒロコさんっていう
人なんですけど。 |
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ほぼ日 |
へえ! きれいだけど、それでも今とは
ほんとに違いますね。
スタイルも違いますね、やっぱりね。 |
小山 |
この人は、九州の
小倉市長の娘なんですよ。 |
ほぼ日 |
へぇ〜。
そうなんだ。いいとこのお嬢だ。 |
小山 |
学習院に通っていたんですよ、上京して。
中等科3年のとき、
何気なく応募しちゃったら
1位になっちゃって、
大騒ぎになっちゃって、
学校にバレちゃって、
「けしからん!」、退学です。 |
ほぼ日 |
ひゃあ、かわいそう!
学習院じゃしょうがないか‥‥。
いまだって、芸能活動禁止の
お嬢様学校、ありますものね。
でも気の毒にね。 |
小山 |
その当時の校長先生が、
乃木希典だったんですけど、
さすがに退学処分でほったらかしじゃ
かわいそうだから、っていうことで、
お婿さんを紹介してくれたみたいで。
めでたく、これを期に結婚という(笑)。 |
ほぼ日 |
乃木大将、気が利いてる!
スエヒロさん、よかったですね。
ところで、この、お化粧道具が
こんなに完全に残ってたのが
すごいですね。 |
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小山 |
今、持ってたらおしゃれですよね。
でも面白いのは、
真ん中のクシなんか、
髷(まげ)をきれいにする用で、
なんか、ちょっと江戸チックなんですよね。
そこにパリの香水なんかが入ってる。 |
ほぼ日 |
オードトワレかな。
このバラのかんざし、
リボンのかんざしなんかも
かわいいですよね。
当時から「お買い物」「おしゃれ」って
楽しかったんだろうなあ!!
展示してあるなかに、
三越が出したっていう、
家族で揃えたいファッションアイテムを
一覧にしたポスターがありましたね。 |
小山 |
「新案家庭衣裳あはせ」ですね。 |
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ほぼ日 |
これが面白くって。
ご主人、奥様、ご隠居、
御令嬢、御令息、坊ちゃん、お女中。
家族がこれだけの
ファッションアイテムを持っていると、
上等なご家庭ですよ、
っていうようなことを
三越が宣伝していたんですね。
情報であり、宣伝でもある。 |
小山 |
そうですね。
この広告が面白いのは、
これ、家族合わせの
ゲームになってるんです。 |
ほぼ日 |
あ、そうか。
バラバラに切り取って。
集めたりするんでしょうね。
カードゲームと広告が一緒になってる!
すごい! |
小山 |
さすがですよね。
ご主人が、まず帽子とネクタイ。 |
ほぼ日 |
胸紐と手袋、時計と鎖、
襟巻きと袴、外套と靴。 |
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小山 |
女性に比べて、洋服が多いですね。 |
ほぼ日 |
帽子もシルクハットですね。
明治44年。
ご主人、眼鏡かけてるしね。
で、奥様、これはきっと赤坂か、
新橋の芸妓さんだったか(笑)、
あるいは女学校出て、そのまま‥‥ |
小山 |
お嫁に来たか? みたいな。 |
ほぼ日 |
ですよね、きっとね。 |
小山 |
奥様の最初のアイテムは、裾模様と帯。
和服ですね。 |
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ほぼ日 |
コートと小紋。ショールと胸紐、
櫛と指輪、履物。
基本が和装なんですね。
やっぱ、洋服が当たり前になるのは
ずっと後ですか? |
小山 |
ずっと後ですね。 |
ほぼ日 |
そっかそっか。
で、ご隠居になると、
おじいちゃんもおばあちゃんも、
趣味の道具が入ってきますね。
茶器とか煙草入れ。
おばあちゃん、煙草のむんだ。 |
小山 |
つえもありますね。 |
ほぼ日 |
あとね、膝が辛かろうと
座り椅子(笑)。
三越、さすが商売上手。 |
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小山 |
上手ですよね。 |
ほぼ日 |
子どもたちにも
ちゃんといいものを買いましょうって。
御令息、もう時計を買ってもらってますよ。
男の子は洋装が多いですね。
坊ちゃんは「海軍服」だって。 |
小山 |
そうですね、制服の原点。 |
ほぼ日 |
セーラー服ですもんね。 |
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ほぼ日 |
それでね、お女中にも、
とってもよくしてるんですね。
彼女、住み込みですよね。
櫛や鏡、化粧品も
揃えてあげるんですね。
家族同然にしてあげてたってことですよね。 |
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小山 |
そうですね。
着物を着せて、髪飾りも付けて、
お化粧品も、傘も、うちにいる以上、
ちゃんとしなさい、っていう。 |
ほぼ日 |
あ、ここでお女中の着物に
「銘仙」が出てきますね。
この話は次回じっくりお聞きしますね。
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