糸井 |
源内の時代は、
西洋型の進んだ文化というのが、
ユートピアのようにあるっていう
幻想を持てたっていう時代ですよね。
援軍といるっていう実感が。 |
芳賀 |
ユートピアがはっきりこう見えてきた。
それから、わりあい実感できるようになってきた。
オランダ人たちが毎年春に
長崎から江戸にやって来ると‥‥。 |
糸井 |
すごいものを持ってくるわけですね。 |
芳賀 |
長崎屋っていう宿屋に泊まりましてね。
日本橋の近くの。そうすると、
源内も玄白も桂川甫周も、
周りの漢方医のお医者さん、
それからちょっと物好きなお金持ちの、
商家の旦那までそこに行ってね、
よしよし、どんな面白いものがあるかなぁ?
さあ、どんな面白い話をしてくれるかな、
って、みんな、行くわけです。 |
糸井 |
はぁーっ。 |
【長崎屋:葛飾北斎『画本東都遊』より】たばこと塩の博物館蔵
|
芳賀 |
そうすると、オランダ人がヒュッと
寒暖計を出してきて見せたり。
それから、知恵の輪。あれを出してきて、
これ、解けるでしょうかね?
って日本人のお客に回す。 |
糸井 |
たまんないですね! |
芳賀 |
そういうの、源内は、パッと解いちゃうんですね。
だから、寒暖計も、グルーッと回す。
すると源内、こう見て、
あ! わかった、と言って、
それを作って、オランダ人に見せる。
東西一緒の、いわば、サロンがあった。
で、そこがまたひとつの重要な刺激、
知的刺激の源泉になった。
そうやって日本の知識人、
あるいは疑似インテリたちと交流している間に、
オランダ側も、今、日本人はどんなことを
面白がっているのか、っていうことを察知して、
次々と面白い機械を持ってくるわけですよ。
で、それが一部分、今回展示してありますね、
テルモメートルとか、地震計とか、
エレキテルとか、メガホンなんてものまでね。
なんでメガホンなんか珍しがったのかと
思うけども、そんなもんまでいろいろと
持ってきていたんですね。 |
糸井 |
「どうだ!」という感じなんですね? |
【温度計】個人蔵、オランダ(フランス製)
【震雷験器】個人蔵、オランダ
【医療用エレキテル】ヴィンセント・ネリス・アンティーク蔵、アムステルダム、オランダ
|
芳賀 |
うん、日本人がみんな、また、
「なるほど!」といってそれを面白がって
争って買った。それからいろんな、
オランダ語の、ヨーロッパで出た解剖学の本とか、
博物学の本とか。それから百科事典のたぐい。
それを江戸までもってきて。
そうすると江戸で待ちかまえていた、
知識市民が買う。その中でまた平賀源内が、
いちばん高いものをバンッて
買ったりするんですね。 |
【『百工秘術』:ブリューシュ『自然の景観』】岡崎市美術博物館蔵
|
糸井 |
すっごい好奇心の強い生徒を持った
先生みたいな立場ですね。 |
芳賀 |
ああ、そうですね、ほんとね。うん。 |
糸井 |
あー。ちょうど今のお話聞いてたら、
今の日本の停滞を思いました。
ちょっと前まで、アメリカ、ヨーロッパには
もっとすごいものがあるって、ずーっと信じて、
その、おみやげを買ってきたら
群がるっていうことを繰り返してましたね。
それがどうやら、
普通に考えると越えちゃったぞ、
って思ったときに、
停滞が始まったと思うんですね。
ちょうどまた、平成になったとか。
いろんなところで。 |
芳賀 |
うんうん、そういうのありますねぇ、
やっぱりねぇ。ちょっと時代の
気運、気分が変わってきた。 |
糸井 |
そうですねぇ。 |
芳賀 |
国民はなんか、はっきりは自覚しないけども
気がついてみると、なんか様子が変わってる。
そのことを杉田玄白は
「なんとなく」という言葉で言ってます。 |
糸井 |
はぁーっ。 |
芳賀 |
うまいんだ。あのね、1ページに1回、
「なんとなく」って言葉を使いますよ。
somehow っていうんですね。
なんとなく時代が変わってきて、
オランダあたりのものを持ってても、
ぜんぜんおとなげがなくなった。
なんとなく自分も
オランダ語を勉強してみたくなった。
なんとなくこの『ターヘル・アナトミア』
って本が入ってきて、
なんとなくそれが欲しいと思った。
つまり、1750年代、60年代、70年代のころに、
徐々に徐々に、そういう西洋に対して、
一種の寛容な規制緩和が行われてきた。
やっぱり田沼意次のリベラリズムが、
一般社会の中にも浸透してきて。 |
糸井 |
殖産ってことを考えると、それを入れたほうが、
効率は、まあ、いいわけですもんね。 |
芳賀 |
田沼は、ちゃんとそのことはわかってますからね。
田沼もなかなか開明派の面白い人でした。
賄賂を使ったことで評判悪いけども、
賄賂を使うくらいでなきゃね、あのころね。 |
糸井 |
つまり、政治的力量はすごかったと。 |
芳賀 |
ちょっと才覚のある人なら、
どっかからお金を集めてきて
田沼意次にあげれば。
で、その本人に実力があれば、
おお、そうか、愛いやつだ、ってんで、
今で言う課長、部長待遇にしてあげたりする。
そうすると、よーく働くわけでしょ?
順番に試験をやって、
彼は何等か、何等か、なんてやるよりは、ね。
まあ、賄賂っていうのは、
自由化の潤滑油でもあった。
だから、田沼について、汚職の権化だ、
みたいにいうのは、近代風の、
アメリカの影響を受けた日本人の
考えることであって。
我々はもっと寛容に、
賄賂は、悪くはなかった、
あの時代においてはね。
今は、あれでしょうけどね。 |
糸井 |
プロテスタンティズムの見方ですね、
つまりそれは。 |
芳賀 |
そうですね。そうですよ。
ひじょうに、なんでも、ピューリタンなね。 |
糸井 |
そうですねー。 |
芳賀 |
それで、江戸見たら、江戸は駄目ですよ。
ピューリタンじゃない。 |
糸井 |
だから、僕らが、こういう江戸のことを、
こんなに面白いなと思って語ってるっていうのも、
どっかでピューリタニズムから脱して‥‥。 |
芳賀 |
そう、我々がね。 |
糸井 |
自分がおとなになって、
やっと言えるようになった気がするんですよね。 |
芳賀 |
ああ、そうですね。 |
糸井 |
子どもが同じことを言ったら、
怒られたんじゃないかな、って。 |
芳賀 |
ま、そうでしょう。そうでしょう。
お父さん、少し賄賂もらってきなさい、
なんていう子どもがいたら、
やっぱりおかしいしね(笑)。 |
会場 |
(笑) |
糸井 |
僕も学生時代にね、金持ちが女を口説く
みたいなことがテレビドラマであったりして、
学生とかだと勉強してたりする時代だと思ってて。
で、卑怯だっていう見方で言うじゃないですか。
でも、その、力のあるやつは力で口説くし‥‥。 |
芳賀 |
うん、そう。 |
糸井 |
文学で口説くやつもいれば。 |
芳賀 |
顔が良くて口説くやつもいるだろうしね。 |
糸井 |
その意味で、もうほんとうの平等なんか、
どこにもありゃしないんだと。 |
芳賀 |
ああ、そう、うん、そうだよ。 |
糸井 |
金で口説くやつがいてもしょうがない、
と思ってたんですよ。 |
芳賀 |
そりゃそうだよ。金しかないですよ、
金で口説くやつは。 |
糸井 |
ですよね。 |
芳賀 |
金がなくても顔だけいいやつは、
顔だけで口説きゃいいですね。 |
糸井 |
それで十分なんですからね。
だから、そういう考え方を
持ったぐらいのときから、
だんだん江戸が面白くなってきた。 |
芳賀 |
わたくしは江戸をやっているうちに、
だんだんそういうふうな
考え方をするようになってきました。 |
糸井 |
はぁ〜。 |
芳賀 |
江戸風の、ま、一種、
アマルガムイズム(合金のように、
異なったものが融合していることを
よしとすること)っていうか。 |
糸井 |
アマルガムイズム(笑)。 |
芳賀 |
文化が渾沌としているときっていうのが
動いているときであって、
そのときはいろんな悪い要素もいい要素も、
不安定な要素も、それから安定化へ向かう要素も
ごっちゃであるんだという。
それが、生きてる文化の姿だって
いうようなことを、
江戸を勉強しているうちにだんだんわかってきて、
現代を見直すように、
彼岸的に見るようなふうに
なってきたように思いますね。 |
糸井 |
禁じてうまくいくのは、
おんなじものをたくさん作るとき
だけなんですよね。 |
芳賀 |
ああ、なるほど。 |
糸井 |
で、ほっといてうまくいくほうがいいんですよね、
やっぱりね。
|