|
『幽霊図(お雪の幻)』個人蔵
(カリフォルニア大学バークレー美術館寄託)
←クリックすると拡大画像が
別ウインドウで開きます。 |
|
ほぼ日 |
応挙は、波、氷、雨、風、
木が老いたようすなど、
絵には描きにくいものを積極的に描きました。
自然の力、気配みたいなものを表現して。
そして仔犬や鳥などの生命力、
龍や虎などの神通力みたいなものも
すごく上手に描いていますね。
そういう中に「幽霊」があったのは
たしかに自然なことに思えてきました。
幽霊は応挙本人が興味があったとか、
見たとか、怖い体験をしたという
ことだったんでしょうか? |
江里口 |
それはどうでしょうか。
資料にはありませんし、
伝えられてもいないことですね‥‥。 |
ほぼ日 |
いわれはあるんですか? 応挙と幽霊って。 |
江里口 |
『幽霊図(お雪の幻)』の幽霊に関しては、
お雪さんというのは、
若い時亡くなった、応挙の先妻だそうです。 |
ほぼ日 |
ああ、奥さんだったんだ。
でも、若い時に亡くなった奥さんを
描くんだったら、
生前の元気な姿を描き留めることも
できたでしょうに、
それでは応挙の創作意欲は
満足できなかったのかなあ‥‥
なにしろ、白装束で足がないです。
やっぱり見たのかも?
‥‥こうやってずっと後ろに
いてほしかったとか!? |
江里口 |
でも、そんなに怖くはないですよね。 |
ほぼ日 |
そうか、そうですね、
たしかに怖くはないですね。
むしろ、美しいですよね。 |
江里口 |
美しいですね。 |
ほぼ日 |
ただ、明らかに髪は結ってないですね。 |
『幽霊図(お雪の幻)』(部分)個人蔵(カリフォルニア大学バークレー美術館寄託)
|
江里口 |
この乱れ髪にも
理由があると言われています。
病気がちだった奥さんが
夜中に厠に立った姿だというんですね。
乱れ髪で障子の向こう側に
ぼんやりと立つその姿じゃないかって
言われていますよ。 |
ほぼ日 |
ああ、なるほど‥‥。
そう言われてみると納得しますね。
病気をなさっていた奥様が、
夜中にご不浄に起きた姿を
気配を感じて起きた応挙がふっと見た。
月明かりに見える奥さんの
その一瞬が焼き付いていて、
あとからそれを、描いたと。
応挙の、極めて性能の高い動体視力が
暗がりのなかの生前の奥様のすがたを
記録していたんですね。 |
江里口 |
そうだと思います。 |
ほぼ日 |
ほら幽霊だぞ、怖いぞぉ! って、
怖がらせようとかっていう気持ちは
ないんですね。
暗がりで見たその印象が
よほど、深く刻まれたのかもしれない。
この白装束は、すると、寝間着。 |
江里口 |
そうかもしれないですね。
足がないのも、
下半身までは見えなかったので
足は描かなかった。 |
『幽霊図(お雪の幻)』(部分)個人蔵(カリフォルニア大学バークレー美術館寄託)
|
ほぼ日 |
ああ‥‥つまり、これは応挙的な意味では
写実であるということなんですね。
亡くなった奥さんへの思いを、
応挙がきわめてリアルに写実の力で描くと
幽霊という表現になったのかもしれない。 |
江里口 |
そう考えると、このお雪さんは、
怖くはないし美しいけれど、
何となく悲しそうな、
子供を残して早く死んで行くひとの、
この世の未練みたいなものを感じますよね。 |
ほぼ日 |
日本の幽霊の絵は、
応挙のこの絵以後、乱れ髪に白装束、
足が透けて見えない、というスタイルに
なっていくんですよね。 |
江里口 |
ええ。これはもう幽霊の元祖って
言われてます。 |
ほぼ日 |
応挙が「これは幽霊を描いたものだ」
というような記録や文字は
残していないんですか? |
江里口 |
ないんです。 |
ほぼ日 |
じゃあ、応挙がこれを描いた
ほんとうの理由はわからないまま? |
江里口 |
はっきりわからないですね。 |
ほぼ日 |
じゃあ依頼されたのかどうかも? |
江里口 |
依頼されたのかもしれないですね。 |
ほぼ日 |
かもしれない。
この世のものじゃないものを描いてくれ、
という依頼がなかったとは
限らないですものね。
応挙って幽霊は他にも描いてるんですか? |
江里口 |
いっぱい描いてるって言われてますね。
ですけど、真筆って言われるものは
少ないらしいです。
谷中のお寺にもあるって言われていますが、
私もまだ見てないんです。 |
ほぼ日 |
この『幽霊図(お雪の幻)』という絵は、
とても不思議なんですよ。
これは図録にも載ってますし、
今回ウェブにもそれをスキャンしたものを
載せるわけなんですが、
ほかの絵の良さを説明するようには
この絵の魅力を説明できないんです。
印刷物では、魅力が
全然変わっちゃうんですよ。 |
江里口 |
そう。本物があまりにもすごいですね。 |
ほぼ日 |
売店でレプリカを売ってるんですよね。
ところが、これも全然違うんです。 |
江里口 |
びっくりしましたね。 |
ほぼ日 |
確かに同じ絵なんですけど、
この絵が持っている「何か」は、
印刷や、ウエブの画面には写らないんです。
すごく不思議でした。
このオリジナルの絵にしかない「何か」が
絶対にあるんですよね。何なんだろうな。 |
江里口 |
やっぱり応挙の気持ちが
込められてるんでしょうね。
ほんとうに、美しい絵ですよね。
幽霊でもいいから
出てほしいくらい(笑)。 |
ほぼ日 |
これは今カリフォルニア大学の
バークレー校にあるんですよね。
そんな陽気なところに!
お雪さんも、寒くなくって、いいかな?(笑)
この『幽霊図』もそうですが、
応挙の描く人物像というのは、
ほんとうに魅力がありますね。 |
江里口 |
ええ。応挙の場合は人物の顔を表現するのに、
実在の人物として
リアルに表現するものと、
歴史上の人物など、
架空の人物としてのリアルさを
追求し、表現する方法とがあるんです。
たとえばこの和尚さんは
実在の人物らしく描いていますね。
|
『神州和尚像』(部分)円山応挙 慈氏院蔵
|
ほぼ日 |
はい。
|
江里口 |
けれど、歴史上の人物は、
この郭子儀もそうですね。
あまりリアル過ぎても困るというか、
郭子儀が隣の誰かさんに似ちゃったとか、
そういうことだと歴史らしくなくなるので、
そういう場合は中国の「相学」っていう
人物の統計をもとに描いてるらしいんですよ。
|
『郭子儀図(大乗寺客殿郭子儀の間)』(部分)(重要文化財)円山応挙 大乗寺蔵
『西施浣紗図』(部分)個人蔵
|
江里口 |
例えばこういう美人だったら
相学の中である程度美人のパターンを
組み合わせたということらしいんですよ。
で、このお雪さんも、
それに近いって言われています。
幽霊が本当の奥さんの顔とか人間の顔だと
やっぱりみんながイメージする幽霊じゃない。
それこそリアルになり過ぎちゃうので、
やっぱりその辺は相学を使っています。
お雪さん、きれいだけど、
やっぱりちょっと人間離れをしていますよね。
目の感じとか‥‥。
|
『幽霊図(お雪の幻)』(部分)個人蔵(カリフォルニア大学バークレー美術館寄託)
|