アーカイブ 2002/11/03
 
第4回 自分はぜんぶ捨てています
糸井 藤田さんが監督をされていた時代、
ぼくにとって勝手に大きな思い出になってることは、
ほんとうに、やまほどありまして‥‥。

たとえば、
吉村さんと栄村さんとが守備中にぶつかって、
吉村さんが大ケガをした事件がありましたよね。

「2人ともだめか」と思ったら、
まず、栄村さんのほうは、体は無事だった。
その後、吉村さんはとても苦労したから、
復活の日のことは、よく覚えているんです。
みんなが、涙を流したんですよね。
藤田 ええ。
ベンチで泣いてました。
中畑がぼくの横にいて泣いていた。
一緒になって、泣いた覚えがありますけれど、
あいつが、いちばん感激してましたね。
糸井 ぼくも泣きやんでから、
「よかったですねえ」って藤田さんに言ったら、
その日のうちなのに、
「いや、まだダメなんだよ。
 栄村が何かのかたちで活躍しないと」
と、もうすでに、おっしゃっていて。
「吉村が治っても、一方が
 悪者になったままじゃいけないんだ」
と言っていた。

ああいう、
「心くばり」の範疇さえも超えたような、
よくぞ、そこまで全部見てるなといいますか。
それは、どうして
そう見られるようになったのですか?
藤田 やっぱり、性格ですかね。
みんなが気になるというか。
糸井 気になってしようがないんですか?
藤田 「気になる」というよりも、
自分の意識の中に、
誰がどういうふうにやっているかということが
みんな、意識の中に入ってないと、
自分が仕事をしていないような、
そんなツラい気持ちになるんですね。

だから、グラウンドへ出て、
バッティングの時間になっていても、
ぼくはいつもゲージのうしろで
バッティングを、こうやって見ているようだけど、
でも、グラウンドで打っている人なんて、
見ていないんですよ。

他を見ているんですから。
糸井 え?
藤田 不思議と、バッティングは見ないね。
「あいつ、よく走ってるな」とか。
「‥‥あ、力を抜いて走ってやがる」と思ったり。
「きょうの練習はこいつが一生懸命やってるな。
 きょうはよさそうだ」
とか、そういうのばっかり見ていました。
糸井 そうなんですか。
じゃあ、バッターは‥‥?
藤田 あれは、
バッティングコーチが見ていればいいんですよ。
調子のいいわるいは。
技術を教えたりするのは、
バッティングコーチがやればいい。

監督は、とにかくそこにいて、
「おまえのこと見てるぞ」みたいな顔をして、
他を見ていればいいんです‥‥と、ぼくは思う。

監督がゲージにしがみついて、
バッターばっかり見て矯正しているようじゃ、
監督じゃないですよ。
糸井 そうなんだ。
確かにそうですねぇ。
いつもそういうことを思われているんですか?
藤田 「はげしく人が気になる」というのは、
一種の病気かもわからないのですけれども。
糸井 ぼくが、チームプレーということを
強く意識するようになったのは、正直言って、
藤田さんにお会いしてから、なんですよ。

野球を好きで、ずうっとついてまわっていて、
最初に知りあったのが藤田さんだから、
そばにいさせていただきました。
そうすると、絶えず
チームの全部を見ているのがとてもよくわかって、
「この仕事は、かっこいいなぁ」と思ったんです。
藤田 そうですか。
疲れますよ(笑)けっこうね。
糸井 確かに、そう思います。
ここを見ているかと思うと、あそこを見ていて、
だれが何を気に病んでいるかとかというのを、
いつでもぜんぶ、考えに入れていましたからね。

近くにいて、もうひとつ見えたのは、
監督自身は、自分のことを、
何も考えていないんだなと思ったんですよ。
藤田 自分はぜんぶ捨てています。

監督になったとたんに、
自分というのはぜんぶ捨てなきゃ務まらない。

我よ我よという自分の欲得でやっていたのでは、
実際、務まりません。

それがまた選手たちが鋭いんです。
バッと見抜きますからね。
自分の欲得でやっているかどうか、
そのことはパッと見抜きます。
糸井 監督になったら
自分を捨てられちゃうほど、
前々から、全体のことを考える人だったとも、
言えるんじゃないでしょうか。
藤田 どちらかというと、そっちの傾向の方が
強かったかもわかりませんね。

だから、現役で投げていた時も、
カネやん(金田正一さん)なんか、
味方がエラーすると、
グラブをたたきつけたりしてたでしょう?

ぼくの場合は逆に、
「あんな球を打たせて悪かったな」
と感じるんです。

「エラーするような球を打たせて悪かった」
正直に言っても、ほんとうに
そういうふうに感じるほうだったんです。
糸井 そういう教育を受けたわけではないですよね?
藤田 いや、全然受けてないんですけど、
人がいいというんですかね、
それは、あやまるより、しようがない。
糸井 とにかくおもしろいなと思うんだけど、
確かに、藤田さんは、現役時代も
エースの18番をつけていて、
長いこと何勝もしてきたピッチャーなんだけど、
大変失礼な言い方ですけど、
我が見えないというか、印象が薄いんですね。
藤田 我は、強いです。
糸井 本当は強いんですね。
ただ、何か「譲っている感じ」がいつもあるんです。
藤田 まあ、そうかもわからないですね。
「お先にどうぞ」の方かもわからないです。
糸井 典型的なのは天覧試合の話で、
長島さんのサヨナラホームランはみんな覚えていても、
あのときに勝利投手になったのが
エースの藤田さんだったということを、
誰も知らないんですよね。忘れてるんです。
藤田 まあ、あれは余りにも長島が劇的なので‥‥。
糸井 そういうことも含めて、
「我が強い」とおっしゃる割には、
相手のことばっかり先に考えているという。
藤田 どっちかというと、そうかもわからないですね。
貧乏性ですね。
糸井 でも、その藤田さんが監督をやっていたときに
選手をやっていた人たちというのは、
「選手として、思いっきり自分を出せる」
という意味では、幸せですよね。
藤田 まあ、そうであってくれたら、うれしいです。
 
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