糸井 |
藤田さんが監督をされていた時代、
ぼくにとって勝手に大きな思い出になってることは、
ほんとうに、やまほどありまして‥‥。
たとえば、
吉村さんと栄村さんとが守備中にぶつかって、
吉村さんが大ケガをした事件がありましたよね。
「2人ともだめか」と思ったら、
まず、栄村さんのほうは、体は無事だった。
その後、吉村さんはとても苦労したから、
復活の日のことは、よく覚えているんです。
みんなが、涙を流したんですよね。
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藤田 |
ええ。
ベンチで泣いてました。
中畑がぼくの横にいて泣いていた。
一緒になって、泣いた覚えがありますけれど、
あいつが、いちばん感激してましたね。
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糸井 |
ぼくも泣きやんでから、
「よかったですねえ」って藤田さんに言ったら、
その日のうちなのに、
「いや、まだダメなんだよ。
栄村が何かのかたちで活躍しないと」
と、もうすでに、おっしゃっていて。
「吉村が治っても、一方が
悪者になったままじゃいけないんだ」
と言っていた。
ああいう、
「心くばり」の範疇さえも超えたような、
よくぞ、そこまで全部見てるなといいますか。
それは、どうして
そう見られるようになったのですか?
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藤田 |
やっぱり、性格ですかね。
みんなが気になるというか。
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糸井 |
気になってしようがないんですか?
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藤田 |
「気になる」というよりも、
自分の意識の中に、
誰がどういうふうにやっているかということが
みんな、意識の中に入ってないと、
自分が仕事をしていないような、
そんなツラい気持ちになるんですね。
だから、グラウンドへ出て、
バッティングの時間になっていても、
ぼくはいつもゲージのうしろで
バッティングを、こうやって見ているようだけど、
でも、グラウンドで打っている人なんて、
見ていないんですよ。
他を見ているんですから。
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糸井 |
え?
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藤田 |
不思議と、バッティングは見ないね。
「あいつ、よく走ってるな」とか。
「‥‥あ、力を抜いて走ってやがる」と思ったり。
「きょうの練習はこいつが一生懸命やってるな。
きょうはよさそうだ」
とか、そういうのばっかり見ていました。
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糸井 |
そうなんですか。
じゃあ、バッターは‥‥?
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藤田 |
あれは、
バッティングコーチが見ていればいいんですよ。
調子のいいわるいは。
技術を教えたりするのは、
バッティングコーチがやればいい。
監督は、とにかくそこにいて、
「おまえのこと見てるぞ」みたいな顔をして、
他を見ていればいいんです‥‥と、ぼくは思う。
監督がゲージにしがみついて、
バッターばっかり見て矯正しているようじゃ、
監督じゃないですよ。
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糸井 |
そうなんだ。
確かにそうですねぇ。
いつもそういうことを思われているんですか?
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藤田 |
「はげしく人が気になる」というのは、
一種の病気かもわからないのですけれども。
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糸井 |
ぼくが、チームプレーということを
強く意識するようになったのは、正直言って、
藤田さんにお会いしてから、なんですよ。
野球を好きで、ずうっとついてまわっていて、
最初に知りあったのが藤田さんだから、
そばにいさせていただきました。
そうすると、絶えず
チームの全部を見ているのがとてもよくわかって、
「この仕事は、かっこいいなぁ」と思ったんです。
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藤田 |
そうですか。
疲れますよ(笑)けっこうね。
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糸井 |
確かに、そう思います。
ここを見ているかと思うと、あそこを見ていて、
だれが何を気に病んでいるかとかというのを、
いつでもぜんぶ、考えに入れていましたからね。
近くにいて、もうひとつ見えたのは、
監督自身は、自分のことを、
何も考えていないんだなと思ったんですよ。
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藤田 |
自分はぜんぶ捨てています。
監督になったとたんに、
自分というのはぜんぶ捨てなきゃ務まらない。
我よ我よという自分の欲得でやっていたのでは、
実際、務まりません。
それがまた選手たちが鋭いんです。
バッと見抜きますからね。
自分の欲得でやっているかどうか、
そのことはパッと見抜きます。
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糸井 |
監督になったら
自分を捨てられちゃうほど、
前々から、全体のことを考える人だったとも、
言えるんじゃないでしょうか。
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藤田 |
どちらかというと、そっちの傾向の方が
強かったかもわかりませんね。
だから、現役で投げていた時も、
カネやん(金田正一さん)なんか、
味方がエラーすると、
グラブをたたきつけたりしてたでしょう?
ぼくの場合は逆に、
「あんな球を打たせて悪かったな」
と感じるんです。
「エラーするような球を打たせて悪かった」
正直に言っても、ほんとうに
そういうふうに感じるほうだったんです。
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糸井 |
そういう教育を受けたわけではないですよね?
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藤田 |
いや、全然受けてないんですけど、
人がいいというんですかね、
それは、あやまるより、しようがない。
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糸井 |
とにかくおもしろいなと思うんだけど、
確かに、藤田さんは、現役時代も
エースの18番をつけていて、
長いこと何勝もしてきたピッチャーなんだけど、
大変失礼な言い方ですけど、
我が見えないというか、印象が薄いんですね。
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藤田 |
我は、強いです。
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糸井 |
本当は強いんですね。
ただ、何か「譲っている感じ」がいつもあるんです。
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藤田 |
まあ、そうかもわからないですね。
「お先にどうぞ」の方かもわからないです。
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糸井 |
典型的なのは天覧試合の話で、
長島さんのサヨナラホームランはみんな覚えていても、
あのときに勝利投手になったのが
エースの藤田さんだったということを、
誰も知らないんですよね。忘れてるんです。
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藤田 |
まあ、あれは余りにも長島が劇的なので‥‥。
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糸井 |
そういうことも含めて、
「我が強い」とおっしゃる割には、
相手のことばっかり先に考えているという。
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藤田 |
どっちかというと、そうかもわからないですね。
貧乏性ですね。
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糸井 |
でも、その藤田さんが監督をやっていたときに
選手をやっていた人たちというのは、
「選手として、思いっきり自分を出せる」
という意味では、幸せですよね。
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藤田 |
まあ、そうであってくれたら、うれしいです。
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