糸井 |
藤田さんは、ご自分のことを
「貧乏性」とか「気づかい屋」とか
言ってらっしゃるけど、そういうことって
学ぼうと思っても、なかなか難しいことですよね。
どこかで、やっぱり、「自分」が出ちゃうし。 |
藤田 |
ふつう、出したいですよね。 |
糸井 |
いくら自分を殺すのがだいじだとわかっていても、
「出したくなっちゃうもの」ですよね。 |
藤田 |
カネやんみたいに‥‥。 |
糸井 |
それは、気持ちよかろうなと思いますよね。 |
藤田 |
自分の周りを地球が動いているようになったら、
さぞかし気持ちいいでしょうね。うらやましい。
ああいうふうにやってみたいなと思う。 |
糸井 |
でも、ずっと
「やってみたいと思う」という状態のまま、
ここまで、来ちゃったんですね。 |
藤田 |
でも、やっぱりワルだった時というか、
ムチャクチャやっているときは、
「自分を殺す」なんていう気持ちは
サラサラなかったんですよね。
その時は、わけわからずにやってますから。
その時に、もうぜんぶやっちゃった、
みたいな感じもありますし‥‥。
結局思うのは、人間というのは、
「好ききらい」と「尊敬」とは、別物として
やらなきゃいけないと考えているんですよ。
人間だから、好きな人もいればきらいな人もいる。
ですけど、その感情の中に、「尊敬」も
一緒に入れてしまってはいけないわけです。
人間的に好きとかきらいとかいうものは、
尊敬するしないとは、また別の問題だと思います。 |
糸井 |
ほんとうは、藤田さんは
好ききらいの激しい人なんですか? |
藤田 |
激しいです。 |
糸井 |
でも、好ききらいに関わらず、
目上、目下に関わらず、尊敬しているんですか。 |
藤田 |
ぼくはどんな若い人でも、
すぐれたところはちゃんと認めるようにしてます。 |
糸井 |
なるほどなぁ。
それはぼくも学びましたね。 |
藤田 |
自分にないものを持っている人は、
みんな自分より上ですからね。 |
糸井 |
藤田さんからぼくが伺いたいのは、
「どうしてそんなに
愛情をこめていられるんですか」
ということなんですよ。
どうしたら、そんなに細部まで
思いやれるのかということを、
今まで、ちゃんと話す機会はなかったですから、
あらためて、伺いたいんですけれども。 |
藤田 |
愛情というのは、むずかしいです。 |
糸井 |
「愛情はむずかしい」。
ひょっとしたら、「愛情」という
言葉で呼ぶものではないかもしれないですか? |
藤田 |
「愛情」だけじゃいけないですね。
もちろん、愛情も
ある面で必要ですけども、やっぱり、
具体的な思いやりが、ないといけないですね。
「どうすれば、この人がいちばん
イイ方向や幸せな方向へ行けるかな?」
ということを、
まず最初に考えていかなきゃいけない。
「じゃあ、この方向でどうだろう?」
「こっちの方法ではどうだろう?」
ということを、その都度つけ加えていくという。 |
糸井 |
つまり、思いやりを実現しようと思うと、
「この方法」だとか、「あの方法」だとか、
実現のためのアイデアが、要るわけですね。 |
藤田 |
ええ。
アイデアがものすごく大事だと思います。
だから、コーチ連中も、
アイデアのないコーチはいいコーチになれません。
「あれでダメなら、この手でいこう!」
「コレをやってみよう!」
というような発想が、どんどんできる人でないと、
人を育てることは、できません。 |
糸井 |
そういうアイデアというのは、
別の言い方をすると、
「いたずら心」でもありますよね。 |
藤田 |
そうなんですよ。 |
糸井 |
監督のとった作戦の中でも、
「いたずらっ気」でやっているようなことって
きっと、あったと思うんですけど‥‥。
「もう、こうしてやれ!」みたいなものとか、
「これやったら、相手、いやがるだろうなぁ」とか。 |
藤田 |
野球なんていうのは、
相手のいやがることをやれば、
勝てるというか、勝ちに近づくんですから、
そればかり考えていますけどね。
相手がよろこぶことを
やっていたんじゃ、負けますから。 |
糸井 |
それが楽しい? |
藤田 |
ええ。意地悪なことを、
「何かないかなぁ」と探すという。 |
糸井 |
意地悪じいさんみたいなあり方。
そういう姿勢も、アイデアなんだよなぁ。 |
藤田 |
大事ですよ、アイデアというのは。 |
糸井 |
そうなんですね。
愛情だけは強くて、
「おまえのことを思ってるよ」
といくら言っていても、選手と一緒になって
悩みあっていたら、答えは出ないですものね。 |
藤田 |
そうなんです。
だから、1人の選手を教えていくのに、
10通りくらいの方法を持ってなきゃいけない。 |
糸井 |
10通りですか。 |
藤田 |
もっとありますよ。 |
糸井 |
もっと、ですか? |
藤田 |
極端なときは、まったく間違ったウソを教える。 |
糸井 |
え? |
藤田 |
それで、
「やっぱりウソだろう?
だからこの方法はだめなんだよ」
という言い方を、できなきゃダメですね。
ウソを教えたままにしていては、
選手にバカにされて聞いてもらえない。
ウソを教えて、それをできなかったら、
「これはウソだからできないんだよ」
ということまで言ってやらせます。 |
糸井 |
ウソを教えちゃっても
潰れちゃわないというか、
次にもう一回、救う道を作るんだ。 |
藤田 |
救う道はちゃんと置いておいて、
正しい方法は持っておきながら、
ウソを教えたことが、ありましたね。 |
糸井 |
アイデアで練習をやる例を、何か思い出しますか?
ピッチャーですか。 |
藤田 |
ぼくはピッチャーが専門ですから、
ピッチャーには、ずいぶんありましたよね。
「上から投げてダメなら
下から放ってみな」ということです。 |
糸井 |
それもやりましたよね。斎藤雅が典型ですよね。 |
藤田 |
ええ。斎藤には、最初は、
地面に手を出すくらい下から投げさせた。
でも、そんなことできっこないんですよ。
もともと上からの選手に、それをさせるには、
何百球と自分が手を出して、これより下を通せ、
これより下を通せと、ついてやりました。
で、だんだんだんだん下げていったと。 |
糸井 |
それも、アイデアですね、確かに。 |
藤田 |
そうなんです。
それで、上から投げさせるやつには、
棒を持って、バレーボールみたいに、
「この棒の上から投げろ」と言いました。
横に金網をおいておくと、
その上からしか投げられないだとか。
そうすると、頭で覚えているよりも、
体がこうしなきゃどうしようもないから、
「あ、これか」というのが出てくるんですね。
何事もそうだと思うんですけど、
アイデアというのはたくさん、
どんどんどんどん生み出していって、
それを使っていかなきゃダメでしょうね。 |