アーカイブ 2002/11/14
 
第14回 監督をやめてからが、新婚でした
糸井 選手たちとは、いま、会うことはあるのですか。
藤田 もう、ないですね。
ぼくは行かないですもの、第一。
もう、できるだけ顔も出さない、
口も出さないで、やっていますけれど。
糸井 ほかのOBと比べるわけじゃないですけど、
藤田さん、監督をおやめになってから、
見事に、練習に行かないですよねぇ‥‥。
藤田 もう隠居ですから。

うしろからひとこと言ったとしても、
現場としては気になると思うんです。
自分の思っていることと違うことをいわれて、
その方法を取らなければ
OBに無視しているかと思われるかもしれない、
と気にしたりするでしょう?

しかし実際のところ、
キャンプのときなんかでも、
OBが来てえらそうに教えるのは、
実は、現場としては、迷惑なんです。
糸井 それはご自分が監督なさった時に
感じられた?
藤田 ええ。
糸井 でも、藤田さんの時代には、
OBが訪問することはなかったでしょう。
藤田 たしかに、
そんなには、なかったですけど。
糸井 来にくかった?(笑)
藤田 だと思いますよ。
粗末にしたわけじゃないんですけど、
言いづらかったんでしょうね。
糸井 それって、ある種、
さっき言いましたけど、藤田さんのまわりにある
「ボス猿」の雰囲気があるからでしょうかねぇ。
「あいつには逆らわないほうがいい!」みたいな。
藤田 やっぱり、ここでも、
「瞬間湯沸かし器」という前評判が、
鳴り響いていたんじゃないですか。
糸井 いまは、ぷっつりと、練習場には行っていない。
藤田 まぁ、そうじゃなくても、
原との関係が何だかんだと言われますから。
そんなもの、ないんですけどね。
ドラフトで、クジを引いただけの関係ですけど。
糸井 原さんからは、犬をもらったりしてましたね。
藤田 犬は、原が、優勝祝いに
ロッカーに持ってきてくれたんですよ。
ぼくは犬を好きなものだから、
抱えて家に帰ったら、女房が
「どうするの」ってびっくりしてました。

でも、今度は女房のほうがハマっちゃってね。
あれで、ずいぶん、楽しませてもらいました‥‥。
糸井 今はおもに、おうちでゆっくりなさって‥‥。
藤田 病院に通いまして、あとは家にいます。
ぼつぼつ、体調が戻ってきたから、
「カートでゴルフ場をちょっとまわってみるかな」
という気が起きてきましたから‥‥。

でもね、
人間が進む分かれ道があるとして、
ひとつが、元気でいて
どんどん何かをしていける道だとすると、
ぼくはもうひとつのほうの、
一歩一歩ダメなほうに行く道を
走っているような気がしていますね。
糸井 すごく冷静におっしゃいますが、
「それはそれで、かまわない」
みたいなところが、あるんですか?
藤田 それはもう、ぼくは実際に
去年から今年のはじめにかけて、
2回ほど死んでいましたからね‥‥。

1回は心臓が止まって、
「もうダメです」と言われましたし、
もう1回は、医者から、
「どうやって生かそうかと思って苦労しました」
と言われましたから。
いつ死んでもおかしくない状態が
ずうっと続いていた。

でも、自分はいま、トコトコ
病院に通ったりなんかしているんですけど、
体の中身としては、そんなだったらしいです。
その状態からの生命力があまりにも強いので
医者がびっくりしていたけれど。
糸井 2回も、ですか‥‥。
もともとニトロを持って
監督をやっていらっしゃいましたね。
藤田 今も入ってますけどね。
この前、手術してくれた先生のところに
半年ぶりに会いにいったら、
「藤田さん、足がありますね!」と言われました。
もう、いなくなって当たり前だったのに、
足がついているということなんですけど。
あぶないところを、たくさん歩いてきましたから。

でもね、麻酔をかけて手術をするでしょう?
あれは、何にもわからないんです。
「死んだ世界ってこんなものかな」
と、はじめて思いました。
覚えも何もないんですから、目が覚めるまで。

魂が残るだとか何だとか、
本人はまったく何も覚えていないんですから。
糸井 そんな経験すると、
また、コワいものがなくなっちゃいますね。
藤田 でも、一時は自分でも
イヤだなぁと思っていましたよ。

「もういいや、今日でおしまいでいいや」
毎日そういうことを考えていました。
死ぬということが、ほんとに間近に来ていて、
「もういいや、きょうで終わりだ」
今日の約束はできても、明日の約束はできない。
糸井 それは、去年ぐらいですか。
藤田 去年から、ことしのはじめのあたりまで。
糸井 知らなかった‥‥。
藤田 それでいつのまにか元気になってくると、
今度は、執着心が出てくるんですよ。
「死なないように頑張ろう」ってね。

これだけ、人がみんな
心配してくれているんだから、
家族も医者も看護婦さんも、これだけ心配して
自分の面倒を見てくれるんだから‥‥
いいかげんなことしちゃいかんな、と。
糸井 また何かをしようと。
藤田 そうなってくるんですよ。
もちろん、監督はもう無理ですし、
体を使うことは、できないですけど。

人間って簡単に変わりますね。
それまで、「死んでもいいや」と、
死ぬことばっかり考えていました。

人は、自殺をよくするでしょう?
バカな話ですよ、と思っていました。
「自殺までしなくたって、
 頑張っていれば何とかなるのに」
とある時期までは思っていたのですが、
その心境がわかるときが、あったんです。

「あぁ、こういう時に
 死にたくなっちゃうんだなぁ」と。
 
夢も希望もないようになってくるんですね。
あの気持ちが、ちょっとこっちへ来ると、
逝っちゃうんでしょうね。
糸井 紙一重なんですね。
藤田 そう思いました。
「あぁ、これか」と思いました。
糸井 いまは、じゃあ、欲が出ているんですね。
藤田 がんばって、もっとおもしろいことを
見つけてやろうと思ったりね。
糸井 でも、奥さんにとっては、
監督をおやめになってから、
藤田さんと長くいる時間というのは、
やっと新婚が来た、みたいなものですね。
藤田 そうですね。
病気してからはあれですけど、
病気する前は、どこに行くのでも一緒で、
女房とは、ゴルフに行ったりしていました。
糸井 前に、ぼくが新幹線の2階席に座っていたら、
ホームにいる藤田さんがぼくに気づいて‥‥。
藤田 あれはね、京田辺へ、
あそこに治療するところがあるんですよ。
小さなお寺さんなんですけどね。

はじめ、「誰だろうなぁ」と思っていたけど、
あ、糸井さんだ、と思ったから。
糸井 あの時は驚きました。
「何て勘のいい人なんだろう」と思った。
ふつうは、新幹線に乗っている人なんか、
まず、見ていないですよね。
それがホームで、売店のところにいる藤田さんが、
こっちを向いて、お辞儀を先にしてくださった。

「ああ、藤田さんは、こういう人なんだよ。
 こういう人なんだよ、あの人は‥‥」
新幹線がガーッと出発したあと、そう思って。

よろしかったら、
また茶飲み話でも、相手になってください。
藤田 どうぞ、いつでも。
 
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