糸井 |
どうやったら映画監督になれるのか、
訊かれたりすることもあると思うんだけど。 |
岩井 |
ぼく、以前にホームページで
そういうことをやっていたせいか、
まあ、その前からではあるんですが、
よく脚本が送られてきちゃうんです。
そのホームページで
ひとつだけやりたかったのは、
「いや、この本を監督に送ってきても
意味ないですよ」ということ。
それを、知り合いのプロデューサーとかに
読んでもらったりして、
「よければ映画化してやってくれよ」
みたいなラインが
できればいいなあと思ったんです。
例えば、漫画家だったら
自分の描いた漫画を、まずは
編集部に持っていきますよね?
でも、映画だと、
持っていく相手の顔さえ見えないというのが
現実なんですよ。 |
糸井 |
入り口が、はっきりしないね。 |
岩井 |
もうひとつ問題だと思うのは、
映画監督になりたいと思うきっかけとして
「いい脚本を書ける」というのが
あると思うんです。 |
糸井 |
うん、うん。 |
岩井 |
でも、いい脚本を書く人たちが
映画監督になれるのかというと、
それは全く違う職能なんです。
これはほんとわかってもらえないですね。
実際にぼくの周りに何人もいるんですけど、
急激に映画監督になっちゃって、
本番で「よーい、スタート!」という声も
かけられない状態に陥っちゃったりする。
慣れちゃえば何ということはないのに。
例えばプロ野球で、
自分が急に巨人の5番を
打たなきゃいけなくなったとする。
4番が打って出塁した。
で、次、自分の番が来たときに、
どのタイミングで立たなきゃいけないのか
というところで、まず戸惑うと思うんですよ、
はじめての人って。 |
糸井 |
そうだね。 |
岩井 |
打席に立つ、そのタイミングがわからない。
どうってことないんですよ、そんなの。
自分の番が来たんだから
行けばいいんですけど。
4番の選手は一塁にいて、こっちを見てて、
そのうちみんな、こっちを見るようになって、
「あ、いま立つのかな?」という、
そういうレベルでの
とまどいがある。 |
糸井 |
グラウンドと観客席の違いだよね。 |
岩井 |
「もし、あなたが神宮球場で、
清原が打てなくて、
『ばかやろう、清原!』と
言っていたとして、清原が
『じゃ、お前、打ってみろよ』と言ったら
さあ、どうなるでしょう。
多分、あなたは清原のいるその場所までの
行きかたがわからないだろう」。
観客席からどうやってそこまで行くのかを
まず知らないということなんです。 |
糸井 |
そうか、どの通路を通るかすら、
わからないよね。 |
岩井 |
ええ。撮影現場に行ったら、
最初にその場所のことを
どういうふうに見ていかなきゃいけないのか。
みんなが「おはようございます!」と
言っている瞬間に、
自分はどうしなきゃいけないのか。 |
糸井 |
「オス!」と言うとかね。 |
岩井 |
助監督が来て、
「俳優さん、××さんが入られました」。
入られました? 今、どこにいるんだ(笑)?
知っていれば、そういうのって、
どうということないです。
でも、そういうことが、
「わからない一個一個」が
あっという間にプレッシャーになってしまう。 |
糸井 |
全部が、ストレスですよね。 |
岩井 |
で、動けなくなっちゃう。
だから、いきなりやると
打席に立って打つところまで、行けない。 |
糸井 |
それ、映画をめざしている人たちに
言っても、わからないんでしょうね。 |
岩井 |
わからないですね。
「脚本から監督になれるのか」とか、
「監督って、どのぐらいやればいいのか」
とか、いろいろ質問が来るんです。
こっちから「いや、なかなか大変だよ」
という話を投げかけると、
「そんなことない」みたいな声が
平気で返ってくるんですよ。
何人かは
「いや、ホームランは打てないけど、
バントならできる」。
そんな話はしてない、
そこまで行けないという話をしたのに、
「もう立っちゃってる」話をしている。 |
糸井 |
いま岩井くんがしている話を
おもしろがって聞けるという人は、
「すでに何かをしてる」人ですよね。 |
岩井 |
そうですね。 |
糸井 |
例が思い浮かぶからわかるんです。
学生で、何かやったことがなければ、
「バントなら」と言っちゃうんでしょうね。 |
岩井 |
言っちゃうんですね。
「ああ、この距離が見えてないんだな」
と思う。
だけど、それは自分でちょっとずつ
埋めていかなきゃいけないんですよ。 |
糸井 |
そこが見えないぶんだけ、
できるような気分を持っている。 |
岩井 |
そういうことなんですよね。
だから、いい本を書けたんで、
すぐに監督やりたいということになって。
いや、ほんと、やれたらやっても
構わないですよ。
それはもう、ほんとにそういう能力があれば
ぜんぜん問題ない。
周りを気にしない人だったら
いけちゃうかもしれないし。
ただ、ほんとに精神的ダメージを
受ける人もいるから、
やるんだったら、やっぱりちょっとずつ
ゆっくり入っていかないと、
いきなり水に飛び込んで心臓麻痺起こす
みたいなことになる。 |
糸井 |
その話を聞いてると、
二世タレントが何とかなる理由って、
ほんとによくわかるね。 |
岩井 |
うんうん。 |
糸井 |
やっぱり、空気を吸ってるということの
重さとか分量って、
人が思ってるよりずっと多いよね。
歌手の人がドラマに出ると、
「なんで?」というぐらい
芝居がそこそこできる。
役者って、そんなに簡単なことなのかと
思われちゃうんだけど、
「おまえ、トシちゃんがやってる
『教師びんびん物語』の主役ができるか」
と言われたら、きっとセリフを覚えることすら
できないと思うんですよ。
でも、トシちゃんはできる。 |
岩井 |
そうですね。 |
糸井 |
そこをみんなが「すげえなぁ」とは思えない。
野球でいえば、
観客席の中にしかいないというか、
または、海を見たことがないというか、
その「違い」みたいなものを、
学ばされることがない限りは、
永遠に「口だけのやつ」になるね。 |
岩井 |
人間って不思議なもので、
外野で見ているぶんには、
「そのかんじわかるなぁ」なんて思うんだけど
ちょっと一線超えると、
「何をしたらいいんだ」となるでしょう。 |
糸井 |
それは、でも、経験したほうが
いいよね。 |
岩井 |
しないと、その先がないですからね。 |
糸井 |
一生観客として生きるという人にも
させたほうがいいくらいですよね。 |
岩井 |
させたほうがいいくらいですね。 |