YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson203 勉強? それとも仕事?


「仕事で、なにかうまくいかないと、すぐ、
 『勉強しなきゃ』って、言う人がいるでしょう?
 あれが、嫌いなのよね。
 ちがうだろう、勉強じゃないだろう、って
 ずっと思ってた。」

仕事論について話していたとき、
編集者さんが、ぽつり、と言った。

私は、共感と同時に、
内心、「ぎくり!」ともした。

ぎくり! とは、いま、自分が迎えている仕事の壁を、
「勉強不足」のせいにして、
なんとなく「勉強すること」で
のり越えようとしていたからだ。

こういうときに私が口にする「勉強」の、
中身は? と問われると、実にあいまいだ。

共感、とは、
私も、仕事現場で、たびたびこの「勉強」という言葉に
違和感を覚えたことがあったからだ。

会社のプロジェクトメンバーが集まって、
高いお金を出し、専門家をたくさん招いて、
えんえん勉強会をしている。
それが後から、現場にも、お客さんにも、
いったいどう反映されたのか、わからないようなとき、

「もしかして、あれは、
 社員がお勉強してしまって終わり?」

と思うと、非常に虚しい感じがした。

「この会社には、ぜんぜん吸収するものがないから。」と、

まだ仕事も覚えていない若い社員が辞めていくのを見て、
おいおい、まず「吸収」だったのかよ?
初任給は、「吸収」したんじゃなかったのかよ?
と思ったこともある。

「仕事をするとはどういうことか?」

それを強く考えさせられたのは、ある、
世に言う「エリートサラリーマン」との出会いからだった。
プライバシーに抵触しないよう、変更を加えて話そう。

仕事で知り合ったRさんは、
偏差値の高い大学を出、
大手マスコミに勤めて、当時、三年目だった。

「入社時、同期の中でも、できるほうだったので、
クリエイティブな部門に配属されたのだ」と、自分で言った。

でも、Rさんは、当時、
とても仕事ができるとは言えない状態だった。
本人も、自分ではがんばっているのに、
いっこうにまわりが認めてくれないと、気にしていた。

Rさんは、まじめで、努力家。
たしかに、入社時は目立っていたのだろう。
知的な洗練とか、情報処理能力の高さがうかがえた。
本もたくさん読んでいた。

そのせいか、自尊心が高く、
まわりを見下すようなところがあった。

そんなRさんを、私は嫌いではなかった。
どこか、非常に「純粋」なものを感じていたからだ。

Rさんは、年齢のわりに、
ことばのつかい方などが、
ときに、「おさない」感じがした。
それが、なぜなんだろう? と気になった。

そんなRさんが、人が変わったように、
いきいきする瞬間があった。それは、

「著名人」に会いにいくときだ。

Rさんは、社会人になる前に本であこがれていた
知識人や文化人に、仕事で会いにいけるのが嬉しいと、
そこに異様なほどの情熱をみせていた。

「次は、あの先生」、「今度は、あの先生」と、
依頼にも熱心で、会ったあとは、昂揚して、
そのときの様子を非常に雄弁に、人に話していた。

一方で、デスクワークにはあまり身が入らないのか、
お願いした仕事を忘れたり、ミスが目立つようだった。

「Rさんが権威的だ。」

と、スタッフから聞かされたのは、そのころだ。

社会的に知名度がある人と、
そうでない人とで、扱いがかわると、
スタッフの不評を買っていた。

たしかに、Rさんは、人によってすごく態度がちがった。
しかしそれは、権威というよりは、
もっと、「純粋」な感じがした。

権威なら、
会社の上司や偉い人と、もっとうまくやるはずだ。

権威にこびる人間は、どこの世界にも、やはり、いる。
上の人間には、こび、
下の人間は、おさえつけ、
そうやって、組織の中を狡猾に泳いでいく。

ところが、Rさんは、会社内の権威に
あまりこびる様子はなかったし、
出世にも、それほどの執着はなかった。

会社の人間関係に、
関心が薄い、と言ったらいいだろうか。
会社の飲みュニケーションにも
ほとんど参加しないと言った。

どうも、Rさんから見て、
尊敬に値する人間と、しない人間が
はっきり分かれているようで、
値しない人間となると、
同僚、先輩、上司、スタッフかかわらず、
見下してしまう。

それが、こどものように素直に、
顔や態度に出てしまうので、
上司とも、あまりうまくいってなかったようだ。

権威というよりは、
もっと「別のモノサシ」によって、人を、
序列化し、選別している感じだった。

Rさんは、会社で「勉強」をしているんだろうか?

私の中に、そんな仮説が浮かんだ。
「ばかな、会社は仕事をしにいくところだ。
 3年目の社員ともなれば、
 もう仕事と勉強の区別ぐらいつくだろう。」
と、思う人も多いだろう。

でも、小学校から中学校、高校、大学と、
ずっと「勉強」だけをやってきた人間は、

「勉強でない、仕事をするとはどういうことか?」を、

いったいどこで身につけるのだろうか?
「受験勉強で成果を出すことと、
仕事で成果を出すときのがんばり方は、
ずいぶん違う。」と言われて、
ピンとくるのは、仕事経験がある人だけだ。
働いたことのない学生には、イメージできない。
だから、多くの人は、就職して初めて、
仕事とは何かを学ぶことになる。

だが、職種によっては、
勉強から仕事への脱却が、はかりにくいところもある。

そこに、受験勉強をがんばるように、
仕事をがんばる人がいても不思議はない。

カタチとして物をつくるわけではない仕事とか、
自分の出した利益が厳しく問われない仕事とか、
知的な仕事では、とくにその可能性があるのではないか?

金に興味なく、出世に興味なく、
お客さんの顔がみえない職場で、
「自分を伸ばす」ことが唯一、最大の目標になっても
不思議はないのではないだろうか?

「Rさんが、会社を長く休んでいるらしい。」と、

しばらくたってから、スタッフに聞いた。
同期が少しづつ、成果をあげはじめたなか、
自分の方ができるとおもっていた同期に
追いこされることが、
Rさんには、許せなかったんじゃないか、
と、その人は言った。

Rさんは、仕事の合間に、
ふと、私語をするようなときに、
「勉強ばっかり、してたんですわー、」と、
なぜか出身地なまりで、よく言っていた。

親が受験に非常に厳しかったと。
大学にはいるまでは、ほんとに勉強ばっかりしていたと。

「いい大学に入って、さぞ、ご両親も喜ばれたでしょう」
と言うと、Rさんは子どものように喜んだ。

「一生懸命勉強して、親を喜ばす。」
もしかしたらこれは、Rさんの二十数年の人生の中で
やりとげた最大の「仕事」だったのかもしれない。

Rさんは、
「偏差値」をあげるつづきをしていたのだろうか?

受験勉強のときのように、
自分の思う、知的領域の拡大や、技能の向上の
直線的な方向があって、
それに向かって、より高く、より効率よく、
自分が伸びれば、自動的にいい仕事もできるはずだと、
会社の飲み会にいく時間も惜しんで
がんばっていたのではないだろうか?

でも、Rさんの仕事上の課題は、
そんな高尚なところよりも、
もっと身近にあるような気がした。

経営者が、「会社に利益をもたらしてくれる人」
というモノサシで、人を序列化するように、

顧客第一主義の人が、「お客さんを喜ばせてくれる人」
というモノサシで、人を評価するように。

Rさんは、
「自分を成長させてくれる人」というモノサシで、
まわりの人を序列化していたのではないだろうか?

それなら、
自分を知的にひきあげてくれる著名人を尊び、
たとえ上司、スタッフといえども、
自分の思う方向では吸収するものがない人を
軽んじるのも、説明がつく。

でも、仕事が、
受験勉強のように単独でできるものでなく、
チームプレイであることひとつをとっても、
Rさんが、耳を傾ける相手は
ちがってきたのではないだろうか?

勉強でない、仕事をするとはどういうことか?

「勉強しなきゃ」と、正直、私もよく言う。
仕事上の課題を、勉強することで越えようと、すぐ思う。

とくに、ちょっと新しい領域に踏み出したときなど、
その方面の知識や能力が、
自分にぞっくり抜けていることに気づき、とても焦る。
そんなとき、性急に勉強し、
性急に自分を伸ばそうとすると、
Rさんのように、視野をせばめ、
周囲との関係を見失いがちだ。

勉強は必要だ。
でも、それよりも大事なのは、
ちゃんと「仕事をすること」だと、
冒頭の編集者さんの言葉は警鐘を鳴らしている。

焦って、「勉強しなきゃ」とおもうとき、
その前に、「仕事」はしているか? と問うてみる。

いま、自分が、仕事上で抱えている課題は何か?
お客さんの声を聞き、
チームの人間の声に耳を傾け、
きちんとその要求に答えていくことが先決だと、
自分に言いきかせる。

あなたは、仕事に必要な勉強について、
どのように考えていますか?
小さなことでもいいので、ぜひ、教えてください。




『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2004-06-23-WED

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