YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson205
サービス――勉強?それとも仕事?(3)


もしも、
「いまから外に出て、五千円稼いできてください。」

と言われたら、
あなたは、どうやって稼いできますか?

稼いでくるまで、家には帰れません。
友人、知人、すでに頼っている組織に頼ってはいけません。
知らない人の中で。

もらったり、借りたりしてはいけません。
ギャンブルもなし。あくまで、

「生身の自分ひとつで、仕事をして、五千円稼いでくる」
のです。

私だったら、近所のドアを、次々とたたき、
「文章の個人指導いかがでしょうか」
と言ってまわるでしょうか。
需要がすぐあるか、むずかしいな、と思います。

数時間で五千円、いや、それ以上稼いでくる人と、
その日は家に帰れない人と、
明暗がわかれるのではないでしょうか。

ともかく、あなたなら、どうやって稼いでくるか?

具体的にイメージしたら、
その労力や緊張感を覚えておいてください。

次に、「五千円分、勉強してきてください。」

と、言われたらどうでしょう?
私は、今度は、ずっとやりやすいです。
五千円以内のセミナーに入る。
五千円分、本を買って読む。
自分のほしい知識や技術を持っておられる方に、
謝礼は五千円と少額だが、お話をうかがえないかと、
失礼のないよう頼んでみる……。

あなたは、どうやって勉強してくるか?

イメージしたら、
五千円稼ぐのと比べてみてください。

頭と体、感情などの使う筋肉、力の出し方は、
かなりちがうと思います。

この身体感覚の差は、
「いま、自分の行いは仕事になっているか?」
とチェックするときの、ひとつの目安になると思います。

数々の例外はありますが、
「仕事」というものの原点に立ち戻ると、

「その行為で、お金がとれるかどうか」だと思います。

「お金」というと、引く人がいます。
「仕事はお金じゃない」と熱く語る人に吸引される人も。
ただ、それらは、
仕事を成立させた大人が、
「その先」の1円でも多くの利益を
がめつく追求するか、しないかの話だと思います。
ここでは、もっとすれすれの、
それが仕事になるかどうかの話です。

「お金」は、どこからくるか?
というと、必ず、「人間」から出てきます。

つまり、「1人の人間を歓ばすか、役に立つか」です。

そうしないと、自分には、
たとえ1円たりとも入ってきません。

単に、歓んでもらえた程度ではだめです。
「よかったけど、あなたのいまの行為に
 お金までは払えないわね」
と言われてしまう、仕事にならない程度のものなら、
世の中にあふれています。

人は、口では何とでも言いますが、
人のお財布の口は正直です。
まず、1人の人間を、
「お金を払いたい」と思わせる域まで、
歓ばすことができるか?

この、「仕事の域」というものを、
目の当たりにする機会がありました。
(プライバシーに抵触しないよう変更を加えて話します。)

ある企業の会議に行ったときのことです。

メンバーは6人。
その会社の課長と、若手社員Pさん。
あとはみんなフリーランスで、
プランナー、
編集者、
構成作家、
そして私。

私を含めたフリーランス4人は、
会議1回あたりいくらで雇われています。
「仕事」をしないと、
次は呼ばれないことがよくわかっています。

ただ会議に出ている、
なんでもいいから思ったことを言う、
では、「仕事」になりません。

事前にテーマについて勉強しておくのは、
もちろんそうですが、
ただ自分の仕入れてきた知識を披露しても、
それだけではまだ、「仕事」とは言えません。

会議の流れを変えるような発言をすること。
のちの成果に結びつく有効な発言をすること。

プランナーの女性と私は、
主に、コンセプトを
構築していくような発言をしていたと思います。
企画を立てるのに、どんな軸が必要で、
それをどう組み立てていくか。
2人とも企業出身者で、利益が厳しく問われるところで
たたかれながら、企画をたくさん立ててきた。
その経験からの発言です。

構成作家の男性は、
とにかく教養の幅が、広くて深く、情報通なので、
私たちが、どんな軸を投げても、
知識で肉付けをし、自分なりの方向性を提案してきます。

とにかく、
その場でバンバン知的生産をしていくわけです。

こういうと、闘争心むきだしのように聞こえますが、
まったく逆です。

ヒューマンスキルもよくないと
フリーとして会議に呼ばれない。

メンバーの発言を理解し引き出す、
メンバーを鼓舞する、ところまで要求されます。

ですから、会議中、メンバーの士気を盛り立てたり、
ゆきづまったときメンバーをリラックスさせたり、
休憩中、気のきいた話をして周囲をリフレッシュさせたり。
知的、人間的、両面での価値を、
状況に応じて提供していくことが求められます。

中でも、私が、すごいなあ、
と思ったのは、編集者の女性で、
テーマについての情報、方向性だけでなく、
もう、具体的なアイデアを、
5つ、6つ持ってきていたことです。
当日は、そこまで要求されていないにも関わらずです。

ともすれば、抽象論が空回りしやすい会議の場で、
彼女の具体的な発言に助けられました。

この女性とは、
このあと二度ほど、仕事で一緒になりましたが、
やはり、かなり早い段階から、
具体的なアイデアを、いくつももって
仕事に臨んでいました。

聞けば、彼女は、編集プロダクションの出身で、
大手の出版社から仕事をとってくる、
営業兼、編集を長くやってきたそうです。
それで、大手のクライアントは、
商品の方針などは、たいそう立派なものをかざすが、
では、具体的にどうするかが弱いことが多い。
それで、提案型の営業をするために、
具体的なアイデアを、いくつかもって臨むのが、
日常化していたようです。

そんな中で、若手社員のPさんだけは、
会議の最初から、発言もほとんどなく、
受け身で座っていました。

「Pさん、ぼーっとしてるな」と思っていました。
そして、
「あ、ここは、だれか、
 ホワイトボードに整理していったほうがいいな、
 Pさん、やってくれないかな……」
と、私が思うやいなや、

構成作家の男性が、
「ちょっと、ここはホワイトボードに書かせてもらって
いいですか?」
とすかさず立って、みんなの発言を整理して
くれはじめました。

「あ、じゃあ、Pさんせめて議事録でも…」
と私が思った矢先に、
編集者の女性が、
「私、議事録とらせてもらっていいですか?」
ととり始める。

この2人は、書きながらも、発言のキレがにぶらない。
2人前働いている感じでした。
これには、私が「勉強」させられました。

Pさんはこのプロジェクトのリーダーです。

さすがに、その様子を見かねていた課長さんが、
会議のあと、みんなの前にも関わらず、
「Pさん、もっと発言しよう」とさとしました。
そのときPさんは、たしか。

「だって、ほんとに言いたいことがなかったんです。
 言いたいことがなくても、会議では、
 発言しなくてはいけないものなんでしょうか?」
と言ったと、記憶しています。

私は、若かりしころ、
仕事のなんたるかがわかってなかった
自分を思い出して、こそばゆく。
そんな自分を導いてくださった諸先輩たちを思いました。

このときPさんは、
「とっても、勉強になりました!」
とは言わなかったのですが、
もし、あっけらかんと、そう言われたら、
私は、脱力したと思います。

そういう状況では、
「この同じ時間、給料をいただきながら
 私の方が、勉強をさせていただいてしまったようで、
 恐縮です。」とか、

「リーダーとして、
 有効な発言をひとつも提供できなくて、
 今回は1回借りです。
 次は私の方から、みなさんに何か役立つ価値を
 提供したいと思います。」
などと言う方が、よりふさわしいのかもしれません。

メンバーに時間や労力の負荷をかけず、
自分の持ち分の
「仕事」をきちんとやった人が、その上で、
「勉強になりました!」と言う分には何も問題ないのです。

仕事は、1円でもいいから、人に対して、
「この人にお金を払いたい」と思わせるだけの、
役立ちなり、歓びなりを、
自ら提供していくことだと思います。

そう考えると仕事には、
「創意」がどうしても必要な気がします。

今回は、たまたま
社員とフリーランスの対比になりましたが、
もちろん、会社員、フリーは関係ありません。
仕事というものがよくできている人と、
個人の努力や充実感はあっても、
それが、「仕事」になっていない人は、
どこのどんな立場の人の中にもいます。

実際の会議の場で、お金が動くことはありませんが、
もし、その会議に集まっている全員分の時給を、
細かくして、「未来のお客さん」なり、「経営者」なりに、
「おひねり」として持ってもらったら、どうでしょうか?

「いまの構成作家さんの、あの発言に、千円!」とか、
「いまの編集者さんの、ナイスフォローに三千円!」とか、
会議の現場にも、見えないおひねりが今日も、
飛びかっているような気がします。

果たして、自分のもとには、
時給分の「おひねり」=人の役立ち・歓びの対価
がくるでしょうか?

初出勤の日に、母が、
「最初は先輩の机をふくとこから始めるんよ」と言った。
すでに掃除などのアウトソーシングは進んでいて、
現実には、新入社員は掃除をすることさえなかったのです。
でも、この発想は古びておらず、また道徳でもなく、
学生から仕事人への「立ち位置の転換」を
端的に示しています。

「まず、自ら労働を提供しなさい」と。

社会人になった朝、最初にとる行動が、
学生気分で、ぼーっと座って、
「今日は先輩が
何、ありがたい話を聞かせてくれるんだろう?」
と受け身ではだめだと。
そこにほんのわずかでも、
需要と、自分にできることがあれば、
自分を積極的に人に役立てていきなさいと。
社会人になった朝一番に、たとえ一円分でもいいから、
こちらからなにか提供して、向こうから「ありがとう」と
言われてみろ、つまり、

「自ら仕事をしかけて行け!」

と、母は言いたかったんだと思います。

(ひきつづき、仕事と勉強について考えていきます。
 みなさんのメール、たいへん参考になっています。
 ありがとうございます!!!)





『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2004-07-07-WED

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