Lesson256 声に宿るもの
先日、友人から、こんなメールが届きました。
このようなことこそ、
人に知ってもらわなければいけない。
と思い、ここに載せます。
まず、読んでください。
<先日、友人から山田に届いたメール>
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昨日の朝、震えるような出来事にあいました。
今、思い出しても涙がこぼれそうです。
昨日の朝、通勤時間帯。
中央線では、ここ数年でも、
かなりひどい部類に入る
信号機トラブルが発生しました。
四ツ谷とお茶の水の間は
手信号で運転という事態です。
いつもは1時間のところ、
会社にたどり着くのに2時間半かかりました。
M駅でのことです。
中央線でトラブルが発生した時は、
M駅で総武線に乗り換えるように
車内アナウンスで指示が出ます。
昨日もいつも通り、
その車内アナウンスが流れました。
しかしM駅で降りると、
ホームには車内以上に人が溢れていました。
車内では「総武線に乗り換えてください」
ホームでは
「ホームが危険なので
電車から降りないでください」
という矛盾したアナウンスが流れています。
ホームは、今まで見た中でも最悪の部類でした。
階段の上まで人が続き、
前にも後ろにも動けない状態です。
警察まで出動しています。
何年か前の歩道橋で圧死した
花火大会の事故が頭をよぎります。
M駅は大きい駅なので、
東京行きがホームをはさんで
2線入って来られます。
もう片方にも電車が入って来ようとした時、
階段の近くでかなりの人数の女性の悲鳴 があがり、
男性が「電車止めろ!」と叫びました。パニック。
私のところからは
何が起きたかまったく見えませんでしたが、
おそらくホームから人が
あふれて落ちそうになったか、
落ちたかだと思います。
そこに電車が入って来ようとしていたのです。
その時、ひとりの駅員さんが放送を入れました。
「○○○○します」
専門用語なのでわかりませんが、
「すべての電車を止めます」
という意味なのだと思います。
何度も何度もその専門用語を
はっきりと大きな声で言いました。
大きなブザーが鳴りました。
おそらく、その決断は
マニュアルには
ありえないことだったんだと思います。
駅員さんの位置からも状況は見えてはいません。
何かが起きたら電車を止めるということはあっても、
よくわかんないけどともかく
危険そうだからという理由で、
客の声に一々こたえていては、
電車は進みません。
しかし、何か触れるものがあったのでしょう。
たった1人で誰に相談することもできない状況で、
起こるかもしれない危険を回避するために、
反射のようなスピードで、
その駅員さんはM駅だけでなく
前後のすべての駅に指示を出しました。
そのアナウンスは専門用語なので、
おそらくほとんどの人には(もちろん私にも)
意味がわからないのですが、
パニックがおさまりました。
不安が「大丈夫だ」という気持ちに変わりました。
階段や人の列からたくさん光るものが見えました。
携帯カメラで
フラッシュをたいて撮影し始める人がいました。
ホームで整理をしている警官も、
今日の事態に駆りだされたであろう
高そうな背広を着たお偉方も、
彼らは結局、凍ったように何もできていなかった。
その後、といっても10秒もたっていないと思いますが、
まだパニックって泣き叫ぶおばさんにすがられて、
その駅員さんは今度はみんなにわかる言葉で、
「安全が確認できるまですべての電車をとめます」と
冷静に大きな声で何度も何度も言いました。
おばさんも他の人も冷静に進み始めました。
秩序が戻りました。
不思議なことに
今まで動かなかった列が少しずつ動き始めました。
その駅員さんは、
30過ぎの私とそんなに歳は変わらないと思います。
まつげが長くてぱっちりした目をしっかり開いて、
少しうつむきながら、
ずっとしっかりした声でアナウンスを続けていました。
がんばってください、と言おうかと思いましたが、
邪魔してはいけないので控えました。
たぶん彼は、後ですべてが片付いてから、
足が震えて怖くなって泣いてしまうかもしれない。
泣きたいよなぁ。当然だよ。
今日のあのことの大きさは、
ひとりの人間が抱えきれるものじゃない。
どれだけ怖かっただろうか。
マニュアルにないことを勝手にやって、
彼をとがめる人も必ずいるでしょう。
起きたかもしれない危険が回避されたって
誰か褒めてくれるわけでもない。
一瞬のうちに、いろんなことが
頭をかけめぐったと思います。
彼が一番逃げ出したかっただろうと思います。
そんなに格好良くはいられないもの。やっぱり怖い。
でも、揺らいでなんていられない。
民主主義の世の中ですが、
決定的な瞬間に多数決をとっている暇はありません。
彼がやったことは彼の信念からの彼1人の決断です。
でも、おそらくあれは普通の多数決では出てこない、
だけど、人が本当はそうなったらいいと、
人間の生命の声としての多数決をやったら
出てくる結論なんだと思います。
彼がそれを選んでくれた。
私はあんな素晴らしいアナウンスを
聞いたことがありません。
普通、事故の時のアナウンスなんて
言い訳がましくイライラするだけです。
でも、専門用語だらけなのになぜかホームが整然とした。
一晩たって、理由がわかりました。
「○○○○します」
という言い方を、会社の人間はしません。
「〜〜になりました」「〜〜ということにします」
という表現を使います。
会社の決定だというニュアンスが入ってしまうものです。
「○○○○します」
それは、もう専門用語だろうが何だろうが、
僕がそう決めました、
自分の決断だということを意味します。
彼がとにかく何とかして
お客さんの命を守ろうとしている、
その強い強い思いからの言葉だったんですね。
その気持ちに裏づけされた彼の声と、
無意識に選ばれた言葉が
本当に多くの人に安心を与えました。
そして、あぁいう時の安心は事実として、
直接、安全につながっています。
(友人Mからのメール)) |
ふたたびズーニーです。
「僕がそう決めました。」
「これは自分の決断です。」
その声が、「○○○○」という
我々には、まったくわからない
専門用語であるにも関わらず、
言葉の壁を打ち破り、一発でホームの人に伝わった、
ということに、熱いものがこみあげます。
人は声を聞いて、
その響きの中に「意志」を嗅ぎ取る力があり、
意志に共鳴し、意志に吸引される、
ということを私は思います。
私は、全国各地のワークショップで、
ごく一般の人が、自分の頭で考え、自分の想いを
自分の言葉で表現する場面に、立ち会ってきました。
スタッフから毎回言われることは、
ワークショップの前と後で、
参加者の「声」が明らかに違うということです。
ていねいに問いを立て、自分に問いかけ、
自分の内面を引き出し、考えた果ての声は、
はじめと違い
400人のホールをもうめつくし、
人の胸に染みとおるような
「響き」を持っています。
考えることで、声に、意志が、宿る。
今日も私たちは、大小さまざまな選択をします。
何が正しいか間違いか、誰にもわからず不安に陥ります。
しかし、そういうとき、それでもなお、
声に次の響きが宿ったとき、
人を惹きつけ、道を拓くんだと、私は信じています。
「私がそう決めました。これは自分の言葉です。」
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『考えるシート』講談社1300円
『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円
『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円
内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ) |