YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson259 仮想現実

恋人と別れた友人が、こう言った。

「相手のことを
 “わかっている”、と想ったときから
 伝えることをしなくなった。」

相手の方は、彼女の作品を観にきてくれたり、
自分の考えを言葉にして伝えたり、
彼女をわかろうと、伝えようと、
努力してくれていたのだ、と彼女は言う。


あなたのことがわかった。
あなたをわかっている、
わかってくれている。
そう想った瞬間から、伝える努力をしなくなる。


彼女は、さらに言う。

「なんでこうなったんだろう?って、
 今はただもどかしい。

 築きたかった関係は
 どんどんただの理想になってくし、

 そうなっていってることを
 自分はどこかで自覚しながら止められなかった。
 
 相手への尊敬とか想いとか、
 一番本人へ伝えたかったことは
 その間にどんどん後回しになって、

 ただ、仕事を応援することしか
 言葉にできなかった。情けないけど。

 相手にとって自分が
 都合のいい接着面をもった奴で
 あろうとしすぎてしまった
 みたいです。
 その接着面に囚われすぎて、
 
 肝心の“気持ち”を
 私の気持ちを、
 
 相手の気持ちへ、伝えることをサボってた。

 ごめんね、って感じです。
 つまらない見栄で全部ぶちこわしちゃった。

 伝えそこねた想いを、未練っていうんでしょうね。
 実感しました。

 “作る”ことも、“関係を育む”ことも、
 “伝える”ということがカギだし、
 大事なことだと思います。

 伝えようとするものが大事なものであればあるほど
 ぎこちなく、術も分からなくなり、
 不安に潰されそうになるけど、

 だからこそ、
 価値や必要があるものでもあるってことだから、
 そこを越えて“伝え”なくちゃ、
 自分の中の空洞のような孤独感は
 どんどん増長されるだけになる。

 それでサミシイサミシイと嘆くのは、甘えですね。
 大事なもののために、
 もっと相手に自分を伝えていこう、と
 そう決意ができました。」

 
わかってる
わかってくれてる

そう想ったときから、伝える努力をしなくなる。

伝えそこねた想いが、未練になる。

彼女のことばは、言外にも、ものすごく
響いてくるものがあり。

私は、私と人との関わり、
編集者さんや、クライアントや、
生徒や、友人や、家族との
関わりを、見直さざるをえなかった。

わかってる。
(相手の何を? わかっているというの???)

わかってくれてる。
(相手は、自分の何をわかっているの?
 そもそも、自分は、
 それを、相手に伝えたの??
 伝えてないのに、
 何をわかってくれてるというの???)


これじゃあだめだ。
いまのままじゃ、
ちゃんと、伝わってはいないし、
相手のこともわかってない。
そう気づかされた。

話すチャンスは、何度もあっても、
肝心なことを聞いていない、
肝心なことを伝えていない。

ちゃんと、会って、
相手の顔見て、話して、
聞きにくいことも、しっかり聞いて、
相手が、どう想っているか、
ちゃんと確認したり、
感じたり、理解した上で、すすめなきゃ。

たぶん、聞きにくいこと、
そこにカギがあるのだろうな。

相手の気持ちを聞き出すにも、
取材と同じで、努力が必要で。

質問を工夫しなけりゃならないし、
聞くばっかりじゃ、
相手も、本当のことはなかなか言わない。

こちらから、
想うことや、考えを出していかないと。

こんなカンタンな基本を、
自分はなぜ、見失っていたんだろう?

あらためて、
自分をできるだけ真っ白にして人に向かい、
相手をわかり、
自分を伝える努力をしてみると、

自分の想いこみが、
現実とズレていることに気づかされる。

相手は、自分のことを
「これくらい」わかってくれてるだろう、
というカンは、
「分量」としては、あっているのかもしれない。

でも、その中の「地図」は、ずいぶんちがう。

自分がわかっていてほしいところは、
さして、
相手にとっては大事ではなかったり、
そうかと思えば、
自分がまったく期待していない部分で、
相手が、自分のことを考えていてくれたり。

仮想現実なんて、
もう言い古されている言葉だけれど、
自分の中にも、無意識に
「幻想」があったんだな、と気づき、
サァ〜と、寒気がするような思いだった。

しばらく、人や外との関係に、
なんとなく不具合を感じていたけれど、
それは、自分が気づかないうちに、
「幻想」をもってしまっていたからだ。

自分の中にちいさくても「幻想」があると、
無意識に、その幻想と矛盾がある、
すべての事実を
遠ざけるようになる。
それで、自分と外との折り合いが、
なんとなく不具合になってくるのだ。

相手から肝心なことを聞いて、
相手に肝心なことを伝えて、
コミュニケーションしていくことで、
私の幻想は、もろくも崩れ去った。

でも、幻想が崩れ、
夢や願望も打ち砕かれたのに、
不思議だったのは、
どうして、自分は、
こんなに元気なんだろう?
ということだ。

現実は、決して、
自分にとって、ここちよいものではなかった。

おもったより、
いけていない自分を見たり、
おもったほどに
自分のことを考えていない相手を見たり
けっこう、痛いものだった。
でも、なぜだろう?
なんだかどんどん、元気になっていき、
爽快ささえ感じている自分がいる。

現実は、自分を元気にし、
現実を見ることは、少しも恐いことではなかった。

相手の態度に失望したり、
苛立つとき、
それは、
相手の態度に苛立っているのではなく、
自分が想う相手と、
現実の相手がズレているからだ。

相手に、本当に伝えたい「想い」、
それを伝え、
相手を動かしていくのは、これからだと思えた。

築きたかった関係は、
いま、自分たちの手にある。
これから現実の中で、つくっていける。

ここからはじまる、と私は思う。

あなたが、いちばん、
相手に伝えたい想いは何ですか?

どんな努力をすれば、
それは、相手に伝わりますか?

…………………………………………………………………



『考えるシート』講談社1300円


『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2005-08-03-WED

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