YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson279 ここで勝たなくていい


先日、偶然、
昔の知り合いにでくわした。

私が再び、どう社会にエントリーしていいか、
もがいていたころに知り合った人たちで。

言ってみれば、他人からは、
定職もなくブラブラしているようにしか
見えなかった時期に知り合った人たちで、
ずいぶん、この人たちからはバカにされていた。

まあ、バカにされる
こっちにも問題はあるんだろうが、
自分を、自分以下に、
低く見られるというのは、つらいものだ。

あれから時は流れた。

いまは、おかげさまで仕事は軌道にのっている。

私は、彼らに近づいて、
全国各地でやっているワークショップのことや、
これから出る本のことや、来年からする新しい挑戦など、
いま、がんばってんだぞ、
ということを言ってやろうと思った。

“みかえしてやる”というのとはどこかちがう。
それよりも、
自分を不当にひくく扱われた記憶がせつなくて、
“それ以上でも以下でもない
 自分をきちんと認証してほしい”
というような、
“せっぱつまったもの”が自分にあった。

彼らに近づこうとしたとき、
内側から、こんな声が聴こえて来た。

「ここで勝たなくていい」

なんか、すーーーーっ、と
気持ちがおおきく、澄んでいくのを感じた。

「ここで勝つことが決してかっこよくはないんだ」

さらに内から声が聴こえた。
私は、結局、
彼らに仕事のことはひと言も言わなかった。

それは、プライベートの、
今年の中でも記憶に残るような素敵な場だった。

「ああで、こうで」と、説明して伝わるものは弱い。
それよりも「一発で伝わってしまう何か」の方が強い。

ちゃんと、その場を楽しんでいるかとか。
彼らが、楽しんでいるかとか。
それぞれが、この場に、どういう雰囲気を出しているか、
そのほうが、よっぽど大事だ、
そう私は思った。

“位置”よりは“雰囲気”、その人が放っている何か。

「位置で勝つ、
 自分の位置を説明して勝とう、
 みたいな根性は、かっこわるいからやめようよ
 しなくて、いいんだよ」

声はどこから聴こえてきたんだろうか?

「キン肉マン」。

いや、

生徒とか、仕事でかかわった、たくさんの若い人、
いわゆるジェネレーションYと呼ばれる世代から
響いてきた声のようだった。

考えてみたら、
自分はこどものときから
説明がつくものを欲し、
説明することで、
ようやく居場所を確保してきたんじゃないかと思う。

私の姉はかわいかった。
かつ性格もよく、
ただそこにいるだけで、好かれる人だった。

姉よりはるかに見劣りがするこどもだった私は、
親戚ですら、ほめ言葉を失った。

だから、私は、
勉強でがんばって、何点、とか。
仕事でがんばって、これ、というように、
説明がつくものを努力して手に入れて、
それでなんとか自分を説明し、
なんとか居場所を確保してきたように思う。

そんな私の世代のヒーローは、巨人の星。
「向上」こそアイデンティティ、
ハングリー精神の旗手みたいな人だ。

でも、生まれたときからすべてが与えられ、
育ちのよい、若い世代のヒーローは、キン肉マン。
弱音も、本音もさらりと吐いて、
そこでは、「かっこ悪いは、かっこいい」に通じる。

そんな若い世代とみていると、
あれこれと、画策したり、獲得したり、
獲得したもので自分を説明したり、誇示したり、
人に勝とうとしたり、という根性がない。

だからだめだという大人もいるけれど、
私には、それが「余裕」と映る。

豊かさが生み出した心の「余裕」。

平和だの共生だの、外から押しつけられなくても、
自分を飾らず、さらりと脱いで、
共感によって、つながる力を彼らは持っている。

肩書きとか、実績とか、栄誉とか、
そういう自分の位置に関する、
いっさいの説明ゼリフを排除したところで、
人とつながる力、場とつながる力。

だから若い人は、大人より苦じゃなく、
すぐ友だちができていく。

そんな彼らから、「余裕」が伝染したのか、
自分以下に見られまいと、
長々とした説明ゼリフを用意していた自分を、
ふと引いてみる余裕ができていた。

「かっこ悪い」と思った。
こんな自分だから、私は、彼らにバカにされたんだな。

独立したてのときは、
プロフィールを書くことがとにかく苦痛だった。
肩書きも、実績も、
社会の中での居場所もなんにもなく、
200字くらいのプロフィールを書くのに
4時間もかかった。

でもだからこそ、
素手で人とつながろうともがいて、
それは、かっこよかった。

5年半が過ぎ
いまは、プロフィールに書く項目も、
あのころより増えた。
教育の仕事での、自分の立場も説明できる。

自分を説明する言葉は増えた。
でも、

いっさいの説明ゼリフを排除したところで、
一発で人に伝わってしまう何か、
素の人間力は、どのくらいついただろうか?

むしろ、弱くなった、
そんな気がする。

自分を、ああで、こうで、と説明しなくても、
だったら、どうなのか?

だったら、
この場で、どんなたたずまいでいるのか?
この場で、どんなふるまいをするのか、
この場で、どんな言葉を発し、
この場で、どんなふうに人とつながって、
この場で、どんな色の時間をつくっていけるのか?

そういうものの方がよっぽど強い。

そこで勝負しないといけない、と私は思う。


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『考えるシート』講談社1300円


『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2005-12-21-WED

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