YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson 290 蝶番(ちょうつがい)の人


転職した友人が悩んでいた。

前の会社で評価されていた自分が、
今度の会社では評価されない。

それで、すっかり自信をなくしていた。

私は、その豹変に驚いた。
友人は、たしかに、すごく仕事ができる人だったけれど、
それ以上に、志が高かったからだ。
どんなときにも、自分をちゃんと持っていて、
志のためには、潔くいらないものを捨てる、
はらの座った人だった。

そんな友人に、
「周りなんか、気にするな。
もっと自分に自信をもって、
もっと広く大きな目標を見て、
超然と、わが道を行け!」
と言うようなことを、昔の私なら言ったかもしれない。

だけど。

いまの自分には、
ものすごく、よくわかるような気がした。
友人の痛みが。
つまり、

遠い、未来の大勢が、
自分をすごく評価してくれるとしても、
いま、自分が生きる、この環境に、
「一人の理解者」が無いのがつらい。

私も、同じような経験があるのだ。

ある書きものをしていたときだ。
書き手と、担当の編集者は、
「才能の切れ目が縁の切れ目」
のようなところがある。
それは、いつも、覚悟をしてはいるのだけど。

そのころの私は不調で、
どんなに努力をしても書くものがかんばしくなかった。

当然のことで、
好調のときは、反応のよかった編集者さんも、
よくないと反応のしようがない。
しだいに反応が薄くなる。
やがて、がんばって締め切りに原稿を送っても、
「届いた」とさえも、言ってくれないことが、
何度か出てくるようになった。

何も言われないということは、
けちょんけちょんにいわれるより、ツライ。

自分は、このまま、
無反応の中で原稿を書き続けるのだろうか?

「できる」と思った。

なにしろ、それまで、
人生の氷河期のようなところをのりこえてきていたから、
たいていのことはがまんできると。

そのころは、
ちょうどメディアにとりあげられはじめたころで、
自分の不調感とはうらはらに、
たくさんのオファーがくるようになった。

連日のように、
いろいろな編集者さんたちとミーティングをしたり、
出版依頼をいただいたり。

当然ながら、編集者さんたちはプロなので、
私の書いたものに、
涙がでるほどの、深い理解の言葉をかけてくれる。

また、不調のときは、打たれもするけれど。
そういうときほど、心にしみわたるような、
自分の経験からにじみ出た感想を送ってくださる読者の
方もいて。
私は、そういう一通に支えられて、
首の皮一枚つながって、
ここまできたように思う。

読者と、
自分を理解してくれる他の編集者さんたちがいれば、
自分はやっていける。

ところが。

その仕事に向かうと、
なぜか、
モチベーションが吸い取られるかのようにつらい。

どうした私? そんなこといってちゃプロじゃないぞ。

そう自分を叱って、
モチベーションを絞り出すように自家発電して、
どうにかこうにか、ぎりぎりのところで書く。

しかし、担当の編集者さんの反応はあいかわらずで、
失意に沈むような気がする。

直接の、編集担当に理解されない、というのは、
こんなにつらいものか、と思った。

周りの人が、
私が書いたものをほめてくれればくれるほど、
よけい哀しくなる。

こんなにたくさんの人が、まわりにいるのに、
自分は、たった一人に理解されない。

すると、世界に対しても、
胸を張って立てないような気がした。

百人の女性に愛されても、
たった一人、母親に愛されない男の子とか。

クラス中からいじめられても踏ん張っていた子が、
先生のたった一言で、学校にいけなくなるとか。

社外で仕事が評価されても、
社内で冷遇されている会社員とか。

こんな気持ちなんだろうか。

自分でもおかしい、甘いことは、よくわかっている。
自分でいいものを書けばすむことだ。
社会のだれからも見向きもされないときに、
それでも、一人で、強く、潔く、自分は立っていた。
いま、たった一人に理解されないくらいでなんだ!?

おかしいから、ぐっと、がまんをして原稿を書く。
しかし、何かを押し殺した状態だから、
このまま行けば、強く、なるんじゃなくて、
なにか、非常に
「かたくな」な状態になってしまうように思った。
それは、しなやかさとか、創造に大切な何かを失う、
別方向の我慢、のような気がした。

私は、出口をなくしていた。

その仕事をつづけるためには、
担当者の理解が必要だ。
くやしいけれど、必要だ。
理解を得るためには、
精神的に、手をついて、「理解をください」と
おねがいしなければいけない。

武士は食わねど高楊枝の自分には、
そんなこと、死んでもできるか、という気がしてくる。

ものを書くような、自己完結して見える仕事でも、
協力者の理解が得られない、というのは、
こんなにもつらいことなんだな。

そのときは、結局、出口をなくして、
進めなくなっていたときに、
別の話をしていて、よほど追い詰められていたのだろう。
強気の、物言いはしていたが、
精神的には、
手をついてたのむようなことをしてしまった。

よかったのか、わるかったのか、わからない。
伝え方も、ちっともうまくはなかった。
でも、そのときは、そうせざるを得ない、
私の心の「サイン」だった。

その編集者さんは、そのときは何も言わなかったが、
その後、原稿を送ったら、必ず、率直な感想を、
以来、欠かさず、くださるようになった。

一回一回のことだけど、
その一回一回がおおきな信頼になっていった。

ぐんと、気持ちが安定してくる。
モチベーションのことは気にしなくてもいい。
原稿のみに集中できる。

やがて、自分でも、「ああ、書けた!」
という瞬間があって、
当然ながら、地球のだれよりも真っ先に、
その編集者さんから、すごくいい反応が返ってきた。

生かされている。
ほんとに、そう思い、心から感謝した。

あの一件がなかったら、いまでも、
自分は、自分一人の力でやってきた、とか、
これからも
一人でやっていけると思っていたにちがいない。

蝶番(ちょうつがい)のような立場にいる人がいる。

自分と、外の世界があるとしたら、
二つをつなぐ役割にいる人。

こどもにとって、母親は、外の世界との蝶番だし。
生徒にとって、先生は、社会との蝶番だ。

奥さんにとって、旦那さんは、
女の世界と、未知の男の世界の蝶番にいる。

その反応によっては、
世界から否定された気にも、肯定された気にもなる。

「デスクが、デスクが…」という記者や、
「編集長が…」と何かといえば上を持ち出す仕事人が、
昔はイヤでしかたがなかった。
組織の中で
自分の立場を守ることしか考えていないようで。

でもいまは、組織で仕事をする人が、
上に認められたいというのは、
名誉欲とか、自己保身でなく、
もっと切実なところからきているように思う。

自分と社会は、組織を通してつながっているからだ。

冒頭の新しい会社で評価されなくて、つらくなっている
友人のことを、私は、弱いとは思わない。
当然で、とても健康な反応をしていると私は思う。

どんなに強く、志が高くても、まわりの反応にそれだけ
繊細だからこそ、この時代にあって、
存在感のある仕事がしてこられたのだと思う。

以前は、私は、授業で、私の反応を固唾を呑んで見守り、
そこに一喜一憂する生徒がいやだった。

「そんなに教師の顔色をうかがうなよ」と。
「教える方だって、そんなたいした人間じゃないよ」と。

重くもあった。
恐くもあった。
逃げたくもあった。

でも、いまは、私の講義を選んできている以上、
生徒が私に認められたいとか、
私の評価を気にするのは、
すごく当然のような気がする。

私も、生徒にとって未知の、表現の世界との蝶番にいる。

これからは、その役割から逃げないで、
理解を注いでいこうと思う。

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2006-03-08-WED
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