おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson294 理解が、降る! ライブの感動は、 ライブに行かなかった人には、なかなか伝わらない。 ライブにいったもの同士が、 どんなに「よかった」と声をはりあげても、 そこに行かなかった人にとっては、 かえって、その熱が、うさんくさく見える。 だから私は、いままで、 自分のワークショップのことを、 引用することはあっても、 正面きって書かないできた。 書いて伝わらないからこそ、ライブでするんだと。 でも、今回、紀伊國屋ホールのことは、 どうしても伝えなくてはいけない、と 強い衝動にかられた。 自分の書く力で、どこまで伝わるだろうか。 かえって、 せっかくのものを矮小してしまうかもしれない。 それでも伝える努力をしてみようと思う。 4月1日。 新宿紀伊國屋ホール。 1人の女の人が、 壇上で、自分の想いを語っていた。 「私には、生も、死も、どちらも魅力がない。 だから、生か、死か、 より強い力で自分を引っぱってくれた方へ いこうと想うんだけれども。 生も、死も、いつも、同じ力でしか、 私を引っぱってくれない……」 生と死の天秤ばかりの真ん中で、 彼女は、ぽつり、ぽつり、とつぶやくように語る。 語るたびに、天秤ばかりが、かすかに揺れる。 その揺れにあわせるように、 じっと聞いているお客さんからも、 無言の、「がんばれ、がんばれ」というメッセージが 彼女に注ぎ込んでくる。 生も死もどちらも魅力がないという、 でも、彼女の言葉は、魅力に満ちていた。 横で聞いている私も、 なんどか、胸をつかまれるような気がした。 この日。 ワークショップでは、特別なことをしたわけではない。 まず、「考える」ということを淡々とやった。 私自身、ふつうに「考える場」がほしいな、と思う。 いまの自分自身のことや、 将来のこと、 いままで経験してきたことや、 まわりの人との関係や……。 日々の忙しさに、かまけてしまって、 「いつか、ちゃんと考えなきゃ」と思いつつも、 つい、あとまわしになって、 ばらばらに散らかった想いを、 引き出して、整理して、 「ああ、そうか」、 「自分はこういうことを想っているんだな」と、 確認して、すっきりして、前に進めるような場が、 私自身、あるといいな、と思う。 いよいよ困ったときは、 各種相談所があるし、 カウンセリングとかある。 でも、そういうものに頼るほどではなく、 頼りたくないときに、そうではなくて、 「自分の頭で、ちゃんと考えたい」 とおもったときに、それができる場が、 ありそうで、なかなか、ない。 1人で考えても、なかなか頭が働かない。 身内に話しても、甘えの方が先にでる。 身内は、かけがえのない癒しをくれるけど、 身内では、引き出せない「想い」がある。 適度に緊張感のある他人に、 想っていることをきちんと伝えることで、 頭の中が整理されるし、 伝わったときに、自信にもなる。 それで、この日のワークショップでは、 知らない人同士、2人1組になって、 インタビューの形式で、 相手の「想い」を引き出していった。 「考える」とは、「自分に問う」ことだからだ。 自分の経験や、現在や、将来について、 こちらが用意したシンプルな質問にそって、 1人が質問しては、 もう1人が答え、質問しては、答え…… これを繰り返すうちに、 胸の奥底にちらかって、 見失いかけた想いも、すっきり、見えてくる。 そのあと、 自分の中から引き出され、見えてきた「想い」を、 小グループの中で、言葉にして言ってみる。 「想いが言葉になった」ことで、 なにより、本人がスッキリする。 「丁寧に考えて」 →「本当に想ったことを言ってみる」 という、きわめてシンプルな作業なのだけれど、 引き出される「想い」はさまざまで、 なぜか、言った本人も、まわりの人も、 思わず笑って明るくなるようなものだったり。 なにげないのに胸を打たれるものだったり。 そして、ときには、とてもつらいものだったりする。 冒頭の女性もそうだった。 彼女は、グループでもっとも胸に響くスピーチをして、 代表に選ばれて、 壇上でスピーチをしているところだった。 彼女の中から引き出された想いは、 「私には、生も、死も、どちらも魅力がない……」 私は、彼女と同じ壇上にいて、 お客さんの方を向いていた。 そして、想った。 なんだろう? このお客さんの力は。 ワークショップは、数々やったけれど、 私は、この4月1日のお客さんに、 それまでにない雰囲気を感じていた。 たとえば、小グループで発表しているときに、 1人がスピーチしたあとに、思わず拍手がでる。 その拍手が、あたたかいのだ。 その音を聴いていると、こっちまで 胸が、ほわっ、とあったかくなる。 くさい表現と笑われるかもしれないけど、 ほんとにそう想ったから書こう。 夜空の星をみていて、偶然、 きらきらっ、とまたたいたときに、 パッと心が明るくなるような、 向こうから見ていてくれるような、 だいじょうぶだよ、といってくれているような、 不思議なあったかい気分になることがある。 あんな感じなのだ。 紀伊國屋ホールの、 あっちのグループからも、 そんな拍手が、パチパチと小さくかわいく響き、 こっちのグループからも、パチパチ響き。 あっちでも、キラキラ、 こっちでも、キラキラ、 星がまたたいているような、 ふわっと優しくなるような、 ワークショップで初めて経験する、 あたたかな時間だった。 そのお客さんたちが、いま、じっと彼女を見つめている。 「生も、死も、いつも、同じ力でしか、 私を引っぱってくれない……。」 彼女は、そのあと、続けた。 二人一組になってインタビューをしたあとに、 お互いが、相手の全発言を、 ひと言で要約して伝え合う作業がある。 「要するに、あなたが、言おうとしていたのは、 こういうことでしたよ」と。 それで、彼女の相手をしていた人が、 30分間かけてインタビューをしたあとに、 彼女の一つ一つの答えの、 いちばん根っこにある想いを、 こんなふうに要約して、伝えてくれたそうだ。 「生きたい。」と 「あなたは、要するに、 30分、20問のインタビューを通して、 “生きたい”と言っていましたよ」と。 生と死の天秤ばかりの真ん中で、 ゆれていた彼女のスピーチは、 そこから、じっくり、じっくりと、「生」の方向に 針を進め、そして、終わった。 その瞬間。 紀伊國屋ホール、満席のお客さんから、 それはそれはたくさんの、 降るほどの、拍手がわきおこった。 拍手は、鳴りやまない。 あとからあとから、 さんざめくように、降る。 彼女のもとに、おしみなく、降り、続けた。 降り、注いだ。 壇上にいる私は、 あの、小グループの発表での、 星のまたたきのような、あたたかい拍手が、 塊になって、降ってきた、とおもった。 感動の中、ワークショップは終わり、私は想った。 彼女のインタビューの相手をした人はだれだろう? 初対面、30分で、 彼女の想いを引き出し、 様々な質問、さまざまな答えの、 根底にある「想い」を感じ取って、 それを「生きたい」と要約した人は。 私は、これまで、ワークショップで、 数々の胸に残るスピーチを記憶している。 でもこの日、気づいたのだ。 胸に残るスピーチをした人の向こうには、 必ず、インタビューでその人の相手をし、 想いを引き出した人がいる。 名アシストがいる。 この日の参加者は、 私にはじめてそれを意識させてくれた人たちだった。 人の想いを引き出し、受け止め、解釈し、 わかる力。 あの、星のまたたきのような力は、 「理解」だ、と想った。 2006年4月1日、紀伊國屋ホールに 理解が、降った。 最後に、星のまたたきのような、 参加者からの感想メールを、 いくつか紹介して、おわりにしたい。
………………………………………………………………… 『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』 河出書房新社 ●刊行記念ワークショップ開催● 新宿・紀伊國屋ホール 4月1日(土)17:00−20:30 チケット(1000円)は3月13日より キノチケットカウンター(紀伊國屋新宿本店5階)にて発売 予約・問い合わせ 03−3354−0141 紀伊國屋書店事業部 『おとなの小論文教室。』河出書房新社 『考えるシート』講談社1300円 『あなたの話はなぜ「通じない」のか』 筑摩書房1400円 『伝わる・揺さぶる!文章を書く』 山田ズーニー著 PHP新書660円 内容紹介(PHP新書リードより) お願い、お詫び、議事録、志望理由など、 私たちは日々、文章を書いている。 どんな小さなメモにも、 読み手がいて、目指す結果がある。 どうしたら誤解されずに想いを伝え、 読み手の気持ちを動かすことができるのだろう? 自分の頭で考え、他者と関わることの 痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。 (書き下ろし236ページ) |
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2006-04-05-WED
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