おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson323 おわびの思考法 このコラムで何度も扱ってきた「おわび」だけど、 おわびをめぐる風景は、なかなか改善されなくて、 いつも釈然としない想いをする。 先日も、ある銀行とちょっとした行き違いがあって。 先方の銀行員は、 「もうしわけありません」と、 何度も何度も何度も、はじめからさいごまで ずーっと言ってくれたのだけど、 いっこうに釈然とせず、 からだのなかのモヤモヤは、くすぶるばかりだった。 一方、それから間もなくのこと。 ちょっとしたご近所トラブルがあって。 ご近所のお家と、まちがわれた私のお家は、 ちょっとだけ迷惑をこうむってしまった。 しかし、そのご近所さんの「おわび」が、 あまりにすばらしかったので、 私は、一瞬にして霧が晴れるどころか、 そのご近所さんのことが大好きになってしまった。 自分自身、 いざという時ちゃんとしたおわびができるか? というと自信がない。だから自分のためにも、 今回学んだ「おわびの肝」を、書き留めておきたい。 その銀行と行き違ったのは、ささいなことだった。 たぶん、迷惑をかけるにも2種類あって、 ひとつは、悪いことをしたり、 嘘を言ったり、積極的にかける迷惑。 もうひとつは、相手の利益につながる大切な情報を、 「言わない」ということによってかける迷惑。 私は、必要な情報を伏せられたことで、 何度かの手間と時間を無駄にした。 銀行の人は、最初から一本調子で 「もうしわけありません」を繰り返す。 でも、いっこうに釈然としない。 おわびの3要素。 1つめは「反省」、 2つめに「謝罪」。 ほんとうに悪かったと心から思うこと=反省と、 あやまること=謝罪はちがう。 銀行の人は、ろくに私の話を聞く前から、もう謝っている。 そこに、「なにがどう悪かったのか」と状況を確認したり、 「それを心から悪かった」と思う手続きがない。 最初はそこが気になった。 さらに、たとえば、その間の利子など、 実際に自分は不利益をこうむっている。 それはどうなるのかと問うてみた。 銀行の人は、 「当行では、お客さまにかけた迷惑にたいして、 金品を差し上げるということはしない、 という決まりになっておりまして……、 あ、でも、待ってください。 キャンペーンでもあれば……」 と景品を探し始めた。 なりゆき上、自分が金品を要求する、 たかりやのようなかっこうになっている。 実際、自分は金品がほしくて言っているのだろうか? 胸に手をあてて考えてみた。 でも、そのわずかなお金を くれたところを想像してみても、 なにか趣味にあわない景品を くれたところを想像してみても、 そんなのうれしくないし、ほしくない。 ちがう、ちがう、 私の言いたいことはそうじゃないんだと 言おうとしたら、 「やっぱり景品はありませんでした。 もうしわけありません」 と、銀行の人は、ほんとうに申しわけなさそうにいった。 おわびの3要素。 3つめは「償い」。 悪かったと反省することと、 相手にごめんなさいと謝罪することはちがう。 そこから自分のかけた迷惑を 「償う」ことは、さらに違う。 「もしも、自分のミスで人の服を汚してしまったら クリーニング代を払いますね?」 と、私の問いに、銀行の人は「そうだ」と言った。 「では、今回のことは?」 というと、銀行の人は、 「当行では、金品を差し上げるということはしない、 という決まりになっておりまして」 を繰り返すばかりだった。 「金品は私の意志でいらないのだ」と言い、 引き下がったが、釈然としない。 受けた不利益を、それ以上も以下でもなく、 等価で償ってほしい、それは、本当の思いだ。 だけど、具体的に金品を受け取るところを想像すると、 そんなのほしくない、それも本当の思いだ。 私は単なる「いちゃもん」言いか。 私は、いったいどうしてほしかったのだろう? 一方、ご近所トラブルで。 ご近所さんは、自営業をいとなんでいたらしく、 私が話をしにいくと、何人かのスタッフがいた。 スタッフの人たちは、 「いま取り込み中で」となかなか取り次ごうとしない。 本当に取り込み中のようだった。 そうこうしていると、 それに気づいたオーナーが家から出てきた。 オーナーは女性で、物腰の座った人で、 取り込み中にも関わらず、 全力、即対応で、ことにあたってくれた。 どうしたことか、私は、 そのオーナーと向かい合って話すうち、 すぐ、霧が晴れるような思いがした。 短いやりとりでも、オーナーの言葉や態度から、 もう大丈夫だと思え、すっきりとその場が済んだ。 「おわび」をめぐる風景で、 こんなにスッキりしたことはない。 あのオーナーは、ただ者ではない、と思っていたら、 すぐ、私の部屋の玄関で、ピンポーンと鳴った。 出てみると、女性オーナーが、 自分の名刺と、事業内容の説明書をもって立っていた。 オーナーは、くどくど説明はしなかったものの、 自分が何者かをはっきりさせ、 自分の所在ややっていることをはっきりさせ、 今後なにかあればいつでも、という姿勢を見せ、 そのことで、私が安心して生活できるように しようとしているのだと、すぐわかった。 なんだか、ほっとしていると、 しばらくたって、 また玄関のチャイムがピンポーンと鳴った。 また、女性オーナーがいて、 こんどは、ちかくにあるお菓子屋さんの箱をもっていた。 それは受け取れないと、首をふる私に、 「ものを渡して許してもらおうとか、 そんなつもりはないの。 だけど、ここのお菓子はおいしいの。 私も好きだし、うちのスタッフもよく食べるの。 私のせいで迷惑をかけて、嫌な想いをされたでしょう。 恐かったでしょう。 だから、甘いものでも食べて、 すこしほっとしてほしいなあ、と思って」 オーナーが 物で解決しようとしようとしているのではない、 ということはすぐわかった、それが証拠にオーナーは、 「そんなことより」と、すぐ、本題をきりだした。 この短い間に、オーナーは、関係先に連絡をし、 きちんと打つ手を打ってくれていた。 どこに、どのような対処をし、 どのような反応を得たか説明し、 「今後、二度とこのような迷惑をかけることはないから」 と請け合ってくれた。 短い間だったけど、私は、このオーナーの人間性を すっかり好きになっていた。 あの銀行の一件で、 私はどうして釈然としなかったのかがわかった。 銀行には、大勢ひとがいるのに、 一人として、今回のことを「悪かった」と 引き受けようとする人がいないのだ。 口では何とでも言える。 「申しわけありません」を繰り返しても、 銀行の人は何も動いてはいない。 あの女性オーナーは、おわびのいっさいを、 事務所のスタッフにまかせなかった。 実際に家をまちがったのは、 オーナーの家を訪れた人であって、 オーナー自身のあやまちではない。 だけど、オーナーは自分の責任として、 その一件を、見事にしょいきった。 引き受けるということは、 そのために自分の時間や労力を払うということだ。 引き受けてもらったから、 短いやりとりで私は、すぐ、すっきりしたのだ。 本当に仕事が取り込んでいるなかで、 オーナーは、 私との話を後回しにすることもできたはずだ。 だけど、自分のせいで他人に迷惑をかけ、 自分の都合を優先するのか? それとも相手の都合か? と考え、自分の都合を後回しにし、 最優先でことにあたった。 そのことですでに、 自分の都合を後回しにしたことで生じる 不利益を引き受ける覚悟がある。 話がすんだあとで、オーナーは、 落ち込むことも、私を悪く言うこともできたはずだ。 でもそれをせず、すぐに、自分の所在を説明にきて、 関係先に連絡をし、二度と同じことがないよう策を講じ、 私に少しでもほっとしてもらおうと、 お菓子を買いに走り……、 なかなかできることではない。 おわびを引き受け、そのために動くカラダが、 ちゃんと訓練された人だと思った。 「本当に悪かったと思うなら、 それをどんな行動に表すのか?」 自分が謝る風景に立ったとき、 そんな問いを立て、この日のオーナーを思い出して 全力、即対応で、ことにあたろうと思う。 ………………………………………………………………… 『17歳は2回くる―おとなの小論文教室。III』 (河出書房新社) 『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』 河出書房新社 『おとなの小論文教室。』河出書房新社 『考えるシート』講談社1300円 『あなたの話はなぜ「通じない」のか』 筑摩書房1400円 『伝わる・揺さぶる!文章を書く』 山田ズーニー著 PHP新書660円 内容紹介(PHP新書リードより) お願い、お詫び、議事録、志望理由など、 私たちは日々、文章を書いている。 どんな小さなメモにも、 読み手がいて、目指す結果がある。 どうしたら誤解されずに想いを伝え、 読み手の気持ちを動かすことができるのだろう? 自分の頭で考え、他者と関わることの 痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。 (書き下ろし236ページ) |
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2006-11-01-WED
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