YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson341 おとなの進路


7年前のちょうどいまごろ、
私はどう生きていくか途方にくれていた。

人事異動の憂き目にあったのだ。

だれが悪いのでもなく、
企業という巨大なシステムのきしみの中で
16年自分が大切にしてきた仕事経験が
ないがしろにされかねないと思ったとき、
会社を辞めるしかないと思った。

3月。
毎年、異動のシーズンになると思う。

会社員の自由ってなんだ?

希望はきいてくれるものの、
原則的には、日本のあちこちと海外に散らばる支社、
どこに行かされるかわからない。
職種も、営業・総務・編集…命令に従わなければならない。

1年先の自分の住む場所と自分の職種を選べない。

その脆い土台の上に自分の自由はあった。

実際は、どっかでそういうことを知っていた。
でも見ないようにしていた。

見ないようにして、同僚やスタッフと力をあわせ、
1年先、2年先の企画をたて、
職場の人と友情を育んだ。

でも、人が動き、人と別れる3月になると、
ふと立ちどまって考える。

自分はこれでいいのだろうか?

それでも4月になると、そんなことは忘れ、
また与えられた場所で、
また、1年先、2年先の企画を立て、
自分の限界に挑戦し、
友情を育み、
お客さんのことを想い、
毎日毎日、忙しく、努力して
自分のフィールドを切り拓いていく。

私たちにはそんなたくましさがある。

ところが7年前のいまごろ、とうとう
「もう、見ないようにはできない」
というところに追い込まれた。

16年来、うすうすわかっていて、
正面対決を避けていた問題が
一気にふりかかってきた。

一気にふりかかってきたときに、
ほんとうに恐ろしく、
緊張に夜も眠れず、
孤独で、

そこに頼れるものは何ひとつなかった。

テレビをつけても、本をめくっても、
友人や同僚に話そうとしても、
そこにヒントがないばかりか、
自分との距離があまりにも遠くなったことに気づかされた。

あのとき、どんなものがあればよかったのだろう?

あれから7年、
おりにふれて考えてきた。

「これでいいのか?」がよぎるとき、
7年前の自分のように、それがもう、
ごまかせないくらいに迫ってしまったとき、
どんなものがあればよかったのだろう?

いまになって思う。

あのときの自分に必要だったのは、
これまで知らず知らず何かに委ねてきたものを、
すべて引き取って、「自分の頭で考える」ことだった。

偉人やスターのありがたい訓話でもなく、
時代の中で成功しやすいパターンの
サンプルやカタログでもなく。

自分はどうしてきたか、
いまどう思っているのか、
これからどうしたいのか。

ただ、自分の胸をこじあけて、考える。
ただそれだけのことが、あのときの自分には一番難しく、
震えるほどに恐かった。

2007年3月。
やっとあのときの自分に渡したいと、
自分でも思える一冊ができた。

『おとなの進路教室。』

この「おとなの小論文教室。」の単行本化第4弾だ。
第1弾をつくるときから、この本の構想はあり、
進路選択や意志決定、
自分のフィールドやアイデンティティに
関するものは、あえてこの本のためにとっておいた。

読者と、ほぼ日あってこその、このコラムが
おかげさまで、こうして、また本になり、
ネットの外に舟出する。

ほんとうにありがとうございます。



進む道が見えないときに、本書は指南書ではありません。

楽勝の進路選択も、効率よく人生をあがる方法も、
本書には書いていません。
絶対失敗しない進路選びなど、
そんなものがあるのなら別だけど、
あると到底思えないからここでは示すことができません。

しかし本書は、自分の考えを引き出すのによく効きます。

私は長年、高校生の小論文教育をやってきて、
受け売りや一般論でない、生徒自身の考えを引き出すとき、
たとえば、素材文はエライ人の完成した意見より
複数の人の未完でも切実な想いをぶつけたほうがいい、
すごすぎる意見を先に見せられてしまうと、
負けて、自分の考えが出せなくなる、
というようなことに、日々気づかされていました。

本書には随所に、そうした私の
考える教育への経験が活かされています。

そして、なによりも、このコラムで
自分の進路を切り拓こうともがく私に、
響きあうようにして、
国内、在外の読者から、
現場の切実な問題意識、経験、想いが、
7年間にわたって寄せられ、
そのメールなくしてこの本はありえませんでした。

読者と私、そして「ほぼ日」が鍛えあい、
導きあうようにして
この1冊は生まれました。

世代を越え、男女を越え、立場を越えて、
自分らしく生きようとするすべての人に、
本書が「考える力」になれと祈ります!



『おとなの進路教室。』河出書房新社
「自分らしい選択をしたい」とき、
「自分はこれでいいのか」がよぎるとき、
自分の考えのありかに気づかせてくれる一冊。
「おとなの小論文教室。」で
7年にわたり読者と響きあうようにして書かれた連載から
自分らしい進路を切りひらくをテーマに
選りすぐって再編集!

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
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2007-03-21-WED
YAMADA
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