YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson395
 人を説得する力――3 敵対的説得と友好的説得


「説得」というと、
私はこれまでの人生で一度だけ
大失敗をしたことがある。

ある人を宗教から脱会させたのだ。

この話は、決して特殊なケースでなく、
ひろく「人を説得しよう」というとき、
だれもが、おかしやすい過ちなので
恥をしのんでお話しようと思う。

以下はプライバシーにかかわるので、
大幅な改変を加えてお話する。

佐藤さん28歳(仮名)女性は、
学校の先生をはじめて2年目にはいったところだった。

「自分が教えられてきたことと、
 教育現場での現実がくいちがって、
 どうしていいかわからなくなってしまって‥‥」

佐藤さんはかなり幼いうちから、ある宗教を信仰していて、
大学卒業後も、その宗教団体で職員をしていた。
でも、こどものころからの夢を捨てきれず、
転職して教師になった。

ところが、教義と指導要領がくいちがう。

「くいちがう場合、相手が悪いと教えられてきたんですが、
 職場の先輩や同僚たち、
 とても悪い人には思えなくて‥‥」
と佐藤さんは言った。

私自身は、宗教をもっていない。

でも宗教を信仰するのは自由だと思うし、
宗教を信仰する友人も複数いる。
だから、宗教自体についてここで議論をするつもりは
もうとうない。

だけど、この人のこのケースにおいてのみ、
宗教と仕事がせめぎあって苦しんでいるように見えた。

いまから考えると、ほんとうにふとどきなのだが、
話しを聞いていて「この人を脱会させよう」というような、
思い上がった気持ちが、当時の私の中にわきあがっていた。

当時の私は、まだ若く、未熟で、
小論文で身につけたての
「論理的思考力」というものが新鮮で、
なにかものすごい利器でも手にしたかのような気分でいた。

いまなら決してやらないと思うのだが、
私はだれにも相談せず、たった一人で説得にあたった。

論理的に矛盾するところを取り上げては、
何が正しいか? 幅広く知識と情報を集めて、
一緒に順序だてて検証していったり。

佐藤さんの、過去、現在、未来について、
問いかけては、佐藤さん自身にじっくり考えてもらい、
自分の考えたことを言ってもらう。
これらを、粘り強く、繰り返し繰り返し、
徹底的にやっていった。

知らないからできたのだろうが、
ものすごい労力と根気が入り、
私はくたくたになっていった。

それから3ヶ月もしないうちに、
佐藤さんは、「自分がまちがっていた」と言い、
自分から進んで、その宗教を辞めてしまった。

その時点では、私はほんとうにいいことをしたと、
うれしさでいっぱいになっていた。

だが、私がやったことは、
素人が軽々しく手を出すべきでない、
手を出してはいけない領域だった。

「佐藤さんが学校に出てこない」

同僚の先生から連絡を受け、
とるものもとりあえず行ってみると、
欠勤しはじめて、もう2週間になるとのことだった。

佐藤さんは、やがて電話にもでなくなり、
部屋から一歩も外へでなくなり、
ついには、音信不通になってしまったという。

「部屋へたずねていって呼びかけても返事が無い。
 ドアの向こうでどうしているのか。
 あってはいけないことですが、
 生きてるのかどうかさえ確かめようがないんです」
と同僚の先生は、私に言った。

わたしは目の前が暗くなり、
体に激痛が走るような感覚に襲われた。

「私のせいだ‥‥」

おもえば、その宗教は
佐藤さんの「まん中」にあったものだ。
それを信じることで佐藤さんは立っていた
といっても過言ではない。

その「まん中」を失って、では何で立つかというと、
本来、「自分を信じて立つ」、というのがいいのだろう。
でも、事実を調べていく過程で佐藤さんは、
「自分がまちがっていました‥‥」と自信まで失っていた。
では、なにで立てばいいというのだろう。

どきん、どきん、と自責の念がこみあげてくる。

「私のせいだ‥‥」

ご家族の了承のもと、
管理人さんにカギをあけてもらうと、
佐藤さんは、周囲の心配をよそに、
意外に元気で、部屋にいた。

でも大事をとって、
休暇をとり、その間、ご家族と職場の同僚、
カウンセラーの3者が連携しながらサポートし、
みるみる元気になっていった。

専門家の手を借りることと、
家族と専門家、周囲の理解者がチームであたることの
大切さを見せつけられた。

佐藤さんは、2ヶ月後には職場復帰し、
あれから20年近く、今もよき先生として
教師をつづけており、
結婚もしてよき母になっている。
「山田さんには心から感謝しています」
と会うと明るく言ってくれる。

でも、私は、その一件から、
自分を責めて責めて、2年間はどうにも立ち直れなかった。
やがて、ひれ伏すように、
自分の仕事の領域を思い知った。

自分がやっているのは、
あくまで「相手自身が考える力」のサポートなんだ。

相手が、自分の意見を引き出したり、整理したり、
そういう意味での「考える力」はトレーナーとして
鍛えていくけれど、

出てきた考えに干渉したり、意見を言ったり、
ましてや相手を変えようとするなどは、
自分の領分を越えた、越権行為であり、
できない、してはならない行為なのだ。

この一件は、とてもつらかったが、
自分の教育の仕事における立ち位置を、
身をもってわきまえる契機となった。

最近のことだ。ふとテレビをつけると、
有名人のおしどり夫婦が出ていた。
だんなさんのほうが、新興宗教から奥さんを脱会させた
体験談を話していた。

私は「どきん!」とし、
いったいどうやって説得したのだろうと、
息を飲んで聞いていた。

意外にも、だんなさんは、奥さんに、
その宗教が良いも悪いも何も言わなかったそうだ。ただ、
「これからは、ぼくが(きみを)守るから。
 ぼくを信じて。ぼくにまかせて。」
ということを切々と訴え、伝え、実行し。
奥さんも、
「この人を信じてみよう。
 ああ! これからはこの人に守ってもらえばいいんだ」
と、心から素直に思えたそうだ。
実話だけに迫力があった。

人を説得するにも、
「友好的説得」と「敵対的説得」があるように思う。

態度のことを言っているのではない。
どんなにやさしい口調で言おうと、
どんなに親切な態度でアプローチしようと、
私が佐藤さんにしたことは、「敵対的説得」だ。

「この人が大事にしているのは何だろうな?」

私は、いま、説得にあたるまえにそう考える。
だれの心の中にも、その人がずっと信じ、守り、育ててきた
「大事にしているもの」がある。

相手が「大事にしているもの」に対して、
反対の立場をとり、
まっこうから戦いを挑むのが「敵対的説得」だ。

例えば、上司が部下に異動の命令を出すとき、
部下が抵抗を示して、
「でも私は、がんばってAという業績を
 あげたじゃないですか!
 Aがこれからというときに、
 なんで私が異動なんですか?」
と言ったとする。

これに対して上司が、言うことを聞かせるために、
「きみはAという業績をあげたとエラそうに言うけど、
 利益に換算するとたいした額でもないし、
 社内にも、あの方向性に異議を唱える人も多いんだよ。
 ここはもっと謙虚になって
 言うことを聞いたほうが身のためだよ」
と、Aと対立の立場をとり、
Aを否定して、勝って、部下の自信を奪って、
従わせようとするのが、「敵対的説得」だ。

これだと、ずっとAを大事にしてきた部下は、
まず、理解されないことで傷つくし、
かりに、上司の言い分が正しいとして、
それを思い知らされて、負けて、異動しても、
「自分がやってきたことには意味がなかったのか?」
と、自分のまん中にあるものを失い、
自信も失い、周囲の理解も失い‥‥、
と大きな喪失感の中で、
わるくすると、佐藤さんのように立ち上がることも
できなくなるかもしれない。

相手に与えるダメージが非常に激しいやり方だ。

ここまでダメージを与えないと説得できないものだろうか?

一方、「友好的説得」とは、
相手が大事にしているものにまず友好の立場をとり、
動かす。

「Aという業績、あれはすばらしいね。
 いまだに熱烈なリピーターがいる、あれはいい。
 Aを出したときの、画期的なアイデアを、
 異動先の部署に行って、きみにぜひ伝えてほしいんだ」

ただこの場合、
Aに共感したくても共感できなかったらどうだろう?
この教室では、「うそはつかない」という前提で
コミュニケーションを考えいく。
正直こそ最大の戦略だ。

そこで、さきほどあげた有名人のご夫婦の例だ。

奥さんが信じているものに対して、旦那さんは、
敵対もしなければ、友好関係も結ばない。
何にも言わない。いわば、「中立的説得」だ。
異動の例で言うと、

「今度きみに行ってほしい部署なんだけど、
 面白い顔ぶれでね。部長は、新規プロジェクトの成功で
 いまや時の人となっている谷山部長だし、
 新しい営業スタイルを立ち上げた川田係長も行くし、
 きみが尊敬しているという、渡辺さんも行く。
 他にも、新しい面白いことをやりそうな顔ぶれでね‥‥」

相手が大事にしているAに対しては、肯定も否定もしない。
そこで無益な争いや、傷つけあいはせず。
あえて、なにも言わないという形で尊重の立場をとる。
その上で、
新しい軸を立てて、その魅力で相手を動かそうとする。

「この人が大事にしているのは何だろう?」

説得するとき、相手にむかって、まずそう考えてみよう。
わからなかったら、相手に聞いてみてもいい。
「あなたがこの件でいちばん大事にしている、
 ゆずれないものはなんですか?」と。

これに対して、
まっこうから宣戦布告するか?
友好的な立場をとるか?
そこはさわらないで、議論を他にもっていって
事態を動かすか?

友好? 敵対? 中立?

あなたの立場はどれだろう?

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2008-04-23-WED
YAMADA
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