YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson396
 人を説得する力――4 実践編


人を説得するとき、
やってしまいがちなミスが、
「相手に必要以上のダメージを与えてしまう」ことだ。

説得はできたけど、
相手の心はつぶれた。
人間関係にしこりが残った。
相手に嫌われてしまった‥‥。

そういうときは、
自分の正しさを証明して、
相手に勝って、
動かそうとしていることが多い。

これが「敵対的説得」だ。

「友好的説得」から試してみることもすすめたい。

この方法なら、
たとえ説得に失敗しても、

やればやった分だけ
相手への理解は深まるし、
自分への信頼も高めることができる。
人間関係は悪くならない。
むしろよくなっていく。

きょうは、これまでのポイントをおさらいしつつ、
「友好的説得」の実践方法を見ていこう!

以下に取り上げるケースは家庭のことだが、
言っていることは広くビジネスシーンに通用する。


<ケーススタディ>
結婚しようとしない娘にお見合いを薦める


いっこうに結婚しようとしない娘の「マミ」に、
母親が、見合いを薦めている。
「とにかく会うだけ会ってみて」という母に、
娘のマミはまったく耳を貸そうとしない。
しまいにはうるさがられるしまつ‥‥。

こんなとき、
だれもがついやってしまいがちなミスが、まず、

「なんで結婚しないのよ」と、
いきなり問い詰めることだ。

「なぜ」の問いをあまり早くぶつけてしまうと、
相手を追いつめてしまう。

「なぜ」の問いはレベルが高いのだ。

ゴールデンウィークに旅行に行った人は、
「どこに行ったの?」と聞かれればすぐ返事できるか、
「なぜ旅行に行ったの?」と聞かれたら戸惑うだろう。

「なぜ」は核心を突く問いだけに、
答える方は難しいのだ。

このケースでも、「なぜ結婚しないのか」
というような深い問いに、
いきなりポンと答えられる人は少ないだろう。

いきなり深い問いをぶつけられると
相手は、考えるのもおっくうだし、
説明するのもめんどうくさそうだ、と感じ、
いきなり追いつめられてしまう。

ついやりがちなミス、ふたつめは
相手の言うことにいちいち反対していくことだ。

娘が「まだ早い」といえば、
母が「いくつだと思ってんの!」と反論し、
娘が「いまは仕事のほうが大事」といえば、
「そんな、仕事仕事なんて言ってるから
 こんなもらい手のない女になったんでしょ」と反論し‥‥と、
とりあえず目についた「対立点」に、
いちいち反論していくやり方だと、
話せば話すほど、互いの対立の距離ははなれ、
本題にたどりつくころには、
2人とも感情を害してへとへと、ということもある。

何より相手の心を必要以上に傷つけてしまいやすい方法だ。

話がエスカレートすれば、
娘のマミにとっては、
自分の歳を否定され、
自分の女性性を否定され、
がんばってきた仕事まで否定され、
しまいには生き方まで否定され‥‥、
話が終わるころにはグッタリで、
「なんで見合いひとつ断るためだけに、
 ここまで人格否定されなければいけないんだろう」
ということになる。

自分の生き方に100%自信のある人は少ないし、
多くの人が「これでいいのか」ゆれを抱えて生きている。
そして、「ここだけは」人に踏み込まれたくない、
大事にしたいというものも持っている。

そこに対して否定していくというやり方は、
予想以上に、相手を傷つけ、やる気を失わせ、嫌悪させる。

心が弱っている人が多いので、
こういうやり方では相手をつぶしかねない。

そこで「友好的説得」の方法だ。

まず、できるだけ長い時間、
まとめて、ぶっとおしで、相手の言い分を聞く。

15分でも、20分でも、場合によっては30分でも、
ぶっとうしで相手の話を聞く、くらいのつもりで。

相手の言っていることに、
ひとつ、ひとつ反応していくと、
「全体として相手が言わんとすること」を見失う。

反論したくなることや、
少々わからないことがあっても、がまんして、
口をはさまないで、
一定時間ぶっとうしで聞く。
聞き取るのは、

1意見 相手の最終的な結論
2論拠 なぜそう考えるのかという理由
3根本思想 相手の根本にある想い・価値観


の三つだ。
相手の話の構造を、立体的に頭に組み立てる
ようなイメージで聞くといいと思う。

この際、「なぜ結婚しないのか」のような難しい問いを、
いきなりぶつけても、相手は話しづらいし、
考えるのもめんどうになってしまうので、
話しやすいなげかけをくふうする必要がある。

例えば、
「結婚について、なんか最近気になってることがある?」
くらいの答えやすそうな問いから徐々にはいっていくとか。
結婚について、相手が日ごろ感じていること、
思っていること、気になること、漠然としたイメージなど、
小さな糸口から徐々に引き出して、
ここぞというときに、「なぜ?」という核心の問いを
なげかけるといい。

相手がひとおおり話をし終えたら、
たぶんこれだけでも、
相手は自分の言いたいことが言えてすっきりしているし、
だまって聞いてもらえたということにも、
安心感があると思う。

ここで相手の言い分を要約する。

初心者の人は、相手の「意見+論拠」を要約しよう。
「マミは、いま仕事が大事な時期でそれどころではないし、
 形式に縛られるのはいや、なのね。
 だからいまは結婚なんて考えられない、ということね」
というように、
相手に確認して、「そうそう!」と言われればゴール。

この要約が的確なら、
相手は正しく理解されたことで、
さらに信頼感を強めている。

ポイントは、自分の感想や見方をいっさいまぜず、
あくまでも「相手の言わんとすることはこれだ」
というものをまとめることだ。
上級者は、相手の「意見+論拠」で要約するのではなく、
「根本思想」に着目するとよい。

「マミは昔から自由な生き方を大切にしてきたものね」

というように、
テーマについて、相手の根っこにある価値観に
着目して要約すると、さらに理解は深まる。

要約ができたら、次に「尊重」を伝える。

異議があることや、反対はあとにまわして、
相手の言い分に、共感するところがあれば、
まずしっかり伝える。

「マミは昔から自由な生き方を大切にしてきたものね。
 そのために影で努力していたことも、
 お母さん知ってるよ。
 そういうとこ、かっこいいと思うわよ」

というように。
ただし、相手の言い分に共感できることがひとつもない、
というときは、うそをつく必要はないので、
少なくとも、相手がそういう見方をすることは尊重する、
という姿勢は示しておくといい。

ここで「考える」。

相手の言い分を読解・要約したら、
相手の言い分を受けて、
あらためて自分はどう考えるか、
意見がはっきりするまで考える。

そして、理由を筋道だてて、自分の意見を述べる。
このときに、1人称を「私」にして、
自分ひとり分の意見を、小さく、かわいく、きっちり、
述べると、威圧的にならない。

どういうことかというと、

「結婚はいいものよ」とか、
「女のしあわせは結婚よ」とか、
人でないものを主語にして話すと、
どうしても、議論がおおきくなって、
自分か相手か、どっちが正しいか、
という争いになりやすい。

「私は、結婚してなければマミに会えなかったわけだから、
 結婚のこと、どうしても悪くおもえないのよ」とか、
「お母さんにとっては、結婚はなかなかいいものだったよ」
「自分の家族をつくるというのも、
 お母さんにとっては、なかなか自由なことだったよ」

というふうに、
「私は」を主語にして、「私はこう考える」という
自分ひとり分の意見を、根拠をあきらかにしながら
筋道立てて説明すると、相手も認めやすい。

ここでもポイントは、
相手の言い分に反論したり、
否定したり、批判するのでなく、
まず、「私はこう考える」
「私はこういうのがいいと思う」
「私はこうしたい」
というふうに自分の考えをはっきり伝えるということだ。

その上で、
こっちの道をとると、こんな期待や希望がもてるよ、
こんないいことがあるよ、
ということを示してみる。

「相手の人もそうとうに自由な生き方をしてきた人よ。
 マミとは旅行の話も合いそうだし、
 あってみると面白そうよ‥‥」
というように。

以上流れをふりかえっておくと、

1読解  相手の言い分を通して聞く

2要約  相手の言い分を的確に短くまとめてみる

3尊重  相手の言い分に共感・尊重するところを伝える

4考える 相手の言い分を受けて自分はどうか考える

5論述  「私」を主語にして、相手への賛否でなく、
     まず、テーマについて自分はどう考えるか、
     どうしたいか、
     根拠をあきらかにしながら意見を示す
     自分の考えをとったときに持てる期待を示す

このような説得では甘い・弱いという人もいるだろう。
確かに、場合によっては、
相手の言い分をまっこうから否定したり、
あいての生き方の根本にまで立ち入って話さなければ
ならないこともあるだろう。

でも、それはあくまで「必要な場合に」だ。

必要以上に、相手のやり方や考え方を否定していないか?
そもそもこの説得に、相手を否定する必要があるのか?
必要以上に相手を否定したり、
へこませたりせずに、相手の心を動かす道はないか?

と説得の際、私自身考えたい。
私自身が敵対的説得を受けたときに、
自分の生き方や大事にしてきたことを否定され、
はらわたがよじれるほどつらかったからだ。
人にこんな辛い想いをさせなくても説得はできると思う。

そのときに、理解と尊重をベースにした
「友好的説得」の方法は試してみる価値があると私は思う。

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2008-05-14-WED
YAMADA
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