おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson414 10年後の自分に手紙を書こう 若いころの傷は、 歳とるにつれ、癒えるのだろうか? 深まるのだろうか? ある日、鏡をみると、 鼻にぷつんと、穴があいていた。 ぎょっ、として顔を近づけ、 じっくり点検すると、 ここにも、ここにも…、という感じで、 中にはタテ長のメスの跡まで、ごく小さいけれど、 はっきり見て取れた。 30代も暮れようとしていた日のことだ。 「若いとき受けた傷は、年になって姿を表す」 10代のころ私は、 よく鼻ににきびができた。 うみもせず、かといって治りもせず、 徐々に大きくなって かなり長い間、鼻の頭にあって、 その間は、学校にいくのが苦痛で苦痛で しかたがなかった。 母のファンデーションをこっそり借りてはたいたり、 なるべく人と目をあわさないように、 下を向いて過ごすのだけど、 一定以上に大きくなると、どうしても注目されて、 顔を合わす人ごとに、 「どうしたん、鼻?」 と聞かれるのがつらかった。 どうしたのって、こっちが聞きたいよ。 このたえがたい自意識の痛む日々をのりきると どうにかこうにか治って、幸せな日々がまた帰ってくる。 けれど、しばらくすると、またできる。 たえきれず母に相談すると、 アロエがいいと教えてくれた。 家に帰ると鼻にアロエを貼った。 カロリーをとりすぎじゃないかとも言われ、 お弁当には、肉もなく、魚もない、ごはんもない、 ただいろいろな野菜を千切りしただけのものを、 タッパーいっぱいに持っていき、 油はつかわす、塩だけで食べた。 神さま仏さまにも、「鼻のおできを治して下さい」と 真剣に手を合わせた。 家にいる間中、10秒おきに鏡を見ずにはいられない日々、 ある日、とうとう思春期の自我がたえきれず。 学校を休んでしまった。 熱があるとうそをついた。 体が元気なのですごく悪いことをしている気がした。 うすうす気づいていた母も、 さすがに2日目になると、喝をいれ、 くよくよしていた私を外科につれていった。 外科で切開してもらうと、 1日目は痛くてじんじんするが、 2日目にはうそのようにぺったんこの 小さなかさぶただけになる。それも2〜3日でとれて、 若い肌はしばらくたつと 傷も、跡もない、もとどおりのつるっつるにもどった。 以来「切って直せばいいや」で、 20代前半までをのりきった。 やがてにきびもでなくなり、跡もぜんぜん残っておらず、 なんにもなかったような‥‥、気でいたけど、 まさか年とってから若いときの傷跡が出てこようとは。 聞けばまわりにそんな人はヤマといて、 年をとると、肌のみずみずしさやハリが失われ、 しぼむので、若いころ受けた損傷が くっきり、刻印されたように浮かび出るのだそうだ。 あの10代、20代の日々、 自意識の痛みにたえきれず、 メスで苦痛をショートカットしてラクをしようとした。 そのツケが‥‥。 生まれて無縁だったシミも、30代後半から出はじめた。 10代、20代、日傘も差さず、帽子もかぶらず、 日焼け止めさえぬらずに 炎天下で、海に行ったり、自転車をこいだり、通勤したり、 そのころ浴びた紫外線の記憶がシミとなって現れたのか。 「心の傷もそうなのかなあ?」 年とると、心もみずみずしさや弾力を失って、 若いころ受けて、忘れたはずの傷も、 総リターンで、くっきりと浮かび上がるんだろうか。 刻印され、徐々に深くなっていくんだろうか。 だったら年とるのは、「かなわん」なぁ。 「肌きれいですね」 先日、美容院で見習いの女の子にそう言われ 半信半疑の私がいた。 自分にはお世辞にさえ言われることがなかったこの言葉を、 最近、耳にすることがある。 鏡を見ると、 鼻にあったメスの陥没はもうほとんどわからない。 両目の下にくっきりと蝶々の形にあったシミも、 かなり薄くなって、 いまでは「シミ」というと、見る人が 「どこ? どこ? どこにあるの?」 と探すくらい目立たなくなってきた。 3年前からコツコツと、でも、ちゃんと勉強して 肌の手入れをするようになった。 きっかけは、ある熟年夫婦を見たことだ。 同い年だというその夫婦、 なぜ奥さんの肌のほうがふけてるんだろう? なぜ、体を洗う石けんで顔も洗うような、 ほとんど手入れをしない男性のほうが肌がつやつやで、 洗顔・化粧水・クリームと手入れしている女性のほうが 肌が老化するんだろう? 調べると市販の化粧品は添加物でいっぱいだ。 中には、一度塗るとダメージ回復に3、4日かかる 有害物質まであるという。 そんなものを毎日ありがたがって顔に塗っていれば、 年齢以上に老けるのはあたりまえだ。 それまで自分の手入れが、ただCMなどのイメージだけで、 でたらめだったことに気づく。 添加物のこわいところは、 審査基準をパスして売っていることだ。 その商品だけ、1回だけ、使う分には問題ない。 でも、化粧品は2品、3品と合わせて使うものだ。 10年使い続けたら、 添加物がつもりつもって…、どうなっているかわからない。 まず肌に有害な添加物を避けること。 それから水分を惜しみなくあふれるように与えること。 肌に有益な成分を高濃度で浸透させること。 くる日もくる日もコツコツと 私は若い頃の損傷にシップした。 あまりにも地道でコツコツした営みなので、 2年過ぎたころあきらめかけた。 「やっぱりシミは無理なんじゃないか」 「いくらなんでもにきび跡のクレーターは 消えないんじゃないか」 それでもどうにかこうにか続けてきたことが、 ここへきてはっきりと目に見える変化になりはじめた。 外出の際、 いまでは、めんどうだなあと思いながらも、 有害な紫外線をさえぎるために日傘を差す自分がいる。 日傘をさしかけながら、ふと、いま、自分は、 「10年後の自分に傘を差しかけている」 と思った。 若いころ、日傘も差さず、日焼け止めも塗らず、 さんざん浴びた紫外線の記憶、 それが10年20年たって黒いメッセージとなって 顔に浮かび上がっていた。 それは過去の自分から届いた手紙だ。 「肌の手入れは、イメージ優先です。 いまさえよければいいと思います。 先のことなんか知りません」と。 だけど今、3年前の自分から届いた手紙にはこうある。 「シミは消せる。 正しい知識があればにきび跡の陥没でさえ消える。 肌は育つ。」 日々コツコツ、日傘を差しながら、 私は10年後の自分に手紙を書いているように感じている。 「きれいでいてください。」 若いころ受けた心の傷は、 心が潤いをなくし弾力を失ってしまったら、 年をとってからより辛く深く、ぶりかえすのかもしれない。 でも、心がみずみずしくあるために、 いつまでもしなやかな心であろうとして、 自分が自分にした努力のあとも、 体はちゃんと刻んでいて、時がきたら実る。 「いましていることは未来の自分にきっと伝わる。」 あなたはいま、 日々コツコツと、 10年後の自分にどんな手紙を書いているのだろうか? |
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2008-10-01-WED
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