YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson521
      失恋論 4.失恋は可能性


「人には無限の可能性があるか?」

茂木健一郎さんに
この質問をぶつけたとき、

「ある。次やることがある、という意味で」

と答えが返ってきた。

そっか!
ととっても腑に落ちた。

1、2、3、4、5、と数えていったら、
かならず次、6があるように、

1億‥‥10億‥‥100億と、
どんどん数え進んでも、
その次に、必ず、100億1があるように、

人には必ず、次、やることがある。

もし、私が仕事で、
自己史上最高の教育効果をあげられたとしても、
それで終わりということはない。
私には、必ず、次、やることがある。

「失恋は可能性だ」というと、
きれいごとだと思う人もいるだろう。

そういう場合、「可能性」という言葉は、
なんでも際限なくできるというような
幻想的なイメージがある。

でも、大人になると自分の限界にぶちあたる。

あきらめ、断念し、
自分にできることのあまりの小ささに
おののき、失望する。

それでも、自分にできることをやりつづけていけば、
どれだけやっても、やりつくしたということはない。
次、必ずやることがある。

無限の可能性を認めて生きるとは、
きれいごとでも、なまやさしいことでもなく、
厳しい、コツコツと血の滲むような、
現実の営み、
その意味で、

「失恋こそ可能性だ!」

「あなたには無限の可能性がある!」

「あなたには必ず次やることがある!」

と私は言いたい。
読者のなおやさんは言う。


<自分の理想を支える土台を持つ生き方>

失恋にかぎらず
「喪失感」が新しい可能性の手がかりになりえる、
私にもそんな体験がありました。

私は就職先が決まらないまま学校を卒業してしまい、
社会的な居場所の一切がなくなった時期がありました。

同時に卒業に際して、
同じ学校にいた好きな人へ想いを伝えましたが、
当時その返事を求める余裕も気力も無くそれきりでした。
失恋未遂のような宙ぶらりんの状態で終わりました。

そうして自分を失った、
言い方はおかしいかもしれませんが、
理想に恋して自分に失恋していたとも思います。

恋に食い付けきれなかった自分、
働いていない自分、
そんな喪失感を含む現状を飲み込むまでに
時間がかかりましたが、

この時期は今まで全く考えもしなかったような
新しい物事に取り組む気概が芽生えていました。

理想になれると筋違いに思い込んでいた自分を発見し、
自分の考える理想を支える土台を持つことを
強く意識するようになりました。

例えばそれまでマンガくらいしか読まなかったのに
図書館に通って読書習慣を持つようになったり、
全く物が捨てられない性格でしたが、
物を整理して片付けることを本気で取り組みだしたり。

問題に翻弄されていた私が、
問題の解決の過程を楽しむようになっていることを
発見しています。

それまでの編集者という仕事を離れた
ズーニーさんの「喪失感」は
「おとなの小論文教室」を生み出した可能性に
通じているのではないかな、と思います。
(なおや)



失恋と仕事の喪失感の違い。

私の場合、
みぞおちにぽっかり穴があいたような、
虚無感・寂しさは、どちらも同じ。

ただ社会的居場所の喪失感は、これに加えて、
よく言われることだけど、

毎日、だれかから、消しゴムで、ゴシゴシ、
自分の存在を消されるような危機感がある。

私も、気を抜くと、
自分の輪郭が、きのうより2ミリも3ミリも
縮んでしまうから、

「この時期、今まで全く考えもしなかったような
 新しい物事に取り組む気概が芽生えた。」

私の場合「書くこと」だった。

編集者をしていたら考えもしなかった、
38歳にして初めてやる、
新しい「書くこと」に取り組む気概が芽生えた。

ふりかえれば、それが、なおやさんの言う、
「自分の理想を支える土台」
を築く作業になっていた。

1、2、3、4、5、6、7、8、9

人には必ず次やることがある。

だが、全ての人が、次の10に進むか、
そもそも、進みたいかどうかはわからない。

人によっては次に進まず、
自分になじんだ、
7、8、9
7、8、9
7、8、9
を、えんえん繰り返して生きる。

すでにやったことの焼き直し、ルーティンというと、
わるいイメージがあるが、

ルーティンは幸せという側面もあるんじゃないか。

家族が、ただ毎日、いっしょに夕飯を食べ、
いっしょにテレビを見て、風呂にはいり、寝る、
そのなんでもない日々を、繰り返すことに、
しあわせがあるように。

失恋は、ルーティンから追い出される。

なんでもない日々の繰り返しが幸せだったと
失ってからわかっても、もう繰り返せない。

その状態に留まれない。
居場所は追われた。

過去には戻れない。

「進むしかない。」

1、2、3、4、5、6、7、8、9
ときたら、その先、
見たこともない10に向け、
手探りで踏み出すしかない。

私の場合、たった9から10に進むのに、
つまり、自分の理想に踏み出す土台をつくるのに、
3年かかった。

それは、会社が乗せてくれた急行で築くキャリアの
1000分の1くらいのスピードだった。

そのスピード感が大事だったと思う。

ちまたの失恋談義で、
「失恋直後やってはいけないこと」の筆頭が、
焦って次の異性を求めないこと。

直後に、てっとりばやく次の恋人を確保しようとしたり、
好きでもない人と寝たりしようものなら、

元カレ・元カノとついついくらべてしまい、
結局自には、元カレ・元カノ以上の人などいない
と思い知らされ、
喪失感がより強くなり、悲しみは大きくなり、
立ち直るのが遅れるそうだ。

これは新幹線に乗ろうとして失敗した例ではないだろうか。

たとえば7年つきあって失った恋人なら、
7年かけて育ったものがある。

7年間、ちょっとづつ距離を測りながら、
ぶつかったり、失敗したりしながら、
互いに理解し、あんばいがよくなっていった絆がある。

そんな「7年もの」の恋人などどこにもいない。

新作ジーンズ売り場で、
ビンテージを探すようなものだ。

速く進もうとすればするほど失望は大きくなる。

大事なのは、
7年かけて育ち、失ったものを、
今一気に埋めてくれるものを探すことではない。
そんなもの、いま、どこにもない。

大事なのは、「次の7年につながる出逢い」を、
見過ごさないことだ。

いまはささやかで、見過ごすような、
人、あるいは、ものごとでも、
7年後には、失った人に匹敵するくらい大事で、
自分の世界の一角をなすような、
人・モノ・事と、

もしかしたら「いま」出逢っているかもしれない。

喪失感に自分を閉ざして、
「次の7年」との出逢いを、見過ごしつづけるのは、
あまりにももったいない。

ささやかなものでも、
「次の7年の種」かもしれない、と大事に思い、
おろそかにせず、
7年かけて育てていくくらいのスピード感で見て、
コツコツ進んでいきたい。

せいいっぱい愛し、
せいいっぱい生きた、
結果、自分の限界として失恋した。

ということは、自分はいま、
自分という枠組みの限界まできた。

1、2、3、4、5、6、7、8、9
と努力して、その結果自分の壁に
ぶち当たることができて、痛みを得ている。

次進んだら、
壁の外かもしれない。

失恋した人間は、
居場所を追われ、
進む道しか許されてない。

だから痛んでいても清清しい。

自分には次やることがある。

必ずある!

最後にこのおたよりを
紹介して今日はおわりたい。


<また前を向いて、堂々と>

「失恋論」を読んで、
「こんなに人の書いた文章で天地をひっくり返されたのは、
 久しぶり。しかも、今まで生きてきた中で
 3本の指に入るぐらい大きく天地をひっくり返された。」
と思いました。

恋愛は、してもなかなかうまくいかず、
もちろん幸せな時もたくさんあり、
だいたいちゃんと話しあって別れ、
今までの彼氏とはみんな友達づきあいが続いているので、
しあわせな方だなとは思うんだけど、
最近は、「自分は恋愛体質だけど、
恋愛にはむかない恋愛下手なのかも。」と
もんもんとしてました。

それでも、いつかこのしんどさが、このためにあったのか、
ここにつながってたのかと思える日がくるのかなぁ? と。
いつまで待てば、たどりつけるのかなぁ、
ほんとはそんなのなかったらどうしよう、と。

自分のイメージでは、
つながる=新しい恋愛・できれば結婚という
イメージだったけど、ズーニーさんの文章を読んで、
新しい自分につながるっていうところに
ものすごく魅力を感じました。まったく新しい発想だった。

それでなくても、もともと
“成長”とか“刺激”とか“発展”が好きなんです。
自分の枠を飛び出すなんて、なんて自由で楽しそう!

「深みがます」とか
「人の痛みがわかって優しくなる」とかいう
落ちついた感じではなく、
もっと爆発的なポジティブなイメージを失恋に感じて、
ほんとに心の内側から元気がわいてきました。
ありがとうございます。

好きな人の、いちばん好きな部分を
自分の内に育てられるなんて。
なんて素敵なことかなぁと思います。
私も、今まで好きだった(今も好きな)人たちのことを、
もう一度ていねいに思い起こしてみたいと思います。

もうしばらく恋愛からは遠ざかろうかと思っていたけど、
また前をむいて、堂々と恋愛していけそうです。
そして、今までつきあった人たちに、
「新しい自分をくれてありがとう。」と感謝して、
新しい愛し方ができそうな気がします。
それって、すごくうれしいです。
(ハイジ)

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2010-12-22-WED
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