YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson574  チームの責任


「連帯責任」という考え方が、
これまで、もうひとつ腑に落ちなかった私だった。

それが、すとん!と腑に落ちる、
ある出来事があった。

この秋学期、大学でのことだ。

大学では、
「SA」と呼ばれる学生のアシスタントが、
1授業に3人いる。

2授業を持つ私は、
6人のSA(=学生アシスタント)と
チームで授業を運営しているのだが、
そのチームで、

ちょっとしたカンちがいによる
ちいさな「弁償騒ぎ」が起こったことがあった。

授業収録のために、
レンタルしたビデオの「コード」が、
返す段になって見当たらない。
もし、紛失したのであれば、
「弁償」しなければならない。

実際には、コードはちゃんとあった。

キャリーバックのポケットにちゃんとしまってあり、
係の人が見落としてしまっただけで、
なにも紛失してなかった。
ただのカン違いだった。

だけど、それがわかるまで、
私も、SAたちも、気が気ではなかった。

そのとき、

当日、ビデオの撤収をした女子学生アシスタント
が、いちはやくこう申し出た。

「今回のことは、すべて私の責任です。
 もし紛失となったら、そのときは、
 私が全額弁償します。」と。

彼女は、資料のコピーをとるような雑用から、
授業へのクリエイティブな提案まで、
ものすごく積極的に働く人で、

その責任感と、元気のよさ、
リーダーシップが、
どことなくAKB48の「たかみな」と重なるので、
ここでは仮名で、「ミナミ」と呼んでおこう。

ミナミは、
当日、用事で早く帰らなければならない
アシスタントにかわって、
ビデオの片づけをみずから買って出ていた。

ビデオは、借りた本人が返しに行かなければならない
というルールがあり、
だから借りた本人ではないミナミは直接返しに行けず、
わざわざ重いビデオバッグを家に持ち帰り、
また、大学に持ってきた。

「もしも大学に置いて帰って、
 盗難なり紛失なりにあってはならない」
という責任感の強さからだった。

たしかに、ビデオに触る機会が一番多かったのはミナミ、
それゆえ、紛失の危機にさらされる機会も、
ミナミがいちばん多かったことになる。

実際は紛失ではなかった。

でも、紛失だったら、
チーム7人のだれが弁償をすべきなのか?

「ミナミではない。」

少なくとも、ミナミが個人で弁償するのは絶対ちがうと、
私にははっきりわかっていた。

その少し前、こんなことがあったからだ。

授業を始めようとしたら、
資料が足りない。

あとでわかったことだが、
防ぎようのないコピー機のトラブルで、
途中でコピーがとまってしまっていたらしい。

大学で何年も授業をしている私も、
聞いたことのない、
災難としかいいようのない機材トラブル。

結局、SAたちが足りない分のコピーに走り、
私はコピーがくるまで授業をつなぎ、ことなきを得た。

このときコピーを担当していたのがミナミだ。

私は、ミナミを責めるどころか、
むしろ、ミナミの働きの大きさに気づき、認め、
感謝せずにはおられなかった。

「いちばん打って出るものが、
 いちばんミスにさらされる機会が多い」

という重大な事実に、そのとき私は気づかされたのだ。

もしも、この世に、
「SAで100%ミスをしない方法」
というシロモノがあるとしたら、
きっとこういうウサンクサイものだと思う。


<SAで100%ミスをしない方法>

あなたが大学で授業アシスタントをするのなら、
絶対ミスをしない方法があります。

たとえば、コピー。

コピー取りは部数が足りなかったり、
印刷状態が悪かったり、
とかくミスが起きがちです。
ミスがおきたらたちまち授業に支障が起き、
叱られますね。

あなたがコピーのミスを起こしたくないなら、

役割分担のとき、
コピーの担当にならないようにしましょう。

もしも、自分にコピーがまわってきそうになったら、
「忙しい」とか、「体調が悪い」とか
とにかくリクツをつけて逃げましょう。

絶対にコピー機に触らないこと。

そうすれば100%、あなたは
コピーのミスを起こしません。

あなたが絶対にモノを壊したり、
その償いをしたくなかったら、

高価なものには触らないことです。

たとえば、授業でたまに、
ビデオ撮影などが必要になることがあります。

撮影係などを買って出ないようにしましょう。

ビデオを借りたり、返したり、運んだりも、
うまくかわして逃げましょう。

あなたがセンパイなら、先輩風をふかせて
ムリヤリにでも、後輩に押し付けましょう。

高価なものに触って、壊したり、傷つけたり、
部品をなくしたりしたら、
たいへんですからね。

100%ミスをしたくないなら、

とにかく仕事をふられそうなときに、
陰に隠れたり、逃げたり、人になすりつけて
かわしましょう。

いえ、いっそ、言い訳をつくって休んでしまいましょう!

行かなければいいんです。
仕事場に行かなければ、
100%、あなたが仕事でミスをすることはありません。
(*これはあくまで逆説です)



以上、あくまでもこういう考えがあってはならない、
実際には、そんな学生も存在しないし、
そんな考えも、まかりとおることは絶対にない
という気持ちで書いた。

ミナミは、

自ら積極的に雑用を買って出てくれて、
2授業分の膨大な量のコピーも、
ひとりで引き受けてくれていた。

冬の寒い朝も、いやがらずにコピーをやってくれたし、
急性胃炎になったときも、やってくれた。

つまり、確率として、
コピーのミスは、ミナミ以外に起こしようがなかった。

コピー機の防ぎようのないトラブルは、
ロシアンルーレットのように、
だれにもふりかかる可能性があった。

もしも、6人のアシスタントが持ちまわりで
コピーを担当する制度にしていれば、
6人全員にミスは等しくふりかかる可能性があったし、

もしも、アシスタントにコピーを出す時間がなく、
私が自分でコピーをしていれば、私のミスになったろう。

チームの責任とはそういうものだ。

つまり、ミナミは、他の6人分のミスの可能性も引き受けて
コピーをしてくれていたのだ。

ビデオもそうだ。

ミナミは、重いビデオを持ち歩くことを嫌がらず、
高価なものを傷つけたり紛失したりのリスクもひきとって、
自分から進んでビデオの撤収をし、保管をしてくれた。
ミナミがビデオバッグを肩にかけたとき、
チームの他の6人分のリスクもしょってくれたのだ。

ミナミが背負わなければ、確実に、
他のだれかがそれを背負わなければならなかった。

チームでミスが起きたとき。

ミスというショックに心をとらわれ、
つい、犯人探しをしたり、自他を責めたりしがちだ。

だけれども、まず、
「自分がそれを分担していたら、
 自分がそのミスを起こしたかもしれない」
という可能性は考えたい。

個人の責任を追及するにしても、
その先の話だと私は思う。そして、

「いちばん打って出るものが、
 いちばんミスにさらされる機会が多い」

単純に、ミスの多い少ないで、人の働きは割り切れない。
いちばんミスを出した人が、いちばん勇気をもって
リスクを引き取り、打って出たという可能性もあるからだ。

チームでミスが出たときに、
この「勇気ある失敗」の可能性も考えてみてほしい。

それは、メンバーに対しても、
自分自身がミスを出したときにもだ。

チームでミスが起きたとき、
やはり責任はみんなにあると私は思う。

ただし、「責任がある」人間と、
「責任のとれる」人間はちがっていて、
責任をとるのは、リーダーの役目だ。
弁償は発生しなかったけど、
もしそうなった場合、できるのは私だけだと思う。

「いちばん打って出るものが、
 いちばんミスにさらされる機会が多い」

ミナミは災難にあっても、
やっぱり仕事をふられたときに、
自ら積極的に手を挙げ続け、
授業に対しても、積極的な提案をし続けた。

リスクにひるまず、打って、出続けたのだ。

授業を受けた学生たちからは、
ミナミに感謝と信頼の声が寄せられている。

ミナミは、打って出て、つかまえた。

チームで仕事をするとき、
自分は分担した作業とともに、
そこにふりかかるリスクを
他のメンバーの分も引き受けている。

それと同時に、ほかの人に作業を任せると同時に、
自分がおかすかもしれないミスの可能性も
持ってってもらっている。

こんな責任のありかたの中でどうふるまうか?

せっかくなら私も、ミナミのように
大事なものをつかまえに、打って出たい。

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2012-02-08-WED
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