Lesson818
「助けて」と言えない、あの日の私へ
「助けて」と言えない若者が
増えているという。
仕事でも、プライベートでも、
大きなことも、ほんのささいなことでも。
人に迷惑をかけたくない、
プライドが傷つきそうで、
なんとなく恐くて、抱え込んでしまう。
実は私もその一人だ。
数年前のある日、
ひとりぐらしの部屋で仕事をしていたら、
バサッ! バサ、バサ、バサ――っ、と
頭上で何かがうごめいた。
瞬間、恐怖に心身、凍った。
名も知らぬ「鳥」だ。
てっきり網戸にしているものと開け放っていた窓の、
1つの網戸が開いていた。
鳥が、バサッ! とひと飛びするたびに、
キャーッ! と私は逃げまどい、
部屋のドアと玄関にはさまれた狭いスペースに
追い込まれた。
部屋のドアにはめ込まれたガラス越しに、
鳥の様子を、どきんどきん、と覗き込んだ。
片時も目が離せない。
出て行ってくれ、というのはもちろんだけど、
もしも目を離したすきに、
鳥が部屋のどこかに入り込んで
出られなくなったらどうしよう、
鳥が怪我でもしたらどうしよう。
5分、10分、30分……たっても鳥は出ていかない。
「このまま夜になったらどうしよう」
立ちっぱなし、鳥を見つめっぱなし、で、
頭の中で、ぐるぐると、
「助けて」と言える人を探していた。
管理人の優しいおじさんはもう帰ってしまった。
同じアパートの住人たちは挨拶しかしたことがない。
友人、仕事仲間、次々顔を浮かべるも、
だれにも助けて、と言えない。
「この東京で私はひとりぼっち」
しーんと身の芯まで孤独がしみたころ、
鳥はふわっと、窓から飛び去った。
数年たったある日、
大学の授業で、
学生がプレゼンをした。
その学生はよく海外旅行に行く。
若さゆえの無防備さから、
未経験から、
アクシデントにみまわれることも多い。
そのたび、旅先で出逢った大人たちに助けてもらう。
バンバン助けてもらう。
でも、そのことで、
人に迷惑をかけてしまったと落ち込んだり、
今後迷惑をかけないようにと委縮したりしない。
バンバン助けてもらえばもらうほど、
大胆になり、行動半径をひろげ、
世界を飛び回れるようになる。
なぜか? といえば彼女の根底に、
「ペイ・フォワード」
の精神がある。解釈はいろいろだが、
あくまで彼女独自の解釈はこうだ。
「自分がしてもらった親切を、
これから出逢う3人に返していく」
ああ、そうか! と私の中で、
ペイ・フォワードと鳥の一件がつながった。
「助けてもらったら、将来、その人か他のだれかを
助けてあげればいい。」
人に迷惑をかけることを過度に恐れる私の根底には、
助けてもらうことで相手の貴重な時間や労力を奪う、
という考えがあった。
その考えの延長には、
自分のこと以外に労力は割かない、
他人にも自分のために労力を割かせない、
自分は自分、人は人、という硬直した世界観がある。
でも、どんな世界に住みたいかと言えば
助けてもらったり、助けてあげたりの
優しい関係性のある世界だ。
鳥を見つめ、「助けて」と言えなかったあの日の自分へ、
いまならこう言いたい。
「受けた親切は返せる、社会に循環していける!
未来に、助けたり助けられたりの
優しい関係性をめざして。」
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