Lesson870
自分に合った逃げ場
生きるのがツラいとき、
自分に合った「逃げ場」を持ってる人がいる。
新学期、
新しい人間関係で心が疲れたり、
新たな職場になじめなくてツラくなったりしたときに、
ある人は、「見晴らしのいい高台」に行くという。
広々と高い所から、住んでる街を見下ろせば、
人も、家も、街並みも、自分がいま悩んでいることも、
ぜんぶちっぽけに見えて少しだけラクになるから、と。
人によっては、
映画館だったり、美術館だったり、ライブハウスだったり、
空港に飛行機を見に行くことだったり、故郷の海だったり、
とっておきの「心のシェルター」がある。
わたしも一つ、
「どこにも行き場がないときは、図書館に行こう」と。
1冊の本をとことん読み上げたあとは、
不思議な満足感、まるで生の人間と、心底、とことん、
触れ合ったあとのような充実感がある。
逃避場であり、背中を押してくれる場だ。
最初に逃げ込んだのは、大学を卒業した春。
就職にあぶれ、親や友達に合わす顔がなく、
うちにいても焦りがつのり気が休まらない、行き場なく、
無料で長時間いても追い出されない図書館に逃避した。
そこで元気になったのを、いまも覚えている。
「図書館には、何か学ぼうとして来ている人がいる。」
その日も、髪の真っ白な、かなり御歳のおじいさんが、
書棚と机を行き来し、コツコツ調べものをしていた。
そのひたむきさに、打たれた。
自分も一生学び続けられるような仕事をしたい、
いまから考えると、一生のテーマ「教育」に、
気づかされ、立ち戻らされもした。
見まわすと、いろんな人が、
自分の興味なり、解きたい謎に向かって、
黙々と本を読んでいる。
その空気が心地よく、ひたっているうちに、
いつのまにか自然に背中を押され、前に向かっていた。
その日から就活は上向いた。
先日も、
人との関係に落ち込み、
ウチへ帰ってもずんずん落ち込むだけだな、
帰りたくないな、と困っていたら、
暗い気持ちに追い打ちをかけるように
雨が降り始めた。
図書館に逃げ込んだのが午後3時、そこから8時まで、
飲まず、食わず、一度も席を立たず、
一冊の本を一気に読み通した。
読後、座っているのにクラクラめまいがした。
衝撃と、あらたな知的ひらけ、
じーーん、と体中に感動がひろがっていく。
雨があがっていた。
図書館を出たら足取りがはずんでいる、
来た時と全然ちがう。
満たされている。
なんだろう? この感じ、はっ!
「生の人間と心底、とことん触れ合ったあとの充実感。」
著者という1人の人間と心底触れ合っていたんだ。
本1冊書くのはものすごく大変だから、
書いた人の奥深い想い、人間性までにじみ出る。
忙しい日常では、人と顔を合わせ、言葉をつくしても、
心底触れ合えるのは、まれで、すれ違ったりもする。
でも本は、何時間でも、心行くまで付き合ってくれるし、
図書館に行けば、いつでも何万冊という
出逢える人の候補がいる。
自分は人とかかわるのが嫌かと思ってたけど、ちがった。
表面的部分的なかかわりで
心が通わないことが嫌だったんだ。
著者という人間と心底触れ合えただけで、
こんなに満たされてる。
「なんだ自分は人が好きじゃないか。」
そう気づいたら、現実の人間に向かう自信が湧いてきた。
「港」は、疲れた船が帰っていくところ、休める場。
そして出発するところ、背中を押してくれる場でもある。
「どうにも行き場がないときは図書館に行こう。」
と私は思う。
図書館は心の港のような、私に合った逃げ場だ。
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